友だちがいなかった99歳の女性が自殺 | 日本のお姉さん

友だちがいなかった99歳の女性が自殺

99才女性 「100才まで生きたくない」と自殺した裏事情
2016年04月11日 07時00分 提供:NEWSポストセブン

3月7日、多くの家庭に明かりが点り、家族揃って夕食の食卓を囲み始める夕暮れ時、神戸市の海岸にひっそりと女性の遺体が打ち上げられた。

お店もほとんどなく、夕方になると人通りも少なくなる海岸沿い。周囲には街灯がないため、夜には真っ暗になる。穏やかな波が打ち寄せるその場所で亡くなったとみられる女性の年齢は99才。死因は自殺と判明した。警察によると、現場付近の防犯カメラには、その日の午後、女性がひとりで歩く姿が写っていたという。

99才の女性は、どうして自ら死を選んだのか。

彼女の名は吉田美代子さん(仮名・享年99)。夫とは死別し、夫婦で暮らした兵庫県内の自宅で長らく1人暮らしをしていた。その住まいを訪れてみると、庭の槙の木もよく剪定されて丁寧な暮らしぶりがうかがえる。

「お子さんが2週に1回くらいは訪ねていらしたし、毎朝8時には電話をしてくれていたそうです。ときどきお子さんがおかずを持ってきてくれると話していましたよ。昨年は、3人のお子さんが白寿のお祝いをしてくれたって。紅葉の名所だっていう京都の永観堂へ、一緒に旅行もしたそうです。お子さんはみなさんご立派に成長されているし、年金もあって、経済的な不安だってなかったはずです」(近所に住む女性)

ゴミ出しで会えば気さくに挨拶を交わし、上品な印象の女性だった。身長150cmの小柄な体に真っ白なショートカット。おしゃれにも気を使い、近所の人に「今日の服、どうかしら?」と、見せてくれるような一面も。宅食サービスや訪問ヘルパーの利用はあったようだが、健康面でも特に問題はないように見られていた。

「吉田さんは公園でお散歩するのが日課でした。1周400mあるんですが、いつも3周ほどするんです。シャキシャキと歩いていましたよ。自宅との往復を合わせると3~4kmは運動していたんじゃないかしら。歩き終わると、みんなで集まっておしゃべりをしてね。活発で、80代の私たちよりずっと、足腰も丈夫でいらっしゃいましたよ」(公園を歩いていた80代の女性)

家族仲も良好、お金の不安もなく、健康そのもの。ご近所とのつきあいも活発で、傍目には“幸せな老後”に感じられた美代子さん。しかしその口癖は「100才にはなりたくない」だったという。

「思えば、『100』にすごくこだわっていましたよね。何年も前から、『100までなんて生きたくない』『こんな長生きしてカッコ悪い』と漏らしていたし。“おばあちゃん”なんて呼ぶと、怒られました。デイサービスでは美代子さんの長寿にあやかろうとみなさんに体を触られることもあったようなんですが、嫌がっていましたね」(前出・近所に住む女性)

長寿で市から表彰されたこともあまり喜ばしそうではなく、周囲が「ギネスブックに載るくらい長生きしてくださいよ」と言っても、困ったように「早く死にたいよ」と答えていたとの証言もあった。

彼女を知る人は皆、冗談かと笑って聞いていただけに、その死に驚いている。ただ、改めて振り返ってみると、美代子さんは、昨年12月に99才になってから、その言動に明らかな異変があったようだ。

「予兆というか、確かに死の準備をしていたように思うんです。業者を呼んで家の中のものを整理していたりね。亡くなる10日前に『重くて運べないから手伝って』と言われて、ガスヒーターを外まで運びました。2月でまだ寒いのに大丈夫かなぁと心配していたんです。ずっとタイミングをみていて、生きるのは100才になる直前までって決めていたのかなぁ…」(近所に住む男性)

なぜ美代子さんはそれほどまでに「100才」と「長生き」を否定していたのだろうか。もうひとつの口癖、「友達がいない」は、聞き逃せない言葉だ。前出・近所に住む男性が言う。

「孤独なイメージはなかったけど、やっぱり同じ年頃の友達はいなかったんじゃないかな。10年くらい前までは同年代の仲間とゲートボールをしていたのに、みんな亡くなったり、病気になったりして解散しちゃったんだよね。ひとりでウオーキングするようになったのもそれからかな」

公園仲間の、前出・80代女性は、美代子さんを慕っていたけれど、埋められない年の差があったと話してくれた。

「やっぱり年代が違うからかしらね、話が合わないこともありました。些細な話しかしてないから具体的には思い出せないんだけど、そんな些細な話でも合わないなと思うくらいですからね。吉田さんも同じように思っていたのかもしれません」

都内に住む80才主婦はこの話を聞いて、「すごくわかります」とうなずいた。

「夫がいなくなるより、同年代のお友達がいないほうがさみしく感じるんですよね。最近は喪中のはがきが届くたびに、『あぁまた、お友達がいなくなってしまったわ』と落ち込みます。この穴は子供や孫でも埋められない。なんだかひとり取り残されてしまったような孤独を味わいます」

※女性セブン2016年4月21日号
http://news.ameba.jp/20160411-164/

浦島太郎が、竜宮城から自分の村に帰ってきたら、竜宮城での時間軸とこの世の時間軸の差で意外と時間がたっていた。
浦島太郎の知っている人はみんな死んでいて、まるで未来の世界にポツンと入り込んだようになってしまった。

子供の時に、このおとぎ話を読んだ時は、恐かった。こんな恐い話は無いと思った。

お父さんもお母さんも友だちも遠い昔に死んでしまって、海も空も砂浜もそのままだけれども、住んでいる人間が
入れ替わってしまった。建っている家も違う。村はあるけれども、知っている村ではない。これは、キツイ。
考えてみたら、SF的な話だ。シュールな話である。

浦島太郎は、パニックに陥ったのか、乙姫さまがくれた開けてはならない玉手箱を開けてしまった。
玉手箱を開けると白い煙が出てきて、たちまち浦島太郎は白髪のお爺さんになってしまった。
地上と竜宮城の時間軸の差を埋めるべく110歳ぐらいのお爺さんになって直ぐに死期が来たということではないか。

孤独に耐えて新しい人生を歩むよりも、死ぬのもまた良いことだということなのか。
せっかく、亀を助けてあげたのに、そのお礼がこれかと子供心に恐くなった。
なんで、乙姫さまは、そんな危険な玉手箱を浦島太郎に渡したのだろう?
「絶対に開けるな」と言われると開けてしまうのが人間ではないか?
元々、お礼に竜宮城に連れて行かれるというのが、有難迷惑というものだ。
もしかしたら、乙姫さまは、浦島太郎にはずっと竜宮城にいてもらいたかったのに、浦島太郎が
やたら帰りたがるから仕方が無く送り返したということか。一度、地上に帰ったら、また竜宮城に戻ることはありえなかったのか。
もしかしたら、玉手箱を開けなければ、また、戻ることはできたのか。
たいやひらめの踊りより、乙姫さまより、お父さんやお母さんや友達がいる普通の暮らしに戻りたかったんだよね。
人間って、どこにいても満足できない生き物なんだということでしょうか。

子供の時に、おとぎ話とはいえ、浦島太郎の境遇には痛く同情したことを思い出した。


知っている人がひとりもいない場所に住むということは、心底孤独なものなのかも。
家族が2週間に1回来てくれても、毎朝、モーニングコールしてくれても、時々、おかずを持ってきてくれても、
経済的に不自由していなくても、体も健康でも、心の中には、耐えがたい孤独感があったのかもしれない。

だったら、100歳ぐらいのお年寄りだけで年に4回集まって話し合うような会合を作ってやればよかったのか?

まだまだ生きれたのに、なんで99歳で自殺してしまうのだ?
人間って、本当に複雑な生き物だと思う。

伯母さんがわたしの母が天国に行った時に、昔の思い出話をして一緒に笑いあえる人がいなくなって寂しいと言っていたっけ。
思い出を共有する人がいないって、寂しいことなんだ。
人間とは、過去の思い出の記憶でできあがっているようなもんだからなあ~。
過去の思い出を失くしたら、違う人になっちゃう。

長年連れ添った伴侶や、古くからの友人は、気が合うということよりも、
同じような時代を生きているから、いつでも思い出を語り合える関係だということに価値があるのかも。

あと、99歳の人には、もうすぐ100歳などと繰り返し言わないことだね!
なんだか100歳が特別なことになってしまって、生きるのが嫌になるのかもしれないね。

神さまがくれたいのちなんだから、いのちある限り、生きようと努力しないとダメだよ。


なるべく、同世代の人たちと過ごせて、思い出話ができるようにして、
お年寄りが孤独を感じないようにしないとダメだね。