「日本サッカー至高の天才といえば?」
「海外リーグで最も活躍した日本人選手は?」
「日本サッカーに最も貢献したサッカー選手は?」
これらの問いに答えはありません。
皆さん、人それぞれ答えはありますが、それが一致することはないでしょう。
まぁですから、今日まで至る所で論争が巻き起こるわけです。
結局答えは出ないのですから、不毛な議論ではありますが、飲み屋で語る際には、サッカーファンなら誰もが熱くなるトークテーマです。
では反対に誰もが答えの一致する問いはなんでしょうか?
つまり議論されることのない問いです。
それは
「最も辛口な日本サッカー界の評論家は?」
皆さんもうお分かりでしょう。
そうセルジオ越後御大です。
他の評論家が忖度して言わない正論、現実をぶつけてくるといった点では、彼に優る評論家は日本サッカー界にはいないでしょう。
そのため、賛否両論ある人でもありますけどね。
別に取り立てて彼のことを好きなわけではございませんが(勿論アンチでもない)、今回は彼のある発言から、日本人を魅惑するビッククラブという毒林檎についてお話ししたいと思います。
2019年のサッカーダイジェストWebの記事にて、セルジオ越後氏がコラムを書いてました。
内容は当時リバプールに移籍したばかりの南野拓実選手についてです。
南野がリバプールに移籍したね。チャンピオンズ・リーグ王者に加入という話題性もあって、メディアも騒ぎ立てている。
ただ、思い返してほしい。今まで、ビッグクラブの一員になった日本人はいたけど、その移籍先で成功した選手はいたかな?
例えば、2012年にマンチェスター(・ユナイテッド)へ移籍した香川(現サラゴサ)。主軸になれないまま、約2年でドルトムントに戻っている。しかも、マンチェスターに行ってから、キャリアも下降線を辿っている印象だ。
他にも、ヒデはローマで多くて15試合にしか出ていないし、宇佐美(現G大阪)はバイエルンで鳴かず飛ばず。インテルの長友(現ガラタサライ)、ミランの本田(現無所属)は、たしかにどっちも名門クラブでプレーしていたかもしれないけど、彼らがいたチームが当時"ビッグクラブ"と呼べる実力があったか疑問だ。最近では中島もポルトで苦労しているようだね。
要するにビッククラブで活躍できた日本人はいないと語っているわけです。
ですから、安易にビッククラブに移籍をするべきではないと警鐘しているんですよね。
まぁ香川がいた頃のドルトムントをビッククラブと考えるかは、人によって異なるわけでしょうが、概ね彼の言っていることはその通りだと個人的には思います。
ていうか別にこれ、ごくごく当たり前のことを言っているだけです。
ですが、こうした当たり前のことを言う人が少ないというのが、日本サッカー界の不可思議なこと。
セルジオ越後氏は長友、本田の例を挙げてますが、まぁ確かに当時のミランとインテルはビッククラブとは言えなかったでしょう。
香川と中田に関しては、どちらもビッククラブに移籍しましたが、活躍できたとは言い難い。
しかしこの2人は共に4大リーグで結果を残した上での移籍ですので、彼らの判断は別におかしなことではないと思います。
それよりも重要なのが、バイエルンに移籍した宇佐美、リバプールに移籍した南野、アーセナルに移籍した稲本・宮市など4大リーグで実績のない選手のビッククラブ移籍です。
こうした移籍は最終的に日本サッカーに大打撃を与えるものになります。
フランスの生きる伝説、ジダン氏はこのように語っています。
若い選手の中には、どれだけうまくなるかよりも、どれだけ稼げるかを重視する選手もいるようだし、地道なステップを踏まずに楽をしたがる若手もいる。そういう選手は20歳そこそこで『自分は既にビッグクラブでやれる力がある』と思いこんでしまい、結果的にベンチが定位置という状態に陥ってしまう。そういった選手を何人も見てきたよ。その年代で一番大切なことは、実戦の場で少しでも多くプレーすることなのにね。
勿論、一部の例外はいます。
例えばメッシはバルセロナのカンテラ出身で、デビューしてからずっと超エリートコースを歩いてきています。
ですが、そうした例外を除いて、今を輝くスーパースターには地道にキャリアアップしてきました。
例えば南野選手所属のリバプール。
サラー、マネ、フィルミーノ全員が間に他のクラブを挟み、そこで活躍した上で、リバプールにたどり着いたのです。
こうした天才と言われるスーパースターでもそうなんです。
冷静に考えれば分かることなんですが、しかしその判断を鈍らせてしまう力がビッククラブにあるわけです。
別にこうした話は日本に限ったことではありませんし、アフリカ、南米、東欧の選手がビッククラブに青田買いされ、まぁそりゃ悲惨な目にあっているのを目にしてきました。
ビッククラブが求めているのは、自身の利益だけであり、青田買いした選手がその後どのような運命を辿ろうかなんて知ったこっちゃないんですよね。
90年代初頭にJリーグが発足し、その後テレビで海外リーグが観れるようになると、日本におけるサッカー熱はどんどん高まっていました。
憧れの4大リーグ、いやスーパースター達のいるビッククラブに近づきたい。
それは日本人プロ選手たちだけでなく、日本人のサッカーファンたちも思ったことでしょう。
テレビから伝わってくる彼らの魅力はそれ程までに驚異的なものでした。
しかし、忘れてはならないのが、ビッククラブにある熾烈な競走。
それは努力だけでは到底敵わない厳しさがそこにはあったのです。
ビッククラブへの移籍というのはそれはそれは甘美な響きがありますが、同時に1人の有望な選手のキャリアを破壊しかねない猛毒を持ち合わせているのです。
毒林檎に中ったのはメディアとファンも同じです。
海外の、しかもビッククラブに移籍となると、テレビや雑誌だけでなくファンも「快挙だ!」と騒ぎ立てますが、結局それが失敗に終わると、急に静かになります。
それどころか、再び他の日本人選手のビッククラブに移籍すると、同じように褒め称えるのです。
同じことの繰り返しです。
この移籍は正しい判断なのか?何故失敗に終わったのか?という核心に迫る報道が少ない。
別に悲観的になれとも、批判一辺倒であるべきとも、全く思いません。(そんなメディアはクソ喰らえだ)
ですが、一旦冷静に、そして分析的に物事を見るということも必要なのではないでしょうか?
ここまでビッククラブへの安易な移籍を批判し続けました。
もちろん、南野選手のリバプール移籍は当時から懐疑的でした。
多分、これは私だけではなく、海外リーグを普段から見るサッカーファンの多くが同じ感想だったと思います。
ザルツブルクという辺境のチームからリバプールへ行くのは、あまりに落差がありすぎる。
ですが、移籍するかどうかは当然選手個人の判断が全てですので、私のようなファンはそれを尊重する以外手立てはありません。
しかし、現在の南野選手はここまでリーグ戦出場ゼロと、かなり厳しいというか、もはやリバプールでのキャリアは終わっています。
もちろん応援する気持ちはありますが、同時に現実は既に分かりきっています。
このままリバプールにいるというのも一つの決断です。
ベルギーやオーストリアのクラブでもう一度キャリアを再形成するのも判断としてあります。
本音としては、ここで終わって欲しくないというのがあります。
もう一度、輝きを見せて欲しい。
ビッククラブという、毒林檎。
それは美しく、良い香りがして、実に甘い。
だがそれは一時的なもので、その後に響く毒の影響の方が圧倒的に長いのです。