囚人番号「119104」。これが「夜と霧」の著者ヴィクトール・フランクル博士の強制収容所での呼称である。
フランクル博士は最愛の家族を失い、人間性を喪失するような絶望的な状況を体験し、ある種の熱いハートとクールヘッドで乗り越えた人物だ。
予備校に通っていた頃、出口汪先生の現代文の授業にこの問題が出ていた。実存主義への入口だったと思う。どんな苛烈な状況におかれても世界を美しいと感じる感性を持ち続ける人間こそ生き残る。フランクル博士が囚人番号「119104」をひとつ肯定的に自分の人生に取り込んだのはそういった現れであろう。
しかし一方、そのような実存的なテーマが究極的に人間存在の眼前に現れたのはナチスの悪行に見られるように、近代より始まる大量虐殺にあったと言っても過言ではない。
ここ数年でチャイナでのウイグル人に対する虐殺の事態は益々明らかになってきている。まさにナチスの再来のように、少なくともフランクル博士の教え子として、そうと感じる。
しかしながら現実、ナチスとの大きな違いは強制収容所を解放する解放軍がいないことである。これは大きく絶望的だ。
「それでも人生にイエスと言う』ためにはやはり平和の軍隊が必要なのだと思うことがある。
ああ、国際連盟か。これしか無いなあ。