江戸しぐさは、歴史学的には、何の証拠もありません。 | 日本のお姉さん

江戸しぐさは、歴史学的には、何の証拠もありません。

「江戸しぐさ」はやめましょう。:何が問題か。なぜ広がったか。
碓井真史 | 新潟青陵大学大学院教授(社会心理学)・スクールカウンセラー
2015年6月26日 7時30分

■江戸しぐさとは

江戸の町民たちが行っていた、日常生活のマナーだそうです。NPO法人「江戸しぐさ」理事長 越川禮子さんが、主張しています。傘かしげ、肩引き、時泥棒、こぶし腰浮かせなど。公共マナーのポスターになったり、公共広告機構(ACジャパン)に取り上げられたり、道徳の教科書にまで載っています。

■TBSの「NEWS23」でも話題に

6月25日のTBSテレビ「NEWS23」でも話題になっていました。歴史の研究家らにインタビューして、江戸しぐさの矛盾点を指摘していました。偽史についての本を書かれている原田実先生も、江戸しぐさの問題を語っています。

原田先生は、関連本も出されています。『江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統 (星海社新書) 』

江戸しぐさに関する歴史的資料は何もありません。なぜ何もないかといえば、「江戸っ子大虐殺」があって資料が全て焼き払われ失われたと、NPO法人「江戸しぐさ」理事長 越川禮子さんは説明します。資料は失われたけれども、口頭による伝承だと説明します。

歴史学者によれば、そんな虐殺が行われた証拠は何もありません。番組としては、江戸しぐさに関して「疑問がある」という少し大人しいスタンスでしたが。

■TBSの「NEWS23」では説明されませんでしたが

明治新政府による江戸っ子大虐殺が起き、江戸しぐさを伝えるものは、ことごとく抹殺されます。その中で、どうしてNPO法人「江戸しぐさ」理事長 越川禮子さんには、江戸しぐさが伝わったのか。そこには、劇的な物語があります。

ごくわずかな生き残りが、様々な困難を乗り越えて、江戸しぐさを伝え、理事長の越川禮子さんに伝わりますが、そこには歴史上の有名人や大きな組織が登場し、秘密結社なども現れます。

とてつもない裏の歴史、ものすごい隠れた真実であり、これが本当なら、越川理事長は非常に特別な存在ということになります。

ただし、歴史学的には、何の証拠もありません。

■江戸しぐさはなぜ広がったか

「江戸しぐさ」。なかなかすばらいネーミングです。そのマナー自体は、悪いことではないでしょう。マナーといったものは、法律や数学ではありませんから、絶対的なものではありません。しかし、マナーを教えたいとは思います。効果的に、感動的に、興味深くマナーを教えるための道具は何かないかと思っていた時、「江戸しぐさ」に出会ったのでしょう。江戸しぐさは、誰かに伝えたくなる、「イイ話」でした。

原田実先生の本によれば、江戸しぐさが最初に世に出たのは、1981年読売新聞の「編集手帳」だそうです。これをきっかけに、徐々に広がっていったようです。歴史学者が取り上げたわけではありませんが、ちょっと良い話として広まっていきます。新聞に載ったのですから、信頼できる話とみんなが思ったことでしょう。

歴史的検証がされることもなく、とても奇妙な物語が語られていることが確かめられることもなく、広まっていきました。

難しい歴史学的検証は素人にはできなくても、奇妙で壮大な物語を聞けば、おかしいとは思えるはずなのですが。ただ、歴史に関する都市伝説を明確に否定するのは、簡単ではありません。

■都市伝説とデマうわさと反論

世の中には、様々な都市伝説があります。

フリーメーソン陰謀論の心理:テンプル騎士団、薔薇十字団、イルミナティ、都市伝説を信じる理由と危険性

都市伝説の見抜き方:東大卒業式の式辞を実践してみた:安易に拡散リツイートしないためのネットリテラシー

昔懐かしい「口裂け女」とか「人面犬」なら、子どもだましとわかります。まだ元気な芸能人なのに死んだというデマが流れることもありますが、それなら本人が出て来れば、すぐに解決です。

しかし、反論に手間がかかるものもあります。

テレビドラマ「水戸黄門」の「うっかり八兵衛」が、ドラマの中で「ファイト!」と言ったという話があります。これが嘘だと個人で確かめるのは、大変です。もしかしたら、言ったかもしれません。

八兵衛役の高橋元太郎さんは、インタビューに応じて、そんなことはないと答えています。さらに、全話を確認したところ、そんな事実はなかったそうです。

さらに、歴史的なことになると、確認はいっそう困難です。

お笑い芸人8.6秒バズーカーのラッスンゴレライは「落寸号令雷」という原爆投下の号令だという作り話も広まりました。「落寸号令雷」が原爆投下の号令などとは、聞いたことがないと、研究者がインタビューに答えていました。ただ、その研究者が真実を知らないのだと反論することもできるでしょう。

何かがあることを証明することはできても、ないことを証明することは、なかなかできません。フリーメーソンやイルミナティが歴史の中で暗躍していたといった陰謀論、都市伝説はなかなかなくなりません。

■専門家はなぜ反論しないか

これらのことに、歴史学者や学会がきちんと反論してくれれば良いのですが、学者や学会はそんなことはしません。専門家から見れば、あまりにも馬鹿げたことなので、そんなことに反論しても研究論文になりません。学問的業績になりません。しかも、研究者同士なら議論もしやすいのですが、学問的常識がなく、都市伝説を信じ込んでいる人を納得させるのは、とても大変です。

研究者は、せいぜいインタビューに答えてて、そんなことはありませんねと語る程度です。あるいは、プロの研究者ではない作家(文明史家)の原田実先生のような方が、使命感をもって解説本を書いてくれるわけです。

■都市伝説の快感

世界は複雑です。それをある種の陰謀論で説明できれば、シンプルです。人は、このようなシンプルな説明を求めてしまいます。また、学者もマスコミも知らないことを自分だけが知っていると思うのは、気分が良いことでしょう。

あるいは、何かうまくいかないことを、全部世界を裏で支配する秘密結社のせいにしてしまえば、心は楽になるでしょう。

しかし、そんなことをしていても、本当の問題解決はできません。

■子どもたちに教えるべきこと

「学校の怪談」は、面白い話です。しかし、良い言葉をかければ綺麗な結晶ができるとか、秘密結社による陰謀論や、江戸しぐさとか、学問的に明らかに嘘の話を子どもに伝えてはいけません。おとぎ話にもメルヘンにもなりません。学問的には、「その証拠はない」としか言えませんが、子どもたちに学問的、科学的なリテラシーを身につけませましょう。

STAP細胞は、本当はあるのかもしれません。たしかに、可能性は0ではありません。しかし、STAP細胞も常温核融合も、世界中の科学者がこれ以上莫大なお金と時間をかけて研究する意味はないと判断しました。

世界は驚異にあふれたワンダーランドです。子どもたちは、世界を見て、科学や歴史を知って、知識を深め感動し、さらに真実を目指して歩んでいくでしょう。常識を破る、パラダイムの大変換もいつか起こるでしょう。子どもたちには、チャレンジし続けて欲しいと思います。だから、怪しげな都市伝説に振り回されて、間違った世界観の中で、無駄な労力を使わせるわけにはいかないのです。

まず私たち大人が、誤った都市伝説や陰謀論に振り回されない手本を示しましょう。

*関連「人はなぜ嘘(流言・デマ・都市伝説)を信じてネットで拡散させるのか:ネットデマの心理学」(Yahoo!ニュース個人碓井真史)

碓井真史
新潟青陵大学大学院教授(社会心理学)・スクールカウンセラー

東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院博士後期課程修了。博士(心理学)。新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。スクールカウンセラー。テレビ新潟番組審議委員。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。HP『こころの散歩道』は総アクセス数5千万。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「とくダネ!」「ミヤネ屋」「ホンマでっか!?TV」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』など。監修:『よくわかる人間関係の心理学』など。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/usuimafumi/20150626-00046971/

人はなぜ嘘(流言・デマ・都市伝説)を信じてネットで拡散させるのか:ネットデマの心理学
碓井真史 | 新潟青陵大学大学院教授(社会心理学)・スクールカウンセラー
2015年6月27日 16時50分

■人身事故の原因は「歩きスマホ」?
先日ネット上に拡散した「事故の原因は歩きスマホ」について、産経新聞から取材を受けました。

新潟青陵大学の碓井真史教授(社会心理学)は「自分が怖いとか、有益だと感じているものには思い込みも入りやすく、『ほらね』と飛びつき、何かを言いたくもなる」と指摘。
「立ち話のようなネット利用ではなく、少し慎重に情報を扱わないと、今後も重大な人権侵害やパニックを引き起こす恐れがある」と話している。
出典:なぜ?ネットに誤情報拡散 人身事故の原因は「歩きスマホ」 産経新聞 6月27日

■流言・デマが広がる条件

流言とは自然に広がる不確かなうわさ、デマとは誰かが意図的に広げる作り話ですが、区別しないで使われることもありますね。
1.重要であること。命や財産、政治、いつも使っているネットのツールやお店のことなど、その人にとって重要なことであるほど、流言やデマは発生しやすくなります。
2.あいまいさ。はっきり分かってれば良いのですが、良く分からないことに流言やデマが発生しやすくなります。今、起きたばかりで、正式な発表も大手マスコミの報道もない状態も、あいまいな状態です。
3.不安。人々の不安が高いほど、流言やデマは発生し、広がっていきます。

■人は、自分の心に合った情報を集める
なぜ災害発生時には、わざわざ怖い話が広がるのでしょうか。それは、人間が自分の心と現実を一致させようとするからです。「人は怖いと感じている時には、怖がってよい「事実」が欲しくなります」(人は世界を見たいように見ている:嘘を信じる、デマを流す「原因帰属理論」「認知的不協和理論」の心理学:Yahooニュース個人有料)。

誰かを憎めば、その人の悪い情報が欲しくなります。誰かが好きなら、良い情報が欲しくなります。人は、自分の考えにあった情報を探し出します。どんな情報も、自分の心に合うように解釈してしまいます。

「歩きスマホは危ない」と思っている人は、「歩きスマホで死亡事故」という情報に素早くアクセスします。近頃の若者のマナーはなってないと不快に思っている人は、「江戸しぐさ」の話に飛びつきます。

■流言、デマが広がる心理
1.情報欲求の高まり。人は、いつも情報を欲しがります。新しい情報を欲しがります。不安が高まった時や、状況が大きく変わった時は、なおさらです。
2.伝達欲求の高まり。人は自分が知った新しい情報を人に伝えたいと思います。おしゃべりは楽しいですし、新しく役立つ情報なら、その人のためにもなります。新しい情報を持って伝える人は、人から高く評価されやすくなります。
3.不安感情の正当化。帰宅途中に交通事故など目撃すれば、興奮して家族に話すでしょう。情報を伝えたいと思いますし、話すことで自分の恐怖や不安が下がります。
4.興奮状態によるチェック不足。感動であれ、驚きであれ、強い感情がわくと、冷静に真偽をチェックできなくなります。

■インターネットで流言、デマが広がる理由
ネット以前であれば、口コミでゆるやかに広がりました。ネットが誕生しても、最初はみんながホームページを持っていたわけではありません。またサイト更新は、ちょっと面倒です。手間がかかるということは、時間がかかって冷静になり、チェックもしやすくなるということです。

ブログが登場して、更新は楽になり、ユーザーも増えました。でも、タイトルを考えるだけでも、一手間はかかります。1行、2行の新しいページもあまりないでしょう。

ツイッターは、タイトルもいらず、1行でも十分です。気軽に投稿できます。さらに、いつも持ち歩くスマホなら、ちょっと知った情報をいつでもすぐに投稿できます。

インターネットは、世界に開かれた場です。ところが、インターネットはとても個人的な場に感じます。まるで友達とおしゃべりするようにツイートし、リツイートし、誤った情報でもみるみる拡散していくのです。

都市伝説の見抜き方:東大卒業式の式辞を実践してみた:安易に拡散リツイートしないためのネットリテラシー
碓井真史
新潟青陵大学大学院教授(社会心理学)・スクールカウンセラー
東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院博士後期課程修了。博士(心理学)。新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。スクールカウンセラー。テレビ新潟番組審議委員。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。HP『こころの散歩道』は総アクセス数5千万。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「とくダネ!」「ミヤネ屋」「ホンマでっか!?TV」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』など。監修:『よくわかる人間関係の心理学』など。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/usuimafumi/20150627-00047015/


「まず私たち大人が、誤った都市伝説や陰謀論に振り回されない手本を示しましょう」

でも証拠があったら信じよう。信じたくないことであっても。