朝の山関、優勝おめでとうございます。
其れが透けて見えたのは13日の栃ノ心関との取り組みの判定の差し違えでした。相撲ファンなら誰しもおかしい?と思えたからです。
相撲協会、審判部を含めての日本人力士の優勝は仕立てられていると感じました。それ故に本日も容易に朝の山関の勝利と栃ノ心関の勝利は想定出来ました。
もしも15日まで持ち越しても明日の取り組みで朝の山関が勝つ取り組みをしたらよいだけですから。
其れと栃ノ心関の取り組みも千秋楽に大関復帰ができるという劇的な場面をつくり取り組みを考えればいいことです。
朝の山関の優勝は嬉しいのですが、何故かすっきりとしない今場所でした。
それも13日の放駒審判と湊川親方、審判長の阿武松氏の判断からです。
審判員の「目」が近いし、正確を信じたそうであるが、今正確、公正なのは「カメラの目」である。
自分が正しいと思っているのは只単なる「傲慢」であろう。
何れにしても丸く収まった訳ではあるが相撲界に残る汚点であろう。

力士にとっては何の関係もないの処の出来事で被害を被るのは「日頃鍛錬をしている力士」である。