皆様、お久しぶりです。

株式会社ホクセキです。

 

今回は久々の投稿で

少し長い内容になりますが、

お付き合いいただけたら嬉しいです。

 

お気付きの方も多いと思いますが、
当ブログのタイトルには
サザンオールスターズの曲名を多数
使用しています。
 
「C調言葉に御用心」(1979年・シングル)、
「せつない胸に風が吹いてた」
(1992年~アルバム
「世に万葉の花が咲くなり」に収録)
「太陽は罪な奴」(1996年・シングル)
を使用させていただきました。

 

 

 

 

 

 



もはや説明不要ですが、
サザンオールスターズは
1978年のデビュー以来、
昭和、平成、令和と
いく年代にも支持を得る
国民的ロックバンドです。
筆者も年齢のせいか、最近ではもう
サザンオールスターズも桑田佳祐さんの
新曲も聴かなくなってしまいましたが、
10代、20代の多感な時代
に大きな影響を受けました。
筆者の年代で言いますと、
ダウンタウン、ウッチャンナンチャン、
清水ミチコさん、野沢直子さん
が共演した伝説の深夜バラエティー番組
「夢で逢えたら」のオープニング曲の
「女神達の情歌~報道されないY型の彼方へ」(1989年)
「フリフリ’65」(1990年)
 
桑田佳祐初監督作品「稲村ジェーン」(1990年)
の主題歌「真夏の果実」(1990年)
挿入歌・稲村オーケストラ名義「希望の轍」
(若い人にはこちらの方が馴染みがあるかも)
流行語にもなった「冬彦さん」のドラマ
ずっとあなたが好きだった
の主題歌「涙のキッス」(1992年)
 
 
最近ではユニクロのCMで桑田佳祐さんのソロ曲、
「悲しい気持ち~JUST A MAN IN LOVE」(1987年)
が使われたのも記憶に新しいです。
※ユニクロでは他のサザンオールスターズ、
桑田佳祐、KUWATABAND の曲を使用してます。
 
ファンなら周知の事実なのですが、一応解説すると、
歌うのが桑田佳祐さんでも全てが
サザンオールスターズではありません。
1986年に1年限定で活動したKUWATABAND
「スキップビート」、
「MERRY X’MAS IN SUMMER」、
「BAN BAN BAN」、「ONE DAY」(全て1986年)
桑田佳祐(ソロ名義)一例として、
「いつか何処かで~I FEEL THE ECHO」(1988年)、
「祭りのあと」(1994年)、「白い恋人達」(2001年)、
「波乗りジョニー」(2001年)等多数
ファンの間ではこの違いにこだわるのが通例のようです。

 
筆者がサザンオールスターズで
一番好きな歌は何かと聞かれたら
多すぎて選ぶのは難しいのですが、
印象深い歌は何かと聞かれれば
真っ先に浮かぶのがタイトルでもある
「私の世紀末カルテ」です。

 

私の世紀末カルテ

 

作詞・作曲 桑田佳祐

 

家に帰るとテレビが無くては 生きてはいけません
嘘でも良いから刺激が無くては 死んでしまいます
こんな時代に手紙を書くのが 好きになりました
他人(ひと)に己をさらけ出すのが 怖くてなりません
闘う事や 傷つく事は 拒むけど
野暮な慰めにゃ ホロホロリ

 

胸いっぱい時代の風を 吸い込む頃がある
こんなに汚れた 都会の空気を 有難がっていた
いくつになっても 未熟な自分を 愛しく思っている
こんな大人が 幼い我が子に 道を説いている
誰かにもらった 自由を 疑う事はなく
知らず知らずうち ホロホロリ


(中略)

 

人間同士も 深入りすると ロクな事はない
下手に誤解や 裏切りなんぞを 被る筋はない
人の絆は 付かず離れず 希薄な方がいい
その他大勢の 群れに紛れて 幸福つかみたい
歩みの遅い者を 尻目に駆け抜けりゃ
友は泣き笑い ホロホロリ

 

(中略)

 

情に流せば弱気な態度とはたからなじられて
腹から怒鳴ると変わり者だと嗚呼避けられる
頭を下げればその場はなんとかしのげるが
見て見ぬ振りすりゃ 自分がなんだか惨めになってくる
他人の視線と自分の評価にうろたえりゃ
春は柳さえ ユラユラリ・・

 

母さん あなたが謡ってくれた小唄が懐かしい
この世に生まれこの世で見たのは 
時代(とき)の流れだけ
未来世紀も人間(ひと)の心は移ろい易いだろう
こんなアジアの片隅なんかにしがみつきながら
もう背伸びをしようなんて 言わないが
せめて泣かせてよ ホロホロリ
夢を捨てられず ホロホロリ

 

 


「私の世紀末カルテ」は1998年、
「LOVE AFFAIR~秘密のデート」のC/W
として発表された曲ですので、
聴いたことがある人もいると思います。
当時20代だった筆者でもこの歌詞は
刺さるものがありましたが、
齢を重ねた現在、
当時よりもより刺さるものがあります。
どんなに虚勢を張っても
人間なんてひと皮むけばこんなもの
と言わんばかりの現実主義的な歌詞は
否定できないものがあります。
27年前の歌詞ですが、
2026年現在に聴いても色々通じるものがあります。

色褪せないという意味で、
もう一つ紹介させていただきます。
 
2026年1月2日の金曜ロードショーで
宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し
がオンエアされた際、
映画の企画書が公開され、
約25年前に書かれたとは
思えない内容という事で、
一部SNSでも話題になりました。
非常に興味深かったので
紹介したいと思います。
人気作なので視聴された方もいると思いますが、
お付き合い下さい。
 
囲われ、守られ、遠ざけられて、
生きる事がぼんやりにしか
感じられない日常の中で、
子供達はひ弱な自我を
肥大化させるしかない。
(略)
けれども、抜き差しならない関係の中で
危機に直面した時、本人も気付かなかった
適応力や忍耐力が湧き出し、
果断な判断力や行動力を発揮する生命を、
自分が抱えている事に気付くはずだ。

 

今日言葉は限りなく軽く、
どうとでも言えるあぶくのようなものと
受け取られているが、
それは現実がうつろになっている
反映にすぎない。
言葉が力である事は今も事実である。
力の無い空虚な言葉が
無意味に溢れているだけなのだ。
(略)言葉は意思であり、自分であり、
力なのだという事をこの映画は説得力を
持って訴えるつもりである。

 

ボーダーレスの時代、
よって立つ場所を持たない人間は、
最も軽んぜられるだろう。
場所は過去であり、歴史である。
歴史を持たない人間、
過去を忘れた民族はまた
陽炎の様に消えるか、
鶏になって喰らわれるまで
玉子を産み続けるしかなくなるのだと思う。
 

「千と千尋の神隠し」企画書
『不思議の町の千尋ーこの映画のねらい』より


この宮崎監督の言葉は当時の
子供達に向けた言葉だったはずですが、
今では大人の世界でも通ずる
言葉となってしまった感が否めません。
意思を持ち、自分を持って、
力を込めた言葉が否定される現代、
反面、力の無いあぶくのような
空虚な言葉しか発せられない現代です。
「私の世紀末カルテ」と同様の年代の言葉ですが、
どちらもジャンルや訴えるものは違えど、
今に通じる先見性を感じます。
 
企画書最後の歴史を忘れた云々の文面は
イギリスの歴史家アーノルド・J・トインビー
言葉を思い出します。
(諸説有~トインビーが提唱したとされるが、
典拠は不明である。)
民族滅亡の三原則として、
・理想を失った民族
・全てを物の価値に捉えて、
心の価値や豊かさを忘れた民族
・自国の歴史を忘れた民族
と述べたとされています。
この言葉は我が国のみならず会社にも
該当するのではないかと思いますが、
皆さんはどう思われますか?
 

世界はこの先AI等の最新技術により、

よりスピードを増して変化すると思います。

「人の心は移ろい易い」

という歌詞の通り、

人間の価値観、倫理観も変わるでしょう。

「よって立つ場所を持たない人間は、

軽んじられる」という言葉通り、

自信の立ち位置を理解し、

行動出来ない人には厳しい

時代になっていくのでしょう。

若い人達にも言える事ですが、

私の様な年代の人間こそが、

この時代の変化について行けるか
否かが鍵になるような気がします。

最後にサザンオールスターズで
一番カッコイイ曲は?
となれば私は「Tarako」(1984年)
が好きです。

 

 



最後までお読みいただき、ありがとうございました。

よろしければ、HPもよろしくお願いします。