昭和43年の地図に当時の桟橋の使用状況と、現在の建造物を重ねてみるとこんな感じ。
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そして現在の青森港、青森駅付近の地図がこのとおり。
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 地図上はベイブリッジができた以外ほとんど変化がないが、青函連絡船が昭和63年3月で廃止され、桟橋はもうない。
前のスレで書いたが、なじみの洋食屋さんで上空からこのあたりを撮影した当時の写真があった。それに昭和43年地図と同じように書き込みしたものがこれ。
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かつての桟橋の建物やホームからの連絡橋がはっきり見える航空写真、これは昭和30年代のものらしい。
かつての第二桟橋に八甲田丸が係留展示(下はベイブリッジから見たもの)されているから、その前に広がる広場がその建物跡(a)ということになる。
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記憶では、この場所はホームからの通路が向かって右側半分を占めていたが、その左側半分はドアがいくつも並んでいて業務用などのスペースだったと思う。昭和30年代の写真ではっきりわかるが、通路の割にかなり幅が広い建物だから、おそらく間違いはないだろう。
待合室はbの建物。現在は陸奥湾航路のターミナルや観光コンベンション協会が入っている建物のあるところ(八甲田丸の左上に見えるベージュ色の建物)。

そしてホームからの連絡通路(ホームに直行する赤い線)は、今の八甲田丸への連絡通路とほぼ同じ位置にあった。ベイブリッジから見た現在の連絡通路が下の写真だ。これだけがかろうじて当時の位置関係をしのばせる構築物だろう。
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この写真を撮ったベイブリッジのこの場所が第一桟橋のちょうど真上になる(c付近)。ここから南側のホームを眺めるとこんな感じに見える。第一桟橋の連絡船の上部甲板からも、これに近い光景が見られたのかもしれない。
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