タイ政府は中国籍(ウィグル自治区から逃れてきた人々)、107名を中国に強制送還させていた | 日本のお姉さん

タイ政府は中国籍(ウィグル自治区から逃れてきた人々)、107名を中国に強制送還させていた

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成27年(2015)7月10日(金曜日)弐
通算第4595号

アンカラのタイ大使館にウィグル人が抗議デモ
通行中の中国人女性が怪我、北京に屈したタイに強く抗議
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トルコの首都アンカラにあるタイ大使館前が突然、ウィグル人とみられる集団に囲まれ、抗議集会とデモが行われた。7月9日である。

タイ政府は南部に逃れてきたトルコ人をなのる数百名を難民テントに収容後、明らかにトルコ籍とわかるウィグル人170名をトルコへ出国させたが、中国籍(ウィグル自治区から逃れてきた人々)、107名を中国に強制送還させていた事実が判明し、
「ファシストに同胞を売り渡したタイは、北京の圧欲に屈したのだ」として厳重に抗議した。

たまたま通行中の中国人と見られる女性を捕まえて暴行を加えようとしたので、警察が介入し、保護した。被害にあった女性は中国人ではなかったらしい。
(ヴィデオは下記に)
http://www.hurriyetdailynews.com/video-pro-uighur-group-in-ankara-attacks-asian-tourist-presumed-chinese.aspx?pageID=238&nID=85222&NewsCatID=341

世界の人権団体は「強勢創刊をすると中国ではまともな裁判も開かれず死刑にすることもあり、断固人権を守るべきだ」とタイ政府に要望書を提出していた。直接行動のほか、世界人権ウォッチなど人権擁護団体は、こんかいのタイ政府の措置に不満と抗議声明をだした。

中国共産党のウィグル自治区における弾圧と強権政治は、多くのウィグル人の反撥をよび、世界的な反中運動の広がりを見せている。とりわけ亡命ウィグル人が多いのは米国とトルコ、ドイツである。

ワシントンの世界ウィグル会議(ラビアカディール女史が代表)は穏健路線だが、ミュンヘンとイスタンブールに本部をおくウィグル独立運動の諸団体のなかには「実力行使」も辞さずとするグループもあり、概括的にみてもウィグル運動は世界に12か、13の組織がある。その一部にはISILに合流した過激派もいるうえ、アラブ世界、とりわけイスラム国家の多くから同情を集めている。

◆書評 ◇しょひょうジ
ェラルド・ホーン著、藤田裕行・訳、加瀬英明・監修『人種戦争』(祥伝社)
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著者はヒューストン大学教授。原著の題名は[RACE WAR]で主な着眼点は、日本軍が英国の白人優位植民地をいかに破砕していったか、その過程でアジア・アフリカ諸国の虐げられた人々が人種差別の桎梏からいかに立ち上げる過程を造ったか、というポイントである。
白人のアジア支配は残酷かつ冷血だったが、基本になるのは人種差別だった。
白人優越は、徹底しており、純血の白人以外は人間扱いされなかった。だから日本兵を捕虜にして両手を挙げてでてきても、かれらは平然と機関銃で撃ち殺した。人種差別意識の驕慢を破壊し始めたのは、日本だった。
1941年、香港。日本軍が上陸して英国人支配の香港をがらりと変えた。白人優越の世界を日本軍が変えたのだ。
本書は白人がけっして語らなかった歴史の裏面、アジアからアフリカにかけて、白人が何をしたか、貴重な文献、取材を通してまとめた珍しい本である。
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1265回】
――「市店雜踏、穢臭衝鼻、覺頭痛??」(岡6)
岡千仞『觀光紀游』(岡千仞 明治二十五年)


岡は反論を記した。そうはいうが「中人」は地面に着きそうに長い弁髪なるものを垂らし、「毒烟(アヘン)」を嗜み、「食色」に淫し、婦人は纏足で、家には厠がない。街路は車馬が通れないほどに狭いではないか。自分たちの常識・基準で相手を批判すべきではない。そもそも日本と「中土」とは「同文」で隣同士だが、風俗というものは異なっていて当たり前だ。欧米なんぞは遥かに遠く、民族の種類が違うし、宗教も文字も全く相反している。だが最近は世界中が往来し、互いに友誼を結ぶようになった。「此れ、眞に宇内(せかい)の一大變(さまがわり)だ」――もう世界は変わったんだから、いつまでも自分たちの価値基準を絶対視し、それでもって他国や他民族の風俗習慣をとやかく論難すべきではない、というのだろう。やはり岡も、「中人」が万古不易に盲信する超自己チューにクギを刺す。

岡は杭州に夏の暑さを避けるため、6月末から8月の半ば過ぎまで杭州に「小住」する。寺廟や景勝地を訪ね友人との往来を愉しんでいるが、興味深い記述の数々を綴っていた。

夜、街を散歩し、乞食の硬直死体やら首枷を嵌められた犯罪者を目にする。犯罪者は道の傍らに蹲り、通行人に銭を乞い腹を満たそうとする。「恬として羞色無し」と。恥を知れ恥を、である。

杭州の一角には慈善家が資金を提供して運営する善済堂という施設があり、1000人ほどの身寄りのない60歳以上の男を収容している。5人1部屋で、食事は「一飯一味」。寺院の斎堂のようなものだ。日を定めて酒と肉を提供し、「剃髪湯浴醫藥」については専門の担当者を置く。庭には仏堂があり、仏道の修業をする。求めに応じ冬には綿入れを、夏には暑さを避けために敷いて寝るゴザと団扇を給付する。欠員が生じると、抽選で補充する。この他に、「貧民棄兒」を養うための育嬰堂、「節を守る」がゆえに生活に困窮する未亡人を収容する清節堂がある。これら施設を指し、岡は「此等、歐俗に類す」と。

杭州に来たら岳飛廟参詣は定番コースである。岳飛は宋代の将軍で侵略を繰り返す異民族と戦った“永遠の民族の英雄”とされ、その傍らには異民族には戦でなく和議で臨むべしと唱えたが故に“永遠の漢奸”とされる秦桧と王夫人の銅像がある。2体は地上に倒され、参詣者から降り注がれる小便で、「臭氣、鼻を撲つ」と。岳飛廟詣での際、憎しみの余り小便をかけるといわれているが、さて衆人環視のなかでイチモツを引っ張り出して事に及んだのだろうか。まさか、現在では、そうはしていないと思う、いや思いたいのだが・・・。

夜、ある僧侶と一刻を過ごした後、「歸途、月に乘りて市街を徘徊す。烟店を過ぎる毎に臭氣、鼻を衝く。曰く、杭一城、烟を業とするもの、千餘戸を下らず」。杭州だけでも千軒を超えるアヘン吸引宿があったというのだから、これはもう処置ナシ。

友人宅で山海の珍味で持て成される。宴終わるや蒸しタオルでサッパリし、お茶を愉しむ。別室には必ずアヘンが用意され、2人で顔を見合わせ、アヘンを吸いつつ会話を交わす。「此れ、常法と爲(な)る」。そこで岡は、アヘンの毒は人命を縮め国力を殺いでしまうから、如何なる理由があれ「苟も人心有る者は」アヘンを吸うべきではないと痛罵する。

すると岡の説を「悦ばざる」友人が、アヘンは「中土」では一般の風習となっているから、「聖人、再び生まれたと雖も、復た救う可からず」と反論してきた。そこで岡は「衷心由りの言に非ざると雖も、亦、以て其れ弊害を成すこと、一に此の極みに至るを知る可し」と。つまり真顔で言っているわけでもなかろうが、この種の軽口を叩くこと自体、アヘンの持つ害毒を軽々しく考えている。もはや救いようがないとでもいいたかったはずだ。アヘンの弊害について、怒りを込めて記しはじめた。
やや長くなるが、当時の日本人の中国観の一端を知ることができそうなので、岡の主張に耳を、いや目を向けてみよう。
《QED》
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(読者の声1)貴誌前号、上海株式大暴落の分析、ひじょうに読み応えがありました。それにしても、一部の評論家は裏にアメリカの機関投資家、ファンド筋がいる、これはアメリカを怒らせた中国へ、アメリカが仕掛けた謀略に基づく金融戦争だと言っていますが、先生の分析は、このポイントがありませんでした。
如何でしょう?
(JJセブン)

(宮崎正弘のコメント)上海株式大暴落は中国の「自業自得」であって、アメリカの報復的陰謀だというのは、まるで他人に責任をおしつけようとする中国共産党の言い分と似ていませんか?
アメリカのファンドも日本と同様に香港での取引が主体です。上海で外貨建て取引が出来るのは例外的ですが、それをやっている「外国勢」というのは在米華僑、華人、そして香港にいる太子党筋のファンドが主役です。
欧米ファンド筋のなかは、これをチャンスに荒稼ぎをするところもあれば、大損失をだしているファンドもあるでしょうね。彼らは一枚岩ではなく、したがって陰謀説は成り立ちません。