米でも絶賛の中国の要人が豹変ー国家間の関係の前には個人的友情や好意など、残念ながら、木っ端みじん | 日本のお姉さん

米でも絶賛の中国の要人が豹変ー国家間の関係の前には個人的友情や好意など、残念ながら、木っ端みじん

米でも絶賛の中国の要人が豹変
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櫻井よし子

「米でも絶賛の中国の要人が豹変 国家間で求められる国益の視点」

中国の要人に戴秉国(たい・へいこく)という人物がいる。胡錦濤前政権 の外交トップを務めた実力者である。彼の前では外務大臣の王毅氏など、 小僧っ子のような存在である。

米国をはじめとする世界が戴氏をどれほど重視していたかは、ヒラリー・ クリントン氏が2014年に出版した回顧録『Hard Choices(困 難な選択)』からも見えてくる。

同書には日本関連の記述はほとんど見当たらない。むしろ韓国に関する記 述の方が多いほどに、日本は忘れ去られ、申し訳程度に登場するのみだ。 対照的なのが中国である。

中国については2つの章にわたって詳細に記されており、どの文章にもど の段落にも、クリントン氏の熱い思いが溢れている。

09年早春、クリントン氏は、国務長官として、初の外遊先に日本を選ん だ。わが国には22時間滞在したが、日米対話は上滑りするばかりで成果は なかった。彼女の関心が日本にはなかったからであ る。

ところが、日本の後に訪れた中国で彼女は、丸4日を過ごした。そのとき に出会ったのが戴氏である。

一言で言えば彼は彼女の心をつかんだのだ。クリントン氏の中国への入れ 込みの強さは、Dai Bingguo、つまり戴秉国氏への彼女の個人 的な思い入れの強さそのも
のだといってよい。クリントン氏はこう書いて いる。

「会った瞬間から会話が弾んだ。われわれは(その後)何年にもわたっ て、会話を重ねた。彼は私に度々講義(lecture)をするのだっ た。いかに米国のアジア政策が間違っているか、
彼は皮肉をちりばめなが ら、しかし、穏やかな笑顔を忘れずに語る」

世界最強国の国務長官が、戴氏の米国批判に熱心に耳を傾ける姿が浮かん でくる。ある日の会話では、戴氏が胸から一葉の写真を取り出して見せ た。小さなかわいい女の子の写真である。恐らく戴 氏の孫であろう。

「われわれの仕事は全てこの子たちのためですよ」と戴氏が語った。

クリントン氏は「彼の心情はそのまま私の心情でもあった」と述懐する。

戴氏がクリントン氏の未来世代にかける「情熱を共有」したことが、2人 の関係が長く太く続いたことの基本だったとクリントン氏は書いている。

健康維持のための運動と長時間の散歩を戴氏に勧められてまんざらでもな い彼女の姿勢は、彼に対する親近感の表れでもあろう。

ヘンリー・キッシンジャー元国務長官も戴氏についてクリントン氏に申し 送りしていた。キッシンジャー氏は「中国で会った人物の中で恐らく最も 素晴らしく、かつ開明的人物」だと戴氏について 語り、その識見の深さ と、中国政界における氏の重要性を強調したという。

米国要人に絶賛された戴氏はしかし、豹変した。7月5日、氏は米ワシント ンで講演し、南シナ海領有権問題に関してオランダ・ハーグの常設仲裁裁 判所が12日に下す裁定は「ただの紙くずだ」と 語った。

中国外務省が公開した資料では、氏は次のようにも語っている。

「仲裁裁判所の決定は何も重大なことではない」「いかなる国家も中国に 対し、裁定に従うよう強制してはならない」「フィリピンが挑発的な行動 を取れば、中国は決して座視しない」

キッシンジャー氏が「最も開明的」な人物と呼び、クリントン氏が「会っ た瞬間から会話が弾んだ」人物は、激しい対米発言もしている。

「たとえ10隻の空母戦闘群全てを南シナ海に派遣しても、中国人を脅かす ことはできない」

国家間の関係の前には個人的友情や好意など、残念ながら、木っ端みじん に吹き飛ぶのだ。永遠なのは国益だけである。国益実現のための冷静な見 方のできる国にならなければ生き残っていけない とつくづく、思う。

『週刊ダイヤモンド』 2016年7月16日号 新世紀の風をおこす オピニ オン縦横無尽
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(採録:松本市 久保田 康文)