こんばんは^ ^💕

先日もちびイタコにおつきあいくださいまして、

ほんとうにありがとうございました。


今日もさっそく、その続きですー


作曲を封印したのが小学校3.4年生。

その後も、ピアノを弾くことで、

「この音はこんな気持ちー」

という、

「音楽と気持ちの回路」を、

自分の中に、せっせとインプットしていたらしいちびイタコ。


「インプットがあれば、必ずアウトプットはある。」

のですよね。


インプット

=音に反応して感じること。

)Aという音を聴く🌷だなぁって感じる


アウトプット

=その逆向きで、

感じることを音にする。

)🌷だなぁという気持ち→Aという音にする


一度、ある回路がインプットによってできてしまえば、

作曲は、この方向を逆向きに変えて、

アウトプットすればいいだけです。


この「A🌷」のような回路、ひとつひとつが、

前回言ったような、それぞれ違う色合いを持っていて、

それが、自分の持つ「絵の具」です。


持っている絵の具の色が増えれば、

複雑で深いことも表現できるようになりますよね。

そして、その組み合わせで、表現できることは、

かけ算的に増えます。

作曲もそれと同じで、

持っている回路がたくさんあればあるほど、

複雑で深い感情を「描ける」。


ちびイタコは、

ピアノを弾きながら、

うわーん(/ _ ; )

とか、

んー💕

と、感じながら、

こういう音は、こーんな気持ちになるー!

と、その都度実感することによって、

この「絵の具」を、ひとつひとつ、手に入れていきました。


これを理論で習ってしまえば、

7→主和音

とか、

長三和音に長三度足すと透明感のあるセブンスになる、

などなど、

あっという間にたくさんの数を、知識として蓄積することができます。

数を手っ取り早く手に入れたい場合は、それもいいかもしれませんが、

しつこいようですが、

音楽は理論じゃないのです。

知識として自分に取り入れる場合も、

必ず、実感が伴わなければ、

薄っぺらな、

どこかのだれかがやっていたものを借りてきたような、

ニセモノになってしまう。

どれだけ豪華なオーケストラの曲を書いたとしても、

その音楽が、

自分の心の底深くから湧いてきたものか、そうでないか、

正直に暴露されてしまうのです。


ちびイタコが作曲を封印してから、それを解いて作曲し始めるまで、

20年以上あります。

長いー💦

自分ではなんの意識もせずに、

そんな長い年月、ずーっと、

この「絵の具」集めをやっていたことになるのでしょう。

リスが集めたどんぐりなら、

とっくに腐って食べられなくなってますよねー

でも、その長い年月の間、

思いっきり傷ついたり、

うれしくて泣いたり、

切なく月を見上げたり、

辛いことも、哀しいことも、

幸せなことも、うれしいことも、

たーくさんありました。

そうやって心をたくさん使うことで、

長い時間の中で気持ちの種類は増え、微妙な違いを持ち、

深みも増して、

「絵の具」はどんどん増えていったのでしょうね。


ちびイタコは、感覚全開の野生児生活の中で、

こんな風に、ものすごーく原始的に、

ものすごーく地道に、

泥くさいというか、どんくさいというか、

呆れるほど、気の遠くなるような時間をかけて、

長い長い準備をしていたのかもしれません。


来たるべき「その時」に。

音楽という絵を描くために。


そして、

「その時」が来る前に、

ちょっとだけ、

かたく封印されたドアを揺らすようなことが起こりました。


音大を卒業して、演奏の仕事を始めた時です。


続くー

梨花



水の音って、

ド ミ ソ シ レ ファ♯  ラ ド♯ ミ♯ 、、、

みたいな感じに積み上がってる音でできてます。

海も、川も、お風呂のお湯も。

不思議ー