新聞=黒い点の連なり
3年前にベトナムで起こった実在の凶悪な未解決事件―『Dat襲撃事件』!
時は下って―
話はいまだにばらけたままだ
この画像の男の名はAnh Dat
通称はそのままDatさん―40代/妻子もち/ベトナム人
先週末から久しぶりにこのDatと一緒に仕事をするにあたり、連日朝から打ち合わせ―
早口でとんちんかんな日本語を使う二流どころの通訳でもあるDatだが、会社では古株の部類に入りその経験に頼ることも多く、今回の仕事はつまり、Dat頼みになるところが大きい
打ち合わせの最中、しかしわたしの頭の中は分裂状態だった
Datの顔と、やっぱりとんちんかんな日本語を聞いていると、脳内の神経細胞がパチパチと音を立てて蠢き始め、記憶の回路が3年前に繋がり、なんら脈絡のない、このDatが被害者となった『Dat襲撃事件』の記憶が不気味に甦ってきた・・・
3年前の記憶と共に、以下の一文から逸話は息吹はじめる
その日、昼食をとり終えたわたしが事務所に戻ってくると、当時の”長老”/Horiさんがわたしの顔を見るなり、地団駄を踏みながら丸出しの大川弁でこう言った―
”松ちゃん!Datが襲撃されたとばいッ!!
まるで自分が襲撃されたかのような興奮状態/飛び散る唾/競走馬さながら
興奮が鎮まってきた長老から聞き出した話と、通訳を通して聞き取った目撃者の証言を重ね合わせると、この前代未聞の凶悪事件の輪郭がおぼろげながら浮かび上がってきた・・・
こういうことです
昼食をとり終えたDatが、いつも通り咥えタバコで鼻歌歌いながらいつもの指定席であるハンモックに揺られながら、うとうとと天国へ行きかけた時、会社の警備網を突破してきた武装したチンピラ数名が、脇目もくれずに一直線にDatを襲撃!
急転直下―天国から地獄へ
そこに居合わせた目撃者の証言によると、Datは鉄パイプで頭をぶちのめされて、反撃の余地もなく床に転がり、そのチンピラ数名は去り際にまるでお別れのご挨拶のようにご丁寧にもDatの顔に唾を吐いて一目散に逃走
電光石火/真昼の惨劇
Datはすぐに救急車で病院送りとなり、職場は一時騒然となったがその直後にベトナム人の間でこのような言葉が溢れ始めた―
”いいきみさ!”、”自業自得”、”いつかこうなる日がくると思っていた・・・”、”自業自得”、”自業自得”、”自業自得”・・・
Datは一般的に『穏やか』と称されるベトナム人にあって珍しいほど恨みを買うような男でその個性は際立っていた
気分屋で気性が極めて荒く、職場でキレてしまうと相手に向かって怒鳴り散らし、モノに当り散らし、それが済むと今度は自分の世界へ籠もりっきり・・・
当時、わたしもこのDatに非常に手を焼いていたこともあり、この際、正直に告白すると、Dat襲撃の一報を聞くや否や不謹慎にも・・・神さまごめんなさい!
その見知らぬ襲撃者たちにこう祈った―
―”おれの分も一発入れておいて欲しい!”
しかし、わたしのこの子供じみた祈りはその日の夕方には反省の念に変わっていた
しかもその反省は二重の反省だった
黄昏時
帰りの車の中でDatが運ばれた病院に立ち寄り迎えに行ったときのことだ
病院のエントランスを、まるでミイラ男のように頭に包帯をぐるぐる巻き、純白のタンクトップを血で真っ赤に染め上げたDatを見て、胸が小さく痛んだ・・・
その姿が、わたしの予想を超えた事件の深刻さを物語っていたからだ
しかし、人間とは複雑な生き物で、Datが普通に歩いてくる姿を見て、また早速明日から職場復帰するという話を聞いて、こう思わざるをえなかった
神さまごめんなさい!
―”ちっ!しばらく入院してればよかったのに!”
しかし、そのまま病院を出た足でDatを自宅まで送り届けた際に、家の中へ招待してくれたDatの家族―
特に子供がDatに擦り寄り小さな目でDatパパの心配をしている姿をみて、今度は本当に胸がきりりと痛んだ・・・
Dat家を辞した後、市内へ向かう車窓の中で、サイゴンリバーに沈もうとする血のように赤い夕日は今でも覚えている
胸中には複雑な思いが絡み合っていた
まるで80年代のヤンキー漫画の世界がここベトナムでは起こりうるということと、自分のDatに対する子供じみた考え・・・
夕暮れが次第に闇に包まれようとしているとき、自分自身の愚かさを素直に認めて、窓に映る自分の顔を見ながら、しかし、こう思ったりもした
神さまごめんなさい!
―鉄パイプで殴りつけるなんて、絶対に許されるわけがない
だからせめて、メリケンサックでボディにきついパンチを入れるくらいがちょうどいいんじゃないのか
犯人はいまだに捕まっていない
その後、警察の捜査も行われたが会社の職場の中の誰かが外部のチンピラを雇い、Datを襲わせたというのが定説だが、事件は今も未解決のまま
Datが復帰したときに、今回は大変だったねと話しかけると、Datは苦笑しながらこう言った
”襲撃を食らったのは今回で3回目なんです・・・”


