東日本大震災からの復活②・・・2011.3.13 初めてまいわい市場に入る・・・
震災から2日後・・・まだ電気と水道が来ない(>_<)
そんな中、ようやく大洗まいわい市場に入れる事に・・・
アウトレットの駐車場に入ったら以前の様子はガラリと変わっていました。舗装面はうねりまくり、隆起が激しく、様々な商品が散乱していましたね。
入り口に車を止めて、歩いていったんですけど、ほんの150メートルくらいしかないのに、なんだかずいぶん歩いているな・・・そんな気持ちでした。
崩れたブロックや塀を乗り越えて店のドアを開けたら・・・
冷蔵庫がひっくりかえり、棚が崩れ、備品が散乱し、足の踏み場がありませんでした。
そして僕の目に飛び込んできたのがこの光景でした・・・
立ち尽くしましたね・・・
頭が真っ白になりましたね。
二年前、仲間と始めたこの大洗まいわい市場。ようやく軌道にも乗り始め、地域との交流も出来てきて、さぁこれからもう一つ上にステップアップするぞ!って時でしたからね。
「もうだめかもしれない・・・復活なんて無理だ・・・」
あの時は直感でそう感じていました。胃に穴が開くような痛みを感じていました・・・
株式会社Oaraiクリエイティブマネジメント 代表取締役 常盤 良彦
そんな中、ようやく大洗まいわい市場に入れる事に・・・
アウトレットの駐車場に入ったら以前の様子はガラリと変わっていました。舗装面はうねりまくり、隆起が激しく、様々な商品が散乱していましたね。
入り口に車を止めて、歩いていったんですけど、ほんの150メートルくらいしかないのに、なんだかずいぶん歩いているな・・・そんな気持ちでした。
崩れたブロックや塀を乗り越えて店のドアを開けたら・・・
冷蔵庫がひっくりかえり、棚が崩れ、備品が散乱し、足の踏み場がありませんでした。
そして僕の目に飛び込んできたのがこの光景でした・・・
立ち尽くしましたね・・・
頭が真っ白になりましたね。
二年前、仲間と始めたこの大洗まいわい市場。ようやく軌道にも乗り始め、地域との交流も出来てきて、さぁこれからもう一つ上にステップアップするぞ!って時でしたからね。
「もうだめかもしれない・・・復活なんて無理だ・・・」
あの時は直感でそう感じていました。胃に穴が開くような痛みを感じていました・・・
株式会社Oaraiクリエイティブマネジメント 代表取締役 常盤 良彦
東日本大震災からの復活③・・・第一歩を踏み出す。2011.3.14
さて、この状況を改善しない限り、次の一歩に進めません。
ライフラインが途絶えているからか、アウトレット本社から連絡はなく、アウトレットの現場もかなり混乱していました。
「店舗内現状維持」のような話も、風の便りには聞きましたが、大洗まいわい市場の商品には、野菜などの生鮮食品や干物などが多く腐敗の恐れがあるため、いつまでも現状を保つことは難しいと判断しました。
届くかどうかもわからないメーリングリストで、スタッフ・出品者に呼びかけました。
「明日から商品撤去作業を始めます」と。
次の日から、スタッフと生産者の方が毎日現場にかけつけてくれ撤去作業が始まったのですが、中には重さ100キロ以上ある什器がゴロゴロ転がっています。その下には5センチくらいに積もった汚泥が広がります。
いったい何日かければこの瓦礫は撤去できるのだろう・・・
毎日、毎日少しずつ外に津波にやられた商品を運び出し、少しずつ店内に空間が出来てきました。
しかし、店内に空間が出来ると外はこんな状態・・・
時折、スタッフや集まってくれた出品者が商品を見ながら寂しそうな顔をしていると、とても胸が苦しくなりましたよ。
何日目だったでしょうね、積もった汚泥を除去するのに、農家の方が散水車を持ってきてくれました。水道も、ガソリンも不足しているのに、本当にありがとうございました(^^)
おかげさまで徐々に白い床が見え始めました。そのときは、ちょっとした感動すらおぼえましたね♪
生き残った棚の汚泥を洗い流し、店内に移動し、撤去作業が終わったのが8日目。もう3月の後半になっていました。余震が続く中、多くのスタッフ・出品者の皆様に感謝感謝でした。
株式会社Oaraiクリエイティブマネジメント 代表取締役 常盤 良彦
ライフラインが途絶えているからか、アウトレット本社から連絡はなく、アウトレットの現場もかなり混乱していました。
「店舗内現状維持」のような話も、風の便りには聞きましたが、大洗まいわい市場の商品には、野菜などの生鮮食品や干物などが多く腐敗の恐れがあるため、いつまでも現状を保つことは難しいと判断しました。
届くかどうかもわからないメーリングリストで、スタッフ・出品者に呼びかけました。
「明日から商品撤去作業を始めます」と。
次の日から、スタッフと生産者の方が毎日現場にかけつけてくれ撤去作業が始まったのですが、中には重さ100キロ以上ある什器がゴロゴロ転がっています。その下には5センチくらいに積もった汚泥が広がります。
いったい何日かければこの瓦礫は撤去できるのだろう・・・
毎日、毎日少しずつ外に津波にやられた商品を運び出し、少しずつ店内に空間が出来てきました。
しかし、店内に空間が出来ると外はこんな状態・・・
時折、スタッフや集まってくれた出品者が商品を見ながら寂しそうな顔をしていると、とても胸が苦しくなりましたよ。
何日目だったでしょうね、積もった汚泥を除去するのに、農家の方が散水車を持ってきてくれました。水道も、ガソリンも不足しているのに、本当にありがとうございました(^^)
おかげさまで徐々に白い床が見え始めました。そのときは、ちょっとした感動すらおぼえましたね♪
生き残った棚の汚泥を洗い流し、店内に移動し、撤去作業が終わったのが8日目。もう3月の後半になっていました。余震が続く中、多くのスタッフ・出品者の皆様に感謝感謝でした。
株式会社Oaraiクリエイティブマネジメント 代表取締役 常盤 良彦
東日本大震災からの復活④・・・苦渋の決断と新たな問題。そして第2歩・・・2011.4.6
時は既に3月下旬。僕はある決断を迫られていました。
そう、スタッフの行く先です。経理面、情報収集面は他の役員が全力で当たってくれていました。
アウトレット本社から、再開の意思決定の通達はまだ来ていませんでした。再開の目途もたたないまま、独自にお店を再開はできない。ましてや今、この日本中が震災の被害により混乱している。
そして新たな問題・・・そう、福島第一原発の事故の深刻さが連日報道されていました。
始まった出荷規制。そして容易に想像できる風評被害。僕たちが扱う商品は正にそれらが中心です。
商品だけならまだ良いのかもしれません。この大洗の地、そして茨城という地自体が風評被害にさらされるかもしれない。
素人ながらに考えれば考えるほど、負の連鎖反応はとどまることを知りませんでした(涙)
今はスタッフに涙をのんでもらうしかない。折りしも雇用保険の震災特別適用があり、役員を除くスタッフは全休職扱いとなりました。復職をすぐ望むスタッフばかりでしたが、もう今はこうするしかありませんでした。
つらい辛い決断でした・・・
アウトレットから再開の正式通達があったのは4月6日でした。
アウトレットが潰れるんじゃないか。もうなくなってしまうんじゃないか。そんな噂はすぐに町中に広がりました。そりゃそうですよ。僕たちテナントに来た正式通知が、震災後の約1ヵ月後ですから。
だから僕たちは、そんな事はない、正式通知がくるまではそういう悪い噂はしないで欲しい。と言われるたびにお願いをしていました。
そして・・・正式通知がきたその日から、僕たちの第2歩が始まりました・・・
株式会社Oaraiクリエイティブマネジメント 代表取締役 常盤 良彦
そう、スタッフの行く先です。経理面、情報収集面は他の役員が全力で当たってくれていました。
アウトレット本社から、再開の意思決定の通達はまだ来ていませんでした。再開の目途もたたないまま、独自にお店を再開はできない。ましてや今、この日本中が震災の被害により混乱している。
そして新たな問題・・・そう、福島第一原発の事故の深刻さが連日報道されていました。
始まった出荷規制。そして容易に想像できる風評被害。僕たちが扱う商品は正にそれらが中心です。
商品だけならまだ良いのかもしれません。この大洗の地、そして茨城という地自体が風評被害にさらされるかもしれない。
素人ながらに考えれば考えるほど、負の連鎖反応はとどまることを知りませんでした(涙)
今はスタッフに涙をのんでもらうしかない。折りしも雇用保険の震災特別適用があり、役員を除くスタッフは全休職扱いとなりました。復職をすぐ望むスタッフばかりでしたが、もう今はこうするしかありませんでした。
つらい辛い決断でした・・・
アウトレットから再開の正式通達があったのは4月6日でした。
アウトレットが潰れるんじゃないか。もうなくなってしまうんじゃないか。そんな噂はすぐに町中に広がりました。そりゃそうですよ。僕たちテナントに来た正式通知が、震災後の約1ヵ月後ですから。
だから僕たちは、そんな事はない、正式通知がくるまではそういう悪い噂はしないで欲しい。と言われるたびにお願いをしていました。
そして・・・正式通知がきたその日から、僕たちの第2歩が始まりました・・・
株式会社Oaraiクリエイティブマネジメント 代表取締役 常盤 良彦