僕には親父がいました。

親父はとにかく我が侭なヤツで、自分の気分一つでやること為すこと刻一刻と変わる、はたからみればとても迷惑なヤツだったと思います。

そんな親父と男同士二人で酒を飲んだ事が一度だけありました。

当時親父は自分の妻からの肝臓を移植するという生体肝移植によって、一度は健康を取り戻したものの、数年とたたずに、肝臓癌が再発。転移状況も深刻で、入退院を繰り返しながら細々とした当時としても延命措置としか取れないような治療を受けている、そんな最中でした。


季節はいつのことだったか。
確か今ぐらいの夏が終わり、まさに秋に移り変わる、そんな季節だったと思います。
もうその記憶すら今となっては曖昧ですが、とにかく僕が実家に帰るというタイミングに合わせて、一時退院をして、僕の帰りを待っていたそうです。

僕が実家に着いたのは当時の勤務先の労働時間の不規則さなども相まって、夜23時を回っていたように思います。

親父は若干白髪が増えたのと少し痩せたという点以外では僕の目からも健康そうで、むしろ肥満体質が若干改善されて良かったんじゃないかといった様子。

実家に帰った僕は食事をしていなかったということもあって、
母に食事の催促をしました。

親父はと言えば、いつもと別段変わった様子もなく、
「おぉ、帰ってきたか」と言った後は寡黙にテレビを凝視していました。

母が言うように僕自身の帰りを心待ちにしていたといった様子は僕の目からは微塵も感じとることはできません。

母は僕が酒を嗜むことは重々承知だったので、何を催促することなく
飲むかどうかの確認をすることすらなく350mlのビールをグラスと一緒に出してくれました。

そんな様子をチラっと横目で見たのか、ふと親父は
「おーい。俺にもビール」
と母に催促したのです。
母は半分呆れながらもこれもまた当然のように(普段はそれなのだろう)ノンアルコールビールを用意すると若干不機嫌な様子で
「ビールって言っただろ?」
と母に普段のノンアルコールではないビールを母に指示しました。

僕は治療の結果がいいのかな?
と思いながら、治療状況の深刻さを聞かされていなかったこともあって、
「ちょっとは身体の気をつかえよー」なんて言いながら
ビールを飲んでいたように思います。

何を話す訳でもなく、
でも確かに平和な空気と終始テレビの音だけが流れている、そんな酒でした。




それから数ヶ月後、親父は他界しました。


親父と飲んだ翌朝早朝には実家を出て僕が後に聞いた話ですが、350mlの缶半分も飲んでいない父は体調を崩していたそうです。



知らせを聞いて僕がやっとの思いで職場を抜けて駆けつけた時は既に意識もなく、時折苦しそうな声をか細く出しながら1分1秒でも長くと全身で呼吸をしている、そんな状況でした。



何故あの時もっと親父と話が出来なかったんだろう?
何故あの時もっと親父の目を見れなかったんだろう?



今でも悔やんでも悔やみきれません。
ただ一つの救いはまさにこと切れる寸前の親父が僕の言葉に反応したのか、開いているのかどうか疑わしいくらいのうっすらと開いた目でじっと僕の顔を見つめた時、

(母さんを頼む。)

そんな声を聞いた気がするのが僕の唯一の心の救いです。