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 戦後最短でしかも厳冬の寒波という、投票に適さない環境下で行われた衆院選の結果は、自民党の圧勝に終わった。しかも勝ち過ぎである。与党で連立を組んでいる日本維新の会も議席は増えたが、野党のチームみらいや参政党ほど増えていない。また野党では第1党の中道改革連合が大崩れした。無論それでもこの中道改革連合は数の上だと、まだ野党の第1党ではある。結果的に、衆議院では与党が野党の3倍以上の勢力を有してしまったわけで、正直な話、数の論理の暴走が頭にない余程の楽観主義者でなければ、この政治状況は手放しでは喜べないはずだ。しかも政治と金の問題で、大失態を晒した裏金議員たちがゾロゾロと当選している。これでは呆れて物が言えない。

 

 しかしながらこの有権者の投票行動は、自民党を支持したというよりも、日本で史上初の女性首相個人を強力に支持した表れであろう。そして高市首相は、世界標準から逸脱して世襲の政治家が多いこの日本においては、珍しく非世襲議員だ。それゆえ過去に選挙活動で落選も経験しており、地盤やコネのない一介の女性政治家から総理大臣まで苦労して上り詰めたことになる。つまり庶民感情から過大な期待が生まれたとしてもおかしくはない。またこの有権者の期待感は、全体の投票率が50%そこそこではあっても、前回の衆院選より高く、投票するには厳しい気候ながら選挙権を行使できたことを踏まえるなら、それほど今の日本社会の日常は、やはり物価高や国民負担や重税で痛んでいるのだ。つまり藁をも掴む勇み足に近い衝動が、この選挙結果を招いてしまったのかもしれない。

 

 ただこうした国民大多数の窮状を救済できる具体的な政策提言は、残念ながら選挙戦の渦中、特に後半から終盤になるにつれ、どの政党からも見えてこなかった。特に不可解だったのは、前回にこのブログでも指摘したが、中道改革連合は減税も含めた国民負担を減らす為の財源を、政府系ファンドの創設や政府基金や余剰金の活用から捻出すると明確にしていながら、しかも今年の秋までという実行期限も設けてさえいたのに、街頭演説を含めた国民へ直に声を届けれる機会になると、与党批判に終始していたことだ。この与党に対する批判三昧の姿勢は、何も中道改革連合だけではない。他の野党もチームみらいを除いては同様であった。多分この野党が与党批判にのめり込んだ現象には、有権者の国民はウンザリしたのではないか。実際、野党ではチームみらいが議席数を想定外に増やしたのとは対照的である。そして高市首相も野党批判をあえて避けていたようだ。 

 

 とはいえ与党の自民党と日本維新の会が今後の政権運営において、1億総中流から格差が拡大し貧困層が増え続けている日本社会の厳しい現実を、本気で善処する覚悟があるのなら、勝って兜の緒を締める程度では余りにも心許ない。高市首相は選挙結果を白紙委任状と認識する気はないようだが、お金で苦労し過ぎている国民の多くを大規模にサポートする為には、是非とも即効性のある対策を実現して頂きたい。そして当選して復活した裏金議員は、有権者から信任を貰い背中を押された、これで禊ぎが済んだなどと勘違いし、軽薄に浮かれている場合ではない。この上は国民の為に粉骨砕身し、首相以上に働きまくるべきなのだ。

 

 昨年の12月に発表された高市早苗首相のポスターには、好感度抜群に撮影された笑顔やポーズと共に、日本列島を、強く豊かに。というキャッチコピーが読みやすい明朝体で表記されている。ここから首相自身の真意を国民は無理に探る必要はない。ただ巨大与党となった自民党の人々は、驕りや慢心に陥らない為にも、日本ではなく日本列島という言葉から、領土や領海や領空を想起させる国家意識よりも、地球という惑星の中のある地域、または地球の構成員という認識を持つべきであろう。そして強くと豊かには現状からの変化が如実に感じられるが、強くとは今以上の軍事大国になるべき変化ではなく、むしろ数10年以内の襲来が科学的分析や予測では避けられない南海トラフ地震をも含めた天災を防げる強靭な日本列島を構築していく変化であるべきだ。そして豊かにとは当然、現状の過酷な格差を改善し絶望的な貧困層を増やさない、経済的に豊かな社会へと変化する姿であるべきだ。

 

 今回の衆院選の結果の不可解さは、そもそも急な解散というその不可解さに端を発している。また欧州や中南米の政局のように、右派と左派で政権が頻繁に入れ替わるケースと違い、中道を自認する野党の第1党が大敗してしまい、不可解さに輪をかけて混迷さをも増した。さらにその流れで、少数の左派も著しく萎んでしまったが、中道改革連合の内部では、公明党の議席は増えて、立憲民主党の議席が壊滅的に減っている。ただこれを単純に右が勝って左が負けた、或いは日本の有権者は左の政治思想よりも右の政治思想に傾倒していると解釈するのは早急な判断だ。なぜなら極端化していく格差社会は日本だけではなく、ほぼ全世界共通の問題なのだから。そして何より政治的には左右の違いなく権威主義的な国家は存在するし、大多数の底辺が少数の天辺を支えているピラミッド構造は権威主義的国家に限らず、民主主義的国家にも見受けられる。

 

 どうやらはっきりしてきたのは、右や左という図式では結局、今の袋小路に入ってしまったような問題解決は図れないということだ。そうではなく天災や人災が蔓延する現代世界において、山積する諸問題を解決するには自国ファーストか地球ファーストかという図式で考えるべきであろう。特に自国ファーストを強力にアピールする為政者の多くは、実のところ自国ファーストは単なるポーズで、その正体は自分ファーストであることが殆どだ。今回の衆院選で当選した衆議院議員の人々はそこを肝に銘じるべきであろう。まかり間違っても自国ファーストの衣を着ただけの自分ファーストに成り果ててはいけない。

 

 そして世界中の政治家は地球ファーストのコンセプトにこそ、健全な自国ファーストが内包されていることに気付くべきである。私たちが生きている世界には、様々な国や民族や人種や宗教が存在するが、21世紀も20年以上の時が流れ、気候変動も含めた天災の凄まじさは半端ではない。しかも被災した高齢者の多くは国や民族や人種や宗教の区別なく、長い人生の中でこんな目に遭うのは初めてだと悲嘆する。要は人類はもう紛争という人災に血道をあげている場合ではないのだ。素直に協力して助け合うべきである。高市首相は改憲に非常に前向きだと思われているが、だとしても日本が世界で唯一の、戦争で核攻撃を受けた被爆国だという歴史的事実は変わらない。本当に日本列島を強く豊かにしたいのなら、日本国憲法の理念を盾にして真摯に平和外交を試みてはどうか。第2次世界大戦の終戦以降、本気でこれに取り組んだ日本の総理大臣は1人もいなかった。