強引’g My Way ~40代からの世界一周~ (地球巡礼の旅)
8月12日、1週間滞在したポカラを離れ再びカトマンズへ向かう。
朝7時半に出発したバスがカトマンズに着いたのが15時。
そして、再び常宿のHolyland Guesthouseにチェックインした。
翌日から、前回行ってない場所を訪問していくことに。
まずは、ネパールヒンドゥ教の聖地・パシュパティナートに向かう
入り口周辺
入場するのは有料だが、横道から行けば無料で入れる
ネパールは有料箇所が多いが、料金所が少なくガードも甘いのでどこからでも無料で入れてしまうのだ
ネパール人の行列
インドと同じで間隔せまっ!
間隔空けてしまうとズル込みされてしまうらしいです
火葬場を眺めるレディー達
火葬場
ここで焼かれた人体の灰はそのままこの聖なる川に流される
灰の流れる川で沐浴する人々
ここも猿が多い
何かを狙う猿
志村、後ろっ!
ヒンドゥ教の祀っているものはなんと男性器なのだ
パシュパティナートの山の上にある寺院
ちょっとした散歩コースになっている
猿と壺
犬もお化粧
ネパール風風車
ネパールっぽかったので。。。
翌々日はカトマンズのすぐ南にあるパタンへ足を延ばす。
パタンの入り口
この町に入るのも有料
犬もお昼寝中
何人?
手に持っているのは何?
不思議だぁ~
おしゃれなお面
黄金寺院
マニ車
沐浴池も子供にとってはただのプール?
パタンの旧市街
みんな同じ格好して何描いてるの?
おしゃれなカフェ
空の神か何か???
旧市街の寺院
お昼に食べたたまご料理
休憩中
今いくよ似のマネキン
お墓だったかな???
あの縫いぐるみ見たい場合どうやって触るの?
何でも吊るすのね・・・。
おっーーー!ここにもあったセブンイレブン!
しかも携帯電話屋さん!
カッコいいんだかダサイんだか???どっちなんだ!?
一番ネパールの古都っぽいところ
カトマンズのダルバール広場より人が少なくてよかった
次の日、今度は少し遠出してバスでカトマンズの東にあるバクタブルという古都へ!
日本のODAで作られた道路
さすがにキレイだ
バクタブルで会った少女を記念にパシャ!
正直、どこの町も同じに見える
土産屋が並ぶ路地
八百屋
この壊れそうな建物の上もカフェなんです。
座っててもいつ倒れるのか不安でしたが・・・。
遠足で来ていた子供達
日本っぽい
何のゲームだろう???
バクタブルの中心地
はいポーズ!
いったいどういう設定?
平日の昼間なのにみんな何をしてるんだろう?
2階からイェーイ
飛びます、飛びます♪
ある日、スディールさんに誘われてスワヤンブナードへ!
ゴミをあさる野生の豚
カトマンズの街中はまだこんな感じ
お世話になったスディールさんと
この日ご馳走になったご飯
ネパ-リの美女達と♪
その後、カトマンズに滞在するが、いよいよすることが無くなってしまった。
しかも、次の目的地に行くために、人数集めとビザ発給待ちをしていて、いつ出発できるかも分からなかったので、別の場所に移動もできず、ただ毎日をダラダラ過ごす日々が10日以上続いた。
7月30日にネパールに入国して、もう既に25日以上が経ってしまい、そろそろネパールの滞在ビザも切れてしまうので、この旅で初めてビザを延長をすることに!
そして、1ヶ月のビザ延を行った。
これで9月末まではネパールに居ることも出来る!って居ないけど。。。
その後、次の目的地への目途がたったので
8月26日~28日までショートトリップでヒマラヤ山脈が眺められるというナガルコットへ!
下校中の少女達
ネパールのお面
ナガルコットの名物店・憲武珈琲
その理由は・・・。
看板メニューのオムライス
オーナーのノリタケさん
う~ん、誰かに似てるなぁ~
ノリさんとヤァー!
2泊目に泊まった雲海リゾートホテル
ナガルコットからの風景
翌朝、ヒマラヤ山脈を眺めるために早起きしてバルコニーへ
前日は曇って全く見えなかったのでどうなることか・・・。
この日も雲が多い。。。
ホテルのバルコニーにて
バルコニーからの風景
まさに雲海リゾート!
雲を消しているところ
そして数分後、奇跡が起こった!
遠くにヒマラヤ山脈が
8000m級のヒマラヤの山々
あの山の向こう側が中国か?
こうして究極の晴れ男の伝説は守られた!
ナガルコットで出会ったみんなと!
そして、帰りは男2人でバクタブルまで歩いて帰ることに!
途中で会った親子
酒をご馳走になった
途中で会った牛
途中で立ち寄った寺院
寺院で寝てる犬
気持ちよさそう~
寺院にいたにわとり
なんか凛々しい
まさに飛び発たんとす
こうしてカトマンズでの最後のアクティビティも終わり、あとは次の目的地に向けて飛び発つのを待つのみ!
あっ、表題の件
何故カトマンズに沈没してしまったのか???
次の目的地への人数集めとビザ発給待ちも大きいが、一番の理由は!
それは胃袋を完全に掴まれてしまったからです。
以下は滞在中に食べた食事の一部です。
日本で食べるのと同じくらい美味く、そして日本より安い!
どれも涙を流しながら食した思い出が・・・。
カツ丼
ハンバーグランチ
焼肉定食
冷や~し中華、始めました~!
とんかつ定食
カツカレー
コロッケ定食
その他、手打ちそばやうどん、ラーメンなども食べました!
インドから入ったんで余計に美味く感じたのかもね(笑)
次はいよいよ待ちに待ったあの場所に向かいます!
そのために、こんなに長くネパールに居たんだからね。。。
(あっ、やっぱそっちか・・・?)
色々と問題が発生しているので、無事に入って帰って来れればいいな~!
では、行って参ります!再見! 8月6日、カトマンズを朝7時発のバスで、ヒマラヤにより近い町であるポカラへ向かう。
バスには日本人が4人。
俺とカトマンズでずっと一緒だったゆーくん、それにバスの中で出会った女性2人組。
バスはカトマンズを出ると、ほとんど山道を通る。
よくこの道でバスが崖下に落ちるらしいんだよね。。。
景色は山とたまに段々畑が続く
途中で何回か休憩がはいる(バスにトイレ無いんで)
そして、バスに揺られること7時間。午後2時にポカラに到着。
カトマンズと比べて、静かで素朴な町だ。
大きな地図で見る
バスターミナルにはタクシー兼宿の客引きが待っている。
紹介する宿に泊まるなら、タクシー代をタダにするという。
泊まるのはどこでも良かったので、そこに行くことにした!
ってタクシー代を払いたくなかっただけ。。。
宿は意外と好立地にあり、町のメインストリートのすぐ近くで食事や買い物に行くのも便利である。
お世話になったHOTEL TENZING HILLARY
泊まったのは手前の小屋なんだけど
早速、恒例の町散策を開始。
しかし、中国人観光客が多い。
いきなり大物発見!
レストラン「セブンイレブン」
でも営業時間は6時半~11時なのね
続けて発見!小さなWALMART
翌朝には早くもヒマラヤ山脈と朝日を見にサランコットにあるライコスタの丘へ!
本当は日本人4人で行く筈であったが、2人が体調不良となり、残りの2人のみで行った。
この時期は雨季で中々ヒマラヤが見れる確率は低いらしい。
それに天気予報も曇りか雨で行っても無駄足になる可能性も高かった。
でも、結果としてこの日に行けなかった人達は後悔する羽目に。。。
Romance Dawn
夜が明けてきた
どうやら曇りではなさそうだ!
あとは山に雲がかかってなければいいが・・・。
夜明けと共に薄っすらと山々が視界に入ってくる
うぉー!雲もかかってない!
時間と共にヒマラヤ山脈が鮮明に見えてきた
天気予報は完全に外れ
パノラマにするとこんな感じ
いやーすごいね!
やったね!
でもしばらくすると、山脈は雲に隠れてしまった。(結局再び姿を現すことはなかった)
そして町に戻り、今度は辺りを散歩した。
この町でサイクリングしたら気持ち良さそうだ!
メインストリートのすぐ近くにあるフェワ湖
夜はここでたくさんのホタルが見れた
そして午後はタクシーをチャーターし、ちょっと歩いていくには遠い場所を周った。
チベット難民が生活するチベタン村
洞窟寺院への入り口
洞窟へと流れ落ちてゆく滝「デヴィズフォール」
翌朝、前日のヒマラヤ山脈を見逃した2人を加えて4人で朝4時起きで再びライコスタの丘へ!
しかし、残念ながらこの日は完全に曇ってしまいヒマラヤ山脈は全く見えず
女性2人はラストチャンスだったのに
ライコスタの丘の寺院で会ったネパーリのおじさんと!
昼食はパスタ
その辺にいた牛に挨拶
そして、3日後にはみんなポカラを去り、一人だけ残り、何をするでもなくただ毎日を過ごした。
ある日、天気が良かったので町から2時間位かかる日本山妙法寺に歩いて行こう試みる。
欲張って近道をしようと最短ルートで山を登っていったが、途中で道が無くなってしまった。
仕方がなく前日の雨で濡れた草木を手で振り分けて、道なき道を進む。
雨露で全身ビショビショになるわ、くもの巣に引っかかり頭がくもの巣だらけになるわで、いよいよ迷子になってしまった。
そして、何度も戻っては違い方向に向かって再び進むが、どの道を行っても先に進めない。
しまいには、足元から数十匹のヒルが登ってきて何箇所か噛まれるし・・・。
しばらく歩いたら止まり、ヒルをデコピンで飛ばし、また歩き出して止まり、くもの巣をはらい、歩き、デコピン。。。
この繰り返しで中々目的地にもつけず、途中で心が折れてしまい、来た道を引き返して町に戻ることに。
頭上の山頂には寺の建物が見えてるのに先に進めない悔しさたるや!
でもそこからのヒマラヤ山脈も絶景でしたが。
湖で釣りをする地元民
町を外れるとこんな景色が!
天気が良ければ町中からもヒマラヤ山脈が見える!
2-3日で帰る予定が、トレッキングにも行かないくせに結局7日も滞在してしまった。
何だかここに来て旅(移動)の意欲が薄れてきた気がする。
本当、ゆっくりするには最適の町でした!
さぁ、そろそろカトマンズに戻りましょう!
でもまさか更に長くネパールに居ることになるなんて・・・。 7月30日、1ヶ月滞在したインドを離れ、次に向かうはネパールのカトマンズ。
デリーを13:30発の飛行機に乗り、一気にカトマンズまで飛ぶ!
空港内でヴァラーナスィーで一緒だったゆーくんにバッタリ会う。
どうやら同じ便らしい。
なので、その後ネパールでも一緒に行動することに!
久々の空の旅
ようやくこの旅最後の難関であるインド旅が終わりかなりホッとしている
ネパールでも天気が良ければいいな!
カトマンズの空港に到着
あっ、天気悪っ
ネパールの地に降り立つ
その時には雨はやんでいた
そして、空港でアライバルビザの申請をして入国。
ターミナルの外に出るとたくさんのタクシーの呼び込みが集まってくる。
あっという間に周りを囲まれてしまった。
仕方がなく、値段交渉を始めるが、みんな一斉に話し掛けてくるので何を言っているか分からなく困っていると、この騒ぎを見つけた警官が近寄って来たと思いきや、持っていた棒で呼び込み達のお尻を思いっきり叩き始める。
バシッ、バシッ。
大の大人が2・3人叩かれて悶絶しているを見て、他の奴らは直ぐに退散。
見ていた俺もそこまでやらなくてはと思うくらい痛そうであった。。。
どうやらここで客引きをしてはいけないみたい。
仕方がなくターミナルの方へ戻る途中で自称ガイドという男に話しかけられて、一番安い価格で街の中心まで連れていくと言われ、その車で行くことにした。
そして30分くらいで中心地であるタメル地区に着いた。
一応、ガイドの名刺をもらい、トレッキングツアーなどに軽く勧誘されるが、もし興味があったら連絡すると伝えて別れた。
あまりしつこくなくて助かった。
どうやら、誰かを空港に送って行った帰りだったので安く乗っけてくれたようだ。
そしてその後、今日からの宿探しを始める。
ここ、カトマンズには日本人宿が数件あるが、一番日本人の集まっていそうなゲストハウスに向かった。
最初に泊まったチェリーゲストハウス
日本人の溜まり場であった
でもあまり馴染みたくなかったので最初の3泊だけして出て行った
次に泊まったホーリーランドゲストハウス
結局、ここが常宿となる
最初、カトマンズには計8日間滞在したが、街中を散歩したりするくらいで今までとは違いあまり積極的には動き回らなかった。
インドと比べ
お土産のセンスも良い
ごみごみしたカトマンズの街
バナナ売り
叩いてはいなかった
ネパールではマネキンを吊るすらしい
街の中心であるダルバール広場へは何回も行った。
シヴァの化身カーラ・バイラブ
鳩多すぎっ
ダルバール広場
ダルバール広場で会った少年
出たぁ~、得意技「シャチホコ」
かたや、綿飴を売り歩く少年も
路地裏の商店
何でも吊るすのね
ネパーリの正装?
滞在中何回も食べたmomo
お菓子も吊るして販売
有名な建築物らしい
タメル地区の近くにある池
ある日、街から2km程離れたスワヤンブナートとう山の上にある寺院へ行った。
向かうはあの山の上の寺院
385段の階段を登りようやく到着
スワヤンブナート
約2000年の歴史を誇るネパールで最も古い寺院
マニ車
山の上からはカトマンズの市街を一望できる
食べ物を強請る猿
ビニール袋を持っていると襲ってくるので注意
山の至る所に猿がいる
さすがモンキーテンプルと言われるだけある
タルチョ多すぎっ
猿多すぎっ
そして、別の日には小型バスに乗り、東へ7km行った場所にあるボダナートへ!
路地に入ると巨大なストゥーパが!
カトマンズで一番大きいボダナート・ストゥーパ
象の像だぞぉ
何かのお祭り
ネパールのポスト
ここにもいたよドラえもん
カトマンズ市街にある塔
ネパール。
この国も物価が安くて旅人にはありがたい国。
しかも、インドよりお土産などのセンスもいいので、街ブラをしてても楽しい。
そして、ご飯も本格的な日本食レストランも多く、その上美味しいので長期滞在しても飽きないかも。。。
特にインドから来たから余計にそう思う。
逆に欠点としては
停電が多いのと、時期的に雨が多い事くらい。
それとホテルでお湯のシャワーが出ないことかな・・・。
あと、マクドナルドを筆頭にファストフードが全くないこと。
唯一地図に載っていたKFCとピザハットも行ってみたらすでに潰れてしまっていた。
そんな感じで国としてはインドよりも貧乏な気がする。
とりあえずこのまま何もしないのも勿体無いので
一時、カトマンズを離れてもう少しヒマラヤ山脈に近い場所に移動します。 7月26日、今回はヴァーラーナスィー駅を10時に出発する列車に乗り、今回のインド旅最後の目的地であるブッダ・ガヤーに向かう。
一番近い駅がある町・ガヤーには14時半には着いた。
そこからは直通バスに乗り南へ16kmの位置にある仏教における最も重要な聖地であるブッダ・ガヤーまで行く。
大きな地図で見る
バスの中では宿の勧誘する奴もいたりして、到着時には直ぐに宿にチェックインすることができた。
と言うかバスが宿の前に泊まってくれた。
泊まったWELCOME GUEST HOUSE
何か歓迎されそうな期待が!
チェックインして早速町歩き。
まずは町のランドマークであるマハーボディー寺院を見に行った。
ここでちょっとブッダ・ガヤーの説明!
およそ2500年前、シャーキャ(釈迦)族の王子であったスィッダールタは人生の苦悩を痛感して世俗の生活を捨て、解脱の道を求めて厳しい苦行を続ける。
しかし中々解答を得られず、やがてウルヴェーラ村(現在のブッダ・ガヤー)の大きな菩提樹の下で深い瞑想に入り、そして49日後に覚りを開きブッダとなった。
後にこの覚りの内容と教えが仏教となり多くの人々に広まることになる。
という訳でここが仏教でも最高の聖地となっている。
でも不思議なのは、ここインドで生まれた仏教だが、現在ではヒンドゥ教に押されてほとんどインドの人々には信仰されていないこと。
まぁ、この辺の事情はご自身で調べてください。
ブッダ・ガヤーのメイン
マハーボディー寺院(大菩薩寺)
まさに仏教の聖地を象徴する建物
夕日を浴びる寺院
高さ52mの塔
世界遺産でもある
世界中から僧侶もやってくる
寺院内では座禅して瞑想する人も
ブッダが覚りを開いた(解脱した)場所・菩提樹
大塔の壁面を飾る仏像
ブッダガヤーのメインストリート
ボッタくる奴も少なく、長閑な所です。
翌日はブッダ・ガヤーにある数々の僧院を見て周ることに。
ここには各国の僧院があり、ちょっとした仏教のテーマパークみたいになっている。
タイの僧院
タイの僧院にある仏像
中国の僧院
おっ、印度山日本寺
この写真だけ見たら、まるで日本に居るみたい!
内部も和風
外に出たらこんな感じ
やっぱ日本じゃないは・・・。
チベット僧院
どデカイ大仏
ここも日本関係のお寺である
デコレーションされたローカルバス
現代の僧侶にも写メは必需
この橋の向こう側がのどかな風景が広がるセーナー村
遠くに見えるのがブッダが覚りを得る前に苦行した前正覚山
DOCOMOショップ見つけた!
ここにもあった「世界人類が平和でありますように」のポール
調べたら、元々は宗教法人白光真宏会の五井昌久氏が唱えていた祈りであるようだが、現在では国際平和の名のもとに国連NGOが「PEACE POLE PROJECT」として普及の草の根運動をおこなっているみたいです。
翌朝、日本寺で毎日開かれる座禅をしに再び訪問したが、いつまで待っても日本人僧侶が来ない。
掃除係りの現地人に聞いたら、風邪でダウンして休みだって・・・。
僧侶もインドの気候には馴染めないのかなぁ?
午後は宿のお兄ちゃんの誘いにより、セーナー村ツアーに参加した。
ツアーと言っても、その彼のバイクの後ろに乗って色々と連れて行かれるだけだが。。。
ちょっと町の外れに行くと道が悪くなる
巨木バール
通称トトロの木と言われている
ここはブッダが前正覚山から下山してセーナー村へ向かう途中に通った場所
ここセーナー村はこの地に住むスジャーターとう女性が苦行の末痩せ細って瀕死の状態であった後のブッダに乳粥供養をした場所である。
ちなみに、あのコーヒーに入れるミルクの「スジャータ」はこの娘の名前をとったものである。
そして、町に戻りツアーは終了。
最後にガイドの経営するお土産屋に行って、菩提樹で作ったという縁起の良い数珠を勧められたが丁重にお断りした。
町の市場(道路だけど)
ふくよかな仏像も珍しい
全員整列!
7月28日の夜、宿で知り合った日本人男性とブッダ・ガヤーからガヤーへオートリクシャをチャーターして向かう。
この彼はインドに来てからずっと体調不良で、中々治らないのでもう帰国するためにコルカタに向かいたいとの事。
ガヤーにつき、それぞれ向かう方角は違うけど、その彼がチケットを買うまで一緒に付き合うことに。
そして現地の人たちが並んでいるチケット売り場へ行くが、「ここではなく別の場所に行け」と指示される。
別の場所に行って並ぶが、今度は「ここじゃない2階だ!」と言われる。
で2階に行くがどこにもチケット売り場らしきものはなく、また別の窓口に行くがそこも違うと・・・。
毎回並んでいても、どんどん現地人に割り込みされてしまって時間ばかりかかる。
しまいには病気の彼が割り込む奴にキレて喧嘩になりそうになった。
再び、最初の売り場に行くが、「ここではないと言っただろう」としまいには怒られる始末。
彼は熱もあり立っているのもやっとの状態なのに、こんなにたらい回しされたらどんどん悪化していくよ~。
そして、二つ目の窓口でやっとチケットを売ってくれたが、チケットを見るとそれが2nd Class。
それを知った途端、彼は吐き出してしまった。
あちゃ~。
さすがにこの体調で2nd classの席で夜通し乗るのは無理と判断して、結局彼はガヤーに泊まることにした。
そして駅で別れたが、その後彼がどうなったのか知る由もない・・・。
無事に帰国出来てれば良いが。
自分はニューデリーで全部のチケットを手配しておいて本当に良かったと痛感するのである。
そして、ガヤーを夜23時発の寝台列車で三度目のデリーに戻る。
デリーではまたまたナブランに宿泊。
そして、デリーには1泊だけして、いよいよ次の国に移動することに。
丁度、インド滞在1ヶ月目でこの日でビザも切れる。
移動の前夜、相変らずの熱帯夜であるが夜中にまたまた停電が起こった。
またかよ~、と思って部屋の外で電気がつくのをひたすら待っていたが、この日に限っては中々回復しない。
結局一晩中電気がつくことはなく朝を迎える。
当然、暑くて眠れやしなかった。
寝不足のまま空港に向かうが、地下鉄が長期工事中で動いてないのでタクシーで行った。
結局、この日は大停電だったらしく、電車も動かなくなり1億人以上が被害を受けたとのこと。
もし1日遅かったらガヤーから戻ってもこれなかったらしい。。。
そしたら、ビザも切れてオーバーステイになっていたとこ・・・。
危ねぇ。
こんな感じで最後までドタバタであったインド。
エジプト、モロッコと同じく、俺を本気にさせてくれる数少ない国。
しかしメシはくそ不味かったな。。。
あんなに好きなだったカレーがこの国来て食べられなくなったし・・・。
マクドナルドでさえ不味く感じたからね。。。
しばらくはいいけど、またいつか来たくなるんだろうなぁ~!
でも次に来る時は6・7月は絶対避けるね。
なぜなら暑すぎる。
そして、次回は南を攻めたいかな。
それまで少しはご飯が美味しくなってますように!! 7月23日、朝4時40分にムガルサラーイ駅に到着。
爆睡していたが、車掌に起こされて何とか降りることができた。
本来はヴァーラーナスィー駅で降りたかったのだが、ここの分もチケットが取れずに隣?のムガルサラーイ駅になってしまった。
大きな地図で見る
朝の5時前、辺りはまだうすら暗い。
こんな時間にバスもなく、町中に行くにはリクシャに乗るしか方法がない。
でも駅のどちら側に行けばリクシャがいるのかわからない。
そんな心配をよそに駅を出るとすぐにリクシャの呼び込みがたくさん来た。
一人で乗るのはもったいないので誰かシェアできそうな外国人を探したが中々見つからない。
仕方がないので、声を掛けて来た若者の”乗り合いリクシャ”なるものに乗ることに。
乗客は俺の他にインド人4人で運転手含め計6人。
重い車体を走らせながらヴァーラーナスィー方面に向かう。
徐々に周りも明るくなってきた。
そしてガンジス河に架かる橋を越えて町にも近づいてきた。
町の外れで1人降り、ヒンドゥ大学らしき前で3人降り、最後は俺一人だけとなる。
ここが何処かも良く分からない。
そして、細い路地を走り始めて、行き止まりでリクシャが停まった。
運転手:「着いたよ」
あきらかに中心地ではない民家の中
俺:「ん?ここどこだ?」
運転手:「宿決めてないだろ?ここがお勧めの宿だ」
俺:「町中に連れて行ってった言っただろ???」
と揉めていると宿の中から主人らしき男が出てきて、「ここが町中だ!ここには日本人も泊まっているから、ここに泊まった方がいいぞ」と誘ってくる。
なるほど! こいつらグルだったのか。。。
こうなれば運転手に対して怒鳴りつけるしかない
俺:「ちゃんと町の中心地に連れて行け!」
運転手:「ここから先はリクシャじゃ入れない、だからここに泊まったほうがいいよ!」
俺:「いや、宿は自分で決める。いいから早く連れて行け!」
運転手:「ここから先に行くには追加料金が必要だ。」
俺:「ならここから歩いて行くわ、お前がきちんと仕事をしないなら金は払わないからな!」
黙りこむ運転手。金が入らないのが弱点らしい。
俺:「分かったのか? Yes or No?」
半べそをかきながら運転手:「Yes...」
あっ、インド人を泣かせてしまった。。。
このやり取りを見ていた宿の主人はなだめる様に
宿の主人:「まぁまぁ、行くならこの裏から河沿いを歩いていくしかない。早く行ってくれ!」
後味悪いので、最初に取り決めた料金だけ払ってその場を去った。
そして重い荷物を背負ってガンジス河沿いを歩き始める。
なんだよ~、やっぱ町中から遠いじゃないか。。。
しかも河へ降りる階段きついし。
早朝のガンジス河
このガートに沿って歩く
ガート沿いには風情のある建物が多い
歩くこと20分以上、色々な人に道を聞きながら、何とか中心地と思える場所に着いた。
しかし、ここの道の汚いこと。
あちこちにウンチが落ちているではないか!
どう考えても牛だけの落し物ではないな。
ガートではしゃがんでる大人を大勢みたし。大の大人が大してる。
あるガートなんか全面野外トイレと化していて、そのまま河に流れ込んでたし。
絶対この河では水浴びしたくないね!
なんてイライラもあり最初の印象は最悪であった。
そして、宿にチェックインする頃には疲労困憊であったのは言うまでもない。
日本人が多いBaba Guesthouse
そして、しばらく休息して元気になったので町の散策に出かけることに
路地は人間2人が並んで歩くのがやっとというくらい道幅が狭い。
そんなところをバイクで飛ばしてやって来たり、牛がのそのそ歩いて来たり、前を見ていないとぶつかってしまう。
でも、逆に前ばかり見ていると下にあるウンチを踏んでしまうので、両方を交互に見なければならず非常に疲れる。
こんな所を平然と裸足で歩く現地人はクレイジーだ!
牛も歩く町の路地
宿の裏から見たガンジス河
ガンジス河でジャンピング
黄昏の時
中心地では露店も多い
アバター?
こんな所に祭壇があるんじゃ河に入らないとね!
HISのボート
ガンガーの中心部
地元から聖地まで歩いて来た人たち
お疲れじゃーん
船は重要な交通手段
ガンガーにはオレンジが良く似合う
ガンガーではこんな方々もたくさん見かける
夜のダシャーシュワメード・ロード
夜の町を散歩していると、アーグラーで一緒だった女の子2人組みに偶然再会した。
女の子の場合、男以上に色々と声を掛けられて大変みたい。
男性に日本語で声をかけられて無視していると「自分のこと可愛いと思ってんじゃねえよ!」と捨て台詞を吐かれたらしい。
こういう場合、男の方が気楽でいいね!
翌朝、沐浴を見学にガンガーへ行く。
でも、見ていると何だか入りたくなってきた。
水は濁ってるけどそんなに汚なそうじゃないし。
早朝、沐浴する人々
犬も沐浴中
折角なので俺も入ってみることに
しかし底がヌルヌルする
首まで浸かってみた
なんだかいけそうなんで頭まで潜ってみたが、鼻から水が入った。。。
沐浴後、気分もスッキリ
ガンガーに入った日本人の3人に1人が腹痛になるみたい
今夜が山田
そして、宿でシャワーを浴び、着替えてからガンガーに沿って散策をしに。
ガートを下流に向けて歩いてみた
ここにも誰か住んでいるのか?
そして歩いていると2人組みから声をかけられる
俺達を撮れ~(動画編)
素敵なパフォーマンスをありがとう
ところで何の衣装?
中心地から離れると人影もまばら
上流にある商店
上流では牛も沐浴
牛が沐浴する横では洗濯をも
ガンガーの伊達男とは俺のことさ
中にはこんなかわいらしいボートも
ガネーシャだけでなくサイババの姿も
サイババって神レベル?
猿も見つめるガンガー
その猿凶暴につき注意!
インドでのベストラッシー
どう見ても日本人じゃ・・・
夜になり、毎日日没後に行われているプージャーを見物に。
この時間になると観光客も増えるので、物売りたちも多くなる。
中には日本語ペラペラの物売りもいて、かなりしつこくつきまとってくる場合もある。
でも話したりからかっていると楽しい。
あるアクセサリーを売りにきたやつに「昨日同じもの買ったから要らないよ!」というと、「何で?俺からは買ってないじゃん!」だって。
「じゃーこの値段なら考える」って無茶な価格を言うが、最後はその価格まで落ちる。
でも、「やっぱ同じものは要らない」と言うと、「この値段なら買うっていっただろう!しまいには怒るよ~」って
あっ、インド人を怒らせてしまった。。。
また別の奴と話した際、「ここの印象は?」と聞かれたので、「ボッタくる奴が多いのがちょっと・・・」と言うと、「それはボッタクリじゃない、ビジネスだ!嫌なら払わなければいい。払ったなら交渉成立ってことだ!」と言われ妙に納得してしまった。
他にも、道ですれ違いざまにボソッと「チンチンブラブラソーセージ」なんてつぶやいてた奴もいたなぁ~。
どこで覚えたんだか???
ただ、ここにいる奴らに共通することは、みんな大沢たかおと長澤まさみとは友達らしい。。。
プージャー(礼拝)
毎日、各ガートで日没後に行われる
翌日、四大仏跡のひとつであるブッダが初めて説法をした地であるサールナートへ行くためにオートリクシャをチャーターした。
世界の後部座席から
今回はサールナートへ向かうオートリクシャから
サールナートへ向かう途中
牛も食料には困らない
サールナートに到着!
ここからの見所はまとまっているので徒歩で向かう。
ムールガンダ・クティー寺院
寺院の内部
仏教の寺院でも日本の寺とは外観も違う
寺院の裏にある鹿公園にある観覧車
ダメーク・ストゥーパ
そして同じリクシャでヴァーラーナスィーへ戻る。
夜のヴァーラーナスィーの町
狭い路地では牛が来たらよけなければ通れない
ここにもあったDOREMON
バカボンに出てくる警官とコラボ?
そして翌日、3泊でこの地を離れる。
正直、もう少し居たかったかも・・・。
早朝のヴァーラーナスィー
ヴァーラーナスィー駅
ヴァーラーナスィー
暑い・ウザい・汚いの3拍子が揃った街
世界の底辺に位置する街
でも世界で一番神秘的な街
インドのどの町とも違う
人間の原点をみているよう
あ~、しばらくしたらまた来たくなるんだろうなぁ~。
次はインドで最後の目的地に向かう! 7月19日、アムリトサルを早朝5時に出発して、久々のニューデリーへ戻る。
そして、常宿であるナブランにチェックイン。
アムリトサルで懲りたので、まずは今後の移動分すべての列車のチケット買いにニューデリー駅に向かう。
メインバザールを歩いていても、相変らず誰も俺には声を掛けてくれない。。。
悪徳旅行会社のみなさん、今からチケット買いに行くよ~!
そしてニューデリー駅に着き、2階にある外国人用チケット売り場へ行くが、入った途端に愕然。
なんと、100人以上が待っているではないか・・・。
仕方がないので待ち始めるが、結局2時間以上待つ羽目に。
そして順番が回ってきたが、先に時刻表をチェックして乗りたい列車の番号を調べておかなくてはならなかったみたいで、「別の係りの人の所に行って調べてから戻ってきて!」って。
えっ!?また2時間待たないといけないの???
ここでやんわりと猛烈に抗議して、直接戻って来て良いことになった!
こうして、何とかこの先の4回分のチケットを買うことが出来た。
(この後、チケットを先に買っておいたことがかなり正解だったと痛感する)
このチケット売り場で、日本人女性2人組みに会い、彼女達も同じようなルートを辿るので、先々で会ったらご飯でも食べましょう!と約束して別れた。
<インド人を困らせるの巻>
そして、翌日10時に宿をチェックアウトしていつも通り荷物を預かってもらえるように依頼したが、予想外に「ノー」だって。。。
まさかの返答にちょっと動揺したが、すぐに交渉開始!
俺:「ワイ・ユー・セイ・ノー?」といつも言われている言葉を畳み込む。
すると従業員は「俺はいつもここにいるわけじゃないからダメだ!」だって。
俺:「そんな堅いこと言わないで。いいじゃん!You預かっちゃいなよ!」
でも、悩んでいる様子だが中々OKと言わない。
ははーん、お金が欲しいのかな???
俺:「少しお金を払うから預かってよ!」
でも従業員は「やっぱダメだ。ここに荷物を置いて無くなったら俺の責任になるから」と譲らない。
インド人らしくない回答。真面目?
その後もお願いし続けるが、いい加減従業員が困り果てているのが分かったので、「なら、オーナーに聞いてOKならいいか?」と言うことで話を終わらせた。
そして、直ぐにオーナーのところに行き、
俺:「お金払うから荷物預かってくれない?」
と依頼すると。
オーナー:「いいよ、100ルピーね!」
だって・・・。
まぁ、預かってもらえるのは良かったけど。。。
真面目な彼のガンバリが無になるようで複雑な気持ち・・・。
その後、メインバザールをウロウロして時間を潰す。
さすがに顔馴染みも何人か出来た!
彼らに「また戻ってくるからね!」と別れを告げる。
そしてお昼くらいになり、デリーを出発!
列車の内部
6人席だったが何故か7人いた。。。
そして14時半くらいにはアーグラーに到着!
ニューデリーから2時間強と意外と近いね。
でも、列車を出ると暑い暑い。
間違いなく、デリーより暑いね。。。
そして、その辺にいた白人女性とオートリクシャをシェアして中心地へ向かった。
でドライバーに紹介してもらった安宿にチェックインした。
泊まったホテル
Indian Inn Guesthouse
外見は汚いが、意外と快適
そして、直ぐに町の散策に出かける。
さすが観光地、日本人向けのレストランも多い
所々日本語おかしい気がする
歩くこと数分であのニューデリーで会った日本人女性たちに偶然出会う!
そして、早速夕食をご一緒することに。
夕食はタンドリーチキン
屋上のレストランから早くも見えたタージ・マハル
そして、夜になり大分涼しくなったので散歩に出かける。
八百屋さん
夜の散歩も楽しい
牛も徘徊する夜のアーグラー
翌日、午前中はア-グラーで一番の目的であるあの場所へ!
と言っても昨夜見えちゃったが。。。
入り口から
トンネルを抜けるとそこはタージ・マハルだった
Taj Mahal
シャー・ジャハーンが愛妃の為に22年の歳月を費やして建てた世界で一番美しい墓
でも正直そんなに感動はなかったかな。。。
この旅で感動の基準が大幅に狂ってしまったみたい
モノクロで
草むしりしている人に写真を撮ってもらえる
昼食は「みんな大好きオムライス」が有名なJoney's Place
そして、午後になり前の日に宿のオーナーに誘われた「アーグラー半日ツアー」に日本人女性2人組と3人で参加した。
ドライバー以外に何故かオーナーもオートリクシャに乗り込んできた。
えっ?お前も来るの?
ドライバーは誠実そうなのだが、オーナーは顔からして受け付けない。。。
しかも、5人も乗ったら重いだろう。
結局、運転席に2人、後部座席に3人が乗る形で出発!
そして、最初にアーグラー城へ向かう。
タージとはまた違った迫力があるアーグラー城
アーグラー城の内部
アーグラー城からは遠目にタージ・マハルも見える
アーグラー城の内部で会った親子
次にヤムナー河を渡った反対側へ向かう
結構積めるもんですね
ミニタージ・マハル
近くで見ると立派だ!
でもホンモノ見たばかりだからな・・・。
こんな汚い川でも子供達の大事な遊び場
裏にあるヤムナー河の反対岸から見たタージ・マハル
丁度、突風が吹き砂塵が舞い上がり幻想的な光景に
そして、ツアーも終了して宿の近くに戻ってきた。
料金を払おうとすると、オーナーが当初聞いていた3倍以上の金額を要求してきた!
俺:「何でそんなに高いんだ!昨日価格は決めただろう。」
オーナー:「昨日の価格はお前の分だけで、彼女達の分はまた別だ!」
当初、自分一人でツアーに参加するつもりだったので、自分の分(リクシャ1台貸切)をかなり値切った価格で決めていた。当日彼女達も参加することになったが、同じ貸切1台なので同価格か少しアップでいけるものと思い込んでいたのである。
俺:「ダメだ!昨日チャーターの価格で決めたんだから、それ以上は払えない。」
オーナー:「あれは一人分の価格で3人だから3倍になる」
その後も言い争いをすること十数分。
しまいには、ドライバーに「喧嘩するな」と止められるが、ここまできたら絶対払いたくなかったので、最後に
俺:「お前は、決して誰も騙さないと言っていたが、今こうして俺達を騙しているじゃないか(怒)!」
と怒りをぶつけると
オーナーが最後に居直って、「じゃー好きにしろ!」と折れたので元の価格だけ払ってやった。
勝った!!
隣にいた女の子達は呆然として2人のやり取りを眺めていた。。。
驚かせてゴメンナサイ。
そして、ここで女の子達やドライバーと別れた。
オーナーだけが同じ宿なので2人して歩いて宿に向かう羽目に。
でも宿に居たくなかったのですぐに町の散策に出かけた。
アーグラーの町並み
この辺りは観光客も多いので比較的キレイだ
牛の集団が徘徊するアーグラーの町
市場を歩いていると声を掛けてチャイをご馳走してくれたおじさん
おじさんの店で働く従業員
ドラえもんとピカチューのスーパーコラボ
近所の子供
近所の子2
緊張しすぎ。。。
子供はカワイイ
癒される
翌日、色々とわだかまりはあるが、再びあのドライバーにツアーをお願いした。
前の日に散々モメたので、もう俺からボッタクろうとしないだろう。
相変らずあの要らないオーナーが付いてくる。
今日は俺一人なんだけど・・・。
2人掛かりで押さえ込もうという魂胆か???
今回はアーグラーから南西に37km離れている所にあるかつての都であるファテープル・スィ-クリーに向かう。
走ること1時間半。
ようやく入り口に近い駐車場に到着。
しかし、そこから入り口まではかなり歩かされた。
ファテープル・スィ-クリーの入り口
ブランド門(入り口)
敷地内のモスク地区
モスク地区に居た自称ガイド
俺のサングラスが気に要ったみたいで欲しいって。。。
似合ってるけど
宮廷地区
宮廷地区の更に奥にあるヒラン・ミーナール(鹿の塔)
でも居るのはヤギだが
牛も居た!
しかし変な形の塔だね
周りのケバケバは像の牙らしいです。
でも名前は鹿の塔。
由緒ある木?
別にワザワザ来るほどのこともなかったが、ムガル帝国の歴史に興味があり
アーグラーに2日以上滞在するなら来てもいいかと。
そして、再び1時間以上かけオートリクシャでアーグラーへ戻る。
でも帰り途中にクーラーの効いている店でお茶をご馳走すると言われ変な宝石屋へ連れて行かれた。
別に無理に買って欲しいという雰囲気ではなかったので、ルートに組み込まれているのとただ単に涼みたかったのだろう。
店の人に仕事は何をしているのか?と聞かれたので(これはほんとうに良く聞かれる)、面倒くさいのでいつも通り「ポリスだ!」と適当に応えたが、今回は逆に興味を持たれ、「山口組は何人いるのか?」「ヤクザとはどう戦っている?」などと突っ込まれて困った。
その後、ドライバーを店に残し、オーナーと共に宿へ向かうが、急にオーナーがかしこまって
「ちょっと頼みがある。一緒にお土産屋へ行ってくれないか?行くだけで買わなくていいから!2軒連れて行けば俺は30ルピーもらえる。今日のチップはそれだけでいい!」
と頼まれてた。
本当は勝手について来るこいつにチップすら払う気無かったが、仕方がないので2軒付き合った。
まぁー、奴も嬉しそうだったのでいいか・・・。
そして、宿に戻りツアーは終了!
最後に笑いながら「チップは?」と探りを入れてきたので、「ふざけるな、さっき30ルピーもらっただろ!」と拒否すると、やっぱダメかって顔をしながら離れて行った。
ここまでくると憎たらしさを越えて可愛くさえ思えてくる。
下衆の極み
最後は自分でオートリクシャを運転して帰還!
そして、その日の夕方。
アーグラーを離れるために、再び同じドライバー&オーナーと3人でアーグラーから1時間以上離れたタングラという町に向かう。
何故、アーグラー駅ではないのか?と言うと、デリーでチケットを買う際に、アーグラー発の列車が取れず、少し離れたタングラという駅まで自力で行くハメになった。
面倒なので、今日のツアーにこの駅までの送迎を含んで依頼していたのである。
日も暮れてきて、辺りも暗くなった頃に駅に到着。
そしてドライバーにはチップを渡す。(当然、宿のオーナーにはあげないけど、多分後でドライバーから半分はもらうのだろう)
あんなオーナーでも別れる時には良き思い出の一部になっていたから不思議だ。
駅からみた夕焼け
そして、20時40分発の寝台列車で次の目的地へ向かうのである。
もうアーグラーに来ることはないでしょう。
でももし来ることがあれば、その時は10倍返しだ! 7月17日、ダラムシャラー(マクロード・ガンジ)を10時に出発する超ローカルバスに乗り、ここからはまた一人旅が始まる。
目指すはパキスタン国境に近いシーク(スィク)教の聖地であるアムリトサル。
大きな地図で見る
このバス動くの?というくらいボロい
バスの内部
あまりキレイくない
まずはパタンコートという街に行き、そこからバスを乗り換える。
でもターミナルへは入らず手前の道路でバスを降ろされる。
仕方なくバスターミナルの中へ行く道を歩いていたら、向こうから来たバスの運転手が「アムリトサルか?」と聞いてくれて乗せてくれた!
ターミナルへ行く手間が省けて良かった!
バスは満員だが、そのバスの運転手や乗っている男性乗客のほとんどが頭にターバンを巻いている。
そう、このターバンを巻いている人々こそシーク教徒達である。
しかしこの運転手スピード出しすぎで怖い、クラクションも色々な音が出る改造された暴走バスだ!
飛ばすこと数時間、19時にアムリトサルのバスターミナル近くに到着。
そしてまたしても路上で降ろされる。。。
そこからは待ち構えているリクシャで街の中心地である黄金寺院周辺へ向かう。
世界の後部座席から
今回はアムリトサルのサイクルリクシャからお送りします
そして、見つけたホステルにチェックイン。
泊まったLUCKY GUEST HOUSE
幸運があるといいが・・・。
アムリトサルの街並み
夕暮れの黄金寺院周辺
夜になり、黄金寺院へ行ってみることに!
いよいよ寺院の中へ
黄金寺院に入ると本当に黄金の寺院が!
金閣寺以上に眩しい!?
シーク教徒でなくてもこの金の中に入る事が出来る!
この辺はイスラムやヒンドゥに比べて寛容だ。
「アムリタ・サラス(不死の池)」で沐浴をする信者
反対側から見た光景
翌日、まずはデリーに戻るための電車のチケットを買いに歩いて駅に向かう
駅周辺の街並み
街の外れにあるアムリトサルの駅
駅に着きチケットカウンターの列に並ぶが中々進まない。
それもそのはず、常に列の前方に人が割り込んでしまってる・・・。
でもあまり誰も文句言わないのも不思議だ!
変なところまで寛容だな・・・。
1時間以上待ってようやく手に入れた電車のチケット
しかし翌日のチケットは無く、翌々日早朝発まで待たなくてはならなかった
もう1日この街にいるのか~。。。
することないなぁ・・・。
とうな垂れながらまた街の中心地に戻った。
ターバンライダー
ヘルメットの代わりにターバンでOK?
レストランの看板
インドに来て俄然存在感が増したドラえもんならぬ「DOREMON」
街を歩くのはほとんどシーク教の信者
入り口を守るのは槍を持った屈強なガード達
昼間の黄金寺院へ
昼間見たらあまりきらびやかではないなぁ~
やっぱ夜の方が趣があるかな
寺院内では無料で食事を頂くこともできる
(異教徒でも可能)
タダめし
お替りし放題!
ラッキーってこれか???
ここ黄金寺院は無料で宿泊もできるそうです!
もし訪問したらお試しあれ!
この後は一度デリーに戻り、そしてさらにその先を目指そう! 7月13日、夜の20時にマナーリーに戻り、今回はヴァシシュトに宿泊。
でも翌朝には早々と次の目的地へ移動を始める。
朝6時発のローカルバスに乗り、次に向かうはダラムシャーラー。
レーから一緒の男性とヴァシシュトで出会った女性の3人で向かうことに!
大きな地図で見る
乗り心地のあまり良くないローカルバス
ローカルバスなので各停留所に停車するのでやたら時間がかかる。
最初は直行だから6時間くらいで着くのかと思っていた。
家が増えてきた
ダラムシャーラーへ近づいたのか!?
しかし、こんな所に洗濯物干すなんて
夕方、ようやくダラムシャーラーだという町に到着したが、今度は終点であるマクロード・ガンジまでは行かないと言い出す。
バスに乗り込んだ際はそこまで行くと言っていたが、エンジンの調子が悪いので無理だとのこと。
同じバスに乗っていたチベタンのおばさん達と一緒に文句を言うが中々聞き入れてくれない。
最後は「じゃー金を返せ」と詰め寄ると、仕方がなさげに別のバスに乗るように手配してくれた。
もちろんチケット代はその運転手が払う。
そしてバスを乗り換えて出発!
ダラムシャーラーからマクロード・ガンジまでは10kmの距離だが標高は500mも違う。
ここからは狭く急な登り坂が続く。
途中、お互いに譲ることをしないバス同士がなかなかすれ違えなく立ち往生して無駄に時間を費やした。
そしてマクロード・ガンジに到着したのは19時であった。
結局、12時間以上掛かったじゃないか。。。
すれ違うのに15分くらいかかった
辺りは薄暗くなり始めてるのでまずは宿を探す。
そして、Kunga G.H.にチェックインした。
泊まった部屋
広いが部屋には陽が当たらず中は湿気臭い
翌日、みんなで町の散歩に出かけた。
山の上にある降水量の多いマクロード・ガンジの町
滞在中も何回かもの凄い豪雨が
まずはヒンドゥ教のシヴァ寺院のある村を訪問。
カッコイイ ガネーシャ像
シヴァ寺院前の沐浴池というかプール
インドでは泳げない人が多い
大人でも浮き輪が必要
そして、寺院の横から続く道を滝へ向かう
この坂道を登っていくと滝があるらしい
道にはここの主たちが居座っていた
リーダー?
レーで作った”FREE TIBET”のシャツを着て
シーシャを吸ってる俺を撮れ~
滝の横にある売店
ここではビールも買える
インドと言えばキングフィッシャー
イェーイ、俺達を撮れ~
ここに来ているインド人はデリーにいたか細い奴ではなく、ターバンを巻いた身体のデカイ屈強な奴が多い
でも中にはこんな人も!
顔は強そうだけど体は・・・
インドの郵便ポスト
そして、その後は宿を挟んで反対側のチベット寺院があるメインエリアへ向かう
マクロード・ガンジのバザール
こちら側は僧侶も多い
バイクもチベット仕様!
昼は定番のタントゥク
しかしいい加減に美味しい肉が食いてぇ~
人生で初めて、肉が食べたくてイライラした時期でした
チベタンの記念碑
なんか怖い。。。
チベット寺院にて
写真を撮影してもらっているように見えるが
実は写真を撮っていたら前に人が現れて勝手に撮影し始めたとこ
ダライ・ラマ法主公邸
せっかくなのでダライ・ラマ14世に謁見を申し込んだが、前の日にラダックに行ってしまったとの事。
うーん、入れ違い。。。
これ!世界中で見かけるんだけど
どういうこと?
この写真、みんな中国領チベット自治区で焼身自殺した僧侶です
Hard Rock CAFE
McLeod Ganji
雨の多い場所なので
こんな所にもあった日本食レストラン「ルンタ(風の馬)」
久々に日本人が関わっている店での日本食
美味ぃ!
結局、マクロード・ガンジに3泊したが、標高も高く雨も多いおかげで涼しくて意外と快適でした。
ここもインドではないみたい。。。
この後はまた暑い平地に戻ります。
あー嫌だなぁ。 結局、マナーリーを出発して23時間。
またもや夜中の1時にレーに到着した。
しかし、こんな夜中に着いても店も宿も開いてなくどこに行っていいのか分からない。
困っていると運転手が現地の旅行会社の知り合いを呼び出して宿を紹介してくれるとの事。
案の定少し高いが夜中なので仕方なく紹介してもらうことに。
そして、同じ車で来た韓国人女性とハンガリー人女性と部屋をシェアした。
旅に出ると知らない女の子達と同じ部屋に寝ることに何の抵抗感も感じなくなる。
翌朝、みんなと別れ一人で別の宿を探しに行った。
そして、地球の歩き方にも掲載されている「Old Ladakh Guest House」にチェックインした。
そこには日本人旅人が5人居て、その後一緒に行動することに。
泊まったオールドラダックゲストハウス
宿のパティオ
泊まった部屋
決してキレイではないが
窓からは旧レー王宮が見える
部屋から眺めた旧レー王宮
ラサのポタラ宮はここをモデルにして造られたという
町中でもよく見かけるマニ車
オールドレーの町は茶系一色であまりキレイではない
イスラム教のモスク
ジャマーマスジット
レーのメインストリート
通りには露天商が多い
手書きだと味がでるね
チベット解放運動
中国でこれやったら即逮捕だね
オールドレーの子供達
この地区はムスリム系が多いみたい
町で出会った親子
通りではすれ違う人に「ジュレー」と言うとみんな笑顔で「ジュレー」と返してくれる!
タントゥク
ここの食文化は完全にチベット圏
でもお腹にやさしくていいね!
ようやく満足に食事が取れるようになった!
昼食後、みんなで旧レー王宮へ。
オールドレーの眺め
同じレーでもこちらは西側にある町
川が流れていて水があるだけでこうも違うのか
旧レー王宮から
次はあの山の上のゴンパを目指そう!
ゴンパから続くタルチョ
宿で出会った旅人達
みんな西周りで世界一周中
世界を制覇した気分!?
ゴンパ内部
懐かしの仏教だね
パワー吸収中!
そして翌日、宿を緑の多い地区に移動。
何故なら、前の宿ではシャワーもトイレも水が全く出なかったので。。。
LA-WANG GUEST HOUSE
この時期、泊まっていたのは日本人のみ
この宿を日本人宿化する計画も!?
夕食はトゥクパ(チベット風うどん)
店にあったダライラマ14世の写真
この写真も中国で掲げていたら即逮捕
そして、翌日はみんなでタクシーをチャーターしてラダック地方のゴンパ巡りをすることに!
車は更に北を目指す。
途中、インダス河の源流に沿って走る
色の違う二つの河の合流地点
こうしてインダス河は生まれる
レーから60kmの位置にあるラダック地方では最も権威のあるお寺
リキール・ゴンパ
ここは僧の数も多く、少年僧も授業を受けている
長老
超かわいいマルコメ君
桃源郷があるとしたらここでは?
高さ25mの弥勒菩薩像
アルチ・ゴンパのお土産
After Whisky, Driving Risky
山田く~ん
そして車は更に奥地へと進む
レーから125km北にあるこの日のメインであるラマユル・ゴンパに到着
ラマユル・ゴンパにいた子供達
イカすおじいさん達
手に持っているのはマニ車
子供達はどこでも素朴だ
裏山からラマユル・ゴンパを望む
ゴンパを参拝中の尼ちゃん
仲の良い姉妹
ダイナミックな景観
そして日帰りのラマユルツアーを終えて再びレーの町に戻った。
レーの町の入り口にある門
牛も歩くメインストリート
レーのメインバザール
イスラムの雰囲気も所々感じる町だ
マニ車と旧レー王宮
<中略>
そして翌々朝、色々と紆余曲折があったが何とかパンゴン湖に向けて出発することに!
メンバーは5人と聞いていたが、日本人2人とインド人2人の4人しかいなかった。
人数違いはよくあることなので誰も何の疑いも持たずに気にせず出発した!
ところが出発して1時間したら運転手に電話が入り近くの町で車を停めてしまった。
仕方なく我々4人は朝食を取ることに。
そして待つこと1時間、別の車に乗っかり一人のインド人が現れた。
そして彼をメンバーに加え、ようやく出発することに!
どうやら、彼が寝坊して遅れたのに気づかず置いて出発してしまったらしい。。。
置いてく方もどうだか、遅れてくる方が悪い。
しかも一言もお詫びの言葉もないし。
加えてこいつ写真撮りたいから窓際の席じゃないと嫌だと文句を言い始める。
みんな呆れながら三方向窓のある一番後ろの荷台席に彼を座らせ出発!
こんな道を突き進む
途中にはまたしてもゴンパが
急に目の前が開けたと思ったらそこには桃源郷が!
どんどん風景も変わっていく
世界で3番目に高い峠(5360M)に到着
ちなみにマナーリーからレーに向かう途中で2番目に高い峠を越えたらしいが。。。
高山に強いヤク(観光用)
世界で3番目に高い峠にて記念に
えっ!?3番じゃダメなんですか?
よく見かけるトラック
一緒に旅した仲間とともに
ちなみに一番右側が遅れてきた彼
インドで大ヒットした映画「3 IDIOT」の舞台になり一躍人気になったパンゴン湖に到着!
乗ってきた車とパンゴン湖
標高4200Mの高地にある神秘の湖
砂利にハマッた車を救出中
この建物は何の為にあるんだろう???
パンゴン湖
インドと中国の両方にまたがる湖
黄昏るには最高の場所
是非クリックして拡大してみて!
この湖には中国の潜水艦がいるとの噂もある
石を積むのはどの国も一緒なんだね
泊まった名も無き宿
泊まった部屋
4200Mの高地で眠るのは初めてだ
ちなみに例の彼が一人だと高いので我々と部屋をシェアしたいと言ってきたが丁重にお断りした!
サンセット
この日の夕食
美味かったなぁ~
翌日、同じ道をレーに向けて引き返す。
帰りに見かけた小動物
帰り道、往きには気が付かなかったが崖から落ちた車がたくさん
あらら
まぁ、こんな道だから落ちても不思議じゃないけど
あっ、崖崩れで通行止めに
道はこの1本しかないのに帰れるのかな~?
でもしばらくして何とか開通しレーまで戻ることが出来た。
その後、レーに残ってた他のメンバーと合流してまだ訪れていないレーのゴンパを訪問。
この階段の先が日本山妙法寺のある場所
日本山妙法寺
シャーンティ・ストゥーパ
日本山妙法寺から旧レー王宮方面を望む
レーの八百屋さん
アイスクリーム屋さん
ここである子供達と出会う
そして、この子供達の家に招待されてみんなで遊びに行った
招待してくれてありがとう!
レーとラダック
最初は3泊くらいの予定だったが気がついたら7泊もしていた。
それほど魅力的な場所であった。
そして、この日の夜中発のワゴンに乗りレーを離れて、再び来た道をマナーリーまで戻る。
もう高地にも完全に慣れたんで往きほどは苦にならないでしょう。。。多分
この1週間で標高5000Mを6回越えました。
最後に、ここで出会ったすべての人々に 「ジュレー」 7月6日、夜中の2時。
次の目的地であるインドのチベットであるラダック地方に向かう為に体調が最悪の状態であるが早くもマナーリーを離れることに。
迎えが来ると聞いていたがいっこうに誰も来る気配がないので、宿から出て一人で人が集まってそうな所を探し歩く。
しかし、夜中なので宿の周りは真っ暗。
すると大きな荷物を持ったインド人の学生たちが何人か歩いていたので、行き先を聞いたら「レーに行く」というので勝手に付いていくことに!
坂道を下っていると、しばらくして暗闇から灯りが見えてきてワゴンが何台か現れる。
そして車を止めてチケットを見せると、「おまえか?宿に迎えに行ったのに居なかったからもういいやと下りてきた所だ」との事。置いていかれるところだった、危ねぇー。
結果、その学生達とは全く違う車であった。
そしてワゴンに乗り込み出発!
ワゴンの中はほとんど現地人男性だったが、外国人では韓国人の女性とハンガリー人の女性も居た。
とりあえず、頭も痛いので寝ることに。
寝ていると隣のインド人がずっと寄りかかってくる。
あぁ~、頭が痛いのに寄りかかるなと頭を思いっきり反対側へ押すがしばらくするとまた戻ってくる。
結局、俺の肩が枕代わりになってしまった。
何度か頭突きをしたがあまり効果はなかった・・・。
この国では多少オーバーに対処しても問題ない。
いい加減頭にきたので、俺の肩を枕代わりにしている奴の頭を枕代わりにして寝てやった!
日本にはこんな言葉がある。
「やられたらやり返す、仕返しだ!」
そしてしばらく山道を走ると、今度は車が完全に停まってしまった。
どうやら、夜が明けるまで道のゲートが閉じているようだ。
道路はトラックなどで大渋滞。
このゲートが開くまでしばらく待つことに。
このマナーリーからレーに北上する530kmの道路は全線を通れるのが6月中旬から10月上旬の間のみ。
途中で標高5000mを超える峠をふたつ越えるかなり難航なルートである。
大きな地図で見る
山小屋のようなゲート付近
道路にはゲートのオープンを待つ車の列が
そしてようやくゲートがオープン!
各車一斉にスタートをきる。
この道はレーへの物流の要。
やはりトラックが多い
でもスピードが遅いのでイライラする
更に高地へと上がって行く
下を眺めるとゲート付近にはまだまだ渋滞が
夜中の2時に出発したのも納得
7月だが山にはまだまだ雪が
と言うか多分万年雪
今回乗ったファルコン号(分かる人には分かるはず)
雲よりも高くなってきた
途中、何回か休憩するが体調不良に加えて軽度の高山病か?まったく食欲が出ない
コンビニ
タルチョの数も増えてきた
峠の茶屋
同じワゴンに乗っている親子
さすがに何か食べないとと思い食べ始めるが中々食が進まない
雪が解けて出来た湖
きれいだ~!
眼下には以前落ちた車の残骸
道路か川か?
ここも5000M以上の高地
チベット国旗
ここがチベット人たちの居住区であることを実感
後で中国領チベットを訪問して分かるのだが、本当のチベットではこの国旗を掲げることが禁止されていて全く見かけなかった。
夜中に出発してもうすぐ夕暮れ
いったいいつレーに到着するのだろう。。。
to be continued. 
