■ 『from 911/USAレポート』「911」の「あの日」から15年の年月が経過
そして、ブッシュがアフガン、イラク
で行ったことが、現地にも、国際社会にも、そしてアメリカ自身にもマイナスしかも
たらさなかったことを考えると、アメリカの「不介入」というのは次善なのかもしれ
ません。
ですが、ロシアが理念ではなく、権謀術数としてこの地域への浸透を図っていること、何よりも、オバマがその8年間に「原油価格が暴騰しない仕組み」を作ってしまった以上は、この地域の将来をどう交通整理していくかという問題は、やはりアメリカに相当な責任が有ると考えるべきでしょう。
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2016年9月10日発行
http://ryumurakami.com/jmm/
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■ お知らせ
■ 『from 911/USAレポート』第724回
「『911』の15周年と反テロ戦争の現在」
■ 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住)
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(冷泉彰彦さんからのお知らせ)
<その1>
『民主党のアメリカ 共和党のアメリカ』(日本経済新聞出版社刊)という本を出版し
ました。
https://www.amazon.co.jp/民主党のアメリカ-共和党のアメリカ-冷泉-彰彦/dp/4532169984/
定価は本体1500円(+税)です。2008年に同じタイトルで出した新書本を全
面的に改稿した「アップデート版」です。最新の「ヒラリー対トランプ」の対立構図
と、その背景にある「対立軸の動揺」に関して議論を整理してみました。併せて、建
国以来のポピュリズムと対立軸の歴史、そして両党のカルチャー比較論についても、
2016年の同時代の観点から再整理をしております。ご期待ください。
<その2>
もう一つのメルマガ、「冷泉彰彦のプリンストン通信」(まぐまぐ発行)
http://www.mag2.com/m/0001628903.html
(「プリンストン通信」で検索)のご紹介。
JMMと併せて、この『冷泉彰彦のプリンストン通信』(毎週火曜日朝発行)もお読
みいただければ幸いです。購読料は税込み月額864円で、初月無料です。
直近2回の内容を簡単にご紹介しておきます。
第131号(2016/08/30)
「GPIF損失報道への違和感」
「寒冷地の土木工事、その難しさ」
「ヒラリーは『中東和平』を実現できるのか?」
「フラッシュバック71(第113回)」
第132号(2016/09/06)
「杭州G20イメージビデオが心配な件」
「若返ったヤンキースの野球が面白い」
「サウジ副皇太子の『改革』を甘く見るな」
「フラッシュバック71(第114回)」
「Q&Aコーナー」
■ 『from 911/USAレポート』 第724回
今週の日曜日は2016年9月11日。「911」の「あの日」から15年の年月が経過したことになります。
当時は就任一年目であったブッシュ大統領(共和)は、8年の任期を終えて2009年に退任。そしてその後を継いだオバマ大統領(民主)も、退任まで残り約4ヶ月となっているわけですから、本当に長い時間が流れたのは明らかです。
ニューヨーク市の市長職も、当時のルディ・ジュリアーニ市長(共和)はその年末をもって退任し、2002年から12年間市政を担ったマイケル・ブルームバーク市長(共和、のち無所属)も過去の人となり、現在は左派のデビット・デブラシオ市長(民主)が市政を担当しています。
15年という年月は、あれほどの大きな事件も「風化」させているのは事実のようです。例えば、この9月になってテキサス州のサン・アントニオにあった「ミラクル・マットレス」という寝具店が、911の事件を喜劇化したCMを流して非難を浴びるという事件がありました。
CMでは、マットレス店の店内と思われる場所に、売り物のマットレスが2つの山
に積み上げられる中「ツイン価格」のセールだということが絶叫されます。ツインと
いうのは、ツインベットの片方、つまりはシングルサイズでアメリカの市販のベッド
やマットレスのサイズの中では「大中小」の「小」になります。
このCMの訴求は、「中」サイズのクイーンや、「大」のキングサイズも全部が
「小」のツインの値段に割り引くということのようで、そこで「ツイン価格」だとい
うことを印象付けたかったようです。そして散々「ツイン」と叫んだ挙句、背後にあ
った2つの「積み上げたマットレス」の山が崩されると、女性が驚いて「これは絶対
に忘れられませんね」と言う、そんな趣向です。
この「2つの積み上げたマットレスの崩壊」が「ツインタワー倒壊」を模したもの
であり、「絶対に忘れない」というセリフも、当時「草の根保守」が何度も叫んでい
たスローガンだということを考えると、このCMが「911」という事件全体を「お
笑い」にしていることは明白です。
さすがに非難が殺到して、店は閉店に追い込まれたようですが、いくら多くの人が
「眉をひそめ」たにしても、そして最終的に店は閉店となったにしても、ここまでス
トレートに「911」を笑い飛ばすような表現が、社会に出てきたというのは驚きで
す。今でも動画サイトなどでは様々なコピーがされているようで、アメリカ社会全体
としては怒っているけれども、感情的になっているわけではありません。
例えばですが、現在30歳の大人も911の当時は15歳だったわけで「ポスト9
11」の重苦しいムードも、アフガンとイラクの戦争にのめり込んでいった「復讐へ
の執着」といった時代の空気も知らないわけです。そうした世代がどんどん社会に出
て行っているということが、こうした「非常識なハプニング」が起きてしまう背景に
あると考えるのが妥当なのでしょう。こうした現象は、やはり一種の「風化」ですが、
15年という年月を考えると避けられないものなのかもしれません。
もっと「911の風化」が進んでいるのは現在進行中の大統領選かもしれません。
例えば、ドナルド・トランプという人は「911のテロを防げなかったのはブッシュ
大統領の責任」だということを公言し、更にはアフガン戦争もイラク戦争も否定して
いるわけです。
例えば今週の大統領選を巡る報道では、2002年にラジオDJのハワード・スタ
ーンとのインタビューで「イラクを攻撃すべきか?」という質問に対して、トランプ
が「まあ、そうだと思うよ("Yeah, I guess so.")」と答えていたことが問題になり
ました。
この指摘に対してトランプは「いや、自分は当初から反対だった」と強弁している
わけですが、いずれにしてもトランプに関しては、「サダムは悪人だが、テロリスト
を殺してくれた」だから「サダムを殺したのは誤りだし、イラクに侵攻したのも誤り」
だというのが、現在の立場です。2002年のスターンに対する問答については「そ
の反イラク戦争という立場が一貫していないのでは?」という疑念を生じた、それ以
上でも以下でもありません。
トランプと言えば、911の際にニューヨークの市長として、街の危機管理、市警
と市消防の犠牲に対するリーダーシップ、そして復興への準備などにリーダーシップ
を発揮した、ルディ・ジュリアーニ氏は現在は「熱心なトランプ支持者」として振舞
っています。
その言動は、常軌を逸しているとしか言いようがなく、例えば「オバマ、ヒラリー
の政治のために、現在のアメリカは未曾有のテロの危険を抱え込んでいる」というよ
うなことをよく言うのです。
そして「オバマ、ヒラリーの偽善主義がアメリカにシリア難民を呼び込んでいる」
などと絶叫して、いわゆる「オルタナ右翼」を煽っていたりもします。「トランプこ
そ最高のリーダーシップだ」などというセリフも、もしかしたら良質な中道実務家と
して大統領などの要職についていたかもしれない氏の発言としては、何とも奇妙な感
じがします。
一つの憶測ですが、ジュリアーニという人は、2008年の大統領予備選にかなり
真剣にチャレンジしていたのですが、意外にも予備選の早期に撤退を余儀なくされて
います。ニューヨーク出身として、共和党候補の中では左派とみなされていた中で、
「自分の苦手な南部での運動をパス」した判断が裏目に出て勢いを失ったのです。
その際のジュリアーニは、2つ大きなハンデを背負っていたのでした。一つは、ニ
ューヨーク出身ということで「中絶容認派」だとして激しい非難を浴びたということ
です。南部での選挙運動を回避した背景にはこの問題がありました。もう一つは、こ
の人は2回離婚して3人目のジュディス夫人と結婚して日が浅かったのですが、その
ことを「家庭破壊者」だとして批判されたのです。この2点は「保守でなければ予備
選には勝てない」という共和党内では、政治的なダメージになったわけですが、ジュ
リアーニ氏個人としては、あるいは夫妻としては怨念として残っているのだと思われ
ます。
その点で、ニューヨーカーとして「中絶容認」を掲げ、「三度目の結婚」をして胸
を張っているトランプが、「共和党の保守派」を叩きのめして「共和党ジャック」に
成功したということは、この知的な政治家の奥深いところにある復讐の心理に共鳴す
る「何か」があるのではないかと思います。
そうした「深読み」でもしない限り理解できないぐらい、ジュリアーニ氏の「トラ
ンプへの賞賛」と「ヒラリーへの罵倒」というのは徹底しています。それにしても、
911の直後に、何度も「現地の市長と地元選出議員」として共同で会見をし、手を
携えてニューヨークの街の復興に尽くしてきた二人の姿をも思い起こすたびに、現在
のジュリアーニ氏の姿勢には違和感を強く感じざるを得ません。これも15年の年月
が創りだしたものなのでしょうか。
いずれにしても、トランプとヒラリーというのは、この2016年の9月11日に
は余りにも政治的な存在であるわけですから、慰霊の式典に呼ばれなかったのは当然
と言えます。ちなみに、その今年の911の関連行事は次のようになっています。
ニューヨーク市警によるパレード (9月 9日午後)
慰霊式典 (9月11日朝、8時46分より)
ニューヨーク消防博物館慰霊祭 (9月11日昼、午後1時より)
光の塔のトリビュート (9月11日夕刻より)
そんなわけで、年月ともに大きな悲劇の記憶が落ち着いていく、それとともに怒り
や復讐といった感情も薄らいで行って、政策判断も冷静になっていくというのであれ
ば、そのこと自体は悪いことではありません。
ですが、アメリカの「反テロ戦争」というのは、現在は無原則の混乱状態の中にあ
ります。例えばですが、地域ごとに整理してみると次のようになっています。
「アフガニスタン」・・・反タリバン戦は依然として苦戦、その一方でタリバンを
「無害化」して内戦終結へ向かわせるのかどうかについては、アメリカの方針は不明
確。
「イラク」・・・シーア派主導の政権を依然として支援。一方でそのシーア派伸長が、
イランを勢いづかせ、スンニー派のサウジや湾岸諸国に動揺をもたらしていることへ
の対応、すなわち「落とし所」への誘導は完全に放棄。イラクではクルド勢力も新体
制の主軸として親米勢力と認定するも、トルコが執拗に敵視することへの「落とし所」
はこちらも示せず。
「シリア」・・・ISISが敵であることは前提、従ってISISへの軍事作戦には
ほぼ無原則に歓迎という立場。これに加えて、化学兵器使用に対して人道的に怒ると
いうのも前提。但し、その他に関しては「完全に様子見」であり、こちらも「落とし
所」への見取り図は示せず。
という状況になっています。勿論、世界に大勢存在する様々な「反米的な心情」に
よって立つのであれば、アメリカがとりあえず何も示せず、何も行動を起こさないと
いうことは「歓迎」できるのかもしれません。そして、ブッシュがアフガン、イラク
で行ったことが、現地にも、国際社会にも、そしてアメリカ自身にもマイナスしかも
たらさなかったことを考えると、アメリカの「不介入」というのは次善なのかもしれ
ません。
ですが、ロシアが理念ではなく、権謀術数としてこの地域への浸透を図っていること、何よりも、オバマがその8年間に「原油価格が暴騰しない仕組み」を作ってしまった以上は、この地域の将来をどう交通整理していくかという問題は、やはりアメリカに相当な責任が有ると考えるべきでしょう。
基本的には、こうした外交や軍事の問題は、選挙が終わって次期大統領が決まってからということになるのでしょうが、基本的な路線に関しては選挙で民意の洗礼を受けておくということに関しては、必要と思われます。
少なくとも、現在のトランプの立場は、「ロシアのマキャベリズムを賞賛する」
「イスラエルの右派を100%善玉として、ハマスとヒズボッラーは極悪テロリストと認定」ということで「ハッキリ」しています。
前者はどこまでが意識的で、どこからが「操作されている」のか分からない不気味さがありますし、後者に関してはこんなことでは「中東和平」は50年かかっても実現しないわけです。
何らかの形で選挙戦での民意選択がされておいたほうが良いと思います。
いずれにしても、911からの15年という長い年月は、様々な変化をアメリカにもたらしました。その中には良い変化というものもあります。
9月6日の『ニューヨーク・タイムス』の記事によれば、ジョージア州のマリエッタという町にある福音派の教会では、同地域にシリアの難民を受け入れることを積極的に推進し、受け入れた後のコミュニティへの同化に向けて熱心に取り組んでいるのだそうです。
教会のライト牧師は、アラバマ州出身の共和党支持者だそうですが「シリア難民受け入れに反対」という立場からジョージアとアラバマの知事(いずれも共和党)がオバマ大統領を告訴していることに対しては「党利党略」だと否定。
「アメリカに来た人間は愛情と寛容の精神でアメリカを好きになってもらいたいです。イヤな思いをさせて送り返してテロリストに共感させた方がいいと言うんでしょうか?」と立場は極めて明確です。
この記事自体には、ニューヨーク・リベラルの「逆の意味での党利党略」が感じら
れますが、ライト牧師の言葉自体には説得力を感じます。そして、そのような言葉が、
2001年当時には「草の根保守」が「ブッシュの戦争」に熱狂した深南部から出て
くる、そして行動に移されているということには、15年という時間が「浄化」をも
たらした例ではないかと思われるのです。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家(米国ニュージャージー州在住)
1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。
著書に『911 セプテンバーイレブンス』『メジャーリーグの愛され方』『「関係の空
気」「場の空気」』『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』『チェンジはどこへ
消えたか~オーラをなくしたオバマの試練』。訳書に『チャター』がある。 最新作
は『場違いな人~「空気」と「目線」に悩まないコミュニケーション』(大和書房)。
またNHKBS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。
JMM [Japan Mail Media] No.914 Saturday Edition
【発行】村上龍事務所
【編集】村上龍