No Rain, No Rainbow. -2ページ目

No Rain, No Rainbow.

雨が降らなきゃ虹も出ない!
虹を掴もう!
その先にある幸せのために♪♪


こんばんみ[みんな:01]



お目々パッチリ、寝れないんず~れです[みんな:02]



寝てたのに、ふと目が覚めて、

全然眠くなれへん…



どないしよ[みんな:03]



そうこうしているうちに、

もう大晦日ですね[みんな:04]



今年は月に1本くらいしか記事書けなくて、

皆様のとこにもほとんどお伺いできず、

すいませんでした[みんな:05]



来年も懲りずに、

相手してくれたら幸いですラブラブ



それでは皆様、

よい年越しを[みんな:06]



Pray for Japan[みんな:07]



ほなねドキドキ


iPhoneからの投稿
こんちゃニコニコ



「たられば」の話しを本気で言うやつ程滑稽な事はありませんが、ちょっと面白かったので、ご紹介ひらめき電球



↓以外gooニュースより抜粋↓


因縁の中日・谷繁と巨人・阿部 2大捕手の「たられば」物語
2012年12月21日(金)15:20
 ことしの三井ゴールデングラブ賞のセ・リーグ捕手は谷繁(中日)が153票を獲得し、90票の阿部(巨人)を抑え堂々の2年連続6度目の受賞。立派である。

 谷繁と阿部、球界を代表する捕手2人には因縁の「たられば物語」がある。

 1988年11月7日、巨人の中村和久スカウトはドラフト前の指名挨拶のため、広島県東城町(現在の庄原市)にある谷繁の実家を訪ねていた。「巨人のスカウトがどれだけ熱心か、後学のために聞いていきなさい」という父親、一夫さんの好意で親族として同席が許された。

 「巨人軍は谷繁君を必ず1位で指名します。どうかそのときは、よろしくお願いします」。深々と頭を下げる中村氏に一夫さんはほほ笑みながらこう言った。

 「ありがとうございます。でも、今の巨人は投手の補強が第一。ウチの子(高校生の捕手)を1位で指名できる状況ではないでしょう」

 「いえ、必ず1位で指名します。私が球団を説得します。谷繁君は村田(現巨人コーチ)に代わる近い将来の巨人の“正捕手”としてどうしても欲しい選手なんです」

 結局、巨人は北海道拓銀の吉田修司投手(2013年からソフトバンク2軍投手コーチ)を指名し、谷繁は大洋に入団した。もし、あのとき中村氏の説得が成功し、谷繁を巨人が指名していたら? 「巨人の阿部」は誕生していなかっただろう。では、阿部はどこへ?

 千葉県浦安市出身の阿部だが、幼い頃から大のタイガースファン。実は父親の東司さんと掛布雅之氏(阪神OB)は習志野高の同級生。掛布氏が「3番遊撃手」東司さんが「4番捕手」で1972年夏の大会で甲子園出場を果たしている。その影響で阿部は掛布に憧れて右投げ左打ちになった。

 安田学園高(東京)を卒業する際にも「大学生なら希望する球団を逆指名できるから、阪神に行けるぞ」と掛布氏のアドバイスを受け中大へ進学した。そして2000年11月17日のドラフト会議。阪神は阿部ではなく川崎製鉄千葉の藤田太陽投手(13年からヤクルト)を1位指名した。

 「球団には以前から阿部は無条件で取れるよ-とは言ってたんだけどね」と掛布氏。阪神は1997年にドラフト1位で智弁和歌山高の中谷仁捕手(2012年巨人引退)を指名。「正捕手に育て上げます」と両親を説得して獲得した以上、阿部を指名するわけにはいかなかったという。「たられば物語」はこれで終わり。

 1972年にダイヤモンドグラブ賞としてスタートした同賞(別表)だが、阪神の選手がまだ一度も獲得していないポジションがある。「投手」部門だ。単に勝ち星ではなく、防御率やフィールディングのうまさが評価の対象。その第1号に藤浪が…もちろん、たらればの話ではない。(編集委員 田所龍一)


ほんの少しの掛け違いで、人生がかなり変わるね。



阿部が阪神ファンだったなんて意外っ[みんな:01]



まぁ要らないけどね[みんな:02]



F留よりはましか、現時点で[みんな:03]



Pray for Japan[みんな:04]



ほなねドキドキ


iPhoneからの投稿