消えた年金ー昨年7-9月期にGPIFの運用は7兆8千億円もの損失を出した
安倍政権がひた隠す「年金スキャンダル」 偽りの株高、代償計り知れず=斎藤満
2016年4月24日 ニュース
「消えた年金」問題や「物価スライド見直しによる実質減額」など、国民はこれまでも年金に対する様々な不安を感じてきました。さらに今度は、この年金の運用成果の発表が、夏の参議院選挙前を避けて先延ばしされようとしています。
国民の年金積立金を管理運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の運用結果には、選挙前に出したくない「不都合な真実」があるようです。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)
プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
【関連】【年金】GPIFよ、おまえはアマチュアか? あり得ない運用成績隠し=江守哲
「年金損失が明るみに出れば7月参院選で不利」判断か
GPIF議事録「年に1回の報告だけに減らすべき」
昨年7-9月期にGPIFの運用は7兆8千億円もの損失を出したこともあって、15年度は年間でも大きな損失を出した模様です。
3月末の相場が確定すれば、時間をかけずに3月までの運用実績はわかります。これまでのスケジュールをみても、2か月後くらいには成果を発表していました。15年度分は5月末か6月初めには発表できるはずです。
ところが今回は参議院選挙後の7月29日まで発表を延ばす模様です。選挙前に年金が大きな損失を出したとわかれば、選挙戦で不利になるとの判断があったようです。
3月10日に開催されたGPIFの運用委員会の議事録を見ても、そもそも四半期ごとに成果を発表すると、損だ得だと言われるだけだから、年に1回の報告だけに減らすべき、との発言が見られました。
もともと年金は安全資産で運用していた
国民の年金積立金は、政府(厚生労働省)が集めて、そのまま支払いに充てているわけではありません。国民から預かった積立金を一旦プールしてこれを運用し、将来の支払い原資を増やそうとしています。
従来は安全資産としての財投債(財政投融資の貸付原資として使うために発行するもので、通常の国債とほぼ同じ物)で運用していたので、損を出して資産が減ることはまずありませんでした。
しかし、積立金の規模が大きくなったこともあり、2001年度から市場での運用を始めました。それでも3分の2は安全な国内債券で運用し、残りを株や外国資産に充てていました。
最初の2年はITバブルが弾けた時期でもあり、運用で損を出し、年金資産が減少したのですが、その後は徐々に成果を上げ、資産額が一時10兆円以上増えました。しかし、リーマン・ショックでまた資産が減る事態となったのです。
Next: 安倍政権の「株価押し上げ」八百長芝居に使われたGPIF
安倍政権の「株価押し上げ」八百長芝居に使われたGPIF
この100兆円をこえる巨大な年金ファンドに目を付けたのが安倍政権です。
かつて「上げ潮派」と言われ、成長重視で株価を上げ、支持率を上げたい安倍政権は、2014年からこのGPIFの運用比率を大きく変更し、従来よりも日本株や外国株、外国債券への運用を大幅に拡大しました。
アベノミクスに期待して株高、円安が進んだのですが、これをさらに押し進めるためです。
現在約140兆円もの資金を預かるGPIFは世界一大きな年金ファンドですが、この巨人が動けば、それだけで相場が動きます。市場では「プールにクジラを入れたようなもの」との例えまで出ました。
安倍政権はGPIFの運用改革を「成長戦略」の柱としたのですが、従来の国債での運用を半分の35%に減らし、国内株で25%、外国株で25%、外国債券で15%運用する「リスク型」に変えました。
これだけ巨大なファンドが大量に株や外国資産を買うと言うので、市場はクジラについてゆくコバンザメのように、一緒になって株を買い、円を売りました。
このため、2014年度は消費税引き上げで国内総生産(GDP)はマイナス成長となったのですが、その中でも株価は大きく上昇し、翌年には日経平均が2万円を超え、ドル円は125円台まで円安となりました。
GPIFは結局、安倍政権の株価押し上げ、円安促進の「エンジン」として利用された格好です。それで株価が上昇し、円安が進んだので、一時はGPIFの資産そのものも株高と円安のダブル効果で大きく増える形になりました。安倍政権になってから毎年10兆円以上の資産増が実現したのです。
ところが、「好事魔多し」と言います。15年度になって流れは一転します。
Nex
15年度は5兆円前後の赤字に
まず、昨年夏場から世界の市場が不安定になり、GPIFもこの嵐に巻き込まれました。中国上海の株価が急落した上に、人民元を大きく切り下げたことが、世界の市場に不安の連鎖を起こしました。
そこでは、日本も含め世界の株価が下落し、安全資産の円が買われ、円高となりました。その市場不安は、今年初めにもまた世界に広がりました。
そうなると、GPIFの運用を「リスク型」に変えたことが裏目に出ます。株価の下落、円高という状況に対して、運用資産の半分が株で、4割が円高に弱い外貨資産というGPIFの運用構成が、余計損失を大きくすることになったのです。
相場上昇下では儲けが大きい反面、相場が下げれば損も大きくなる「博打型」になり、その付けが回ってきた形です。
皮肉なことに、こうした嵐の中で、「株価押し上げエンジン」が使えないのです。日本株の運用は昨年末ですでに24%近くになり、運用枠の25%に達しつつあるため、ここからは大きく買い上げることができません。外国株や外国債券の買い増し余地もあまりありません。
巨大ファンドの買いで相場を押し上げていたのが、買えなくなると「エンスト」になります。
このため、今年1-3月分も、株価がこの間12%も下落したのですが、GPIFは株価を押し戻すことができず、株で4兆円近い損を出したと見られます。外国株では米国株が堅調だったのですが円高で目減りし、欧州株が下落したので、これも2兆円から3兆円の損となった模様です。
皮肉にも、運用を減らした債券が頑張り、国内債は金利低下、価格上昇で2兆円ほど稼いだようです。
外国債券は金利低下(価格上昇)で利益が出た半面、為替が円高となって利益の多くを打ち消してしまいました。
以上はGPIFの運用が指標平均並みとの前提で計算しましたが、この結果、1-3月の運用成績は4兆円から5兆円の損失となり、15年度全体でも5兆円前後の損失となった可能性があります。
Next: 今後も逆風が続く市場で、国民の年金資産に目減りリスク
今後も逆風が続く市場で、国民の年金資産に目減りリスク
GPIFへの逆風は昨年だけのものではなさそうです。今後もかなり厳しい運用環境が続き、我々の年金資産は目減りしてゆくリスクがあります。
その主な理由は、日銀や欧州中央銀行(ECB)が、マイナス金利策なども含めて、金融市場を異常な世界にしてしまったためです。
すでに日本やスイスでは10年国債の利回りまでマイナスになり、一般の投資家は買えなくなってしまいました。日本では個人向け国債の発行が取りやめになっています。
マイナス金利の国債に投資するということは、例えば金利ゼロで額面100円の国債を105円で買うようなもので、満期まで持っていると額面の100円しか返ってこないので、5円の損失になります。
それでも機関投資家などのプロがこの国債を買うのは、一段の金利低下で国債の値上がりを期待したり、日銀が高い値段で買ってくれるのをあてにしたりするためで、買った時より高い値段で売れればよいのですが、満期が近づけば、値段は確実に下がり、最後は額面の100になってしまいます。
安全資産のはずの国債が、今や売り場を逃すと確実に損をするリスク資産になりました。
言い換えれば、国債そのものが異常な価格に値上がりしていて、いわば「バブル」の状況にあり、その国債を買いにくくなった分、株などほかのリスク商品に投資をしてきたので、株も実体経済とのバランスを超えた「バブル」水準になっています。
つまり、日欧などの中央銀行が異常な金融緩和を続けているため、株も債券もバブルになっている可能性があります。
バフェット基準では株価はすでに「天井」
例えば、日本の東証一部上場の株式時価総額は4月21日時点で528兆円を超え、日本の名目GDPを超えています。米国の著名投資家、ウォーレン・バフェット氏は、株の時価総額がGDPの100%になると、これを「天井」とみて株価の過熱警報と見ます。
現在の日米の株価は、この「天井」に達し、過熱警戒警報が出ているような状況です。
この金融市場にバブルを生じさせている中央銀行の異常な緩和策について、米国がいち早く修正に乗り出しましたが、日欧は依然としてマイナス金利策を強化しようとしています。
そのために、貸出や債券運用で利益を上げられなくなった金融機関が利益を減じ、経営が圧迫されて金融仲介機能が十分果たせなくなりつつあります。
せっかく金融緩和しても、マイナス金利という異常な世界で金融が機能不全になれば、血の巡りが悪くなった身体と同様、経済の体力が弱ってきます。そうなると株も債券も下落し、バブルが弾けやすくなります。バブルが弾ければ、それらを大量に保有するGPIFなどの年金基金はさらに損失を拡大し、年金原資が細ります。
Next: 安倍政権の見栄と短期利益を優先した年金運用は失敗する
バブルが弾ければ経済に大きなダメージとなることは、20年前に日本は嫌というほど経験しましたが、金融政策で無理したつけは、バブルに手を染めていない一般の年金受給者など国民に回ってきます。
政権維持のために、金融政策に無理強いし、資産バブルを生みだした結果、所得格差、資産格差が拡大した上に、今後バブルが弾ければ、年金減額などの将来不安を生みます。
年金という国民の将来生活に深くかかわるものを、現政権の短期的な利益のために無理な運用をさせたことが、次の世代に大きな負担を負わせることになります。
安倍政権が隠蔽する「不都合な真実」
年金運用の損失発生は15年度だけでは済まない可能性があるのです。この「不都合な真実」を隠してもいずれわかってしまいます。
国民の年金を預かる立場の者は、その運用実態を国民に正直に正確に報告する義務があり、時の政権の「短期的な利益」でなく、長い目で見て国民の利益に供する努力が求められます。異常な金融市場にあっては、「博打に参加しない」判断も必要になります。
運用比率にこだわらず、嵐の中では「現金」で安全に逃げる柔軟性も必要です。国民の将来を担う年金の運用責任はそれだけ重いのです。
【関連】【年金】GPIFよ、おまえはアマチュアか? あり得ない運用成績隠し=江守哲
本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2016年4月24日)
※太字はMONEY VOICE編集部による
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金融・為替市場で40年近いエコノミスト経歴を持つ著者が、日々経済問題と取り組んでいる方々のために、ホットな話題を「あらかると」の形でとりあげます。新聞やTVが取り上げない裏話にもご期待ください。
http://www.mag2.com/p/money/10679
【年金】GPIFよ、おまえはアマチュアか? あり得ない運用成績隠し=江守哲
国民の大事な年金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が、今回の株安でパフォーマンスを悪化させたうえに、その運用成績の発表を政治的な都合により遅らせようとしています。ひどい話です。(『江守哲の「投資の哲人」~ヘッジファンド投資戦略のすべて』4月18日号)
※このコラムは有料メルマガの一部抜粋です。初月無料の定期購読で、すべてのコンテンツをすぐにご覧いただけます。次号は4月25日配信予定、興味のある方はぜひこの機会に定期購読を!
プロフィール:江守 哲(えもり てつ)
エモリキャピタルマネジメント株式会社代表取締役。慶應義塾大学商学部卒業。住友商事、英国住友商事(ロンドン駐在)、外資系企業、三井物産子会社、投資顧問などを経て会社設立。「日本で最初のコモディティ・ストラテジスト」。商社・外資系企業時代は30カ国を訪問し、ビジネスを展開。投資顧問でヘッジファンド運用を行ったあと、会社設立。現在は株式・為替・コモディティにて資金運用を行う一方、メルマガを通じた投資情報・運用戦略の発信、セミナー講師、テレビ出演、各種寄稿などを行っている。
GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)に運用者たる資格なし
株安で悪化、年金の運用成績
安倍政権の肝いりで始まったGPIFの株式中心の運用戦略。中心ではないのかもしれませんが、これまでの株式への投資比率を劇的に引き上げたことを考慮すれば、株式中心といってもよいでしょう。
しかし、今回の株安でその運用パフォーマンスが大きく落ち込んだとの試算がなされているようです。運用成績というのは、どの期間で見るかで変わりますので、いまの株安の時期だけをみると、パフォーマンスが悪化していることは明白です。
【関連】日経624円安「ブルームバーグショック」日銀追加緩和見送りで失望売り進む
これは、投資している対象の多くが、いわゆるパッシブ運用であることに起因します。つまり、上場投資信託(ETF)など株式指数に連動する投信に投資をしていれば、株式指数が下げると必然的に運用パフォーマンスも低下するからです。
これは市場任せの運用ですので、自分ではどうすることもできません。株価が下げると思えば、早めに投資を解約するしかありません。
ここには投資判断という、きわめて重い責任が入りますので、一般的には投資を開始した際に決めた比率を維持しながら、投資を継続するのが一般的です。その結果、相場が上下動しながらも長期的に良い運用成績になっていればよいわけです。
しかし、これも実際にどうなるかはわかりません。あくまで市場任せであることに変わりありません。
人為的に作られた相場の限界
やれることは、投資先の配分を見直すことぐらいです。自分で売り買いのタイミングを決められないので、投資対象の比率を変更することで、多少のパフォーマンス向上は可能です。しかし、これもどの投資対象が上昇するかを見極めるのは困難であり、実際には現実的ではありません。
安倍政権の肝いりで投資比率を変更したため、株価が上がってくれないと困るわけです。ですので、円安・株高誘導に必死になっているのですが、それでも残念な結果にしかなりません。所詮、人為的に作られた相場は長続きしません。
運用成績の発表遅延は意図的か
それ以上に問題なのは、運用成績の公表に関する政府の姿勢です。年度が3月末で終了しているので、本来であれば、発表すべき時期に来ているのですが、運用成績が悪いので、どうやら意図的に発表時期を遅らせているようなのです。
Next: 政治的理由で運用成績を隠すGPIFにプロ運用者の資格なし
GPIFの常識は世界の非常識
今回は、過去10年間のパフォーマンスの状況を詳細に公表するとのことで、その精査に時間がかかっているとしています。
しかし、そんなものは、最初から決まっているのであれば、すぐにできるはずなのです。
まして、運用というのは、保有している資産の現在価値を常に時価評価して把握しておくのが、運用の世界では常識です。このグローバルスタンダードと完全にかけ離れた、むしろ逆の姿勢で運用管理を行っているのがGPIFということになります。
私もヘッジファンド運用をしていたからよくわかるのですが、3月末時点の運用成績を7月末に出すなどというのは、運用者としてはあり得ないことです。
それは、意図的に遅らせているか、それとも運用状況を精査できないほど体制が貧弱であるかのどちらかです。もちろん、今回のケースは前者でしょう。
先が思いやられる年金運用の将来
国民の大事な年金が運用されているのですが、その運用成績の発表が政治的な都合で遅れる。ひどい話です。一般の運用業界の話であれば、即座に投資家は資金引き上げを行います。そのような運用者には、安心して資金を預けることはできません。
日本の年金運用の大本尊がこれではお話になりません。日本の年金運用の体制の将来が思いやられます。
日本の運用業界は世界に比べて大きく遅れています。そして、年金運用も同様というわけです。とても残念ですね。
※今回ご紹介するコラムは有料メルマガの一部抜粋です。初月無料の初月無料の定期購読で、株式・為替・商品市場の週間見通しや、ヘッジファンド投資戦略の解説、住友商事銅地金チーム時代の回想録など、すべてのコンテンツをすぐにご覧いただけます。
【最新号(4月18日)の内容】
◆マーケット・ヴューポイント~大局観は変わらず
・株式市場~想定以上に堅調な米国株
・為替市場~円高への動きが再開する展開を想定
・コモディティ市場~一旦調整の可能性も
◎今週の「ポジショントーク」~日経平均先物をショートは...
○ヘッジファンド投資戦略~「政治要因の重要性」-投資戦略構築のポイント
●マーケット・トピック~「GPIF」はプロの運用者か?-成績発表遅延は世界標準ではあり得ない
□マーケット人生物語~私の人生を変えたアノ事件
◇ベースボール・パーク~久しぶりのプロ野球観戦
次号は4月25日配信予定です。興味のある方はぜひこの機会に定期購読をお願いいたします。
【関連】GPIF運用益4.7兆円~それでも日本の公的年金は実質破綻している=近藤駿介
【関連】公開すればパニックに?年金(GPIF)が保有株式より前に開示すべきもの=近藤駿介
【関連】「パナマ文書」の目的と国内マスコミが報じない国際金融の闇=吉田繁治
『江守哲の「投資の哲人」~ヘッジファンド投資戦略のすべて』(2016年4月18日号)より一部抜粋
[月額3,240円(税込) 毎週月曜日(祝祭日・年末年始を除く) ]
株式・為替・コモディティなどの独自の市場分析を踏まえ、常識・定説とは異なる投資戦略の考え方を読者と共有したいと思います。グローバル投資家やヘッジファンドの投資戦略の構築プロセスなどについてもお話します。さらに商社出身でコモディティの現物取引にも従事していた経験や、幅広い人脈から、面白いネタや裏話もご披露します。またマーケット関連だけでなく、野球を中心にスポーツネタやマーケットと野球・スポーツの共通性などについても触れてみたいと思います。
http://www.mag2.com/p/money/10248
t: リスク資産中心のポートフォリオで自滅、15年度は5兆円の赤字に
2016年4月24日 ニュース
「消えた年金」問題や「物価スライド見直しによる実質減額」など、国民はこれまでも年金に対する様々な不安を感じてきました。さらに今度は、この年金の運用成果の発表が、夏の参議院選挙前を避けて先延ばしされようとしています。
国民の年金積立金を管理運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の運用結果には、選挙前に出したくない「不都合な真実」があるようです。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)
プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
【関連】【年金】GPIFよ、おまえはアマチュアか? あり得ない運用成績隠し=江守哲
「年金損失が明るみに出れば7月参院選で不利」判断か
GPIF議事録「年に1回の報告だけに減らすべき」
昨年7-9月期にGPIFの運用は7兆8千億円もの損失を出したこともあって、15年度は年間でも大きな損失を出した模様です。
3月末の相場が確定すれば、時間をかけずに3月までの運用実績はわかります。これまでのスケジュールをみても、2か月後くらいには成果を発表していました。15年度分は5月末か6月初めには発表できるはずです。
ところが今回は参議院選挙後の7月29日まで発表を延ばす模様です。選挙前に年金が大きな損失を出したとわかれば、選挙戦で不利になるとの判断があったようです。
3月10日に開催されたGPIFの運用委員会の議事録を見ても、そもそも四半期ごとに成果を発表すると、損だ得だと言われるだけだから、年に1回の報告だけに減らすべき、との発言が見られました。
もともと年金は安全資産で運用していた
国民の年金積立金は、政府(厚生労働省)が集めて、そのまま支払いに充てているわけではありません。国民から預かった積立金を一旦プールしてこれを運用し、将来の支払い原資を増やそうとしています。
従来は安全資産としての財投債(財政投融資の貸付原資として使うために発行するもので、通常の国債とほぼ同じ物)で運用していたので、損を出して資産が減ることはまずありませんでした。
しかし、積立金の規模が大きくなったこともあり、2001年度から市場での運用を始めました。それでも3分の2は安全な国内債券で運用し、残りを株や外国資産に充てていました。
最初の2年はITバブルが弾けた時期でもあり、運用で損を出し、年金資産が減少したのですが、その後は徐々に成果を上げ、資産額が一時10兆円以上増えました。しかし、リーマン・ショックでまた資産が減る事態となったのです。
Next: 安倍政権の「株価押し上げ」八百長芝居に使われたGPIF
安倍政権の「株価押し上げ」八百長芝居に使われたGPIF
この100兆円をこえる巨大な年金ファンドに目を付けたのが安倍政権です。
かつて「上げ潮派」と言われ、成長重視で株価を上げ、支持率を上げたい安倍政権は、2014年からこのGPIFの運用比率を大きく変更し、従来よりも日本株や外国株、外国債券への運用を大幅に拡大しました。
アベノミクスに期待して株高、円安が進んだのですが、これをさらに押し進めるためです。
現在約140兆円もの資金を預かるGPIFは世界一大きな年金ファンドですが、この巨人が動けば、それだけで相場が動きます。市場では「プールにクジラを入れたようなもの」との例えまで出ました。
安倍政権はGPIFの運用改革を「成長戦略」の柱としたのですが、従来の国債での運用を半分の35%に減らし、国内株で25%、外国株で25%、外国債券で15%運用する「リスク型」に変えました。
これだけ巨大なファンドが大量に株や外国資産を買うと言うので、市場はクジラについてゆくコバンザメのように、一緒になって株を買い、円を売りました。
このため、2014年度は消費税引き上げで国内総生産(GDP)はマイナス成長となったのですが、その中でも株価は大きく上昇し、翌年には日経平均が2万円を超え、ドル円は125円台まで円安となりました。
GPIFは結局、安倍政権の株価押し上げ、円安促進の「エンジン」として利用された格好です。それで株価が上昇し、円安が進んだので、一時はGPIFの資産そのものも株高と円安のダブル効果で大きく増える形になりました。安倍政権になってから毎年10兆円以上の資産増が実現したのです。
ところが、「好事魔多し」と言います。15年度になって流れは一転します。
Nex
15年度は5兆円前後の赤字に
まず、昨年夏場から世界の市場が不安定になり、GPIFもこの嵐に巻き込まれました。中国上海の株価が急落した上に、人民元を大きく切り下げたことが、世界の市場に不安の連鎖を起こしました。
そこでは、日本も含め世界の株価が下落し、安全資産の円が買われ、円高となりました。その市場不安は、今年初めにもまた世界に広がりました。
そうなると、GPIFの運用を「リスク型」に変えたことが裏目に出ます。株価の下落、円高という状況に対して、運用資産の半分が株で、4割が円高に弱い外貨資産というGPIFの運用構成が、余計損失を大きくすることになったのです。
相場上昇下では儲けが大きい反面、相場が下げれば損も大きくなる「博打型」になり、その付けが回ってきた形です。
皮肉なことに、こうした嵐の中で、「株価押し上げエンジン」が使えないのです。日本株の運用は昨年末ですでに24%近くになり、運用枠の25%に達しつつあるため、ここからは大きく買い上げることができません。外国株や外国債券の買い増し余地もあまりありません。
巨大ファンドの買いで相場を押し上げていたのが、買えなくなると「エンスト」になります。
このため、今年1-3月分も、株価がこの間12%も下落したのですが、GPIFは株価を押し戻すことができず、株で4兆円近い損を出したと見られます。外国株では米国株が堅調だったのですが円高で目減りし、欧州株が下落したので、これも2兆円から3兆円の損となった模様です。
皮肉にも、運用を減らした債券が頑張り、国内債は金利低下、価格上昇で2兆円ほど稼いだようです。
外国債券は金利低下(価格上昇)で利益が出た半面、為替が円高となって利益の多くを打ち消してしまいました。
以上はGPIFの運用が指標平均並みとの前提で計算しましたが、この結果、1-3月の運用成績は4兆円から5兆円の損失となり、15年度全体でも5兆円前後の損失となった可能性があります。
Next: 今後も逆風が続く市場で、国民の年金資産に目減りリスク
今後も逆風が続く市場で、国民の年金資産に目減りリスク
GPIFへの逆風は昨年だけのものではなさそうです。今後もかなり厳しい運用環境が続き、我々の年金資産は目減りしてゆくリスクがあります。
その主な理由は、日銀や欧州中央銀行(ECB)が、マイナス金利策なども含めて、金融市場を異常な世界にしてしまったためです。
すでに日本やスイスでは10年国債の利回りまでマイナスになり、一般の投資家は買えなくなってしまいました。日本では個人向け国債の発行が取りやめになっています。
マイナス金利の国債に投資するということは、例えば金利ゼロで額面100円の国債を105円で買うようなもので、満期まで持っていると額面の100円しか返ってこないので、5円の損失になります。
それでも機関投資家などのプロがこの国債を買うのは、一段の金利低下で国債の値上がりを期待したり、日銀が高い値段で買ってくれるのをあてにしたりするためで、買った時より高い値段で売れればよいのですが、満期が近づけば、値段は確実に下がり、最後は額面の100になってしまいます。
安全資産のはずの国債が、今や売り場を逃すと確実に損をするリスク資産になりました。
言い換えれば、国債そのものが異常な価格に値上がりしていて、いわば「バブル」の状況にあり、その国債を買いにくくなった分、株などほかのリスク商品に投資をしてきたので、株も実体経済とのバランスを超えた「バブル」水準になっています。
つまり、日欧などの中央銀行が異常な金融緩和を続けているため、株も債券もバブルになっている可能性があります。
バフェット基準では株価はすでに「天井」
例えば、日本の東証一部上場の株式時価総額は4月21日時点で528兆円を超え、日本の名目GDPを超えています。米国の著名投資家、ウォーレン・バフェット氏は、株の時価総額がGDPの100%になると、これを「天井」とみて株価の過熱警報と見ます。
現在の日米の株価は、この「天井」に達し、過熱警戒警報が出ているような状況です。
この金融市場にバブルを生じさせている中央銀行の異常な緩和策について、米国がいち早く修正に乗り出しましたが、日欧は依然としてマイナス金利策を強化しようとしています。
そのために、貸出や債券運用で利益を上げられなくなった金融機関が利益を減じ、経営が圧迫されて金融仲介機能が十分果たせなくなりつつあります。
せっかく金融緩和しても、マイナス金利という異常な世界で金融が機能不全になれば、血の巡りが悪くなった身体と同様、経済の体力が弱ってきます。そうなると株も債券も下落し、バブルが弾けやすくなります。バブルが弾ければ、それらを大量に保有するGPIFなどの年金基金はさらに損失を拡大し、年金原資が細ります。
Next: 安倍政権の見栄と短期利益を優先した年金運用は失敗する
バブルが弾ければ経済に大きなダメージとなることは、20年前に日本は嫌というほど経験しましたが、金融政策で無理したつけは、バブルに手を染めていない一般の年金受給者など国民に回ってきます。
政権維持のために、金融政策に無理強いし、資産バブルを生みだした結果、所得格差、資産格差が拡大した上に、今後バブルが弾ければ、年金減額などの将来不安を生みます。
年金という国民の将来生活に深くかかわるものを、現政権の短期的な利益のために無理な運用をさせたことが、次の世代に大きな負担を負わせることになります。
安倍政権が隠蔽する「不都合な真実」
年金運用の損失発生は15年度だけでは済まない可能性があるのです。この「不都合な真実」を隠してもいずれわかってしまいます。
国民の年金を預かる立場の者は、その運用実態を国民に正直に正確に報告する義務があり、時の政権の「短期的な利益」でなく、長い目で見て国民の利益に供する努力が求められます。異常な金融市場にあっては、「博打に参加しない」判断も必要になります。
運用比率にこだわらず、嵐の中では「現金」で安全に逃げる柔軟性も必要です。国民の将来を担う年金の運用責任はそれだけ重いのです。
【関連】【年金】GPIFよ、おまえはアマチュアか? あり得ない運用成績隠し=江守哲
本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2016年4月24日)
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【年金】GPIFよ、おまえはアマチュアか? あり得ない運用成績隠し=江守哲
国民の大事な年金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が、今回の株安でパフォーマンスを悪化させたうえに、その運用成績の発表を政治的な都合により遅らせようとしています。ひどい話です。(『江守哲の「投資の哲人」~ヘッジファンド投資戦略のすべて』4月18日号)
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プロフィール:江守 哲(えもり てつ)
エモリキャピタルマネジメント株式会社代表取締役。慶應義塾大学商学部卒業。住友商事、英国住友商事(ロンドン駐在)、外資系企業、三井物産子会社、投資顧問などを経て会社設立。「日本で最初のコモディティ・ストラテジスト」。商社・外資系企業時代は30カ国を訪問し、ビジネスを展開。投資顧問でヘッジファンド運用を行ったあと、会社設立。現在は株式・為替・コモディティにて資金運用を行う一方、メルマガを通じた投資情報・運用戦略の発信、セミナー講師、テレビ出演、各種寄稿などを行っている。
GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)に運用者たる資格なし
株安で悪化、年金の運用成績
安倍政権の肝いりで始まったGPIFの株式中心の運用戦略。中心ではないのかもしれませんが、これまでの株式への投資比率を劇的に引き上げたことを考慮すれば、株式中心といってもよいでしょう。
しかし、今回の株安でその運用パフォーマンスが大きく落ち込んだとの試算がなされているようです。運用成績というのは、どの期間で見るかで変わりますので、いまの株安の時期だけをみると、パフォーマンスが悪化していることは明白です。
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これは、投資している対象の多くが、いわゆるパッシブ運用であることに起因します。つまり、上場投資信託(ETF)など株式指数に連動する投信に投資をしていれば、株式指数が下げると必然的に運用パフォーマンスも低下するからです。
これは市場任せの運用ですので、自分ではどうすることもできません。株価が下げると思えば、早めに投資を解約するしかありません。
ここには投資判断という、きわめて重い責任が入りますので、一般的には投資を開始した際に決めた比率を維持しながら、投資を継続するのが一般的です。その結果、相場が上下動しながらも長期的に良い運用成績になっていればよいわけです。
しかし、これも実際にどうなるかはわかりません。あくまで市場任せであることに変わりありません。
人為的に作られた相場の限界
やれることは、投資先の配分を見直すことぐらいです。自分で売り買いのタイミングを決められないので、投資対象の比率を変更することで、多少のパフォーマンス向上は可能です。しかし、これもどの投資対象が上昇するかを見極めるのは困難であり、実際には現実的ではありません。
安倍政権の肝いりで投資比率を変更したため、株価が上がってくれないと困るわけです。ですので、円安・株高誘導に必死になっているのですが、それでも残念な結果にしかなりません。所詮、人為的に作られた相場は長続きしません。
運用成績の発表遅延は意図的か
それ以上に問題なのは、運用成績の公表に関する政府の姿勢です。年度が3月末で終了しているので、本来であれば、発表すべき時期に来ているのですが、運用成績が悪いので、どうやら意図的に発表時期を遅らせているようなのです。
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GPIFの常識は世界の非常識
今回は、過去10年間のパフォーマンスの状況を詳細に公表するとのことで、その精査に時間がかかっているとしています。
しかし、そんなものは、最初から決まっているのであれば、すぐにできるはずなのです。
まして、運用というのは、保有している資産の現在価値を常に時価評価して把握しておくのが、運用の世界では常識です。このグローバルスタンダードと完全にかけ離れた、むしろ逆の姿勢で運用管理を行っているのがGPIFということになります。
私もヘッジファンド運用をしていたからよくわかるのですが、3月末時点の運用成績を7月末に出すなどというのは、運用者としてはあり得ないことです。
それは、意図的に遅らせているか、それとも運用状況を精査できないほど体制が貧弱であるかのどちらかです。もちろん、今回のケースは前者でしょう。
先が思いやられる年金運用の将来
国民の大事な年金が運用されているのですが、その運用成績の発表が政治的な都合で遅れる。ひどい話です。一般の運用業界の話であれば、即座に投資家は資金引き上げを行います。そのような運用者には、安心して資金を預けることはできません。
日本の年金運用の大本尊がこれではお話になりません。日本の年金運用の体制の将来が思いやられます。
日本の運用業界は世界に比べて大きく遅れています。そして、年金運用も同様というわけです。とても残念ですね。
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【最新号(4月18日)の内容】
◆マーケット・ヴューポイント~大局観は変わらず
・株式市場~想定以上に堅調な米国株
・為替市場~円高への動きが再開する展開を想定
・コモディティ市場~一旦調整の可能性も
◎今週の「ポジショントーク」~日経平均先物をショートは...
○ヘッジファンド投資戦略~「政治要因の重要性」-投資戦略構築のポイント
●マーケット・トピック~「GPIF」はプロの運用者か?-成績発表遅延は世界標準ではあり得ない
□マーケット人生物語~私の人生を変えたアノ事件
◇ベースボール・パーク~久しぶりのプロ野球観戦
次号は4月25日配信予定です。興味のある方はぜひこの機会に定期購読をお願いいたします。
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『江守哲の「投資の哲人」~ヘッジファンド投資戦略のすべて』(2016年4月18日号)より一部抜粋
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株式・為替・コモディティなどの独自の市場分析を踏まえ、常識・定説とは異なる投資戦略の考え方を読者と共有したいと思います。グローバル投資家やヘッジファンドの投資戦略の構築プロセスなどについてもお話します。さらに商社出身でコモディティの現物取引にも従事していた経験や、幅広い人脈から、面白いネタや裏話もご披露します。またマーケット関連だけでなく、野球を中心にスポーツネタやマーケットと野球・スポーツの共通性などについても触れてみたいと思います。
http://www.mag2.com/p/money/10248
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