はなとぅんのブログ -2ページ目

バージンロード

何故か、今バージンロードが思い浮かんだ照れ
土曜日こ朝の通勤電車の🚃中で…。



私には父がいないので、隣は母である。




おそらく互いの腕を力いっぱい強く掴んでしまうんだろう。


と、ふと思い出した。


過去に
母の腕を強く掴んだのは、
父のお葬式だ。

あの時は、
潰れそうな母をしっかり抱えるように、私が母の腕を掴んだ。

でも、
おそらく、
今度のバージンロードは、
母が私を支えるように腕を強く掴んでくれるんだろうな。

そう思ったら、
朝から、
土曜日のまったりした通勤電車の中で、
涙が溢れてきた。

あれから。

すごく久しぶりの更新キラキラ
アプリを削除していたので、全く存在すら忘れていましたにやり
が、何がきっかけか存在を思い出し、
インストールし直して、
パスワード押してみたら繋がりましたチョキ
あれから、月日が流れ………。。
立派に大人と成長いたしました。
(あの頃も充分大人でしたが汗)
仕事は安定し、大切なパートナーまでできました。
やはり、
日記を書くって良い事だな、
て、
感じてます。


自分の成長もわかるけれど、

何より、

忘れかけていた純粋な気持ちを、
思い出させてくれる。

特にあの頃の私は、
欲が全くなく、
目の前にある事だけを見ていて、
それに感謝していました。

今はどうでしょう。

安定した生活を手に入れてしまいました。

それは決して悪い事じゃないけれど、
今の自分は、
望んでる自分じゃない。

あの頃の私が望んでた自分じゃない。

そう、思います。

安定した生活を手に入れてしまった私は、
何もしなくなりました。
怠け者です。

歩かない。

座ってしまう。

そんな感じ。


これじゃいけない。

ちょっとだけ、
前の自分をもう一度取り戻してみようかな。




心の整理中

こんにちは。


私は、今、人生のすごい地点にいます。

真っ只中。

暗中模索中。。。

仕事もほとんどしていないから収入もなく、かといって、探すのは仕事ではなく、自分自身。

なーんて、かっこいいこと言ってますが、正直、仕事を探す気持ちは、まだないのです。


でも、やっぱり 東京 女 ひとり 生活 を考えると、不安でたまらなくなります。

そんなときは、

『人生一度きり 今を happy に生きよう』

と言い聞かせております。


誤解してほしくないのは、「ちゃらんぽらんに、いま私が、ここにいる」、ってことです。


今に至るまでには、やっぱり色々ありました。

一応、今年の3月まではちゃんと仕事をしていたわけで…。


実は去年も似たようなことをしました。


仕事を辞めたわけですが、勇気のなさから、すぐ仕事を見つけてしまったのです。

去年は仕事を2ヶ月ほど辞めていたけれど、その2ヶ月では、得られたものはほとんどなかった。


現在は自由生活5ヶ月目に入ろうとしています。

去年に比べると、とても質のいい5ヶ月です。


私の仕事は、特殊で、ほぼプライベートがありません。

と、ゆうより、私が不器用なので、プライベートを作ることができません。


もともと、人見知りはしない性格なので、どんな人とも仲良くなれます。

八方美人なんですね(苦笑)

外で頑張りすぎちゃうから、社交が終わると、人をシャッターアウトしちゃうんです。


そんなんだから、「東京 女 ひとり 生活」がどんどんと孤独化…追いやられていってしまいました。

わかってるんですが。


でも、仕事も100パーセントちかく頑張ってしまうせいか、休みはぐったり。

平日休みで友達とも合わない、飲みの誘いがあったと思えば、次の日は仕事だから行けない。

そんな日々で気がついたら30歳。


年齢も、そんな生活も含めて、我に返ったきっかけは、苦肉にも、3・11の震災でした。


震災地は実家の岩手県。


連絡も取れなくて、不安で、孤独になったとき、

一気に今までの毎日の日々がいかに孤独だったのか、思い知らされたのです。


正直、腐ってた日々。死んでる日々。


0時近くに家に着き、仕事で興奮してる気持ちをお酒で落ち着かせて眠らせ、5時に起きて仕事に行き、汗をかき、声をからし、また一日が終わる毎日。

ちょっとのことでイライラし人にあたり、よく笑ってた私はどこにいってしまったんだろう。

もう、限界。

心も身体も、もう、限界。


震災が教えてくれたのです。


上京して初めて、「実家に帰ろうかな」と思った瞬間でした。


私はミーハーなので、都会での一人暮らしにとても憧れをもっていまいした。

18歳から一人暮らしを始め、皆がホームシックになるところ、寧ろその意味がわからなかった。

一人が楽しくて楽しくて。


ところが、30歳で初めてホームシックになってしまったのです。


それで去年は仕事を辞めたわけですが、2ヶ月ももたなかった。


でも、今回は、リベンジってことです。

実家に帰ることも考えています。

でも、現実問題、仕事は東京の方が沢山あり、

被災地での仕事もありましたが、数をこなす仕事=以前の自分に戻るのではないか・・・など。


環境が変われば、同じ仕事をしていても違うかもしれない、とも言われました。

でも、18歳から一人暮らしをしてきたわたしにとって、引っ越す勇気、実家に戻る勇気、がなくて。

気持ちが、本当にチキンちゃん。


そしてそして、言葉で言い表せない何か、醜いような、逆に強いような、重たい鉛が心の奥底にずしっとあるみたいです。

でも、ほぼ醜い気持ちが強いんだと思います(笑)


今の仕事じゃないことしてみようとも思っています。

自分がしたいこと。

人のためになること。


だから、被災地での生活も考えたわけです。


もともと母子家庭で育った私ですが、何不自由なく育てていただきました。

ただ、心の面では、ガラスのように繊細だったと思います。

父がいないことで、ビクビクした時もありました。

強い安心感は常になかったと思います。


でも楽しかった。

安心感はなくても、不安が沢山あっても、笑うことが沢山ありました。

家族で、死んじゃいそうになるくらいお腹をかかえて笑うことって、親がちゃんとそろってる家でもないところはないんじゃないかな。

うちは、誰かが笑うと、意味もなく笑い、それにつられて笑ってるうちに呼吸ができなくなるくらい、よく笑ううちでした。

同時に、死にそうなくらい喧嘩もしましたが。


だから、親がいない子達にも、もっと笑顔をあげたいな。

そのこたちのためになりたいな。

できれば働きたいな。


そこで。


なんと。


今度、

行ってきます。


2週間。


タイ、コンケン。


孤児院。


ボランティア。


初。


海外。


こないだ、30歳、初めてパスポートとりました。


ボランティアとゆうより、私がボランティアされるのではないかと、思います。


行くと決めたのは、

おそらく今しかないこの休みと、今の自分の気持ちのタイミングがバッチリだと思ったから。


自分が決めたルールにのった、時間にも、自分にもストイックに生活していた日々をリセットして、

もっと自分の身体の声を聞きながら生活をしたい。


そう、思いました。


観光地にいくわけでもなく、恵まれた環境に宿泊するわけでもなく、おそらく厳しい生活になるとは思います。

でも、行きます。

ここまで、腐っただの死んでただの、書いてきましたが、そんな生活だって、どんだけ恵まれてきたのか、

まだ人間なってない自分。

そんな自分を気付かせるためにボランティアに行くとか言っちゃてる、恵まれてる自分。


今までの自分を捨ててきます。

温かみのある人間になってるといいな。


帰ってきて、お金も底付いちゃってると思うけど、そのときはそのときで、住むべき場所はここだと割り切って。


誕生日もあちらでむかえてきます。