流産、という言葉を聞くとすぐに思い出してしまう


人がいます。




大学生の時、デパ地下のジャム屋さんでバイトを


していた。お隣りはチーズ屋さんでレジが同じ


ブースにあった。チーズ屋さんは当時28、9歳の


きりりとしたいつも高めのポニーテールをした女性。


仕事に誇りを持っていて、チーズの勉強も相当した


そうだ。よく賞味期限切れ前の高級なものをたくさん


くれたり、試食用のチーズを食べさせてくれたりと


優しい人だった。




まだ大学生だった私には結婚も妊娠もまったく想像の


つかない世界。当時、彼女は結婚してもう7年だ、と言っていた。


お子さんは?と聞くとまだいないの、とちょっと寂しげに微笑んだ。


そして「実は一度妊娠はしたんだけどね。」と嫌な顔をせず


話してくれた。私もそんな話になるなんて思いもしなかった


のだけれど。




結婚してからどのくらいで妊娠したと言ったのかはもう


忘れてしまった。とにかく念願の妊娠してから2,3ヶ月の頃に


出血があって病院にいったら流産の危険性があるので


絶対安静といわれて即入院になったそうです。


自分は元気だっていうのに一日中寝ていないといけないの


はかなりつらかったらしい。数日が経って、ある日トイレに行った


時、ふとみると出血してトイレの水が一瞬にしてサーッと


赤くなったそうだ。


その瞬間に、まさか!!と思って思わずトイレの水の中に手を


突っ込んでまだ小さな胎児だった赤ちゃんを必死に探した


そうです。ほんとにまだ虫のように小さな塊の赤ちゃんを


見つけて手に取ったとき、トイレの中で握り締めたまま、


座り込んでわんわん大声で長いこと泣き続けたそうだ。




彼女はちょっと遠い目をしながら「探してるとき、汚いとかそんなこと


ぜんぜん思わなかったねえー。あれが母性なんだろうね。」と、


自分を客観的に語るのを聞きながら、ただ私は言葉を失って、


何も答えることができなかった。


あれから15年以上過ぎたけど、ジャム屋は担当の人が結婚して


しまってからもうあのデパートにはない。


けれどチーズ屋はまだ健在だ。実家の両親が言うには、


今でも彼女はそこでバリバリ働いていて、さらに勉強を重ねて


なにかの賞を取って今年の初めの頃に新聞に載っていたそうだ。




当時は自分とは無関係なような話題だったけど、今はその話って結構


リアルに感じる。不可抗力の流産にはなんの手立てもないけど、


とりあえず体を鍛えとくしかないって思ってます。




今度帰省したら会いにいってみようかな。