こんばんみ
![[みんな:01]](https://emoji.ameba.jp/img/user/ni/nikoblog-2/477518.gif)
お目々パッチリ、寝れないんず~れです
![[みんな:02]](https://emoji.ameba.jp/img/user/ni/nikoblog-2/484782.gif)
寝てたのに、ふと目が覚めて、
全然眠くなれへん…
どないしよ
![[みんな:03]](https://emoji.ameba.jp/img/user/ni/nikoblog-2/484782.gif)
そうこうしているうちに、
もう大晦日ですね
![[みんな:04]](https://emoji.ameba.jp/img/user/ob/obablog/2124.gif)
今年は月に1本くらいしか記事書けなくて、
皆様のとこにもほとんどお伺いできず、
すいませんでした
![[みんな:05]](https://emoji.ameba.jp/img/user/in/ingasungasun/349475.gif)
来年も懲りずに、
相手してくれたら幸いです

それでは皆様、
よい年越しを
![[みんな:06]](https://emoji.ameba.jp/img/user/in/ingasungasun/346204.gif)
Pray for Japan
![[みんな:07]](https://emoji.ameba.jp/img/user/am/amy-inc/3027243.gif)
ほなね

iPhoneからの投稿
こんちゃ
「たられば」の話しを本気で言うやつ程滑稽な事はありませんが、ちょっと面白かったので、ご紹介
↓以外gooニュースより抜粋↓
因縁の中日・谷繁と巨人・阿部 2大捕手の「たられば」物語
2012年12月21日(金)15:20
ことしの三井ゴールデングラブ賞のセ・リーグ捕手は谷繁(中日)が153票を獲得し、90票の阿部(巨人)を抑え堂々の2年連続6度目の受賞。立派である。
谷繁と阿部、球界を代表する捕手2人には因縁の「たられば物語」がある。
1988年11月7日、巨人の中村和久スカウトはドラフト前の指名挨拶のため、広島県東城町(現在の庄原市)にある谷繁の実家を訪ねていた。「巨人のスカウトがどれだけ熱心か、後学のために聞いていきなさい」という父親、一夫さんの好意で親族として同席が許された。
「巨人軍は谷繁君を必ず1位で指名します。どうかそのときは、よろしくお願いします」。深々と頭を下げる中村氏に一夫さんはほほ笑みながらこう言った。
「ありがとうございます。でも、今の巨人は投手の補強が第一。ウチの子(高校生の捕手)を1位で指名できる状況ではないでしょう」
「いえ、必ず1位で指名します。私が球団を説得します。谷繁君は村田(現巨人コーチ)に代わる近い将来の巨人の“正捕手”としてどうしても欲しい選手なんです」
結局、巨人は北海道拓銀の吉田修司投手(2013年からソフトバンク2軍投手コーチ)を指名し、谷繁は大洋に入団した。もし、あのとき中村氏の説得が成功し、谷繁を巨人が指名していたら? 「巨人の阿部」は誕生していなかっただろう。では、阿部はどこへ?
千葉県浦安市出身の阿部だが、幼い頃から大のタイガースファン。実は父親の東司さんと掛布雅之氏(阪神OB)は習志野高の同級生。掛布氏が「3番遊撃手」東司さんが「4番捕手」で1972年夏の大会で甲子園出場を果たしている。その影響で阿部は掛布に憧れて右投げ左打ちになった。
安田学園高(東京)を卒業する際にも「大学生なら希望する球団を逆指名できるから、阪神に行けるぞ」と掛布氏のアドバイスを受け中大へ進学した。そして2000年11月17日のドラフト会議。阪神は阿部ではなく川崎製鉄千葉の藤田太陽投手(13年からヤクルト)を1位指名した。
「球団には以前から阿部は無条件で取れるよ-とは言ってたんだけどね」と掛布氏。阪神は1997年にドラフト1位で智弁和歌山高の中谷仁捕手(2012年巨人引退)を指名。「正捕手に育て上げます」と両親を説得して獲得した以上、阿部を指名するわけにはいかなかったという。「たられば物語」はこれで終わり。
1972年にダイヤモンドグラブ賞としてスタートした同賞(別表)だが、阪神の選手がまだ一度も獲得していないポジションがある。「投手」部門だ。単に勝ち星ではなく、防御率やフィールディングのうまさが評価の対象。その第1号に藤浪が…もちろん、たらればの話ではない。(編集委員 田所龍一)
ほんの少しの掛け違いで、人生がかなり変わるね。
阿部が阪神ファンだったなんて意外っ![[みんな:01]](https://emoji.ameba.jp/img/user/ni/nikoblog-2/484727.gif)
まぁ要らないけどね![[みんな:02]](https://emoji.ameba.jp/img/user/gr/groovie/276268.gif)
F留よりはましか、現時点で![[みんな:03]](https://emoji.ameba.jp/img/user/ni/nikoblog-2/506957.gif)
Pray for Japan![[みんな:04]](https://emoji.ameba.jp/img/user/am/amy-inc/3027243.gif)
ほなね
iPhoneからの投稿

「たられば」の話しを本気で言うやつ程滑稽な事はありませんが、ちょっと面白かったので、ご紹介

↓以外gooニュースより抜粋↓
因縁の中日・谷繁と巨人・阿部 2大捕手の「たられば」物語
2012年12月21日(金)15:20
ことしの三井ゴールデングラブ賞のセ・リーグ捕手は谷繁(中日)が153票を獲得し、90票の阿部(巨人)を抑え堂々の2年連続6度目の受賞。立派である。
谷繁と阿部、球界を代表する捕手2人には因縁の「たられば物語」がある。
1988年11月7日、巨人の中村和久スカウトはドラフト前の指名挨拶のため、広島県東城町(現在の庄原市)にある谷繁の実家を訪ねていた。「巨人のスカウトがどれだけ熱心か、後学のために聞いていきなさい」という父親、一夫さんの好意で親族として同席が許された。
「巨人軍は谷繁君を必ず1位で指名します。どうかそのときは、よろしくお願いします」。深々と頭を下げる中村氏に一夫さんはほほ笑みながらこう言った。
「ありがとうございます。でも、今の巨人は投手の補強が第一。ウチの子(高校生の捕手)を1位で指名できる状況ではないでしょう」
「いえ、必ず1位で指名します。私が球団を説得します。谷繁君は村田(現巨人コーチ)に代わる近い将来の巨人の“正捕手”としてどうしても欲しい選手なんです」
結局、巨人は北海道拓銀の吉田修司投手(2013年からソフトバンク2軍投手コーチ)を指名し、谷繁は大洋に入団した。もし、あのとき中村氏の説得が成功し、谷繁を巨人が指名していたら? 「巨人の阿部」は誕生していなかっただろう。では、阿部はどこへ?
千葉県浦安市出身の阿部だが、幼い頃から大のタイガースファン。実は父親の東司さんと掛布雅之氏(阪神OB)は習志野高の同級生。掛布氏が「3番遊撃手」東司さんが「4番捕手」で1972年夏の大会で甲子園出場を果たしている。その影響で阿部は掛布に憧れて右投げ左打ちになった。
安田学園高(東京)を卒業する際にも「大学生なら希望する球団を逆指名できるから、阪神に行けるぞ」と掛布氏のアドバイスを受け中大へ進学した。そして2000年11月17日のドラフト会議。阪神は阿部ではなく川崎製鉄千葉の藤田太陽投手(13年からヤクルト)を1位指名した。
「球団には以前から阿部は無条件で取れるよ-とは言ってたんだけどね」と掛布氏。阪神は1997年にドラフト1位で智弁和歌山高の中谷仁捕手(2012年巨人引退)を指名。「正捕手に育て上げます」と両親を説得して獲得した以上、阿部を指名するわけにはいかなかったという。「たられば物語」はこれで終わり。
1972年にダイヤモンドグラブ賞としてスタートした同賞(別表)だが、阪神の選手がまだ一度も獲得していないポジションがある。「投手」部門だ。単に勝ち星ではなく、防御率やフィールディングのうまさが評価の対象。その第1号に藤浪が…もちろん、たらればの話ではない。(編集委員 田所龍一)
ほんの少しの掛け違いで、人生がかなり変わるね。
阿部が阪神ファンだったなんて意外っ
![[みんな:01]](https://emoji.ameba.jp/img/user/ni/nikoblog-2/484727.gif)
まぁ要らないけどね
![[みんな:02]](https://emoji.ameba.jp/img/user/gr/groovie/276268.gif)
F留よりはましか、現時点で
![[みんな:03]](https://emoji.ameba.jp/img/user/ni/nikoblog-2/506957.gif)
Pray for Japan
![[みんな:04]](https://emoji.ameba.jp/img/user/am/amy-inc/3027243.gif)
ほなね

iPhoneからの投稿