「きかんしゃトーマス」に乗りまして
わたしも、きかんしゃトーマスに乗りたい。↓
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「きかんしゃトーマス」に乗りまして
プラチナチケット
大井川鉄道が運行するトーマス号=2016年8月、静岡県島田市の新金谷駅【時事通信社】
青い車体に大きな瞳。世界中の子どもに親しまれている「きかんしゃトーマス」のキャラクターが、物語から抜け出し、白い煙を上げて日本の山あいを走る。静岡県の大井川鉄道が運行する大人気の「トーマス号」に今夏、乗車することができた。
正直、ちびっ子の集団は苦手だ。子ども向けのイベントなどは極力避けてきたのだが、「寝ても覚めてもトーマス」の息子(3)のため、重い腰を上げた。しかしいざトーマス号を前にすると、あまりの迫力にびっくり。不覚にも興奮してしまった。(時事通信社・沼野容子)
「きかんしゃトーマス」は、架空の島「ソドー島」を舞台に、顔と意思を持った機関車が活躍する物語。機関車に加え、車や飛行機など100を超えるキャラクターが登場する。英国のウィルバート・オードリー牧師が70年前に描いた絵本が原作で、テレビアニメは現在、世界185の国と地域で放映されている。
蒸気機関車(SL)の運行で知られる大井川鉄道に、トーマス号が登場したのは2年前の14年。新金谷駅(静岡県島田市)?千頭駅(同川根本町)の37.2キロを期間限定で走っている。同年は7月から10月の間に112本運転され、約5万6000人が乗車。15年は、赤い車体のジェームス号も加わり、200本運行で約10万5000人が乗った。
大井川沿いの風光明媚(めいび)な山あいを走るトーマス号〔大井川鉄道提供〕(c)2016 Gullane (Thomas) Limited.【時事通信社】
片道大人2720円、子ども1360円の乗車券は、文字通り「プラチナチケット」だ。14、15両年、同社ホームページ上で受け付けた予約抽選には、申し込みが殺到。倍率は平均で7?8倍にも上ったという。今年は、2月に運転スケジュールが発表され、3月からローソンチケットで抽選受付が始まった。筆者も気合を入れて抽選に挑んだが、結果はあえなく落選だった。
「行けない」と言われると、余計に行きたくなるものだ。5月の休日、旅行会社のホームページなどを綿密にチェックしていて、「大鉄観光」という大井川鉄道の関連会社が主催するバスツアーを発見した。静岡または浜松駅発着で、新金谷駅からトーマス号に乗り、SL整備工場などを見学する内容で、弁当、各種入場券などが付き大人9500円、子ども8000円。ラッキーなことに、同ツアーが同社サイトに掲載されてから1日しかたっておらず、8月のお盆休み中に予約を取ることができた。
盛り上がる大人たち
新金谷駅に着くと、白い煙を噴き上げる機関車が見えた【時事通信社】
ツアー予約から約3カ月。ようやく訪れた乗車日は、小雨交じりのあいにくの天気だった。トーマス号が出発する新金谷駅には午前8時半ごろ到着。駅前の広大な駐車スペースには既に、かなりの数の車が止まっていて、人だかりも少しできていた。
駐車場に降り立ち、線路の方に顔を向けると、白煙を上げる赤いジェームス号がいきなり視界に入った。「おー、かっこいい」。近づいてみると、車体が熱い。運転室の窓からは、真っ黒に日焼けした機関士が厳しい表情で作業をしているのが見え、それがまた格好良かった。
今年のトーマスイベントの目玉の一つが、新たに投入されたバスのバーティだ。「トーマスととっても仲良し」というバスのキャラクターは、実際に人を乗せて大井川鉄道沿線を走る。駐車場には、そのバーティも止まっていて、何だかうれしくなった。記念撮影する人たちの列に並び、とりあえず1枚目の家族ショットをカメラに収めた。
ひとしきり見物し、写真を撮りまくった後、ツアーの集合場所に向かった。そこでわれわれを迎えてくれたのは、青いトーマスのマスコットを首に下げ、黄色い旗を掲げたガイドさん。彼女と黄色い旗に導かれ、駅の改札を抜け、ホームへと上がった。いよいよトーマス号に乗車だ。
ところで、今回のツアーの参加者はすべて家族連れで、「親2人、子ども1?2人」が4、5組、「祖父母、親2人、子ども1?2人」の三世代が2、3組といった構成だった。いずれの家族にも、1?5歳ぐらいの男児が存在していて、やはり乗り物好きは「圧倒的に男の子」だと感じる。
新金谷駅の駐車場に止まっていたバスのバーティ【時事通信社】
新金谷駅の駐車場に止まっていたバスのバーティ【時事通信社】
駅周辺は、キャラクターグッズを身に着けた子どもであふれていた。ツアー仲間の中には「親子3人完全おそろいトーマスTシャツ」のつわものもいて、その気合の入れように感心した。とにかく、周りを見ていると「子どもより盛り上がっている大人」の割合が高い。特に「顔がずっと緩みっ放し」の父親が多いのが印象的だった。
ガイドさんは、大井川鉄道沿線出身で、これまでにもトーマスツアーに何度も参加しているという。トーマスのキャラクターにも造詣が深く、バスの中では、自筆の絵を使った「トーマスクイズ」などを展開し、キッズの心をわしづかみにしていた。
しかし、ガイドさん。手持ちのバッグにぶらさげているマスコットは、どう見ても千葉県船橋市の非公認キャラクター「ふなっしー」だ。筆者はどうしても気になって、ガイドさんに尋ねたのだが、「もうむちゃくちゃ、大好きなんです」と笑顔全開。トーマスからふなっしーまで、さすが、子どもに好かれる人間は守備範囲が広いと、また感心した。
沿道も大賑わい
レトロな車両。トーマスのキャラクターで飾り付けられている【時事通信社】
トーマス号は新金谷駅を午前10時38分に出発。千頭駅到着は同11時54分で、1時間16分車内で過ごすことになる。
客車は7両編成。トーマスとともに走る客車のキャラクター「アニーとクララベル」を模し、オレンジ色に塗られている。元となる車両は、昭和の中頃に造られたもので、当時は全国各地を走っていた。旧型の扇風機や古い形の灰皿など、レトロな内装に「懐かしいわー」と声を上げた年配の女性。「昔は新幹線とかもなくて、こういう列車だったのよ」と同行の孫に話し掛けていた。
古い車両には、当然のことながら冷房はない。猛暑日に当たったらつらいなと考えていたが、曇天のその日は気温もあまり上がらず、窓全開で快適だった。考えてみれば、都心の電車の窓はたいてい閉まっていて、全開の車両に乗るのは久しぶりだ。「最後に列車に乗って、風を受けたのはいつだったろう」などと、旅愁に浸った。
車内では出発時にまず、トーマス「本人」による「ごあいさつ」が放送される。それから、「専務車掌」という女性によるアナウンスがあったのだが、これがトーマスの声とは180度異なる「おばちゃん」な声。実際、車内に現れた姿を見るとイメージ通りで、通称SLおばさんというそうだ。乗客とゲームをしたり、ハーモニカを披露したり、ハイテンションで車内を盛り上げた。
早朝から活動していて空腹だったわれわれは、すぐに配られた弁当を食べ始めた。大人用は「大井川ふるさと弁当」。ヤマメの甘露煮や野菜のうま煮、エビのつくだ煮が入っていた。子ども用はきかんしゃトーマス弁当で、おにぎりの上には、のりでかたどられた機関車の姿が。いわゆるキャラ弁らしい。
沿道では、運が良ければトーマス号と併走するバーティを見ることができる〔大井川鉄道提供〕(c)2016 Gullane (Thomas) Limited.【時事通信社】
沿道では、運が良ければトーマス号と併走するバーティを見ることができる〔大井川鉄道提供〕(c)2016 Gullane (Thomas) Limited.【時事通信社】
窓からの景色を眺めていると、青々とした茶畑、大井川に架かる長い橋、懐かしい風情を残したレトロな駅舎などが目に入る。30分ほど走った場所にある川根温泉では、入浴中の「腰タオルのおじさん」が集団で手を振っているのが見えた。後で読んだ観光ガイドには、同温泉についても載っていて「SLが走ってきたら、大きく手を振りましょう。向こうからは思っているより見えてます」と書いてあった。
沿道はどこも、人でいっぱい。皆、カメラやスマートフォンで写真を撮りつつ、手を振っていた。観光ガイドやウェブサイトには、トーマス号とジェームス号がよく見える場所、時間がまとめられており、運行日には観光客が大勢詰めかける。それにしても、こんなにたくさんの人が手を振るのを、「振られる側」から見るのは初めてだ。少々どぎまぎしてしまったが、隣の息子は何様のつもりか、悠然と手を振り返していた。
誘惑もいっぱい
大盛況の「トーマスフェア」=静岡県川根本町の千頭駅構内【時事通信社】
トーマス号の運行期間中、終点の千頭駅では「トーマスフェア」を開催。ここでは機関車に乗車しない人たちも、入場料500円(小中学生300円、幼児無料)で、車両を間近に見ることができる。
会場には、トーマスとジェームスに加え、トーマスの親友パーシー、日本からやって来たヒロと、人気キャラクタ?が勢ぞろいしていた。今回は見ることができなかったが、トーマスたちが働くソドー鉄道の局長「トップハム・ハット卿」が現れることもあるらしい。
今年はさらに、鉱山鉄道のディーゼル機関車「ラスティー」が新登場。彼は主役級ではないが、「素直でまじめな機関車で、主に保線作業をしている」という渋い役所だ。同じく初お目見えなのが「いたずら貨車」と「いじわる貨車」。こちらは、機関車を困らせたり、邪魔したりする悪役系だが、ちびっ子には意外に人気があるようで、「いたじゅらかしゃー」と、ラブコールがあちらこちらから飛んでいた。
ここで何をするかといえば、とにかく写真を撮りまくるのだ。各車の前には、それぞれスタッフがスタンバイ。カメラを受け取り、家族写真を撮ってくれる。至れり尽くせりだ。見ていると、小さな子どもも、驚くほど慣れたしぐさでポーズを取る。撮った写真を、インターネット交流サイト(SNS)などで自慢し、楽しむ親も多いのだろう。
トーマス号が動く先には、常に黒山の人だかりができていた【時事通信社】
会場では、転車台にトーマス号を載せ、ぐるりと一周させる作業が公開され、人気を集めていた。転車台とは、車両の方向を変えるための機械だが、千頭駅にあるのは1898年に英国で製造された手動式。3人の作業員が台を押し、トーマスがゆっくり回転すると、見物客から大歓声が上がった。
新金谷駅から千頭駅のフェアまで、見どころの多いトーマスイベントだったが、「誘惑」もかなり多い。「ここでしか買えません」という文句に誘われ、「大井川鉄道トーマス連結でGO」なるゼンマイ式おもちゃと、「SL汽笛ぶえ」という木笛を購入。そのほか「JAおおいがわの『トーマスと抹茶入り玄米茶』」といった地元産品とコラボした限定お土産品も充実していて、大量購入している家族も少なくないようだった。
物欲に充ち満ちたわが息子は、お菓子や絵本、おもちゃにあふれたお土産売り場を通るたびに、「買って?」と絶叫し、座り込みを決め込む。激しく抵抗する腕を引っ張りながら、すっかり心が折れそうになったが、ふと前を見ると、2、3歳ぐらいの男の子が、鉄道おもちゃ「プラレール」をめぐり、父親と死闘を繰り広げている。「仲間」の存在に、少し勇気づけられた。
がんばれ!大井川鉄道
大井川鉄道のSL〔大井川鉄道提供〕【時事通信社】
大井川鉄道の歴史は古く、大正時代までさかのぼる。大井川上流部の電源開発と森林資材の輸送を目的に1925年に設立された。31年に金谷−千頭間(39.5キロ)の本線が全線開通。59年に千頭−井川間(25.5キロ)の井川線の営業運転が開始された。
76年には、全国に先駆けてSLの「復活運転」を始めた。実際に蒸気機関車を運転、整備した経験を持つ旧国鉄の職員を招き入れ、当時の技術を継承。現在でも4両のSL車両が活躍していて、ほぼ毎日運行している。
経営環境は厳しい。沿線人口の減少で、一般の利用者数は長く減少傾向が続いている。定期券収入は95年度が1億2300万円だったのに対し、2015年度は約2600万円で、20年間で5分の1近くまで激減した。
近年はさらに、11年3月の東日本大震災による「旅行控え」の影響で、堅調だったSLの利用者も大幅に落ち込んだ。11年度決算は7700万円の最終赤字に転落した。
震災の影響から盛り返しつつあった13年8月、今度はツアーバスに関する規制が強化され、大打撃を受けた。関越自動車道で7人が死亡した事故を機に、バス運転手1人当たりの運転距離や時間に上限が設けられもので、結果として「頼みにしていた首都圏からのバスツアーが激減」(同社広報部)。結局、13年度の赤字額は8500万円まで膨らみ、債務超過に陥った。
「きかんしゃトーマス」で息を吹き返した大井川鉄道【時事通信社】
苦境にあえぐ大井川鉄道を救ったのが、「きかんしゃトーマス」だ。14年度はトーマス効果でわずかではあるが黒字に転じた。15年5月には、官民ファンド「地域経済活性化支援機構」の再生支援が決定し、新たなスポンサーとなったホテル運営のエクリプス日高(北海道新ひだか町)の下、経営再建を開始。15年度は、トーマス効果に加え、金融機関の一部債権放棄による債務免除額を計上し、2年連続黒字を確保した。
トーマスという仲間を得て、息を吹き返した大井川鉄道。これからも何とか頑張って、走り続けてほしいと願う。同社に限らず、地方鉄道をめぐる状況は非常に厳しい。国土交通省の集計によると、全国の中小民鉄・第三セクターの約8割が赤字となっている。00年以降に廃止された鉄軌道路線は、16年4月1日時点で全国で37路線、計754.2キロにも及んでいる。
今後、少子高齢化がさらに進行し、過疎が拡大すれば、地方鉄道の存続はますます危うくなるだろう。でも鉄道はいつも、子どもたちの「夢」になっている。窓を全開にして風を受け、自然を感じながら列車に揺られる喜びを、次世代にも残したい。できるだけ多くの地方鉄道に、走り続けてほしいと願っている。
http://www.jiji.com/jc/v4?id=201608thomas0001