─いつまで継続される対中ODA?─元防衛省情報分析官・上田篤盛(あつもり)
石原ヒロアキさんの連載
「日の丸父さん」
http://okigunnji.com/url/109/
※バックナンバーが全部見れます
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ライターの平藤清刀です。陸自を満期除隊した即応予備自衛官でもあります。
お仕事の依頼など、問い合わせは以下よりお気軽にどうぞ
E-mail hirafuji@mbr.nifty.com
WEB http://wos.cool.coocan.jp
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こんにちは。エンリケです。
庶民が高める 日本のインテリジェンス力向上。
最初のステージは基礎固め。⇒http://okigunnji.com/url/38/
次のステージは各論。http://okigunnji.com/url/93/
さて今日の三十六計。
対支関係で、多くの日本人の目からこぼれ落ちている点がわかります。
事情通と言われている人の盲点を知っておくことも重要です。
急所とはこういうことをいいます。
エンリケ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
兵法三十六計(27)
第二十七計 「仮痴不癲(かちふてん)」
─いつまで継続される対中ODA?─
元防衛省情報分析官・上田篤盛(あつもり)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
□はじめに
先週は「指桑罵槐(しそうばかい)」について述べましたが、最近の中国の動向で注目されている事象をお話しましょう。
本年5月9日付の党機関誌『人民日報』は、「権威人士」なる匿名人物への長文インタビュー記事で、「権威人士」による李克強総理とは異なる経済見通しが語られました。
他方、習近平主席の63回目の誕生日(6月15日)の2日前、『人民日報』が「トップのあるべき姿とは」題する記事を掲載しました。
そのなかで、「あるトップは、職場を自分の『領地』に見立てて、やりたい放題だ。……職場を針も通うさない、水も漏らさない独立王国に代えていく。……
往々にしてそのようなトップは『哀れな末期』を迎えるものだ」などと述べられています。
両記事には李総理も習主席もまったく登場しませんが、「権威人士」とは習主席自身かその腹心、「あるトップ」とは習主席を指すとみられています。
中国人社会では、誰かをあからさまに罵倒して批判すると相手の一族から大きな恨みを買うため、その相手を連想させる別のものを罵倒する伝統があります。
これが中国の「指桑罵槐」なのです。
現在、習主席と李総理の対立が激化しているとの情報があります。夏の北戴河会議を経て、来秋には次期政権を決定する「第19回党大会」が開催されます。
まさに人事の季節の到来といったところでしょうか。すでに「李総理は失脚し、新総理には習主席の腹心である劉鶴・党中央財形経工作指導小組が就任する」などの説も飛び出しました。
筆者は、派閥はあるものの、過度に派閥に立脚した分析は的外れが多い
という印象を持っています。つまり、習主席と李総理の対立、これはニュースとしては 面白いが、慎重にみていく必要があります。
現在、「習が毛沢東主義を盾に独裁を敷いている」「習は軍を完全に掌握した。
習は太子党と軍の支持を背景に李の共青団に切り込んでいる」との見方があります。
これらの見方は慎重にみるべきであろうし、習と李総理も対立というよりは、互いに役割分担をわきまえながら、主義主張を述べ、静かに権力闘争を戦っているのだろうと思います。
結局、彼らは全面対立まで激化しないよう、派閥力学に立った集団指導体制を保持するとみられます。つまり、健康面などの特段の事情がない限り、李総理の失脚も劉鶴の抜擢もないとうことです。また、習が毛沢東のような存在になることも不可能であるということです。
この点については第11計「李代桃僵」に関連記事を記述しました。
少し前書きが長くなりましたが、今回は馬鹿なふりして相手の警戒心をゆるめる計略についての話題です。
▼愚かなふりして相手を油断
「仮痴不癲」は「仮(いつわ)るも、癲(てん)せず」と読む。これは「馬鹿になったふりをして、相手の警戒感をやわらげる」「冷静な計算の上に立って愚かなふりをして相手を油断させ、本来の目的を達成する」という計略である。
戦国武将の織田信長が、奇抜な行動を行ない、周囲の者から「大うつけ」(うつけとは、空っぽが転じて暗愚な人物を指す)と呼ばれて疎(うと)んじられることを利用 して、天下統一を目論んだことは有名である。
『孫子』には「能にして之に不能を示し」という有名な句がある。
▼司馬仲達が「仮痴不癲」で権力の奪還
三国時代にさかのぼる。魏の明帝が死亡し、幼い皇帝が即位した。そこで朝内の名門出身の重臣である曹爽(そうそう)の勢力が台頭し、ライバルで魏王朝の重臣である司馬仲達(しばちゅうたつ)を閑職に追いやった。勢力盛んな曹爽に対し、仲達は真っ向からの対立を避け、病気と称して邸(やしき)に引きこもった。
しかし、曹爽は仲達の存在が不気味でならなかった。そこで、腹心の部下に命じて仲達の様子を探らせた。使者が邸に行ってみると、下女二人に介添えされた仲達は下女が運ぶ粥を胸までダラダラとこぼしながらすすり、話の受け答えもさっぱり要を得なかった。
使者は帰って、この様子を曹爽に報告した。これを聞いた曹爽は「仲達がすっかりボケた」と安心した。しかし、これは仲達の計略であった。
1カ月後、曹爽が明帝の墓である高平皇陵に出向いた機会を捉えて、仲達はクーデターを起こし、権力の座を取り返した。
▼トウ小平が「韜光養晦(とうこうようかい)」を提起
1969年6月、天安門事件が発生し、自らが国際的孤立に置かれ、東欧社会主義やソ連邦が崩壊するなか、トウ小平は「冷静観察、站穏脚跟、沈着応付、韜光養晦、善於守拙、絶不当頭」(冷静に観察し、足元を固め、落ちいて対処し、能力を隠し、隙を見せず、決して先頭に立たない)の「二十四文字指針」を提起した。
その核心は「韜光養晦」(能力を隠し)であり、トウは「韜光養晦」と「有所作為」(なすべきことをなす)をセットとして使った。
つまりトウは「能ある鷹は爪を隠す」とばかりに、「自分の能力はみせず、取れるべきものはとっていく」「経済を中心に、安全保障面では自己主張にこだわらず、関係国との対立を回避し、この間に国力を増強する」という方針を示したのである。これも一つの「仮痴不癲」の計略とみることができよう。
▼江沢民以降も「韜光養晦」を継承
江沢民は「韜光養晦、有所作為」の方針を継承し、経済優先路線をとった。
一方で軍事力の近代化と軍掌握の観点から二ケタ台の国防費の伸び率を認めたので、中国の軍事力は飛躍的に増大した。
胡錦濤も江路線をおおむね継続し、経済力と軍事力の強化に努めた。
こうしたなか、胡錦濤は2005年頃から「和解世界」をスローガンとする対外政策を打ち出すようになった。
これは「対外協調に配慮するものの、大国に相応しい積極的な外交方針を打ち出し、国際的地位の向上を目指すとする」ものであった。これは今から思えば「韜光養晦」から脱却する一つの兆候であったのだろうか。
▼中国は「韜光養晦」を放棄したのか?
2009年7月、胡錦濤は「韜光養晦、有所作為」から、「堅持韜光養晦、積極有所作為」
に外交方針を転換した。これは、「積極」の二字の追加により積極的な対外活動を展開する方針への転換であると解釈されている。
この転換の背景には、2008年の国際金融危機(リーマンショック)を乗り越え、同年の北京オリンピックを成功裡に導いた国家的自信の発露がある。
また、海外での利益を拡大する国有企業などの既得利益集団および海外派遣で実績を積んだ人民解放軍が「大国に相応しい国益を追求すべき」などとの主張があるとみられる。
2009年12月にコペンハーゲンで開催された「国連気候変動枠組み第15回締結国会議(COP15)」では、中国は温室効果ガス排出規制に関する国際的な合意に激しく 反対した。
こうした中国の動向から、中国は「韜光養晦」を放棄したのではないかとの憶測が西側諸国から囁かれるようになった。はたして、「韜光養晦」を中国は放棄したのであろうか?
たしかに、現在の習近平主席は米国に対して「新型大国関係」を呼びかけ、グローバルな経済戦略構想である「一帯一路」構想を提唱、
アジア投資開発銀行(AIIB)を創設するなど、中国を世界の舞台に踊り出させよう
としている。しかしその一方で、中国はグローバルな政治責任を負おうとしていないとの批判もある。
果たして、中国は「責任大国」として、世界の秩序形成に大きな役割を果たそうとしているのか、それとも偏狭なナショナリズムによって自己の生存のための利益追求を画策しているのだろうか? いまだに評価が定まらぬところである。
▼中国は「いまだに発展途上国である」と主張
中国はある時は自らを「責任大国」と称し、ある時は「発展途上国」と称する。
2016年6月の米中戦略・経済対話においても、習近平は「中国は世界最大の発展途上国である」とケリー米国務長官に述べた。
2010年に中国の総体GDPは、わが国を追い越し、世界第2位になった。
にもかかわらず中国は、「1人当たりのGDPは依然として発展途上国レベルである」との論説を用いる。たしかに、1人当たりのGDPは8000ドルを超えたばかりであり、それは日本の4分の1にも満たない。
他方で中国は、アフリカなどの発展途上国に対して、積極的に対外援助を行なっている。そもそも中国は建国後の1950年代から70年後半にかけて、まさに“貧国”であった時代から政治目的での対外援助を継続してきた。
現在は開発援助などの名目で世界的規模での援助を拡大しているが、中国の対外援助には、自己の利益追求と政治的狙いが色濃く反映されている。
本来、対外援助は被援助国の経済開発や福祉の向上を主目的に先進国が発展途上国に対して片務的に行なわれる。
しかし、中国の対外援助は様相が異なる。「発展途上国が発展途上国に対して行なう平等互恵の経済取引である」として、相手国に対して「内政不干渉」を原則とするが、逆に被援助国に対しては「一つの中国」を要求するのである。
また、被援助国の援助プロジェクには、資機材・技術が中国から運ばれ、プロジェクト建設には中国人労働者が従事し、プロジェクト建設の見返りに資源を獲得するという構図となっている。
このように中国は利益誘導の観点から、「責任大国」と「発展途上国」とを使い分け、都合よく自己の立場を修正している点は注目に値する。
▼対中ODAは終わっていない
ところで中国が「発展途上国」という立場から、わが国の対中ODA(政府開発援助) は行なわれてきた。それは1979年2月、大平正芳総理とトウ小平との間で合意された。
わが国は「贖罪意識」に苛(さいな)まれ、「戦後賠償」の肩代わりというかたちで対中ODAを続けてきた。日中共同声明の第5項では、「中国は戦争賠償を放棄する」と謳っているにもかかわらず、実質的な「戦争賠償」として対中ODAが継続されてきたのである。
2000年5月に来日した唐家セン(とうかせん)外交部長は対中ODAが戦争賠償に代わる行為だ」との認識を示した。
中国が日本に対し「戦争賠償」を放棄したのは、なにも対日友好を示したのではない。
蒋介石が「日華平和条約」を締結した際に賠償請求権を放棄したために、「一つの中国」を標榜する中国が、それと異なる対日政策をとれなかったためである。
そこで、わが国が戦争賠償を放棄した東南アジア諸国に「準賠償」というかたちで円借款を行なっていることに、中国は着目したのである。
中国の経済発展を理由に対中ODAのうち有償資金協力である円借款は北京オリンピック前年の2007年に中止した。中止までの累計は3兆3165億円、231件であった。
しかし無償援助と技術協力は現在も継続されている。外務省管轄分だけでも40億円以上、総額は年300億円にも及ぶ資金が中国に供与されている。
(外務省ホームページほか)
▼対中ODAの在り方を厳しく問い質せ!
対中ODAが間接的であれ、中国の軍近代化を支援し、わが国の脅威を形成していることは実に皮肉なことである。
尖閣諸島への領空侵犯を繰り返す中国に対し、年300億円も「贈与」する状況が続くことの正当性をわが国政府はきちんと国民に伝えるべきであるし、我々もこの問題にもっと注目し、対中ODAの在り方を厳しく問い質すべきではなかろうか?
(次回、第28計「上屋抽梯」に続く)
(うえだあつもり)
【著者紹介】
上田篤盛(うえだ・あつもり)
1960年広島県生まれ。元防衛省情報分析官。防衛大学校(国際関係論)卒業後、1984年に陸上自衛隊に入隊。87年に陸上自衛隊調査学校の語学課程に
入校以降、情報関係職に従事。92年から95年にかけて在バングラデシュ日本国大使館において警備官として勤務し、危機管理、邦人安全対策などを担当。
帰国後、調査学校教官をへて戦略情報課程および総合情報課程を履修。
その後、防衛省情報分析官および陸上自衛隊情報教官などとして勤務。
2015年定年退官。現在、軍事アナリストとしてメルマガ「軍事情報」に連載中。
著書に『中国軍事用語事典(共著)』(蒼蒼社、2006年11月)、『中国の軍事力2020年の将来予測(共著)』(蒼蒼社、2008年9月)、
『戦略的インテリジェンス入門─分析手法の手引き』(並木書房、2016年1月)、『中国が仕掛けるインテリジェンス戦争─国家戦略に基づく分析』(並木書房、2016年4月)など。
『中国が仕掛けるインテリジェンス戦争』
http://okigunnji.com/url/93/
『戦略的インテリジェンス入門』
http://okigunnji.com/url/38/
■ご意見・ご感想はこちらからどうぞ。
↓
http://okigunnji.com/1tan/lc/toiawase.html
※いつでも受け付けてます
追伸
北鮮核実験に関する上田さんのコメントが掲載!
1月18日発売「週刊プレイボーイ」巻頭特集です
http://okigunnji.com/url/54/
■上田さんの本
最新刊!
『中国が仕掛けるインテリジェンス戦争』
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※インテリジェンス戦争に負けない心構えを築く本
『戦略的インテリジェンス入門』
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※キーワードは「成果を出す、一般国民、教科書」です
最後まで読んでくださったあなたに、心から感謝しています。
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そして、メルマガを作る機会を与えてくれた祖国に、心から感謝しています。
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先週は「指桑罵槐(しそうばかい)」について述べましたが、最近の中国の動向で注目されている事象をお話しましょう。
本年5月9日付の党機関誌『人民日報』は、「権威人士」なる匿名人物への長文インタビュー記事で、「権威人士」による李克強総理とは異なる経済見通しが語られました。
他方、習近平主席の63回目の誕生日(6月15日)の2日前、『人民日報』が「トップのあるべき姿とは」題する記事を掲載しました。
そのなかで、「あるトップは、職場を自分の『領地』に見立てて、やりたい放題だ。……職場を針も通うさない、水も漏らさない独立王国に代えていく。……
往々にしてそのようなトップは『哀れな末期』を迎えるものだ」などと述べられています。
両記事には李総理も習主席もまったく登場しませんが、「権威人士」とは習主席自身かその腹心、「あるトップ」とは習主席を指すとみられています。
中国人社会では、誰かをあからさまに罵倒して批判すると相手の一族から大きな恨みを買うため、その相手を連想させる別のものを罵倒する伝統があります。
これが中国の「指桑罵槐」なのです。
現在、習主席と李総理の対立が激化しているとの情報があります。夏の北戴河会議を経て、来秋には次期政権を決定する「第19回党大会」が開催されます。
まさに人事の季節の到来といったところでしょうか。すでに「李総理は失脚し、新総理には習主席の腹心である劉鶴・党中央財形経工作指導小組が就任する」などの説も飛び出しました。
筆者は、派閥はあるものの、過度に派閥に立脚した分析は的外れが多い
という印象を持っています。つまり、習主席と李総理の対立、これはニュースとしては 面白いが、慎重にみていく必要があります。
現在、「習が毛沢東主義を盾に独裁を敷いている」「習は軍を完全に掌握した。
習は太子党と軍の支持を背景に李の共青団に切り込んでいる」との見方があります。
これらの見方は慎重にみるべきであろうし、習と李総理も対立というよりは、互いに役割分担をわきまえながら、主義主張を述べ、静かに権力闘争を戦っているのだろうと思います。
結局、彼らは全面対立まで激化しないよう、派閥力学に立った集団指導体制を保持するとみられます。つまり、健康面などの特段の事情がない限り、李総理の失脚も劉鶴の抜擢もないとうことです。また、習が毛沢東のような存在になることも不可能であるということです。
この点については第11計「李代桃僵」に関連記事を記述しました。
少し前書きが長くなりましたが、今回は馬鹿なふりして相手の警戒心をゆるめる計略についての話題です。
▼愚かなふりして相手を油断
「仮痴不癲」は「仮(いつわ)るも、癲(てん)せず」と読む。これは「馬鹿になったふりをして、相手の警戒感をやわらげる」「冷静な計算の上に立って愚かなふりをして相手を油断させ、本来の目的を達成する」という計略である。
戦国武将の織田信長が、奇抜な行動を行ない、周囲の者から「大うつけ」(うつけとは、空っぽが転じて暗愚な人物を指す)と呼ばれて疎(うと)んじられることを利用 して、天下統一を目論んだことは有名である。
『孫子』には「能にして之に不能を示し」という有名な句がある。
▼司馬仲達が「仮痴不癲」で権力の奪還
三国時代にさかのぼる。魏の明帝が死亡し、幼い皇帝が即位した。そこで朝内の名門出身の重臣である曹爽(そうそう)の勢力が台頭し、ライバルで魏王朝の重臣である司馬仲達(しばちゅうたつ)を閑職に追いやった。勢力盛んな曹爽に対し、仲達は真っ向からの対立を避け、病気と称して邸(やしき)に引きこもった。
しかし、曹爽は仲達の存在が不気味でならなかった。そこで、腹心の部下に命じて仲達の様子を探らせた。使者が邸に行ってみると、下女二人に介添えされた仲達は下女が運ぶ粥を胸までダラダラとこぼしながらすすり、話の受け答えもさっぱり要を得なかった。
使者は帰って、この様子を曹爽に報告した。これを聞いた曹爽は「仲達がすっかりボケた」と安心した。しかし、これは仲達の計略であった。
1カ月後、曹爽が明帝の墓である高平皇陵に出向いた機会を捉えて、仲達はクーデターを起こし、権力の座を取り返した。
▼トウ小平が「韜光養晦(とうこうようかい)」を提起
1969年6月、天安門事件が発生し、自らが国際的孤立に置かれ、東欧社会主義やソ連邦が崩壊するなか、トウ小平は「冷静観察、站穏脚跟、沈着応付、韜光養晦、善於守拙、絶不当頭」(冷静に観察し、足元を固め、落ちいて対処し、能力を隠し、隙を見せず、決して先頭に立たない)の「二十四文字指針」を提起した。
その核心は「韜光養晦」(能力を隠し)であり、トウは「韜光養晦」と「有所作為」(なすべきことをなす)をセットとして使った。
つまりトウは「能ある鷹は爪を隠す」とばかりに、「自分の能力はみせず、取れるべきものはとっていく」「経済を中心に、安全保障面では自己主張にこだわらず、関係国との対立を回避し、この間に国力を増強する」という方針を示したのである。これも一つの「仮痴不癲」の計略とみることができよう。
▼江沢民以降も「韜光養晦」を継承
江沢民は「韜光養晦、有所作為」の方針を継承し、経済優先路線をとった。
一方で軍事力の近代化と軍掌握の観点から二ケタ台の国防費の伸び率を認めたので、中国の軍事力は飛躍的に増大した。
胡錦濤も江路線をおおむね継続し、経済力と軍事力の強化に努めた。
こうしたなか、胡錦濤は2005年頃から「和解世界」をスローガンとする対外政策を打ち出すようになった。
これは「対外協調に配慮するものの、大国に相応しい積極的な外交方針を打ち出し、国際的地位の向上を目指すとする」ものであった。これは今から思えば「韜光養晦」から脱却する一つの兆候であったのだろうか。
▼中国は「韜光養晦」を放棄したのか?
2009年7月、胡錦濤は「韜光養晦、有所作為」から、「堅持韜光養晦、積極有所作為」
に外交方針を転換した。これは、「積極」の二字の追加により積極的な対外活動を展開する方針への転換であると解釈されている。
この転換の背景には、2008年の国際金融危機(リーマンショック)を乗り越え、同年の北京オリンピックを成功裡に導いた国家的自信の発露がある。
また、海外での利益を拡大する国有企業などの既得利益集団および海外派遣で実績を積んだ人民解放軍が「大国に相応しい国益を追求すべき」などとの主張があるとみられる。
2009年12月にコペンハーゲンで開催された「国連気候変動枠組み第15回締結国会議(COP15)」では、中国は温室効果ガス排出規制に関する国際的な合意に激しく 反対した。
こうした中国の動向から、中国は「韜光養晦」を放棄したのではないかとの憶測が西側諸国から囁かれるようになった。はたして、「韜光養晦」を中国は放棄したのであろうか?
たしかに、現在の習近平主席は米国に対して「新型大国関係」を呼びかけ、グローバルな経済戦略構想である「一帯一路」構想を提唱、
アジア投資開発銀行(AIIB)を創設するなど、中国を世界の舞台に踊り出させよう
としている。しかしその一方で、中国はグローバルな政治責任を負おうとしていないとの批判もある。
果たして、中国は「責任大国」として、世界の秩序形成に大きな役割を果たそうとしているのか、それとも偏狭なナショナリズムによって自己の生存のための利益追求を画策しているのだろうか? いまだに評価が定まらぬところである。
▼中国は「いまだに発展途上国である」と主張
中国はある時は自らを「責任大国」と称し、ある時は「発展途上国」と称する。
2016年6月の米中戦略・経済対話においても、習近平は「中国は世界最大の発展途上国である」とケリー米国務長官に述べた。
2010年に中国の総体GDPは、わが国を追い越し、世界第2位になった。
にもかかわらず中国は、「1人当たりのGDPは依然として発展途上国レベルである」との論説を用いる。たしかに、1人当たりのGDPは8000ドルを超えたばかりであり、それは日本の4分の1にも満たない。
他方で中国は、アフリカなどの発展途上国に対して、積極的に対外援助を行なっている。そもそも中国は建国後の1950年代から70年後半にかけて、まさに“貧国”であった時代から政治目的での対外援助を継続してきた。
現在は開発援助などの名目で世界的規模での援助を拡大しているが、中国の対外援助には、自己の利益追求と政治的狙いが色濃く反映されている。
本来、対外援助は被援助国の経済開発や福祉の向上を主目的に先進国が発展途上国に対して片務的に行なわれる。
しかし、中国の対外援助は様相が異なる。「発展途上国が発展途上国に対して行なう平等互恵の経済取引である」として、相手国に対して「内政不干渉」を原則とするが、逆に被援助国に対しては「一つの中国」を要求するのである。
また、被援助国の援助プロジェクには、資機材・技術が中国から運ばれ、プロジェクト建設には中国人労働者が従事し、プロジェクト建設の見返りに資源を獲得するという構図となっている。
このように中国は利益誘導の観点から、「責任大国」と「発展途上国」とを使い分け、都合よく自己の立場を修正している点は注目に値する。
▼対中ODAは終わっていない
ところで中国が「発展途上国」という立場から、わが国の対中ODA(政府開発援助) は行なわれてきた。それは1979年2月、大平正芳総理とトウ小平との間で合意された。
わが国は「贖罪意識」に苛(さいな)まれ、「戦後賠償」の肩代わりというかたちで対中ODAを続けてきた。日中共同声明の第5項では、「中国は戦争賠償を放棄する」と謳っているにもかかわらず、実質的な「戦争賠償」として対中ODAが継続されてきたのである。
2000年5月に来日した唐家セン(とうかせん)外交部長は対中ODAが戦争賠償に代わる行為だ」との認識を示した。
中国が日本に対し「戦争賠償」を放棄したのは、なにも対日友好を示したのではない。
蒋介石が「日華平和条約」を締結した際に賠償請求権を放棄したために、「一つの中国」を標榜する中国が、それと異なる対日政策をとれなかったためである。
そこで、わが国が戦争賠償を放棄した東南アジア諸国に「準賠償」というかたちで円借款を行なっていることに、中国は着目したのである。
中国の経済発展を理由に対中ODAのうち有償資金協力である円借款は北京オリンピック前年の2007年に中止した。中止までの累計は3兆3165億円、231件であった。
しかし無償援助と技術協力は現在も継続されている。外務省管轄分だけでも40億円以上、総額は年300億円にも及ぶ資金が中国に供与されている。
(外務省ホームページほか)
▼対中ODAの在り方を厳しく問い質せ!
対中ODAが間接的であれ、中国の軍近代化を支援し、わが国の脅威を形成していることは実に皮肉なことである。
尖閣諸島への領空侵犯を繰り返す中国に対し、年300億円も「贈与」する状況が続くことの正当性をわが国政府はきちんと国民に伝えるべきであるし、我々もこの問題にもっと注目し、対中ODAの在り方を厳しく問い質すべきではなかろうか?
(次回、第28計「上屋抽梯」に続く)
(うえだあつもり)
【著者紹介】
上田篤盛(うえだ・あつもり)
1960年広島県生まれ。元防衛省情報分析官。防衛大学校(国際関係論)卒業後、1984年に陸上自衛隊に入隊。87年に陸上自衛隊調査学校の語学課程に
入校以降、情報関係職に従事。92年から95年にかけて在バングラデシュ日本国大使館において警備官として勤務し、危機管理、邦人安全対策などを担当。
帰国後、調査学校教官をへて戦略情報課程および総合情報課程を履修。
その後、防衛省情報分析官および陸上自衛隊情報教官などとして勤務。
2015年定年退官。現在、軍事アナリストとしてメルマガ「軍事情報」に連載中。
著書に『中国軍事用語事典(共著)』(蒼蒼社、2006年11月)、『中国の軍事力2020年の将来予測(共著)』(蒼蒼社、2008年9月)、
『戦略的インテリジェンス入門─分析手法の手引き』(並木書房、2016年1月)、『中国が仕掛けるインテリジェンス戦争─国家戦略に基づく分析』(並木書房、2016年4月)など。
『中国が仕掛けるインテリジェンス戦争』
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発行:おきらく軍事研究会(代表・エンリケ航海王子)
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