これから始まる イスラム国「血の復讐」とその能力
本物の恐怖に我々は耐えられるか これから始まる イスラム国「血の復讐」とその能力
2015年01月27日(火) 週刊現代
経済の死角
どこか遠くで起きた恐ろしい出来事だから自分には関係ない。そう思っていないだろうか。だがフランスを襲ったテロの恐怖は世界に広がっている。拡大する不気味な集団「イスラム国」とは。
米国も手を焼く未知の恐怖
「フランスでの新聞社テロだの、中東やアフリカでのイスラム過激派との闘いと聞いても、大多数の日本国民は自分には関係のない、遠い国の話だと思っている。
しかしはっきり言って、もはや私たち自身の命も危機に瀕している。明日は自分が突然、見知らぬ人に殺されるかもしれない—。そんな時代状況にあるのだという危機感くらいは、日本国民も世界と共有すべきだと私は思います」
ある警視庁の公安関係者は、こう語った。
1月7日、新年早々の世間を驚かせたフランス・パリの新聞社シャルリ・エブド襲撃事件。覆面の男2人が自動小銃や小型ロケット弾などで武装して社内に押し入り、受付で1人を射殺。さらに社長や編集者が一堂に会した編集会議に乱入し銃を乱射。社長や風刺漫画家を含む10人が死亡した。
また、犯人は駆けつけた警察官らにも銃弾を浴びせ、道路に倒れた警察官にわざわざ近づいてとどめをさして殺害。近くに停めてあった車で逃走した。
残虐な事件を引き起こしたのは、34歳と32歳のクワシ兄弟。イスラム教を信仰するアルジェリア系移民だが、フランスで生まれ育った若者たちだった。
事件はさらに連鎖し、翌8日には、別の犯人が女性警察官2人を銃撃。9日にはユダヤ系住民が集まる食料品店を襲撃して4人を殺害し、特殊部隊との銃撃戦の末、死亡した。この事件を引き起こしたクリバリ容疑者も32歳と若い。
彼らがこのような事件を起こした背景には、いま中東シリアやイラクを拠点に勢力を急拡大している自称「国家」のイスラム過激派組織、「イスラム国」の動きがあるとされる。
12日には、フランスの事件に呼応するように、イスラム国への空爆を主導する米中央軍のツイッターがイスラム国支持者を名乗るハッカーに乗っ取られた。
「サイバー・カリフ国」(「カリフ」はイスラム国の最高指導者の意味)と名乗るこのハッカーは、そのツイッターを使って米軍高官の連絡先など個人情報を暴露。〈お前たちの妻子のこともすべて知っている〉、〈米兵よ、我々は迫っている、背後に注意しろ〉などという文言が書き込まれた。
残虐な銃撃事件を引き起こす一方、ネットを使ったサイバーテロまでやってのけるイスラム国とそのシンパたち。血なまぐささとスマートさをあわせもつ、これまでにない脅威を前に、米国を初めとする欧米諸国もどう相対してよいかわからず、手をこまねいている。
そしていま、そのイスラム国の影響が「遠からず日本の若者にまで及ぶ可能性がある」と危惧する声まで、日本の専門家の間でもあがり始めているのだ。
そもそも、自ら「国家」を名乗るイスラム過激派「イスラム国」とはどのような組織なのか。
イラクとシリアにまたがる広大な地域を支配するその組織の特徴として、まず挙げられるのは、過剰なまでの残虐性だろう。
イスラム国は、'14年8月、拘束していた米国人ジャーナリストのジェームズ・フォーリー氏の首を斬り落とす一部始終を撮影し、インターネットで配信。世界に衝撃を与えた。
米国の囚人服を模したオレンジ色の服を着せられたフォーリー記者は、〈これは米国の独善と犯罪行為の結果だ〉、〈家族に会いたかった〉などとする文章を読み上げさせられたのち、ナイフで首を落とされた。
この一件だけならば、これまでもイスラム過激派が行ってきた見せしめ的な外国人処刑の一例に過ぎないと思われただろう。
だが、イスラム国は11月までのたった3ヵ月間に米国人3人、英国人2人が同様の手口で殺害していった。
さらに、捕虜のシリア軍の兵士10人以上が並べられ、いっせいに首を落とされていく処刑シーンを撮影した動画(上の写真)が配信されるに至って、世界の専門家らも、この集団がかつてないほど苛烈で、不気味な集団だと認識するようになったのだった。
日本でも、残虐動画が飛び交う最中の同年10月に北海道大学の学生(26歳)がイスラム国に渡航、戦闘に参加しようとしたとして警視庁公安部の事情聴取を受け、イスラム国の名はさらに強く印象付けられた。
ネットで世界の若者を釣る
イスラム国の支配地域では、こうした残虐行為が日常的に行われており、街の広場では対立する勢力の捕虜や、イスラム国に反対する姿勢を見せた市民などが次々と公開処刑され、見せしめとして死体がさらされているという。
外交官として中東各国の大使館に勤務し、'06年から'10年まで駐シリア特命全権大使をつとめた国枝昌樹氏は、『イスラム国の正体』(朝日新書)を出版したばかりだ。その国枝氏はこう話す。
「イスラム過激派がときに残虐なことをして世間を驚かせることはそれまでもありましたが、米国人記者らのように、首を斬ってそれを次々と世界の目にさらすなどということは、他の組織では滅多にありません。
さらに世間を驚かせたのは、その実行役として記者の首を斬った男が、ロンドン出身の英国人だったと、ほぼ特定されたことです」
なぜ、英国人が残虐行為に参加しているのか—。
その理由は、イスラム国の第2の特徴にも関係する。
彼らは、他のイスラム過激派などに比べて、格段にインターネットでの情報発信が巧みなのだ。
イスラム国が若者のスカウトのためにインターネットに配信している宣伝動画を見ると、これまでのイスラム過激派やカルト宗教などのそれとは違って、カメラワークもCGのテロップなどもスタイリッシュ。ハリウッド仕込みの映像技術者が参加しているのではないかという噂もまことしやかに囁かれるほどだ。
軍事ジャーナリストで、『イスラム国の正体』(ベスト新書)の著者、黒井文太郎氏は偶然にもシリア人女性と結婚し、シリア情勢の混乱にプライベートでも巻き込まれた経験を持つ。その黒井氏はこう話す。
「イスラム国には、ツイッターやYouTubeを扱う広報セクションがあり、外国人の参加者が各母国語を使って情報発信をしていると考えられます。
彼らのなかには、欧米やチュニジアなどから来た、オタク的な映像マニアがいて、若者向けのテレビゲームを作るような感覚で高品質な映像を作っている」
前出の国枝氏によると、イスラム国のスカウト用ビデオのなかには、欧米を中心に世界で累計1億5000万本を売り上げた大人気テレビゲーム「グランド・セフト・オート」を明らかに真似したものなどもあり、〈イスラム国に行けばゲームのなかで戦うような経験が実際にできる〉と若者に錯覚させるかのような出来栄えだという。
高給で戦士をスカウト
こうした勧誘動画の効果もあってか、イスラム国には、海外から多数の若者が続々と参加しているという。国枝氏はこう説明する。
「イスラム国には、チュニジアやサウジアラビアなどのイスラム国家以外にも、西欧諸国から戦闘員として参加する若者が3000人余りいるとされています。
アラブ系の移民が多いフランスなどの出身者には差別や貧困に苦しむ移民の2世、3世が多いのですが、一方では裕福なキリスト教徒の家庭に育ち、父親は会社経営者、母親は大企業の部長職だった例もあります」
若者たちに共通するのは、過激なイスラム思想を持っていることと言うより、社会や家庭のなかで居場所がなく、不安を抱えていることだ。
「日本でもかつてオウム真理教の問題があったのに似ています。精神的に不安定なところに、過激思想が入ってきて、〈いま世界を支配している既成の権威を破壊したい〉と、暴力的な欲求をかきたてる。
女性警察官らを銃殺したクリバリ容疑者も'09年の段階では、フランス・コカ・コーラ社の工場に見習い従業員として勤めており、当時のサルコジ大統領に会見したこともあるといいます。当時、彼が漏らした言葉は、『大統領の引きでいい仕事に就けたらな……』だったそうです」(国枝氏)
仕事がない、家庭に居場所がない、異民族として社会から疎外されている。そんな悩みから、〈ゲームのように人を殺してみたい〉という身勝手な欲望まで、若者たちの心の隙間に、イスラム国はネットを介して巧みに入り込み、次々と洗脳していくのだ。
小泉純一郎・森喜朗元首相の通訳もつとめ、中東情勢に詳しいアラビア語同時通訳者の新谷恵司氏は語る。
「極端な暴力はイスラムの教義とは何の関係もありません。しかし、『聖戦に赴き殉教した者は天国で永遠の幸福を与えられる』と教えられるのです。人間は必ず死ぬ。この世はあっという間だが、死後の世界は永遠に続く。その永遠の時間を天国の一番高いところで過ごせるのだと言われると、現世の生活が苦しい人にはこの教えが麻薬のように魅力的に聞こえてしまう」
さらに、イスラム国が、既存のイスラム過激派と異なるのは、〈理想のイスラム国家である我が国に来れば、幸せになれる〉などと宣伝して、さまざまな福利厚生を謳っていることだ。
一説にはイスラム国に行って戦士になれば、月給6000ドル(約72万円)が支払われるとも言われ、イスラム国が魅力的な「就職先」として世界中から若者を集める求心力にもなっている。
憎しみは世界に拡散する
前出の国枝氏はこう話す。
「シリアで50ヵ所、イラクで20ヵ所もの油田を支配し、1日の売り上げは計算上800万ドル(約9億6000万円)にもなるので、この原油の密貿易で得た利益が活動の原資だろうという人もいます。
ただ私の見立てでは、密輸では輸送手段が限られるし、いまのイスラム国には石油技術者もおらず原油の質も悪いので、原油よりも支配地域から集めた税金や、強盗、欧米人の人質に対する身代金などが、実質的に組織を支えている原資なのではないかと思います。また初期の段階で近隣のアラブ諸国から相当な資金流入もあったと聞いています」
イスラム国は、これまでの武装勢力のように支配地域を武力で押さえつけるだけでなく、本格的に「国家」らしい行政を運営しようとしていると国枝氏は言う。
「イスラム国は民衆に、自分たちを受け入れる限り悪いようにはしないと言っている。シリアの支配地域では商人たちから2ヵ月に1回20㌦相当の税金を取るのですが、律儀に領収書を出す。アサド政権時代には税金はもう少し高く、領収書も出さなかったため、一度税金を払ったのに別の徴税官が来て、税金を出せと言ってくる不正もありました。そうしたことで民衆のなかにも一定の理解を示す人がおり、イスラム国はますます力を蓄えている」
軍事ジャーナリストの鍛冶俊樹氏は、この資金の運用でもネットが活用されているのではないかと話す。
「イスラム国戦士は軍事だけでなく、ネットを使ったマネーロンダリングなどにも詳しい。米国はテロ組織の資金の流れを常に監視していますが、それもかいくぐっている。軍事一辺倒で戦うこれまでのイスラム過激派とは明らかに違う」
イスラム国の巧妙さは、その組織形態にも表れている。
9・11米同時多発テロを引き起こしたとされるアルカイダの場合は、ビン・ラディンというカリスマを頂点としたピラミッド型の組織だった。米軍も「ビン・ラディンさえ倒せば総崩れになる」という意識で戦いに臨むことができたのだ。
一方のイスラム国には、バグダディなる最高指導者が存在するものの、個々の軍事作戦やテロ計画では、必ずしもこの男がリーダーシップを発揮して、直接動くわけではない。むしろ、ネット上での交流を通じて、緩やかに連帯している武装勢力が、「イスラム国のため」として行動を起こしている。そのため、どこをどう攻撃すればこの組織が壊滅するのか、わからないのだ。
今回のフランスの事件も、イスラム国指導部が直接、かかわったのではなく、むしろイスラム国に共感した若者たちが自発的に引き起こしたものとする見方もある。実は、冒頭の公安関係者が危惧するのもこの点だ。
「イスラム国本体ではなく、その思想に共感する小さな組織や個人が『イスラム国のため』としてテロを行う。イスラム国の名のもとに、あらゆる不満のうっぷん晴らしをする。この動きが世界に広がれば、やがてはコーランを読んだこともない日本の若者が、『イスラム国のため』とテロを起こすことにもなりかねない」
襲撃を受けた新聞社は、事件後初めて発売した号で再びムハンマドの風刺画を掲載。穏健なイスラム指導者からも抗議の声があがるなど、状況は混迷を深めている。このままでは世界中の若者が、「イスラム国」の名の下に、怒りや絶望を暴力に転化し始める可能性もある。これから来る本当の恐怖の時代に、我々も無関係ではいられない。
「週刊現代」2015年1月31日号より
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/41813