パルミラ遺跡はすでに破壊されているという事実 | 日本のお姉さん

パルミラ遺跡はすでに破壊されているという事実

遅きに失した遺跡保護の叫び
Heritage in Danger
ISISの暴挙で注目される世界遺産の悲劇。シリア内戦が引き金で破壊と略奪の標的に
2015年6月9日(火)11時21分
ティモシー・マグラス
甚大な喪失 パルミラ遺跡をはじめ文明の貴重な記録が危機に直面している Khaled
al-Hariri-REUTERS
シリア中部のパルミラ遺跡は、この国で起きる惨事のすべてがテロ組織ISIS(自称イスラム国、別名ISIL)だけの仕業ではないことを、あらためて思い出させる。
ISISは征服した地域で遺跡の破壊や略奪を繰り返し、宗教的な偶像破壊だと主張している。イラク北部のモスル博物館や古代アッシリアのニムルド遺跡など、数多くの文化遺産が標的になってきた。
2?3世紀に商業都市として栄えたパルミラは、古代ローマの神殿や列柱など数多くの遺跡が残っており、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産にも登録されている。しかし先週、ISISはパルミラを制圧したと宣言。貴重な遺跡の命運を、世界中が案じている。
ISISは2月に、モスル博物館で大型ハンマーや電動ドリルを使って収蔵品を粉々にする映像を公開した。今回も似たようなプロパガンダ映像が流されれば、世界中のメディアがパルミラ制圧のニュース以上に注目するだろう。そして、ISISの行為が世界の怒りを駆り立てるほど、彼らは同じことを繰り返す。
ただし、パルミラについて、多くの報道が言及していない事実がある。この地にISISが侵攻する前から、遺跡はシリアの内戦によって破壊されていたのだ。
ISISがブルドーザーでパルミラの神殿をなぎ倒したとしても、その壁や柱は既に深刻な損傷を受けている。4年に及ぶ激しい内戦は、ISISが関与するまで、国際社会からあまり注目されていなかった。私たちはもっと早く、パルミラの古代遺跡の危機を直視するべきだった。
政府軍の軍事拠点と化して
13年4月に、バシャル・アサド大統領を支持するシリア政府軍と反体制派の戦闘によって、パルミラの遺跡が破壊されていると報道された。反体制派が遺跡の周辺や内部に攻め入り、政府軍がロケット弾や迫撃砲、砲弾などで迎撃したという。
シリア文化省文化財博物館総局のマムーン・アブドルカリム総裁は当時、政府軍を含むすべての勢力に対して遺跡から距離を置き、「(遺跡が)どちら側からも標的にならないように」求めたと語っている。
ユネスコも2年以上前から、パルミラ遺跡の状況に警鐘を鳴らしてきた。ユネスコが「シリアの砂漠のオアシス」と呼ぶパルミラは、13年から「危機遺産リスト」に記載されている。
昨年1月に提出された世界遺産の保全状況に関する報告書で、シリア文化省はパルミラ遺跡と周辺地域の内戦による被害状況を説明している。それによると、ベル神殿の近くにあるヤシの木立の周辺は特に損傷が激しく、神殿の壁や玄関屋根の柱に砲弾や銃弾の跡が多数確認された。一部の柱が倒壊し、窓や石に焼け跡もあった。
ただし、報告書はシリア政府の報告に基づいている。ユネスコの専門家は11年3月以降、現地に近づくことができず、被害の全貌は明らかになっていない。しかしユネスコは、衛星写真などの資料から、シリア政府が現在もパルミラ遺跡を軍事作戦の拠点に使っていると考えている。
遺跡を破壊するのは、砲弾や戦車だけではない。戦闘の影響で、考古学的に貴重な遺物が、いわば略奪し放題なのだ。昨年の保全状況報告書でも、パルミラ遺跡の墓地の谷やディオクレティアヌス城砦で、重機まで使った大掛かりな略奪が横行していると指摘されている。
ユネスコは先週、ISISがパルミラを制圧したことを受けてビデオで声明を発表。イリナ・ボコバ事務局長は、パルミラ遺跡の破壊は「戦争犯罪というだけでなく......人類にとって甚大な喪失だ」と訴え、モスルやニムルドで行われた略奪にも言及し、パルミラの事態の進展を「極めて憂慮している」と述べた。
一方でボコバは、シリア政府軍に対して以前から、遺跡周辺の軍事作戦を中止するように要請していたことにも触れた。「残念ながらこの2年間、(遺跡は)打撃を受けてきた。パルミラは軍事キャンプと化している」
ISISが古代文明の象徴を喜々として破壊していることは確かだ。しかし、彼らがパルミラで人類の歴史の足跡をまた1つ消し去るとしても、シリアの内戦が4年前に始めた破壊行為を完了させるにすぎない。
From GlobalPost.com特約
[2015年6月 2日号掲載]
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2015/06/post-3683_1.php