○万円以上で贈与税!? 子ども名義の預金口座を作るメリット&デメリット
○万円以上で贈与税!? 子ども名義の預金口座を作るメリット&デメリット
2015年03月11日 19時30分 提供:パピマミ
【ママからのご相談】
1歳になる子どもがいます。お正月に実家や親戚からお年玉をいただきました。いい機会なので子ども名義の預金口座を作ろうかと考えています。銀行に行けば簡単にできますか?
●A. お子様名義の預金口座は作成可能ですが取扱い要注意です。
ご相談ありがとうございます。ファイナンシャルプランナーの常磐麗奈です。
お子様名義の通帳は親のお金と分別管理ができる便利さがある一方で、その口座にどんどんお金を貯めていった結果、贈与税がかかってくることがありますので注意が必要です。
●口座開設
近くの郵便局か、銀行、ネットバンクに口座開設できます。お子様の口座ですので、銀行や郵便局ではお子様同伴で開設に行き、お子様の身分証明書、印鑑などが必要になります。ネットバンクでは未成年の口座開設を制限している銀行もあります。ソニー銀行、楽天銀行では親権者の本人確認も併せて行うことで口座開設できます。ネットバンクは預金金利が高いので少しでも有利に預けたい場合は検討しましょう。
●口座管理の仕方
口座管理は親権者が行います。窓口で行う場合は、健康保険証など親子であることを証明するものがあれば大丈夫です。通帳や印鑑を管理している間は親のお金、それらを子どもに引き渡すときに贈与という形になります。このとき、残高が110万円以上になると贈与税がかかります。
●子ども名義の預金口座を使用する上でのメリット2つ
●(1)子どもと親のお金を分別管理できる
お年玉やお祝いなどを親の口座に入れてしまうと生活費で消えてしまう恐れがあります。子どものものとして管理するためには別口座があると便利です。
●(2)安易に引き出せない
窓口での手続きは子どもの身分証明書が必要など、かなり手間がかかるので、安易に引き出せません。またキャッシュカードを作らないと、さらに安全です。
●子ども名義の預金口座を使用する上でのデメリット2つ
●(a)通帳を子どもに渡すときに贈与税がかかる
最大のデメリットは、110万円以上貯蓄して一括して渡すと贈与税がかかってきてしまうことです。
●(b)成人したら親が引き出せない
口座は名義人のものなので、成人したら親が管理することはなくなります。もし親が定期解約をしたいときは、子どもの委任状が必要になる銀行もあります。
●子ども名義口座の効率的な利用方法とは?
子ども名義の通帳は、子どもが目で見てわかるような毎年のお年玉、進学祝いなどを貯蓄するのに活用しましょう。小学校中学年くらいになったら、一緒にお年玉を預けに行き、記帳して、お金が増えた、利子が増えた、税金が引かれたなど、預金の仕組みについて考えさせる機会にもなります。教育資金は子ども名義で貯める必要はありませんので、親の口座で貯めましょう。
【参考リンク】
・財産をもらったときの税金 | 国税庁
●ライター/常磐麗奈(ファイナンシャルプランナー)
大学卒業後、1年間の就職浪人を経て投資顧問会社に就職。株式運用ファンドマネージャーのアシスタントをする傍ら、海外株式へ投資する投資信託の運用レポート作成などを担当。2003年に第一子出産以降、3度の出産、育児休暇、復帰を繰り返すも、三児の育児と家事と通勤に追われる毎日に疑問を感じ、2012年に退職。20代に取得して塩漬けしていたファイナンシャルプランナーの資格を活かして起業するのが目標。さらなる知識習得のため、上級資格であるCFP®受験中。趣味は、味噌、柏餅、筍煮、梅ジュースなど、年に一度だけの手作りを楽しむこと。
友人のお父さんは、友人(女性)には、厳し過ぎるほど厳しく育てたが、弟には男だからということで、子供の頃から甘くしていたそうだ。弟は調子に乗って大人になっても働かず、女を家に連れ込んで子作りを始め、お父さんに家族まるごと養わせていた。それだけではなく、お父さんの老後の貯金代わりの趣味の骨董品の内、価値のあるものを選んで売り払って出て行ったそうだ。お父さんが死ねば遺産はほとんど自分のものになるのに、死ぬのを待ちきれなかったようだ。その話を聞いて聖書の中に書かれている放蕩(ほうとう)息子の話を思い出した。
友人のお父さんは、息子と家族が出て行ってどこに住んでいるかは知っているが、黙って帰ってくるのを待っているそうです。親って切ないね。
放蕩息子のたとえ話は、イエス・キリストが弟子に神様の人間に対する気持ちを教えるために語られた話で、神様を離れて遠くに行って無茶苦茶な暮らしをしてボロボロになった息子が帰ってくるのを父親は遠くからそれと認めて走って迎えに行き、喜んで大宴会を開いたという内容です。
それを妬んだ兄が宴会に入ってこないので、お父さんがなだめにいくと
「なんで、わたしには、仔山羊一匹くれないのに、親の財産を半分もらって放蕩してきた弟には雄牛を殺して大宴会をするのですか!?」と兄は言ったのです。お父さんは、「わたしのものは、全部お前のものだ。弟は死んでいたのに生き返ったのだ。なんで喜ばないでいられようか!」と答えました。
神様から離れている人間が神様の元に帰ってくることは、死んでいた者が生き返ると同じことなのだとイエス・キリストは言われたのです。
ここに出てくる兄は、父親の傍に居ながら父親の愛を感じておらず、義務として仕事を手伝っています。これはどうやらユダヤ人のことらしいです。
神様からいただいた時間や体を人間は自分だけのために使いきって最後には死にます。生きている間、神様を認めずに偶像を拝んだり、神様以外のものを神として生きた結果、死後は裁きを受けて地獄に生き永遠の苦しみを受けます。人間を救うことのできる方は、罪の無い神のひとり子のイエス・キリストただひとりです。罪の無い神のひとり子が聖書の預言どおりに、人間としてこの世界に生まれ、十字架の上で人類の身代りとして死に、予言通り三日目によみがえって、大勢の人に現れた後で、40日目に目に見える姿で天に昇って行かれました。このことを実際に観た人々が生きている時代に新約聖書が書かれ、神様の古い約束は、どのように実現されたのか、ユダヤ人も異邦人もクリスチャンになって、全世界に伝えだしました。
旧約聖書の古い約束は、新約聖書で、どのように実現したのかが詳しく書かれています。ユダヤ人は未だに、イエス・キリストが人類の罪の罰を身代りに背負って父である神様に裁かれるために、この世にダビデ王様の子孫の女性から生まれた「救世主(救い主)」だと信じておらず、別の救世主を待ち続けています。でも、心に罪がある人間を救うためには、まず、罪の裁きをなんとかして汚れた人間を聖い罪が無い者として神様も受け入れないと、そんな汚れた人間を天国に入れるワケにはいかないのです。
ユダヤ人には、神様は別の預言を与えておられます。
いつか、世界中の国々がイスラエルに戦いを挑んで集合するとき、救い主は天から降りてこられます。イスラエル人は開いた脱出口からオリーブ山に向かいます。そこで、救世主を目にします。その手足、脇腹には、十字架にかかった跡があるのです。その時、初めてイスラエル人は神様を信じます。
神様を信じるとは、その存在を求めることではないのです。
神様が人を愛しておられることを知って受け入れること。それが信じるということなのです。神様は、財産の半分を無理やりもらって、外国で使い切って一文無しになって帰ってきた放蕩息子を毎日窓辺で待っていた父親のような気持ちであなたが神様を信じる日を待っておられるのです。