久しぶりの大きい地震。

また茨城にいるときだった。

地震が怖いというより

あのときの記憶がよみがえって怖い。

あのときのテレビの様子がまた映し出されるのが怖い。

胸がぐっと詰まって、手が冷たくなって、

ずっと心がざわざわしたままとまらない。

がまんを少しでもはずしたら絶対に泣いてしまう。


全部全部思い出す。

あのときの事、全部思い出す。

話していると自然と目が潤んでしまう。

泣こうと思っているわけじゃないのに。

完全に条件反射。


一人なのはもう慣れたし、困ることもないけれど、

地震のときだけは誰かといたいって思う。




あいたいなぁ。

じぃちゃんとばぁちゃんにあいたいなぁ。

「うちのじぃちゃんは~だったから」って

いつのまにか過去形にしてる自分がいて、

そうだよね。いないんだよね。って実感して。



あの日から風のように消えてしまった。

今でもお正月やあの数日前に話したこと、全部覚えてる。

もう一回はなしがしたい。

愛してくれてありがとうって伝えたいよ。
ばあちゃんの74回目のバースデー。

天国へ向けて、おめでとう。


私と一日違い。

ばーちゃんと同じ誕生日になると思ったら一日早く生まれたってよく言ってたっけ。

一周忌。

私の誕生日前日にきてくれたね。

一年たってやっと納骨。

骨を見たってまだ実感がわかないよ。

現実感がないまま時が経っていく。

今もあそこにいるんじゃないの?

訪ねればあの暖かい家があるんじゃないの?

元気におしゃべりして暮らしてるんじゃないの?


お母さんも言ってた。まだいるんじゃないかと思うって。

きゅうにまっさらにされたって心がついていかないんだよ。


やっぱりまだ石巻には悲しみが残っているよ。

前を向いていきたいけど、やっぱりまだ時間が必要みたい。
震災の特集。

何を考えるわけでもないのに、見ているだけで涙が流れるから、見るのをやめた。

一年たっても、悲しみは変わらない。

でもね。

今はだいぶ自分の中で整理ができて、

笑顔で生活できてるよ。

あの時は一年後こんな風にいられるなんて想像もしていなかったから。

みんな周りにいてくれた人のおかげ。心からありがとう。


2:46はテレビを見ながら一人で黙祷した。

目を閉じたら、全てがよみがえってきて、

久しぶりにボロボロ泣いた。



じぃちゃん、ばぁちゃん、天国で元気にしていますか?

一年間私たちのこと、ずっとみていてくれましたか?

私たちもずっと想いながら生きているよ。

これからもがんばって生きるから、ずっと見ていてね。
あぁ、半年たつなって、帰り道にきづいた。

でも、当時の感情とは確実に違っていて、今は前を向いているよ。

過去は消えないし、あの痛みもまだ残っているけど、

思い出す時間は確実に減ったし、

思い出したとしても、もう過去のことになっている。

やっぱり時間はいつも自分の味方なんだなぁ。


つらくてつらくて、ほんとに初めて死にたいっておもったくらいつらくて、

絶望のふちにいた私が、

今は前を向いて、いろんなことに興味を持って生きている。

ひとりじゃないって、今は思える。


感謝と、でも少しの憎しみが同居しているけれど、

それはもう私の生活からは離れつつあるから。

それでいいんだとおもう。


もうこの先の人生で交わることはないけれど、

それでいいんだとおもう。


そういう運命で、私も彼もそれぞれの道を生きるべきなんだ。

新しい道をいくために、もう交わる必要はないんだ。

もうあなた以上しかいないなんて思わない。
私は私の道を行くから。
きっとあなたも生活にも私はいなくて新しい道を行っているはずだから。

私は強く生きるよ。






長かったかな。

短かったかな。

わかんないけど

忘れることがうまくなったのかな。


時間と心のスピードはまだバラバラだけど、

少しずつ少しずつ戻っていけてるきがするよ。


やっぱり忘れちゃいけないのは感謝。

当たり前の生活がどれだけ幸せか、
大好きな仲間がいることがどれだけ幸せか。

毎日感じていたい。忘れたくない。


毎日、魔法の言葉 ありがとう をおもいつづけよう。




今日。

あのころにタイムスリップしたように
涙が止まらないよ。


なんでだか、あの日の記憶が蘇っている。

大嫌いなあのときの記憶が。


敬老の日とか

海外から手紙を出したりとか

おみやげかったりとか

誕生日プレゼントとか

もうできないんだっけ。


半年たってもまだわかんない。

いつかひょっこりあらわれるんじゃないかって

まだ思ってる。


また家に帰ればいるんじゃないかっておもってる。


ばかだね。


長い長い一ヶ月。

時間軸がもうわからない。


どうして、そばにいないんだろう。

今も正直わからない。


そばにいない生活に慣れなきゃいけないってわかってても

空白は埋まらないまま。


一緒にいた感覚とか、思い出とか
たくさんたくさん残ってるのに。



なんでなの
なんでなの
なんでなの

ってそればっかり。




温かすぎて 明るすぎて
それがなくなって
その温度差に未だになれないでいる。


きっとそんなこと想っているのは私だけで
すごく悔しいんだけど
やっぱりだめなんだなぁ。


ホント弱虫。

したらしい。


母の夢にばぁちゃんが。


めずらしく家に遊びに来て、


箱2つとかばんを置いて


またくるからねって、機嫌よく帰っていったらしい。


あの震災から初めてのリアルな夢だったって。




それから数日後


「ばぁちゃんちの金庫が見つかった」


という警察からの連絡が。


取り壊される誰かの家の中にまぎれていたらしく、


業者さんが届けてくれた。


どろでぐちゃぐちゃだったみたいだけど、

中にはいろいろな書類と古銭と古いお札。



ばぁちゃんが届けてくれたんだと思う。

やっぱり夢ってなにかあるんだろうね。





「ばぁちゃんのことだから、あの世でも友達たくさん作って、歌って踊って楽しんで、

下界のことはわすれてるかなぁ」


なんて、家族と話していたけど、


ばぁちゃんはみててくれたんだよね。


やっぱり、天国とこの世ってどこかでつながっていると思うよ。





大切な人失って

大好きな人と離れることになって


なんであたしばっかりこんなに辛いのって

不幸なのって

私何か悪いことしたのって


ずっと思ってたし、それはやっぱりまだ完全に消えるのには時間がかかるけど



じぃちゃんとばぁちゃんが見ていてくれるから

しっかりしないと。


半年である9月11日は


陣馬山登山で供養しよう。


少しだけ天国に近い場所で

二人を想おう。