歴史問題では明確な“ジェスチャー”が必要- ジャーナリストで作家のリチャード・マクレガー氏と国際 | 日本のお姉さん

歴史問題では明確な“ジェスチャー”が必要- ジャーナリストで作家のリチャード・マクレガー氏と国際

安倍訪米は成功だった
歴史問題では明確な“ジェスチャー”が必要
――リチャード・マクレガー ウィルソンセンターフェロー
週刊ダイヤモンド編集部
2015年5月11日
リチャード・マクレガー(Richard McGregor)
ジャーナリスト、作家。オーストラリア、シドニー生まれ。現在は米ワシントンDCにあるシンクタンク・ウィルソンセンターのフェローとして日中関係の研究に勤しんでいる。2000年、フィナンシャル・タイムズ上海支局駐在を皮切りに、中国支局長を勤めるなど約20年間、北東アジアでジャーナリストとして活躍。日本や台湾、香港にも駐在経験を持つ。近著に『中国共産党 支配者たちの秘密の世界』(草思社)。
著者・コラム紹介バックナンバー
ジャーナリストで作家のリチャード・マクレガー氏と国際コラムニストの加藤嘉一氏
Photo:DOL
4月26日から8日間の日程で訪米し、バラク・オバマ大統領との会談や米議会上下両院合同会議での演説などをこなした安倍晋三首相。戦後70年の今年は新たな談話の発表を予定しており、演説で歴史についてどのように触れるのか、特に注視し続けている中国、韓国両国だけでなく、日本国内、欧米からもその言動に注目が集まっていた。在米日中米関係の専門家は安倍訪米をどのように見たのか。本サイトでも連載を持つ国際コラムニストの加藤嘉一氏が、ジャーナリストで作家としての顔を持つリチャード・マクレガー氏に話を聞いた。(まとめ/週刊ダイヤモンド編集部 片田江康男)
「日本を取り戻す」ときの
唯一の障壁が歴史認識問題
加藤 2015年は日米中関係を考える上で重要な年です。4月末には日本の安倍晋三首相が訪米し、9月には中国の習近平国家主席も訪米します。マクレガーさんは昨今の日米中関係をどのようにご覧になっていますか?
マクレガー 安倍首相とオバマ大統領の間には、“ケミストリー”が不十分な状態が長く続いてきました。お互いにとっては不本意であり、心配事の一つだったと思います。日米関係を構成する要素はたくさんありますが、ここ最近では安全保障と経済貿易の要素が目立ち、課題として浮上してきていました。
加藤 ホワイトハウスの関係者と日米中関係について議論したとき、「安保やTPPの問題が歴史問題にハイジャックされている。安倍首相の歴史問題に関する発言が安定感を欠いていて、次に何が起こるのか、どんな言葉を発するのか予測が難しい」と漏らしていました。
ここワシントンDCでは、米国がアジア太平洋地域でのリバランス政策を成功させるためには、同地域でもっとも重要なパートナーである日本の協力が不可欠だが、日本が中韓との間で抱えている歴史問題が、米国にとって負担になっている、という主張をする人が少なくありません。
マクレガー 確かに、安倍首相の歴史問題を巡る言動は米国にとって負担になると言えるでしょう。歴史問題をなかなか片付けられない安倍首相の言動は、正直私にとってもショックでした。実際に、ワシントンDCにいる論客たちは、かなり怒っていました。たとえ、日本とアメリカが友人だとしても。
私は安倍首相が靖国神社に参拝をするか否かについては、大して気にしていません。もう行かないでしょう。しかし、安倍首相が前回、首相として靖国神社に参拝したことで、米国における安倍首相の印象や立場は悪くなってしまいました。なぜなら、中国にとっては極めて有効なプロパガンダの材料になるし、韓国との関係を難しくしてしまうからです。
しかも、これらの歴史問題については、安倍首相はかなり強い態度で出てくるでしょう。ホワイトハウスは、歴史問題に強い態度で出てくる安倍首相とどう話し合い、接すればいいのかを、非常に難しくセンシティブな問題だと捉えているはずです。
米国は日本に成功してほしいし、強い日本になってほしいと思っている。そして、歴史問題だけがその願望を邪魔する唯一のファクターなのです。
日本もアメリカを
“パッシング”している
かとう・よしかず
1984年静岡県生まれ。高校卒業後単身で北京大学へ留学。同大学国際関係学院大学院修士課程修了。北京大学研究員、復旦大学新聞学院講座学者、慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)を経て、2012年8月に渡米。ハーバード大学フェローを経て、現在ジョンズホプキンス大学高等国際問題研究大学院客員研究員、ニューヨーク・タイムズ中国語版コラムニスト、中国察哈爾学会研究員。日本語での単著に『われ日本海の橋とならん』(ダイヤモンド社)『いま中国人は何を考えているのか』(日本経済新聞出版社)『脱・中国論』(日経BP社)『たった独りの外交録』(晶文社)など。世界経済フォーラムGlobal Shapers Community(GSC)メンバー。中国のいまと未来を考える「加藤嘉一
中国研究会」が活動中。
加藤 米国が日本に強さを持ってほしいと思っているというのは、ここワシントンDCにおける議論を見ていて感じます。リバランス政策を推し進めるためには、強くて安定した日本の存在と役割が不可欠なのだと。
日本の世論では、日中関係において、アメリカが“ジャパンパッシング”をしているのではないかという不安や懸念が広がることがあります。つまり、日本の頭上を越えて、中国と直接話をしたり、日本には相談なしに、独自に中国との関係を強化・発展させているのではないかという猜疑的な見方です。1970年代のニクソンショック再来を懸念する声もあります。それらの声は往々にして受け身姿勢で、ナイーブにすらなっている感じがします。
マクレガー 現在、米中関係は良好で、安定していますが、私は、安倍首相はこれ以上、米中関係が強化・発展してほしくないと思っているのではないかと思うことがあります。
“ジャパンパッシング”に関してですが、表裏一体とも言うべきなのでしょうか、日本が、米国が“ジャパンパッシング”だと言うように、ここ米国でも“アメリカパッシング”という考え方もあるのです。
加藤 日本がアメリカをパッシングしていると。
マクレガー そう。安定した日米中関係を築きたい米国の意思に反して、勝手に中国との関係を悪化させている日本に対して、パッシングしているという見方です。
加藤 なんと言ったらいいか。日本とアメリカが中国という存在をめぐって、互いにパッシングされていると感じているということですね。
マクレガー そうです。ワシントンの人たちも、日本人と同じようにすごく混乱し、心配しました。
私から見て、米国が日本をパッシングする心配はないでしょう。米国は引き続きそのアジア戦略において日本を必要としていきます。心配なのは日本が米国をパッシングする可能性です。日本では教科書問題、そして安倍首相自身がリーダーシップをとって内閣に女性を迎え、女性の社会における地位向上をあれだけ掲げているにもかかわらず、依然として存在し続ける慰安婦問題など、課題は多いです。
中国が台頭して米中が二大大国になることは分かっていることです。そんな米中が互いに違いを乗り越えて、安定的な関係を築いてほしい、それが世界にとって良いことだからだと、世界の国々や人々が思っていることを、安倍首相も理解していると思います。
村山談話で歴史は総括された
スタンスを堅持すればそれでよい
加藤 少なくとも短中期的に見れば、米中の国力は縮小していくでしょう。米国の影響力が相対的に小さくなり、中国の発言権が相対的に大きくなる。そんな米中の狭間にいる日本ですが、近未来においては、世界で3番目の経済規模を持つ国であることは変わらないでしょう。一方、中国や他の新興国が問題を抱えながらもダイナミックに発展するなかで、日本の相対的衰退を懸念する声も国内外で上がっている。日本は日米中関係のなかでどのような役割を担うべきだとお考えですか?
マクレガー 経済や安全保障政策において、何かこれまでと違う役割を果たさなければならないでしょう。新しい政策を打ち出したからといって、それらが成功するかどうかは分かりませんが、国内において女性の役割を推進したり、社会の多様性をも唱えたりするのはいいことです。安倍首相が日本の強さを取り戻し、国際社会における地位を向上させるために行っていることの多くは正しいと私は感じています。経済成長を掲げるのもよし、憲法を改正することにも私は賛成です。
安全保障については、例えば憲法解釈や憲法改正を巡る議論について、中国や韓国からは「軍国主義の復活か」というような見られ方をしますが、私は、それはまったく普通のことで、想定内の反響であると感じています。ただ、戦前の問題があるので、中韓の人々が、なぜ日本は憲法解釈をしようとしているのかという意図の部分を非常に気にしていることは確かでしょう。
米軍の意向にすべて沿うように、日本が貢献する必要はそれほどないのではないでしょうか。安全保障にはさまざまな分野があり、日本のキャパシティーで実行可能な分野で貢献する方法を考えればいいでしょう。
安倍首相にとってのチャレンジは、どうやって憲法改正に対する国民のマインドをつくりあげるかと言うことでしょう。私から見て、日本人は現行の平和憲法がとても気に入っている。そんな国民をどうやって説得するのか。非常に困難な問題だと思います。
私は村山談話のときに日本で特派員をしていましたが、あの談話で日本はしっかり歴史の総括をしたと思います。これで終わりだと。だから、今になってまで繰り返し同じことを言う必要はありません。もちろん、スタンスは堅持しなければなりませんが。それでも中韓が謝罪などを求めてくるとしたら、日本政府は「それはあなた方の問題だ」と対応すればいいでしょう。
安倍首相は明確な
ジェスチャーを示すこと
マクレガー 戦後70年を迎えるこの時期、日本国内では中国側が歴史問題で圧力をかけてくると心配する声もあるようですが、その必要はありません。9月3日の軍事パレードも、安倍首相の政治にとっては逆にチャンスと見るべきです。
今年は、ドイツとの比較も含め、色々議論が出てくると思いますが、私は安倍首相がパブリックに、明確なジェスチャーを示すことが大切だと思います。
何人亡くなったとか、あれは強制ではなかったとか、議論を狭い方向に持っていき、テクニカルなものにすればするほど日本にとっては不利になります。安倍首相は明確なパブリックジェスチャーができる政治家だと私は思っています。しかも、安倍首相は国際的にこれだけ有名ではないですか。米国の議会が上下院合同会議における安倍首相の演説を承認したのも、安倍首相という人物を重視しているからです。
加藤 2015年という観点から日米中関係について伺ってきました。最後に、安倍首相の訪米が終了した今、マクレガーさんがどんな感想を持たれたのかを聞かせてください。
マクレガー ワシントンDCだけでなく、訪米全体として成功したと言えるでしょう。オバマ大統領が他国の首脳に対してあれだけの時間と待遇を与えることは極めて稀です。公式ディナー、リンカーンメモリアルでの2人だけのパーソナルなウォーキングと会話、ボストンではケリー国務長官が私邸に安倍首相を招いてディナーをしました。
安倍首相がシリコンバレーに赴き、日本の最大の課題でもあり、発展が遅れている現代消費者とインターネットテクノロジーの分野について現地視察したことも良かったと思います。
最大のアナウンスは新しい防衛ガイドラインでしょう。今回の改定をもって、米国と日本は中国の台頭にどう向き合っていくかという問題に対して“統一戦線”を示すこととなりました。
米国当局からの最大の批判として、訪米期間中を通じて、安倍首相が韓国との問題に触れなかったことが挙げられていますが、この批判は間違っています。韓国との問題は日本側に原因があるわけではないのは明らかだからです。
実際に日米首脳会談で何が語られたのかは分かりませんが、日本が韓国との関係を持続的に改善していけるかどうかを巡って、両国間に深い悲観主義が横たわっているのは確かです。安倍首相が8月15日に何を語るのかを見なければなりませんが、米国は日本に対して、中国・韓国との和解を含めたアジア太平洋地域での安定のために、より多くのことを期待するでしょう。
http://diamond.jp/articles/-/71194