Life is journey

Life is journey

ふわふわした毎日の旅です

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退院して2日、次の診察は退院の日から3~4日後。
今はお薬を飲んでいます。3日分あります。抗生剤かな。
まだ続きはあるのかもしれないけれど、いったんこのブログをおしまいにしようと思います。

思っていることは、術後1番辛かったのが痰を出すための咳で傷口が痛むこと。
これは、もしかしたら直前までひいていた風邪のせいか、長年のタバコのせい。
だから風邪ひかず、タバコも吸ってなければこれがなくて、すごーくラクだったと思います。
最後の方は咳払いをしないで痰を出す方法をあみだしたのですが、他の人が見るとめちゃくちゃ苦しそうだそうです。

あとは、腰痛持ちじゃなければ、もっとラクだっただろうし、わたしは大きくなるまで置いていたから6時間かかったわけで、小さければもっと麻酔の時間が少なくてその分復活するのも楽だと思います。

腹腔鏡手術オススメー!てわけじゃないけれど、もし不安に思うひとがいたら、このめちゃくちゃこわがりなわたしでも耐えられたので、きっと大丈夫です。
わたしは小さい頃から母親が病弱で入院ばかり、手術もたくさんしていました。ガンの体質です。
そして47歳で亡くなりました。
母はいつもこわがっていましたし、泣いていました。わたしは人一倍病院がきらいです。
そして今でもガンにおびえています。
でももう母親がガンになった年を越えたので、そろそろ腹をくくろうかと。
子宮筋腫よりもっともっとつらい病気の方もたくさんいます。

わたしは初めての手術でしたが、
手術自体は、麻酔で何が起こったか全くわかりませんし、
力を抜いて先生を信頼して身を任せててそれだけで本当によかった。
今の日本の医療は素晴らしい、日本に住んでいて本当によかった!
そしてこれからもきっと進歩してもっとラクになるのでしょう!

まだたぶん体調には波がありますが、日に日に良くなっているのがわかります。

わたしはこの手術のおかげで長年気になっていた筋腫のストレスから開放され、
禁煙でき、
自然妊娠できる体になりました。
妊娠するかどうかはさておき、
きっとマラソンのタイムもよくなると思います。

頭の片隅にずーとあった筋腫についてのストレスを思うと、さっさと手術しちゃえばよかったのかなって思うけど、
この時期にこの場所であの先生に出会えたことがベストなんだろなって思います。
なので、みなさんもタイミングをみて、その時がきたら、えいって飛び込んで、
今私が感じている幸せを分かち合えたらと思います。

2013年、いろいろありましたが、ここ何年か停滞していた、わたしの生活、だんだんいい風が吹いてきているように思います。
そして、それは自分で呼び込むべきものだったと思います。

誰の役にも立たず、地味なわたしですが、
こんなわたしを見捨てないでずっと応援してくれる友達は何よりも宝物です。
そして、これからはその人たちに恩返しができるような生き方をしていきたいです。
わたしには知らない人を幸せにするまでのちからはありませんが、今まで助けてもらってばかりのたくさんの友達にはしていける時間はまだあると思います。
これからの時間はそれに使い、今は穏やかに毎日を丁寧に過ごしていきたいです。


持ち物
最終的に使ったものは
•パジャマ…手術の次の日からパジャマでした。ウエストのゆるいもので。
•でかいパンツ…傷口守ります
•タオル…タオルもバスタオルもついてたのですが念のため
•スリッパ…100均で使い捨てました
•化粧水とか…病室が乾燥していたのでわたしはニベアを塗りまくりました
•コップ…ご飯の時お茶を入れてもらいました
•雑誌…あまり頭を使わない軽い感じの
•ホットアイマスク…これ、使いまくり
•ヘアゴム…髪をふたつに結んでました
•龍角散のどあめ…痰がひどかったので本当に助かりました
•リップ…麻酔の器具のせいか、唇の皮が全部むけました

アメニティとかシャンプーとか、全部ついてる病院だったので、本当に最低限のもので大丈夫でした。
わたしだけかもしれませんが、リップと龍角散とウエストのゆるいパンツははずせないと思います。
あと、マクラ持ち込みすればよかったかなぁ。病院のはでかかったので。
あ、あと、冬なのでネックウォーマーも欲しかった。タオルを首にまきました。


20131221退院当日

どうやら波があるようだ。
昨日はまた眠れなかった。1時間半ごとに目が覚める。
昨日より目覚めが悪いし頭が重い。
頭が痛くなる前にボルタレン投入!
朝ご飯食べれるかなぁ。
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なんだこれ!めっちゃおいしそー!
昨日までと違い、ほとんど食べれた。
元気になった!
そして朝の点滴、これで最後!
それからすぐに診察。
先生が手術のビデオを早送りで解説。
初めは目を背けながら見ていたけれど、あまりのテクニックにいつの間にかくぎ付け!先生、すごいよ!神の手だよ!
めちゃくちゃ器用にどんどん取り除いていく!
本当に、あの、ここで手術をおすすめします。
先生は無駄な話はしないし、気持ちは不安になるかもだけど、信用してすべてを任せて間違いないです。
あ、あと、今のわたしの状態だと自然妊娠が可能だそうです。
でも、出産は帝王切開でするようにと。

筋腫は何でできていますか?→筋肉だから筋腫と言います。
再発しますか?→はい。しかしまたこの大きさになるには10年かかるでしょう。5~6年は大丈夫です。
食生活を変えた方がいいですか?→関係ありません、ほぼ体質です。

ビデオを見ると、最初筋腫がデカすぎて子宮の6倍の大きさのものが子宮からでてきてて、膀胱を圧迫し、子宮の原型はなく、その筋腫を取り除くとさらに他の筋腫があらわれ、それを取ってやっと普通の子宮の形になりました。
今まで自覚症状がなければ切らなくてもいいって言ってた他の婦人科の先生は本当にわたしのことを考えてくれてたのだろうか、
無愛想でも、これを切らずにいられないとだけ言ってくれた先生に心から感謝したい。

そして、ビデオが終わったら、じゃ、帰っていいです、で終わり。
退院てことだよね?
あまり余計なことを話しかけると、めんどくさがられそうなので、黙って退散。
出ると待合室は満員。
いつも入院病棟まで看護師さんが連れて行ってくれてたけど、これは忙しそうだ!ひとりで帰る。
そしたら部屋にゼーゼー言って看護師さんが追いかけてきてくれた。
やっぱり待っとかなきゃだったのね。
そして、次回通院までのお腹のテープの説明とはがれた時のために予備のテープ。
オペの時涙を拭いてくれた主任の看護師さん。
本当にめっちゃめっちゃでっかかったよ、先生がびっくりしてた、よくがんばったねって。
みんな、ありがとうございましただけじゃこの気持ち伝えきれないよー。

そして、寂しい気持ちで退院の準備。
お腹はまだ張ってるし、手足も毎日の点滴でむくんでいるので、とにかくラクな服装で退院。
えー、預けていたのは、現金23万円。
プラス靴下とかいろいろで
232100円なり



20131220入院4日目

朝起きるとめちゃくちゃ元気になってた!
夜中、3時に1回起きただけで3時間ずつ続けて熟睡できた!
後は痰が苦しいけど、とにかく気分がいい!
朝ごはんまだかなー!あそうだ、歯みがきしよっととかそんな感じまで回復しました。
がっつり食べ終わった後、この食器いつも回収してくれてたけど、もしかして自分で返すべきなんじゃね?と気がつく。
ホント昨日まではそんなこと考えもしなかった。
そして、自分で返すけど、おかゆの入れ物が思ったより重い。
転ばないようになんとか自分で返却!
そして、朝の点滴。
だんだん慣れてきた。
点滴は抗生剤とか止血とかビタミンって言ってました。朝、晩2時間ずつです。
そしてお昼ごはんまだかなーってなってたら、
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きたこれ、鯛!
固形の食べ物だ!
めちゃくちゃおいしかった!
ここのごはんはおいしい!
そしてテンションあがってると、明日退院と言われる。
明日!?早!!
そして急に寂しくなる。
この病院が好きだ。。。
入院生活楽しむつもりも楽しんでるつもりもなかったけど、
こっちに引っ越してきて、初めてこっちが好きだと心から思った。
半年間、こっちにきた不満ばっかり言ってきて、神戸に戻ることばかり考えてきたのが嘘のよう。
神戸の病院でここまで丁寧にやってくれるかな?そもそも手術の件数もここの先生は
1ヶ月に2~3件だけのはず。
でも先生、毎日外来もいっぱいで午前中診察して午後から5時間ぶっ通しでわたしの手術をして次の日も普通に診察してて、
ちゃんと休んでるのだろうか?
ていうか、神だ!
急に先生のことが大好きになりました。
それから毎日の看護師さんのことも。
尊敬します。

夕方、診察。
今お腹に貼ってるテープは傷口を治すテープらしい。すごい!なんだそれ!?
それを張り替えまーすと言って看護師さんがぺりぺりめくりました。
今まで1度も傷口を見てなかったのですが、ちらっと見てみる。
ホチキス?みたいなので傷口をとめてるのを先生が取っていくけど、痛くない。
入院して痛かったのはあの失敗した点滴だけ。
先生に、朝起きたら元気になってましたと言うと、明日はもっと元気になるよと言われめっちゃうれしくなる。
それからまた昨日の追加の写真をもらう。気持ち悪くていらないけど、先生が嬉しそうにしてるのでもらう。

夜ご飯がササミだった。
写真とかぶって気分が悪くなって、残す。
夜の点滴2時間。あとは明日の朝で終わり。
テレビはまだやめておこう。
明日12時に出れるように、片付けをする。
0時になっても眠れなかった。
看護師さんに電気を消しなさいと注意される。ごめんなさい。

20131219手術翌日

一晩中ひたすら点滴を交換にきて大丈夫ですかと様子を見に来てくれてた天使のようなとてもきれいな看護師さんが6時ごろベッドを起こしてくれた!
腰が痛くて身動き取れなくてつらくてたまらなかったので、すごくすごくうれしかった!
なのに、ベッドを起こしてくれたのはいいけれど、そこから体が全くいうことをきかない!
なんだこれは?あとちょっと前にかがむだけなのに。そして、そこには歯ブラシと夢にまで見たうがいのコップ!!
届かない!くそ!
すっごいゆっくりすごいがんばってなんとか歯ブラシしてみた。うがいができる!水だー!
ペッてする容器は看護師さんが置いてくれてる。うれしくてコップ全部なくなるまでうがいをした。うれしい!きもちいー!
て感動してたら、天使の看護師さんが、ちょっと早いけどってお茶を渡してくれた。
うめーーーー!お茶サイコーー!
天使さん本当にありがとう!!
ってしてたら朝ごはんが運ばれてきました。
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やったー!おなかめっちゃすいてたんだ!
ってがっつこうとしてるのに、体の動きがとにかく遅い。
もたつきながら写真。スマホはずっと看護師さんが握らせてくれてます。
おかしいな、食べても減らない。そのうち食べる行為に疲れてきた。スプーンを口に運ぶだけなのに。こんなことがあるのか。
とか思いながら必死でがっついてると先生が来た。
あれ?そーいえば、手術の時先生に会ってない。本当にこの先生が手術してくれたのかな?
と思いながら先生と目が合うと、感情がないと思ってた先生が笑った。
あはは!めちゃくちゃ元気やねー!手術すごかったんよ、よくがんばったね!
こんな元気とは思わなかった、よかったよかったと言いながら出て行きました。
何も言えなかった。
声がでない。とにかく痰がすごくて出したいけど咳払いをすると傷口が痛い。
腰の痛みがなくなって、傷口が気になり出しました。
痰は麻酔の器具?の影響らしいけど、未だに出ているので、これ、風邪じゃね?

そして、結局ごはんは2割ぐらいしか食べれないままぐったりまた寝ました。
しばらくして看護師さんが来て、ベッドから起き上がるように言われる。
はいはいと言って起き上がろうとしたら、体が言うことをきかない。
なんだこれは!?自分の体じゃないみたいというか、重い。
すごーいゆっくり起き上がって、ベッドの下に足を置いて、立つ。
これがなかなかできず、愕然とする。たぶん頭ボサボサのものすごい顔なんだけど、全く気にならない、どーでもいい!
なんでわたし、立てないの!
看護師さんはいつまでも私だけに付き添ってられないし、後でまた挑戦しましょう!テレビ見て元気だして!とテレビをつけてくれて帰っていきました。
テレビを見た時、あ、これ、疲れるっておもいました。でも元気ださなきゃと思い、ずっと見てました。
でも、これはダメだったみたいです。
昼すぎからすごい頭痛に襲われてたまらなくなり看護師さんにうったえるも、先生の許可なしに薬は出せないから夕方の診察でダメもとで言ってみてとのこと。
先生に言うとテレビとか見ちゃダメだよー、情報が多すぎて麻酔明けの脳がパンクするからねー
えーダメなのねー!でも言ってる意味すごいわかります。
テレビが疲れる。あとハッキリした色を見ると目の奥からすごいつらかった。
麻酔関係なく、それらのものはいつも脳に刺激を与えてるんだなってことがわかりました。
それなら毎日周りにあるインテリアはナチュラルな優しい感じがいいなとその時思いました。

そして、えーと話を戻します。立つところから。えーと、あ、そうだ、手術用の点滴のでっかい針を手の甲から抜きました。チョーすっきり!
その時はまだ頭痛もなく、お昼前にまた立つ練習をして、やっと立てたので、オシッコの管を抜いてもらう!全然気持ち悪くも痛くもなかった。どーなってるんだろあれ。
で、ひとりでトイレへ!これからは自分でどんどんトイレへ行きましょうと言われ、張り切る。
そして、おなかがグルグル動きだしてトイレで大も!そしたら今までパンパンだったおなかが急にすっきり!
そしてめちゃくちゃ元気になり、昼食!
しかしこれもめちゃくちゃおなかすいてるのに半分も食べれず、そのまま頭痛が始まり、最悪な午後となる。
テレビはずっとついたまま。
そこからあまり記憶がなくて、もしかしたら1番つらかった時間かも。
夕方ふらふらで診察に行く。
内診。めちゃ念入りだ。何をしてるんだ。
とにかく頭が痛いと言ったらすんなりボルタレンを出してくれました。
それから手術で取ったモノと写真を見せられました。
ヤバイ、閲覧注意です。
写真はあるけれど、ここに載せるのはやめときます。
とにかく前から全然縮んでない、むしろでかくなってるんじゃないでしょうかっていう一緒に写ってる定規では15センチくらいのが1個、からの5センチが1個からの、1センチぐらいが2個、4つ取りましたよと。
取る時の画像の写真を24カットぐらいくれました。
気持ち悪い。頭が割れそうになる。
部屋に帰ったら夕食が運ばれていたけど、食べずにとにかくテレビを消して横になった。夜の点滴が始まった。ボルタレンも飲んで
しばらく寝た。
初めて2時間連続でぐっすり眠れた。
21時ぐらいからなんかめちゃくちゃ元気になってきた。
頭も全然痛くない!
でもテレビは見たくない、洗面所で顔洗ったり三つ編みの練習をしてみたり、ソファで雑誌を読んだりしてると、消灯ですと言われベッドに横になる。
またLINEがいっぱいきてるので、遊んでると眠くなって0時ごろ就寝。






20131218手術当日

お尻は限界。もうでない。なにもでない。
手術は13時から。
朝6時から水飲んじゃダメになりました。つらい。
夜はまあまあ寝ましたが、昨日のトイレの回数と、あとおなかすいてぐったりででもみんなからたくさんLINEとかもらって、気を紛らわして、あとはブログを読む。
同じ体験をしている人のブログはとても心強い。
もっとこわいと思ったけど、そこまでまだ実感がない。

わたしの病名は子宮筋腫、子宮付嘱器癒着症。
手術内容は腹腔鏡下子宮筋腫核出術、腹腔鏡下子宮付属器癒着剥離術。
そんな紙を渡されました。付属?なんだろう。

メディキュットぐらいのピタピタの靴下をはいて、術着みたいなのに着替えた。
でもまだ他人事な感じ。
そのうちバタバタしてきた。点滴が始まるようだ。
おばさんの看護師さんだから安心してると、なんだか様子がおかしい。
あれ?とか言い出した。
とても、すごくもたもたしている。何回もあのゴムバンドみたいなのを結んだりはずしたりしている。
それを何回か繰り返した後、とても不安げに、痛かったら言ってねと言ってぶっさしたのですが、痛すぎて、ガマンできず、いてー!と言う。
わあ!痛い?じゃ抜くね!いたーい!抜くのも痛い!しかも手術用のめちゃでかい針やん!なんの失敗や!!
やっぱり、みたいな感じで消えて行った。
そして、若い看護師さんを連れてきてえへへ、やってとお願いしてた。
最初から得意な人をどうかお願いします。
結局わたしはそのぶっとい針が入るような血管がでてこなくて手の甲にすることに。
2日間してたので今も手の甲はムラサキですが、失敗したところの方がもっとムラサキ。
そして、人を不安にさせることは罪なことだなと思った。わたしもこれから自信がなくても態度には出さないでおこう。。。

で、もたもたしてたら手術の時間の13時すぎても点滴が終わらない。ダッシュの速さで点滴。
バタバタのままあのゴロゴロに乗せられて手術室へ。

入院してたところの看護師さんみんなにがんばってねと覗き込まれ、オペ室の看護師さんへ引き渡し。
体温とか伝えてる。37度を超えてたのであのもたもたの看護師さんが無理やり4回計り直して36.9で引き渡し。37度あるとダメなのかな?
引き継がれた看護師さんはいつも外来でお世話になってたニコニコしててとても頼れそうなお母さんみたいな看護師さん達!
よろしく!てか、人数多くない?なんか10人ぐらいがわーってわたしにいろいろつけてくれた。
そして、手術台に乗ってたら急に涙が出てきた。
いきなり実感きた!マジで手術するんだ!究極にこわい!やばい、こわいこわいこわい!
看護師さんが代わる代わる涙を拭いてくれる。ごめんなさい。勝手に出てきます。と言いたいけど、声もでない。かたまったまま。
麻酔の先生が覗き込んできた。男みたいな女の先生。
わたしの名前とかいろいろでっかい声で読み上げて、タバコいつやめたの!もう吸ったらダメよ!と言って、泣きながら頷いたらみんなが笑って、、、
そこから記憶がない。

18時半?ごろ手術が終わって部屋に戻ってきたみたいだけど、
終わりましたよー!てのはなんとなく覚えてるけどあとは記憶にない。
その日はいろんな人からのLINEに返信してるけど、記憶に、ない。こわい。
そして、朝まで一睡もできなかった。
何より腰がめちゃくちゃ痛い。
あと、痰がめっちゃでるけど咳払いができない。
あと、きっとこれめっちゃ熱がある。
熱いよー!痛いよー!カラカラだよー!
でも水はダメ。うがいもダメ。
時計をずっと見てた気がします。
看護師さんにいつ水飲めますかって聞いたのは覚えてる。朝の7時。耐えろ!わたし!
とても長い長い夜でした。。。




20131217入院1日目(手術前日)
あ、えーと、この日までに、

20131209から毎日ファイブミニを1日1本飲む
20131211から繊維、脂肪分の多いものは控える
20131213から毎晩下剤、もともとゆるいのでほぼいつも通り
20131217朝食は渡された検査食
入院前日は、弱気になってるので、これで最後かもとかなって、わたしが自分でいちばん美味しく作れる(と思っている)和風ハンバーグをたらふく食べる。
そして、ケーキも!

当日12時に病院へ。
それまでに検査食の朝食、昼食、間食を食べるようにと言われたが、もらった検査食ほんとまずくて全然食べれず病院へ。
そこで晩ご飯はないと聞く。
しまった!無理してでも食べればよかった。めっちゃおなかすいてる!
でも行っていきなりコップ一杯の下剤と、錠剤の下剤。マグコロールとプルゼニド
そしてほとんどの時間をトイレで過ごす。
15時ごろかな?剃毛に呼ばれるけど、ギリギリの状態で耐える(トイレ)
それからシャワー。
とてもきれいな病院です。
それから診察と言われ、いつもの外来のところへ行くと、久しぶりの内診。
なんかカメラでカチャカチャ撮って、明日よろしくと言われて終わり。
あれ?これだけ?

18時からすっごいでっかい下剤がきた。1.5リットルを2時間かけて飲むらしい。
二フレックと書いてる。
ポカリに似てるかなと思ったけど、そのうち受け付けなくなる。泣きながら飲む。そしてトイレで過ごす。
看護師さんが言うには、透明に近い水のような便になるまで。
何回行ったかわからないぐらい。おしりがやぶれそう。そしておなかがすいてたまらない。
これは個室でないとムリ。
それから朝まではポカリは500mlまで飲んでよし。食べ物は、なし。

こわくて眠れないと思ったら、お尻との戦いでそれどころじゃなかった。
看護師さんに、眠れなかったら眠剤もらえますかって聞いたら、寝てもらっちゃ困るみたいな感じだった意味がわかりました。


さて、ここからはなるべく感情を抑えて書きたいです。
内診と書いてますが、これはよくわからないけど、あの台に乗ることをそう呼んでみました。

初めての外来
エコー、内診、
HIV、梅毒、細胞診、他たくさんの血液検査
ナファレリール点鼻薬を始める
毎日7時と19時にすることにする

これを正確にしたいために、夜のランニングの時間がなくなる。
11384円

わたしが通ってるのは産婦人科専門のところなので、近くの赤十字病院でMRI
初めてのMRIこわかった
7800円

それを持ってそのまま婦人科へ
内診は、なし
MRIの結果を見て、ほらでかいしょって説明とまたいろんな検査
12633円

検査結果とナファレリール、肝炎の検査
内診なし
2660円

点鼻薬からリュープリン注射に変更
1ヶ月に1回でよくなり、初めから注射にしとけばよかったなー。ただ、高い。
内診なし
手術日20131218に決定
10310円

リュープリン注射
内診なし
こんなに内診なくていいのかな?
10310円

術前検査、最後のリュープリン注射、
結局最初から一度も内診なし
小さくなったか確認しないんだ、ね、、、

風邪がひどいため、本当は11月29日だった術前検査を、延期してもらう。
申し訳ない。
血液検査、肺活量的な検査、X線、心電図
風邪がよくなるように漢方をもらう
個室で手術について看護師さんから長い説明を受ける
一週間前から飲む下剤、入院当日の朝ごはんなど渡される、ゆううつ
17017円






今年の夏に神戸から四国に引っ越しして、仕事もやめて、時間もあるしなんとなく婦人科検診。

これは、わたしのメモで書かせてほしいのですが、
わたしの中では何かがつながってる気がするので。

まず、いつだったか、北海道に旅行する予定でダブルワークでバイトをしました。お花屋さんでした。←ま、これはどーでもいい

そしたら一緒に行くはずだったひとが北海道キャンセルになりました。

マジーってなって、そのキャンセル料として戻ったポイントがなくなるまえにひとりで屋久島に行くことにしました。

これも、なんとなく、前から行きたかったから。

縄文杉の凛とした姿に今までにない感動をおぼえ、また、7時間歩き続けたことでもっと体力がほしいと、それからランニングをするようになりました。

そしたら大会に出たいと思いだし、ちょいちょいハーフなどに出てました。

そのうち引っ越すことになり、四国にきました。

そして、なんとなく受けた検査の結果は、いくら症状がないといっても、このでかさの筋腫を切らない医者はいないと言われ、半信半疑のまま、治療を始めることにしました。

腹腔鏡手術といって、何箇所かに穴をあけてカメラをつっこんで行うということしか知らず、ただ、タイズが10センチ超えてるので薬で縮めて、お薬は半年がMAXなので12月ぐらいまで縮めるだけ縮めましょうということで、鼻からシュッとする薬とリュープリンの注射を始めました。

副作用はたぶんありました。

ウツっぽくなるとは聞いていましたが、たぶん、ありました。あと、ホットフラッシュていうようですが、体がいきなりカー!って熱くなって汗がすごい出ることが増えました。

そんな時に、初めてのフルマラソン、神戸マラソンに当選していたのですが、もしかして走れないかもって思うようになりました。

先生に恐る恐る聞いてみると、は?みたいな感じで、
あ、そうそう先生はすごく、研究者っぽくて、冷静で、淡々と話す、感情あるのかな?って感じのおじさんです。今は大好きですが。

で、先生は、へ?走れるなら走れば?みたいな感じで、バッサリ。
それを見てわたしは絶対完走する!ってなりました。その後マラソンのことを聞かれることはありませんでしたが。


そしてフルマラソンを無事完走して自分に涙し、その後そのまま体調を崩しました。

手術の1ヶ月前です。

そして、その風邪がひどくて、大好きで意地でもやめないって思ってたタバコが吸えなくなりました。なのでそのまま流れでまさかの禁煙。


そして手術を終えた今、禁煙は絶対やっておくべきだったって思いました。もっと早くやるべきでした。

とにかく痰がつらい。


なんか2つの流れがビミョーに交わりながらひとつになった気がします。

引っ越して四国にきてなんとなく行った婦人科検診。

屋久島からのフルマラソンからの風邪からの禁煙。

うまく書けませんがわたしの中ではこの流れがないと、絶対禁煙もしていないし手術もしていなかったと思います。マラソンだって走ってなかった。

今までのわたしはこんなじゃなかった。

いつも肝心なことから逃げてて、楽しいことだけをしてて、タバコが大好きで、走ったりなんて絶対しないタイプでした。

もっと昔はもっとひどくて、毎晩大騒ぎでお酒飲んでました。

あまりにもひどかったのでお酒はきっぱりやめてすごくおとなしくなったつもりでいましたが、まだまだいける。もっとおとなしくなれる。

みんなが普通にできてることをなぜわたしはできてないのかって、なんで何年もかかってきれいな状態になるように戻らなきゃなのかって思うけど、

たくさん経験してしまって、少しずつ、削って行ったら、今のわたしに残っているのは、そんなわたしを全部知ってる一緒に過ごしてきた大切な友達です。
それは今までのわたしがなければ、絶対に出会えなかった人達。


子宮筋腫があるのは2年前から知っていました。

婦人科検診で、7センチのがあると言われていましたが、自覚症状はないので、半年ごとに検診を受けるということで、そのまま自分の中ではなかったことにしていました。

周期も安定してるし、たぶん貧血とかもないし。

いつも思うのですが、生理痛のレベルとはどのようなものか。

わたしも生理痛はあるけれど、他の人がどれぐらいの痛さで「痛い」と言っているかわからないから。

あと、今回切って、症状がなかったはずはないと言われたので考えてみると、

•足の付け根が痛かった(時々足が前にでなくなり接骨院に通ってました、時々ってのは排卵と生理前だった気がします)

•オシッコがめっちゃ近かった

かな。