我が一家では、ゴールデンウィークに毎年恒例の行事がある。笑

行事と言っても全然堅いものではない!

私達一家は新潟へと赴くのです🚗💨

その理由は、山菜採り🌱

祖父が育った故郷は山の中で、現在では過疎化も進み、限界集落と化している。
そんな山の中なので、もちろん持っている土地の広さは驚くばかり。
家がある場所から かつて田んぼだった場所を抜けると、視界一面に広がる山は所有物なのだと思うと素直に凄いと思う。

私達一家はこの山に毎年5月に山菜採りに来る。
恒例であって、もはや習慣化して欠かせないものとなっている

街から道を1本脇に逸れて、山へと入っていく。
高速の下をくぐり抜け、小さなダムを抜け、辿り着く。
限界集落となった小さな集落は、年々居住者が減り、高齢化が進み、冬の大雪で廃れてきている。
住んでいる者はもう居なく、所有者がたまに管理する家が1軒あるのみだ。
近所の家は3軒ほど冬の大雪に耐えかねたのか、屋根が地面にある、家ごと潰れて崩壊してしまったのだ。
それもそうだ、1年に1度とは言え、幼い時から来ているのだ。
この集落の退廃する様子をもう20年見守ってきているのだ。

幸い祖父の家は住んでる者は居ないが家だけは残っている。
屋根や床は腐って来ているが、少しリフォームすれば住める程度には丈夫だ。
ここの集落で崩落しなかった家はうちとあと1軒しかない。

家の前に車を停め、まずは墓参りをする。
その後に山着に着替えて颯爽と山の中へと足を踏み入れていく。

家の裏は竹林なので、モウソダケが頭を出していないか確認する。
そしてかつて田んぼだった場所を
蕨を採りながら抜ける。

開けた景色、視界一面に広がる山と植物
鶯の鳴き声 木々か風に揺れる音 小さな沢のせせらぎ

これらが所有物という事に驚きながらも体感するこの瞬間が好きだ。
今年もこの山に来た、山菜採りが始まった、
山の恵みをわけてもらう日だ。
自然を外側からも内側からも感じる事が出来るのだ
普段の生活とは全く違って、ある意味刺激的だ
この体感を味わえない人が哀れに思えるくらい、
私は好きなのだ
きっと多分、祖父や父親もそうなのだと思う。
ましてや祖父は駆け回り遊び回った山
思い出と記憶とが眠る、知り尽くした土地である
やはり血が騒ぐのか、到着して間もなく姿が見えないと思うと既に山着になり、入っていく後ろ姿を発見する笑
父親も祖父に幼少期から連れられて来ているので行きたくて仕方がないのだ

蕨、薇、ウド、コゴミ、タラの芽、コシアブラ、姫竹…
山菜採りはやはり楽しい。

鳥のさえずり、木々ざわめき、春のやわらかい風、木漏れ日。
日常から切り離される、山の自然で物凄く癒され、リフレッシュする事が出来た1日だった。

山の恵みに感謝🙏