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元うつ妊婦のゆる妊活&妊娠記

2012年秋にうつ病と診断されました。
2015年に服薬が終わり、おおむね元気です。
子宮がん検診のため、地元の不妊治療もやってる病院に行ってみたところ、トントン拍子に不妊治療がはじまり、2017/2月に初妊娠。
ほぼ妊娠以降の記録です。
2017/10/15♀出産予定。

23:00

夜勤の助産師さんに交代。

切迫入院中から担当してもらってた方で、話も沢山聞いてくださってた方なので、少しほっとする。

子宮口や胎児の様子を見て、初めてここで「赤ちゃんの向きが良くなくて降りてこられないのかも」と言われる。

旦那と2人でえっ⋯てなる。

重力の力で回旋を助けるため、横になって右向きでシムスの姿勢をとると回りやすいから頑張ってとアドバイスを受ける。

さっきの方も分かってたのかもしれないけど、横になってとしか言われなかったー!

死ぬほど痛いけど頑張って指定の姿勢を取る。

時々飛び起きて座りつつも、時々やってくる助産師さんに励まされながら、シムスの姿勢や横向き体位を頑張る。


2:00

痛みはひかず、体力が限界。

子宮口は一応じわじわ開く。

7cmぐらい。

赤ちゃんの回旋はいまいち。

子宮口の上側?が引っかかってるとかで、内診で思いっきり広げられる。

カーテンの向こうに行ってた旦那が「あんな断末魔、生きてきて聞いたことない」って言われるぐらい絶叫。

陣痛の間は唸る感じでそんなに叫ばなかったし静かだったと言われたけど、この時はホラー映画みたいに悲鳴を上げました。死ぬかと思った。


4:00

旦那と2人でひたすら耐える。朦朧としてくる。

この頃にはシムスの姿勢をとる余裕なし。ひたすら座って耐える。

何回か、何か食べてと言われるけど無理。

辛うじて、たまに気合い入れた時にウィダーインゼリーを飲んでました。固形物なんて無理。

お茶は飲めたので、水分は取れてました。

この辺で導尿される。

導尿でお産が進むことがあるそうです。

痛いけど本当に地味な痛みで導尿とかどうでも良かった。

熱が38度ぐらいあって、このあたりから助産師さんも焦り始めていたそうです。(あとで聞いた)

子宮口9cmほど。


分娩室で、分娩姿勢でいきんでみようと言われ、ヨロヨロと分娩室へ移動。

立会いはどうする?と決めてなかったのですが、旦那も流れでなんとなく一緒に移動。

これは大正解でした。旦那いないと無理だったかも。

分娩台に上がり、またつっかえている子宮口の上側?をグリグリされる。

さっきほどではないが死ぬほど痛い。

けど、体力を消耗しすぎて叫ぶ元気もない。

降りてきていないのか、いきみたい感じもない。


5:00

いきんでみるも、なかなか回旋がうまくハマらず、いきみたい感じもない。

いきみ方もヘタで、いまいち降りてこない。

もうお腹切ってくれないかな⋯と思うが、口には出せない。ひたすら耐える。

いきみ方を、旦那が一緒に呼吸してくれて、少しだけ頭がクリアになる。

いきむも、進まない。


陣痛も、熱と体力消耗で弱っているらしく、感覚が4分以上に。

胎児の心拍も上がっていると言われ、吸引の準備が始まる。

会陰も麻酔して切られてチクッとするけど、いてえ、と思うぐらいでもうどうでもよかった。


医師1人にお腹を押され、1人は吸引、小児科の先生も来てくださってました。

助産師さんにフルメンバーよ〜心強いよ!(笑)と明るく言われる。

この助産師さん、いつも明るくて肝が据わってらっしゃって、本当に助けてもらいました。

お腹を押されすぎて苦しくていきめない。

あいかわらず、いきみたい感とやらがない💦

しかも、痛みを逃す吐く呼吸が癖になりすぎていて、いきむ時も痛みのあまり息を吐いてしまう。

深呼吸してから、息を止めていきんで!と言われるもなかなかうまくいかない。

旦那にもリードしてもらい、陣痛促進剤で陣痛も多少戻し、なんとかいきむ。

お腹をあまり押さないようにするから、頑張っていきんでみて!と言われ、押す力が軽くなる。

少しいきみやすくなって、ウンコ出す感じで!と必死でいきむ。

吸引に3回ぐらい失敗。

天井や壁に血が⋯飛び散ってました⋯。

いきむと腰が砕けそうな痛み。

痛いと叫ぶ。

「自分で産むんだよ!引っ張るのは助けるだけだよ!」と言われ、朦朧としながらもハッとする。

力が入らないながらも、大を出す感じで死ぬ気でいきむ。

息を止めすぎたら赤ちゃんに酸素が行かないのでは?と怖かったけど、止めて大丈夫って言われてるんだからとめる!もうどうにでもなれ!!と息を止めていきみ続ける。


am6:05

吸引の力もあり、ドゥルン!と何かが出る感覚。

「生まれたよーーー!」

小児科医の先生たちがバタバタと動く。

私は呆然。

やり遂げた感とかなかった。

陣痛が来なくなった、それだけでした。(笑)

産声がすぐに聞こえ「泣いた!良かったぁ⋯」というのは勝手に呟いてました。

旦那に「ちゃんと泣いてるで!頑張った!頑張った!」と半泣きで頭を撫でてもらう。嬉しかった。

色々処置してもらったらしい娘が、顔の近くに連れてこられる。

旦那が慌ててビデオカメラで撮影(笑)

ここだけ、ボロボロの私と娘が映像に残ってますが、トラウマすぎてまだちゃんと観られてませんw

横に置かれたのであまりよく見えなかったけど、元気に赤ちゃんらしい声で泣いてたので、ほっとしたのだけは覚えてます。

旦那は医師に呼ばれて、分娩室内の処置台みたいなところに赤ちゃんを少し見に行ってたよう。

小児科医の先生が赤ちゃんお預かりしますねーと連れていく。

娘も感染症の兆候があったため、カンガルーケアなどもなしで連れて行ってくださったようです。


終わった⋯と呆然とするも、まだまだ終わらないw

胎盤が出てこず、お腹を強くマッサージされまくる。

めっちゃ痛い。

痛いの終わったと思ったのにかなり痛い。

陣痛を思い出して、旦那に励まされつつ、痛い痛いと言いながらも耐える。

支給収縮剤を点滴しつつ、10-15分ほど子宮のマッサージをされ、ドゥルンと胎盤が出る。多分、この時かなり血もドバっと出た。生暖かい感じがしたので。

旦那いわく胎盤は、「透明感のある、袋に入ったレバー」らしいです。

私は呆然としてて見てません。

器具とか分娩台とか、色々なものが血まみれだったそうです。

この時の出血が原因で、今も貧血気味です。

とりあえず胎盤が無事出たので、会陰を縫われる。

吸引だったので、かなりがっつり切られたよう。傷口は怖くて見れてません💦

チクチクするけど、麻酔されてるらしく時々イテッとなる程度。

痛みの順番としては、私は陣痛>分娩>後産>会陰切開>縫合でした。


かなり時間がかかって縫合終了。

分娩台でそのまま様子見。

助産師さんが二人でゆっくりしててね〜電話もここでしていいよ、と言って出ていったので、とりあえず母に連絡。

無事生まれたことと、私もなんとか無事と自分で話す。

数日前にコウノドリの最新刊を読み、出産直後の急変で死亡例があると読んでいて怖かったので、旦那に1時間くらいはずっと近くにいて!と頼んでいてもらう。

しんどかっただろうに、文句言わずずっと頑張ったね〜とついててくれた旦那に優しいやつだなぁ⋯と泣きそうになる(笑)


口がカピカピになっていたので旦那にふいてもらったり、水分補給したり、話したりして2時間近く過ごす。

旦那が義実家に連絡してきていい?と言うので、もう大丈夫そうかも、と落ち着いてきたので行ってもらう。

助産師さんが戻ってこられて、会陰切開が怖かったけど尿意がヤバかったのでポータブルトイレに行かせてもらう。

分娩台から降りる時、足腰がガクガクで怖かった💦

ゆっくりゆっくり降りて、やっとこさポータブルに座る。

排尿しようとするも出ない。

しばらく頑張ってみるも出ないので、導尿しようか、と言われ、もう少し頑張ってみたらシャーっと出ました(笑)

意外としみることもなく。

とにかく悪露がすごくて、血まみれになりつつパンツを上げてもらって、産後初の排尿完了。

そのまま車椅子に座り、病室に行くことに。

個室にしたので、病室に行ってから、電話やLINEのメッセージで出産報告をしたり、意外と元気でした。

旦那の方は病室のソファで爆睡。

3時間ほど仮眠して、旦那帰宅。

昼前にようやく眠くなり、少しだけ寝る。

この日はとにかく立ち上がるのが一苦労で、生まれたての子鹿みたい⋯と笑ってました。

お腹は減るものの、固形物を食べられず、残りのウィダーインゼリーを飲んで過ごす。

貧血がひどいので、点滴。

病室内のトイレも、産後3回目までは助産師さん付き添いでいった。


夕方に娘に会いに。

感染症に対して予め抗生剤を入れておくとのことで、保育器に入って点滴を繋がれていて、申し訳なく思いました。

もっとがんばっていきめてれば⋯。


母が来て、シュークリームや巻き寿司を差し入れしてくれる。食べられた。

夜は、病院食も少しだけ食べられました。

夕方に旦那がまた来てくれて、話したら少し気分が軽くなる。

旦那も、保育器ごしですが、未熟児室にいる娘の顔を見てから帰宅。

夜は眠剤飲むように言われ、飲んで結構寝られました。





その3に続く。

長い!文字数多すぎって怒られました笑い泣き