チュウゴク政府は仕事を何もせず、地方に丸投げ | 日本のお姉さん

チュウゴク政府は仕事を何もせず、地方に丸投げ

中国メディアは何を報じているか
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中国 環境問題を地方政府に
「丸投げ」する中央
環境保護部の戦略転換
2015年03月09日(Mon) 佐々木智弘 (防衛大学校人文社会科学群国際関係学科准教授)
佐々木智弘 (ささき・のりひろ) 防衛大学校人文社会科学群国際関係学科准教授
1994年慶應義塾大学大学院前期博士課程修了。日本貿易振興機構アジア経済研究所東アジア研究グループ長を経て、2014年2月から現職。共著に『習近平政権の中国』(アジア経済研究所)、『現代中国政治外交の原点』(慶應義塾大学出版会)。
中国メディアは何を報じているか
中国には「上に政策があれば、下に対策あり」という言い方がある。地方が中央の方針に従わない状況をうまく言い表している。今や「下」というのは地方政府だけでなく、企業や団体など多岐にわたっているため、中央が「下」に方針を履行させることはますます難しくなっている。「下」が全く従わない場合中央は人事権を行使する。しかしそれに行き着くまでに中央は「下」に従わせようとする。その手段として今回取り上げる「約談」がある。
(画像: iStock)
「約談」は文字通りには、事前に約束をして会って話をすることなのだが、行政行為としての「約談」は上級行政組織が下級組織に対し問題是正のために行う行政指導に近いものがある。ここでは「約談」という言葉をそのまま使うことにする。
行政行為としての「約談」が注目されたのは2010年ころである。しかし当時は中央政府の企業に対する行政指導として注目された。しかし、今回「約談」に注目するのは、中央政府が直接企業に対し行政指導を行うのではなく、その企業が立地する地方政府に対し行政指導を行い企業活動の問題点を改善させるというこれまでとは異なる構図が見られるからである。
環境保護基準を遵守しない企業を是正するために、環境保護部はその企業が立地する臨沂市政府と承徳市政府とのあいだで「約談」を行った。これを報じた『人民日報』と中央テレビの番組「焦点訪談」をもとに、「約談」の様子を紹介し、その意義を考えてみたい。
『人民日報』はどう伝えたか
2015年2月28日付『人民日報』が4面の記事としてこの「約談」を次のように報じた。
環境保護部が2月27日メディアに対し、山東省臨沂市政府と河北省承徳市政府の主要指導者と公開約談を行い、地方政府に環境保護責任を厳格に実施するよう督促したことを通報した。
2月25日に環境保護部華東環境保護監察センター主任の高振寧は臨沂市党委員会副書記兼代理市長の張術平と約談を行った際、1~2月に実施した特定監察行動で企業15社のうち13社に環境違法行為が存在したことを指摘した。張代理市長は「市党委員会と市政府は約談で提出された各要求を真剣に実現し、期限までに任務の改善を完成させる」と表明した。
2月26日に環境保護部華北環境保護監察センター主任の劉長根は承徳市長の趙風楼と約談を行った際、2月の冬季大気汚染防止特定監察で一部の企業の違法汚染排出の状況が重大であることを発見したと指摘した。承徳市は京津冀地区(北京市・天津市・河北省)で2014年に大気汚染が悪化した唯一の地級市(省の一つ下の行政レベル)であり、趙市長は「断固実行に移し、しっかりと重大な環境問題を解決する」と表明した。
この記事から、環境保護政策を主管する中央官庁の環境保護部が地方の臨沂市政府と承徳市政府と「約談」を行ったことをメディアに通報した点、そしてメディアにその模様を公開するという「公開約談」であった点に注目すべきだろう。
 しかしこの記事は環境汚染の状況や「約談」の様子を具体的に紹介しているわけではない。そこで次にもう少し詳しく状況を伝えた中央テレビの番組「焦点訪談」から見ておきたい。
議事録への市長のサインも放送
中央テレビ「焦点訪談」はどう伝えたか
 公式メディアである中央テレビで3月1日に放映された「焦点訪談」とニュース解説番組がこの「約談」を次のように取り上げた。
環境保護部は臨沂市での事前調査で次のことを把握していた。
(1)煙塵や排気ガスの垂れ流しだけでなく、処理して初めて使うことのできるコークス炉廃水(熱分解処理を行ったときの残渣の水)さえも、結局はいかなる処理も経ずにずっと循環使用していた。
(2)鋼鉄公司で、2014年2月以来オンラインでの監視測定設備が正常に機能していないのに、現場の検査時の取り込み口での二酸化硫黄の濃度が1立方メートル当たり5ミリグラムで、排出口では0(ゼロ)だった。
(3)15社のうち13社で、認可を経ずに工場を建設し、排水の垂れ流し、漏れなどの環境違法行為が発見された。
2月25日の約談では高主任が「もし環境問題を重視しなければ、この状況は非常にひどくなる」として、厳格な環境保護の導入を含め、あらゆる新築、改築、増築プロジェクトは環境への影響評価を行わなければならないことなど6項目の要求を提起し、6月4日までに環境保護部に実施状況を報告するよう求めた。
これに対し趙市長は「このような約談を受けることに私の心は非常に重い。同時に私の決心は非常に大きい。もう二度と約談は受けない」との決意表明を行い、議事録にサインをした。
環境保護部は承徳市での事前調査で、オゾン以外に、2014年のPM10 、PM2.5、二酸化硫黄、二酸化窒素、一酸化炭素の5項目の平均濃度が2013年に比べそれぞれ、6.7%、6.1%、8.1%、11.4%、7.8%と上昇したことを把握した上で、2月26日の約談が開かれた。
環境法制の整備と地方指導者の責任
 「約談」という行政行為は決して目新しいものではない。例えば2010年後半から2011年初頭にかけてインフレ状況にある中、大手のインスタントラーメン製造企業が原料の高騰を理由に値上げをしようとしたが、国家発展改革委員会(発改委)が消費者の混乱を理由に企業と「約談」を行い、企業に対し原料の小麦などの国家備蓄分の優先買付権を与えることを条件に値上げの撤回を求めた。企業は発改委の要求を受け入れた。この時は行政指導とはいえ、発改委と企業の取引に近いものがあった。
 しかし今回の「約談」は報道によれば、事前に環境保護部が調査を行い、市長ら責任者に企業の違法性を示すデータを示し、改善要求を提出し、両者のあいだで議事録を交わし、市長らに要求の実現を約束させるという大変厳しい行政指導であることが分かる。
 その背後には、昨年2014年に改正された「環境保護法」は地方政府が当該地の環境の質に対し責任を負うことを規定し、同年制定された「環境保護部約談暫定方法」は環境保護部が環境保護の責任を履行していない地方政府の責任者に対し「約談」を実施することを規定している、ということがある。今回の約談はこれらの規定に基づき実施された。同年11月の18期4中全会での「法に基づく国家統治の決定」も後押したものと思われる。
「約談」の変化
企業への行政指導から地方政府への行政指導へ
 これまでの「約談」は、中央官庁の企業に対する行政指導だったが、今回は中央官庁が地方政府に対し行政指導を行ったという点で大きな転換と言える。
 「焦点訪談」のキャスターはこれを「『企業監督』から『政府監督』への転換である」と述べ、次のように解説した。
過去には環境保護部門だけが車を止めることに関わり、地方役人はアクセルを踏み込むことに関わる(成長重視―筆者注)だけだった。現在では地方の政策決定者と環境保護部門がいっしょになって環境汚染に対し車を止めなければならない。このような環境保護の新方式が功を奏すかどうかは現地の環境に対するガバナンスの効果を見なければならない。約談はなお「口を動かす」ことにすぎず、真に環境保護問責メカニズムを実際に機能させなければならない。「手を動かす」必要がある。罰すべきは罰し、免除すべきは免除する。汚染に対するガバナンスは政府自らが責務を当然引き受けなければならない。
 上記の劉主任は「焦点訪談」の中で次のように語っている。
「企業が具体的に行動しない場合、上級組織である環境保護部門に言っても効果がない。市長自ら組織的に改善していくことで効果が出てくる」
 環境保護部が企業に行政指導しても成果が出ない。それならば地元政府のトップのリーダーシップによって企業に行動させようという環境汚染を食い止めるための環境保護部の戦略転換と言える。
地方への「丸投げ」と地方指導者へのプレッシャー
マスコミの権力監督作用へ期待
 「約談」の様子が中央テレビの番組を通じて公開されたこと、とりわけ議事録への市長のサインが映し出されたのには筆者も驚いたのだが、マスコミによる権力の監督という作用を環境保護部が利用したものと言えるだろう。高主任も「今回の約談がメディアを通じて社会に公開されたことで予防と是正の作用となる」と述べ、メディアへの期待感を表している。
 そのことは、環境保護部が地方政府に対し環境汚染問題への取り組み要求を飲ませたことをマスコミを通じて公開することで、中央主管官庁としての権威をアピールすることもねらったのだろう。
地方への「丸投げ」と地方指導者へのプレッシャー
 しかし、地方指導者に企業の環境保護状況の監督、是正を任せるという環境保護部の戦略転換は、環境保護部の主管官庁としての限界を示しているとも言える。ある意味、環境問題への対応を地方に丸投げしていると言えなくもない。こうした地方への「丸投げ」とも思われる状況は環境保護政策だけで見られることではない。筆者がそう思うのは昨年2014年に次のようなことがあったからだ。
 例えば民族政策である。新疆ウイグル自治区カシュガル地区ヤルカンド県では、昨年7月28日に襲撃事件では35人の漢族、2人のウイグル人が死亡し、射殺された容疑者が59人に上る襲撃事件が発生した。これに対し、9月22日、同地区党委員会委員兼ヤルカンド県党委員会書記に党内職務の解任と行政降格処分が、同県党委員会副書記兼県長には党内厳重警告処分が下された。
 こうした処分は、襲撃事件を招いたのは県レベルの指導者の責任であるという中央の認識を示している。この処分を見た他の地方指導者は自分のポストを守るため、何が何でも取り締まりを強化しなければならないというプレッシャーを受けることは必至である。
 中央から見れば、地方指導者に対する問責制度を利用して、環境保護政策にせよ、民族政策にせよ、政策の実現を図ろうとしている。今後地方への「丸投げ」は政策ごとに増えていくものと思われる。その時の地方指導者へのプレッシャーは想像に難くない。
 反腐敗闘争や倹約令の履行などにより既得権益が縮小する地方指導者の習近平政権に対する不満は決して小さくない。その上に政策の「丸投げ」によるプレッシャーが押し寄せてくる。地方指導者の習近平政権に対する不満はますます高まる。習近平政権にとって地方は不安定要素の一つである。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/4779?page=1