─全世界に展開した中国人スパイ─上田篤盛(あつもり)
兵法三十六計(34)
第三十四計 「苦肉計(くにくけい)」
─全世界に展開した中国人スパイ─
元防衛省情報分析官・上田篤盛(あつもり)
□はじめに
さる8月13日(土)に横浜で開催された軍学堂様が主宰する軍学講座に講師として行ってまいりました。
「インテリジェンスと安全保障」というテーマで、第1回目が「中東戦争から得られる教訓」、第2回目が「中国の過去の武力行使事例から得られる教訓」について述べるというもので、先日はその第1回目でした。
その講演会のあと、有志の方々との懇親会を設けていただきました。
そこで、ある方から、本連載メルマガのコピーを見せていたただきまして、肌身離さず(?)ご活用していただいているご様子に、筆者は大いに勇気づけられました。
なお来月の講演会は9月11日(日)に行なわれますので、ご興味がおありの方は、インターネットの軍学堂のサイトにアクセスしてみてください。
http://www.gungakudo.com/study/
さて今週は苦肉計です。先週に引き続きスパイのお話です。
『孫子』をはじめ、中国兵法ではスパイ、スパイ活動(諜報活動)の類は必要不可欠ということでしょう。
▼わが身を犠牲に警戒心を解く
「苦肉計」は、我が身を痛みつけて敵を信用させ、情報活動を成功に導く情報心理戦である。自らの地位を犠牲にして、相手の警戒心を解き、まんまと利益を得る計略である。
三国時代、呉の周愈が赤壁の戦いで曹操を迎撃した時のことである。
武将の黄蓋(こうがい)が周愈に、「曹操のもとに密使を送って降伏を申し入れる」ことを進言した。しかし、それだけでは相手を信用させることはできない。そこで、黄蓋は作戦会議の席上で降伏論を主張して譲らず、周瑜の怒りを買って「百叩きの刑」に処され、血まみれになった。
そのありさまを呉軍の陣屋にもぐりこんでいた曹操の諜報員がみていて、曹操に伝えた。初めは黄蓋の降伏申し入れに半信半疑だった曹操も黄蓋の降伏申し入れを信じた。
曹操は黄蓋の船団が川を渡って接近した時、黄蓋が降伏したものと信じ込んで警戒を怠った。その結果、曹操は、黄蓋によって、やすやすと「焼き討ちの計」を許してしまった。
▼「苦肉計」は日常茶飯事
この計略で思い起こされるのは三浦和義氏の「ロス疑惑」である。
1981年、三浦の妻が、ロサンゼルスで何者かに射撃され意識不明の重態になった。三浦氏自身も自らの足を打たれて負傷し、マスコミは「悲劇の夫」として報じた。
しかし、2年後に三浦氏が保険金目当ての殺人を自作自演したとの疑惑が生起した。この事件の真相は、米当局が三浦氏を再逮捕し、取り調べを再開しようとして拘置していた時に、三浦氏が拘置所で自殺したために闇の中に葬られた。
ただし、「自らが痛みを伴うような、バカなことをするはずはない」との先入観が、事件発生当時の初動捜査を遅らせ、事件の真相解明の機会をみすみす逃したとの教訓を認識させた。
▼天安門事件後に中国人スパイが全世界に展開
天安門事件後、民主化を叫んだ学生活動、知識人は逮捕・投獄されるか、国外亡命するかを余儀なくされた。たとえば、天安門事件の首謀者とされる魏京生の釈放を要求する署名を呼びかけた、天文物理学者の方励之は事件後に米国に亡命した(方励之は2014年米国で死亡)。
彼らは亡命先の海外において民主化組織を結成し、海外から中国国内の民主化運動に加担する動きを示しているとされる。
こうした動きに対し、中国の情報機関はいち早く対応した。国家安全部は、亡命する民主化指導者の中に情報要員を混入させ、出国させるという対策を取ったのである。(拙著『中国が仕掛けるインテリジェンス戦争』)
その後、情報機関の要員は海外における民主化組織の中に秘密裏に協力者網を構成し、民主化組織の動向を厳重に監視していくことになる。
1990年、中国政府は「中国海外交流協会」という民間組織を設立し、海外の華僑に対する工作を開始した。その工作目的の一つには華僑ネットワークを使って海外の民衆化運動を抑え込む狙いがあったとされる。
これらの組織化も中国から派遣された情報要員の成果といえよう。
中国は人権・民主活動家を国外追放という形で出国させた。
これは各国からの人権批判を回避する狙いがあった。
その陰で、秘密工作員を国外追放された民主活動家という偽装で派遣したということになる。
各国ともに、国外追放された中国人に対しては、中国当局によって人権弾圧された“悲劇の主人公”としてマークが甘くなる。中国は各国の政府機関や情報機関に浸透工作員をまんまと潜入させることに成功したのであろう。
▼よくよく注意することが必要である
中国の情報機関は、日本発の中国民主化運動あるいは反中活動に対しても目を光らせているとみられる。
その際、天安門事件後の対応でもみられたように、わが国の各種組織の中に情報要員を混入させ、その動向をじっと監視していることは常套手段であるとみなければならない。
これらの情報要員は、身分を隠すため、表面的には親日本家を装おう、あるいは、中国から迫害されて日本国籍を保有するに至ったというカバー、すなわち「苦肉計」を駆使している可能性は否定できない。
浸透工作員は直接的に民主化運動や反中活動を阻止するという野暮な工作は回避するといわれている。
逆に反中国、反共産主義を標榜して、わが国の保守派に広くネットワークを構築し、反中活動の首謀者が誰であり、どのようなネットワークがあるか、どのような活動を行なっているかなどを密かに解明している可能性も否定できない。
こうした間接的手段はわが国の優秀な警察当局をもってしてもなかなか尻尾を捕まえることは困難であろう。
とくに国益保持に従事する者は、親日的な中国人や日本国に転籍した中国人であろうとも、「不自然さはないか」という視点で、常に沈着冷静さをもって彼らと接する必要があろう。
(来週は第35計と第36計について述べます。
よって来週で本メルマガは最終回となります。)
(うえだあつもり)
【著者紹介】
上田篤盛(うえだ・あつもり)
1960年広島県生まれ。元防衛省情報分析官。防衛大学校(国際関係論)卒業後、
1984年に陸上自衛隊に入隊。87年に陸上自衛隊調査学校の語学課程に
入校以降、情報関係職に従事。92年から95年にかけて在バングラデシュ
日本国大使館において警備官として勤務し、危機管理、邦人安全対策などを担当。
帰国後、調査学校教官をへて戦略情報課程および総合情報課程を履修。
その後、防衛省情報分析官および陸上自衛隊情報教官などとして勤務。
2015年定年退官。現在、軍事アナリストとしてメルマガ「軍事情報」に連載中。
著書に『中国軍事用語事典(共著)』(蒼蒼社、2006年11月)、『中国の軍事力
2020年の将来予測(共著)』(蒼蒼社、2008年9月)、
『戦略的インテリジェンス入門─分析手法の手引き』(並木書房、2016年1月)、
『中国が仕掛けるインテリジェンス戦争─国家戦略に基づく分析』(並木書房、
2016年4月)など。
『中国が仕掛けるインテリジェンス戦争』
http://okigunnji.com/url/93/
『戦略的インテリジェンス入門』
http://okigunnji.com/url/38/
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次のステージは各論。http://okigunnji.com/url/93/
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発行:おきらく軍事研究会(代表・エンリケ航海王子)
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