ちょっと読まないとならない事情があったので、小公女を読んだんですけど、
あまりに個人的にダメな部類だったので、ちょっとメモがてら書いておこうと思います。

前提として、自分はお涙頂戴系テレビ番組でVTR見てる芸能人が「かわいそ~~」とか言ってる姿胸くそ悪くて大っ嫌いなんです。ってことをまず書いておきます。
これに少しでも共感出来るなら、多分、このあとも共感していただけることでしょう、多分。

要するにそれとですね、ほぼほぼ同じ感情を小公女読んでて抱いたわけなんですよ。

小公女……とりあえずざっくりあらすじ言うと
「良い所のお嬢さんがパパから離れて寄宿暮らししてたらパパ死んで一文無し宿無しになり下働き同然でやつれていくけど、想像力でなんとか凌いでたら隣に偶然住んでたパパの親友(大富豪)が引き取ってくれた」的な話です。

気位の高いこの小公女がどんなに貧しい生活をおくることになっても、
その気位を失くさなかった結果最終的にほぼほぼ元の生活に戻れることになったよ♡
って感じだったんだけど、この気位がですね、ぼくは最高に嫌いです

例えばそれは、小公女、セーラは寄宿舎で下働きメイドと話すときとかに出てきます。
彼女は蔑まれてる下働きさんに「私たちなんにも変わらないわ、生まれた場所が違っただけ、偶然でそうなってるんだわ」って言うんですね。

でもですよ、
そのあと彼女は同じ身分に身をやつす事になるその時「これで物知らずになったらあの可哀想なメイドと同じになっちゃうわ」って思ってるんですよ。

色んなとこありますけどもういっちょ例をば。
また前半部ナチュラルに6ペンスその辺の貧しい子供に施してたセーラ。
後半部では逆に裕福な子供から施される場面があるんですけど、
そこで彼女は「昔自分が貧しいと思った子供(=物乞い)と今の自分は同じに見えてるんだ」と思い「顔が赤くなってそれから青ざめて」涙を浮かべるんです。

ええ、「偶然私はいいパパ(能力/お金/生活水準)をもってるだけなの♡本質的にはあなたたちと変わらないわ♡」って言ってる割りに、同じ立場になるのは絶対に嫌みたいですね。

要するに、その「偶然もっているモノ」の強さを、彼女は良くも悪くももの凄く理解しているってことなんですよ。
そしてそれが偶然であるからこそ、もっている者はもっていない者に施す義務がある、考えている。
だから彼女はナチュラルの6ペンスを施すわけだし、頭の良くない友達に勉強を教えているわけですね。

でもこの「施す」行為って、持っている者がその主観によって、持っていない者を持っていない者と決めつける行為でもあるんじゃないですか?

その人が持っていても持っていなくても、「施し」をされる事それだけで、その対象は「持っていない者」の烙印を押される事になる、と思うんですよ。

だからセーラは、自分を「持っている者」だと思っているから、
本来「持っていない者」への行為であるはずの「施し」を受けたときに涙を浮かべてしまう。

そもそもこの「持っている者」と「持っていない者」の断絶、というか「持っていない者」への拒絶、というか、なんだろ、「持っていない者」への差別的な視線?絶対こうはなりたくないわっていう根底の思想があるからこそ、小公女は彼らに「施す」わけです。


こういう行為が作品内で賛美されているのが、すごく嫌なんですね。
セーラは下働きメイドに成り果てながら、
最後まで「あたし本当は下働きメイドじゃないもの」って思ってるんですよ。
さっきの「なんにも変わらないの」はどこいったんだ?明らかに君「持たざる者」を見下してるじゃないか、って思ってしまうわけです。


そしてその考えを正す事無く、最終的に奇跡的な偶然によってセーラはパパの親友に引き取られ財産を手に入れるわけなんですが……そうなんですね。
奴は下働きメイドは確かに頑張ってたんですけど、自らのその選民思想みたいなものを改めることなく、また偶然によって幸せを得るわけなんです。


「最悪の事態の寸前まで行くと必ず何かが起きるの。まるで魔法みたいね。それを忘れなければ、最悪な自体には決してならないのよ」
って彼女は言ってるんですけど、ええ、最近エセ作家として活動している身としてこやつを最悪のどん底に落としめてやりたいですね。自分の力で這い上がってこいや

端的に言うと、俗にいう「鼻につく」ってやつです。
「持たざる者」に属しているのにも関わらずそれを認めたくない者筆頭の私からすれば、それは、まさに「鼻につく」って奴なんですね。
「もっている者」が「持っていない者」にひたすら「お前はなんにも持ってないからもっているあたしが施してあげる」っていっているように思えてしまうわけです。ですので、多分これはめちゃめちゃ個人的なあれです。

セーラは本当の意味でなんでも持っているんですね。読んでてわかるように。

この作品がご都合主義だ~って言われてるのも、
結局最後の「魔法」、幸運がセーラが生来「持っていたモノ(運)」っていう要素に回収されてるから、尚更ご都合主義だって見えてしまうのがあると思うんです。

というかそもそも私はボランティアとか嫌いなんですよね。
おんなじ理屈で、それって、そんな気持ちでやるのって、失礼なんじゃねえのって、凄く思ってしまうんですよ。
まーやらないよかやるほうが数倍マシだってことも、わかってはいるつもりですよ。

そんなぼくですが、作中ひとりだけ好きな登場人物がいるんですね。
好きな登場人物というか……セーラとやってることは同じなのに、それでいて嫌なものを感じない人物、その行為。

パン屋のおばさんです。

セーラが最高にひもじくて「道端にお金落ちてて、顔を上げればパン屋があって、きっと出来たてのパン屋があるのよ……」って空想したらまじでお金落ちててパン屋があったあの下りに出てくるパン屋のおばさんです。

セーラは落ちてたお金でパンを買うんですけど、パン屋の近くに居た乞食同然の少女を見て「わたしはあの子ほどお腹が空いて死にそうな状態じゃないわ」と思うんです。
そして持ってたパンをほとんどあげちゃいました。

でもその様子をパン屋のおばさん見てたんですよ。
「あの子だって腹ペコだったはずなのに、あんたにほとんどあげちゃったのかい?」
少女は頷きます。
「まったく、なんて子だい。……あんた、ひもじくなったらアタシの店に来なさい。パンくらいあげるから」
そうしてこう続けるんですね。
「言っとくけどアンタのためじゃないよ。あの子がアンタを助けたからだよ」

これです
これが素晴らしいんです。

パン屋のおばさんは、少女のために「施し」を申し入れたんじゃないんですよ。
自分のためです。正確に言うなれば、「セーラが少女を助けたのを見ていたから」。

ここには無意識の押し付けがましさがないんですよ。
だって最初から押し付けがましいのがわかっていて、でもそれが結果的に相手の助けになることをわかった上で、「施し」を与えるんですから。

これです。
だからわたしはおばさんが好きです。

大体「施す」行為なんてエゴの塊みたいなもんなんですよ。それなのに「相手のため」って誤魔化してるから――あえて言葉を選ばずに言えば――気持ち悪いんです。
結局相手のことなんて全く考えてないじゃないですか。
別にそれ自体はわるかないです。問題はそれに蓋をして、相手に責任をなすりつけてるその点です。

パン屋のおばさんはあくまで自分のエゴのために動いたんです。
だから良いんです。そこには気持ち悪さがない。

例えこのエピソードが「セーラの啓蒙によっておばさんも施しの精神を宿す」っていうために書かれたものだとしても、
おばさんは「ああ、なんてかわいそうなこなんだい、これでもお食べ、私とアンタは何にもかわらんのだからね」とか言ってるわけじゃないです。

要するにおばさんの言葉には嘘がないんです。
だから好きです。よいです。唯一の良心です。パン食べたい。

写真集のスナップショットみたいな短編群書きたい。

シナリオライター的な仕事として、色んな物を書いてはいるんだけど、話を動かさないといけない中で規定の文字数におさめないという事情である以上、どんどん無駄のない表現に傾倒していくんすよ……
元々わしの文章はいらんところが非常に多い冗長なアレなんで、むしろ丁度いいっていう説はあるんですが、
それにしても超簡素にしていかないとならない事が非常に多いのでしょんぼりしている毎日です。
作業期間十日間に対して、大体半分くらいは文章削る作業してます。悲しい……
悲しさのあまりこんなポストをだらだら書いてしまうくらいには悲しい。許して欲しい……

でも最近は最初からまどろっこしい表現をしないように心がけているので、始めたばっかに比べると、それほど苦労しているわけではないですのです。
直しを入れる時に、以前程減らないっていうことでもあるのですが、まあ、頑張ればなんとかなる程度になりました。ちなみに今回は1200字くらい減らさなければなりませんでした。余裕であるわけではないですが、5000とか減らさないとならない時期よか全然ましです。


シナリオライターといっても、やっていることはPBWのゲームマスターであるので、シナリオライターやってます(`・ω・´)というのとはちょっと違います。
他のPBWのリプレイとは違った形態を取っているサイトですので、ただのゲームマスターの方々とはちょっとやることも違っているかと思われます。
普通のゲームマスターはやったことないので何とも言えませんのですが、自分がやっているところは小説形式ではなくノベルゲーム形式なのですね。

そしてこの事こそが、自分がここでライターやろうと思った最大の理由でありますし、思った通り物凄く良い経験になってもいます。規定の文字数におさめるということ含め。
まあ元々趣味で色々同人小説を書いていたりはしてたんです。が、それはあくまで小説形式であり、またあくまで趣味でありました。
そんな自分がこの仕事を始めるということはつまりどういう事かというと、ノベル”ゲーム”形式で核という事、それとこれがお仕事となる、というわけなのです。

まずゲーム形式になるとどうなるかと言うと、ぱっと見で全ての文字が見れる小説とは違うってことです。ページ送りというものが存在するのですよ。
それはつまり小説として書いた時とは違うレイアウトで考えて行かなければならないということです。
ぱっと見たとき綺麗か、バランスが悪くないか、それは上下の関係というよりは、そのページの中で綺麗かということを考えなくてはならない。
これは、一連の文章として綺麗かしか考えてこなかった自分にとって、かなり新鮮であり、またかなり良い経験となっています。思ったより全然レイアウトが違ってくるのですよ。

もう一つ大きい事は、背景/人物(立ち絵)/BGMの存在です。
初めの頃はフレーバーくらいにしか考えていなかったのですが、今回くらいから、これをちゃんと取り込み始めてみる試みなんてものをやってみています。
例えば、最初真っ黒背景から初めて、人物が目を開いた瞬間に背景を出す。文字で「目の前に云々」と書かなくても、プレイヤーは視覚情報としてそれを得る事が出来るわけです。
大量の敵と闘っているときであれば、いちいち倒した、倒した、と書かなくても、ページ送りという少しだけ開いた間で「敵立ち絵出す+ザシュってSE+敵立ち絵消す」とやれば、敵を倒したということが伝わる訳です。
そして、それらのタイミングを調節しながら、物語に物語の時間を持たせようとしている、訳です。
これが実際うまくいっているかはプレイヤー樣方の受け取り次第となりますので、こちらからはなんもいえんです。うまくいってるといいな、とは思います。

それとBGMは地味に大きいですね。
このBGMから使って下さい、というサントラみたいなのを運営さんからもらうのですが、これが結構数が少ないのです。それと、一分半から良い盛り上がりをしてる(展開で)BGMがあったり。
どうしてもあの曲のあの部分が使いたい…!!となったときに、その前の文章を調節して、丁度聞かせたいタイミングに持ってこようとか一回やってみたのですが、結構大変でした。大変だったというかやったけど多分思った通りにはいってない疑惑……
文章で読むと別にそこまで変じゃない展開も、BGMの切替のタイミングがなくて困ったり。
そういうときはもう展開をちょっといじるしかないんですが、それはそれでうまく間が取れなくて唐突な展開に見えてしまったり、色々ですが、色々起こるたびに勉強出来るので……とか言うとおもったか!!!?すんなり上手く言って欲しいわ!!!

あと、やっぱりゲームであるということは考えなくてはなりません。
ゲームっていうのはどういうことかというと、”クリック”して進めて行くということ。
羅列された文字を読み進めていくのではなく、クリックする事で、次の文章が表示され、次のページに行き、BGMが変わって行ったりするのです。
クリックしていることによりより没入感が得られる、これは小説とは全く違った要素です。
そして私はゲームが大好きです。諸君、私はゲームが大好きだ。

せっかくゲームとしての要素がを孕んでいるシステムです。これは有効活用する他ないでしょう!
ちなみに説明しておくと、うちの所は「。」が出ると文章が途切れ、ポケモンで言う「▼」の状態になります。次の文章を出すにはもう一度クリックしなければならないのです。

「、」では文章が途切れず、一息で出現する仕組みになっているため、この文章で例えて言うと、「、」から続くこの一連の文章が一息で出てくる、という事になるわけです。

しかし「。」で区切れば、区切る程そこでプレイヤーは手を動かす必要に迫られます。その自分の手を動かすという行為がスピード感や臨場感に繋がるわけです。と考えています。ゲームのもっている間の取り方であり、ゲームの醍醐味でもある、と思うのです。というか自分がそういうの大好きなだけです。

例えば。
こんな感じの。
間を。
入れるんですね。
ゲームが持ちえる、特有の間、な訳です。

めっちゃ適当に書いてますけど、なんとなく伝わりますかね?
わしが作った奴よんでくれ!そしてついでといっちゃ何だが感想くれ!とちょっと思いますが、
言うのはなんかアレなのでいまは伏せておきますが、きっとあのライターはこいつだろうとか察した方はこっそり感想をお願いします。


とまあそんなこんなで色々しているわけなのですが、
こんなことしているともちろん文字数がどんどん切迫していくので、毎回削らなければならない自体に陥っている訳です。
最初から少なめに書けばいいじゃんと思われると思いますが、というか自分でも思いますが……ええ、出来る事なら最初からやってますよ。なるべく労力を裂かないで良いものを作りそしてお金が欲しいですよ。クソッ実力が欲しい……
とかいってないで努力しろって感じですね、ええ、その通りです。現実逃避でついつい長々書いてますけどこれも大分長いですしね。
簡潔にぱきぱきいきたいものですね。

そんでもって、そうなるように色々ためしてると、それまで自分がやっていただらだら方式の物も、むらむらと書きたくなってくる事情もございますれば……

そんなこんなで、ひたすら情景描写しかないで終わる様な感じの奴、視覚的なイメージでいうと芸能人の写真集の一ページみたいなの……を短編に仕立て上げたいとか考えてしまうわけです。
これ読んでいてお分かりいただけるように、そんなに文章力があるわけではない自分が果たしてそんなこと出来るのだろうかとかいう疑問は、まあ当然首をもたげるわけですが、こまけえこたええんや!わしが楽しけりゃええんや!だって同人だもん!!

時雨ちゃんが相変わらずあまりに天使すぎるので、多分時雨ちゃんでやります。

太陽がじりじりと照りつける人気のない海辺の商店街で麦わら帽子被っている時雨ちゃんがこっち向いて笑ってる一瞬とか、そういうね、そういうのをね、書きたいんです。そういうのこそ、最高だと思うのです。うん。あのね、最高だと思うのです。
あの、ほんと、ほんと最高ですよ。可愛いよ、最高だよ、時雨ちゃん。時雨ちゃん、そうそう、良いよ、良いよ、その表情!最高に可愛い!アアアアア~~~~



シャブい
いままでテイルズシリーズをちょこちょこやってきていたんですけど、個人的には一番好きなのがこれですTOX2です。ちなみに次点はイノセンス(戦闘)です。

テイルズとは思えないストーリーの良さ、システムとの合致、一般常識を持ってるキャラクター……普通に単体のゲームとしてめっちゃかなりもう果てしなく面白いものでした。
戦闘がね、良いよね。ルドガーちゃん一人で三キャラ分の戦闘出来るし、イノセンスでめっちゃ多用していたあのすぐに操作キャラクターが入れ替えられる制度あるし、適当にやっても適当に出来るし考えようとすればかなり考えながら出来る良いシステムでした。面白い。

でも、でも、それでもわたくしは!某トゥルーエンディングだけが、気に食わない!気に食わないのだよ!!
そのせいでぼくはクリアした一年前からずっと悶々とした毎日を過ごし、どうやたっらすっきりするのか考え続ける羽目になりました。クッソー

そして二週目をクリアする頃、やっとこのもやもやの原因を突き止めました。
一体何にもやもやしていたのか、その原因、対処方法、なんとなくそれらが朧げに見えてきました。ので、せっかくだしブログに仕立て上げる事にします。

さて、前置きが長くなって恐縮ですが、これからやろうとしているのは文句です。
検索とかに引っかかってTOX2の評判を見に来た人は見てはいけない部類の話だと思われます。ネタバレとかそういうレベルではなくネタバレです。
これからやろうか迷っている方は間違いなくやる事をおすすめします。テイルズなのにこんなに面白いなんて悔しい……!となること必至です。

あ、それとエクシリアはやってないです。全てのテイルズをやっている友人からあれはやんなくていいよとの情報をもらったので、いきなり2から始めました。ので、設定とかちょいちょい勘違いしているかもしれませんが、まあそう云う所はまあ生暖かい目で見て下さい。



個人的に一番気になっているのは、ちょっと前述はしましたが、トゥルーエンディング、つまりエルエンディングの事ですね。あれが本当に気に食わないんです。
あれはマルチエンディングとしてのあるひとつのエンディングという位置づけだったらまあ良かったものの、あれが一応正式エンディングとしてトゥルー、大円団とされているのが、すっごく気に食わない、というわけなのです。

いや、もっと正確に云うと、ぼくは大円団エンディングがないから気に食わないと言っているのです。
一番ぴったりの表現で云うと「クリストゥルーだけないシュタゲ」がTOX2です。この表現ぴったりすぎて震えます。まさにこれなんです。

ではTOX2のエルエンドはトゥルーでなければ良いエンディングなのか。
と云われれば、そうだとも言えます。が、そうだとも言えません。……というのも、そもそもの設定が甘いんです。そのせいで出来た筈のTOX2でのクリストゥルーエンド、ハッピーエンドが出来なくなっているのです。


一番の違和感は「オリジンの審判」そのものについて。
前提条件としてある「オリジンの審判」そのものの在り方があやふやなのです。
整理してみましょう。まず大本としては人間が自身の欲を制御出来るか否か試す、ひいていえば人間と精霊が共生出来るか試す、という役割です。

そのために精霊側が用意した「オリジンの審判」のルールは以下の通り
・カナンの地にいるオリジンに会いに行けば成功
・カナンの地を出す為にはカナンの道標が五個全て必要
・カナンへの橋渡しはクロノスに頼まなければならない
・分史世界が百万に達したら失敗
・そのための力としてクロノスが骸殻を授ける
・オリジンが鍵の力を授ける
・成功したら褒美として任意の願いが叶えられる

ここで大切だと思われるは、このルールを作り出した精霊どもが「分史世界」が発生する事を加味した上で審判を行っていたということ。
というかそもそもこの審判にそれが組み込まれていなかったとしたら発生すらしない、ということ。

「分史世界」は人間が骸殻の力を使いすぎることによって時歪の因子化が起きる。これは骸殻を精霊の力と読み替えれば、力によった人間の数=分史世界の数とも言い換えられるので、百万までにどうこうだとか、骸殻を使いすぎるとやばい、とかって設定におかしさはない。「分史世界」や「時歪の因子」らへんの設定は理にかなっていると思う。

分史世界が増えすぎててオリジンがひいひい言ってるやばい、っていうのも、まあ百万っていう自身のギリギリまで人間を待っててやろう的なアレだったと考えれば、おかしくはない。

けど、ちょっと思い出してみて下さいよ、ルドガー達が分史世界の破壊をし始めた理由は「オリジンの循環が間に合ってなくてそろそろ壊さないとやばくなってきたから」じゃなかったけ?
ルドガー達は別に自分たち個人の欲求を満たす為に分史世界を壊し回っていた訳じゃなくて、精霊人間双方のために骸殻の力を使っていたんでないかい?

とは一瞬チラっと思う物の、結局はビズリー(人間の欲望の象徴としての)に利用されていた訳ではあるし、人間の大まかな社会としての動きで云えば「自分たちのみの利益を追求した動き」とも取れるから、そこはまあ放っておきましょう。

このルールが欠陥だと思っている理由、そしてエンディングが納得いかない理由もこれに入ってくるんだけど、このルールに、というかこのルールを作った側に足りてなかった意識は、分史世界をどう処理するかって問題。だと思うのです。
人間が精霊の力を使って作った分史世界は、やっぱりその人間が責任もって壊して行くしかないって考えで審判中に手を出さない方式とするのは十分わかるんですね、で、審判中はそうやっていたとしても、じゃあ審判が終わったあとはどうすんねん、という話。

分史世界が多くなりすぎると循環がやばくなるってことは想定の範囲内(マクスウェルであるミラでさえオリジンから直接聞いた訳でもないのに循環がどうしてやばくなったかの理由をすぐに類推したため)だったろうし、審判が終わったあとの分史世界とか骸殻の処理どうする気だったんだこの人たち、って思ってしまうのですよ。

審判が成功した、つまりカウントが分史世界が百万に達する前にオリジンと出会えた、ということを考えると、そのシステムのあやふやさがなんとなく伝わると思います。
五十万くらいのカウントで成功したとすると、結局そのあとカウントは増え続けるの?それともストップするの?どうなんの?って話です。

いくつかのパターンに分けて考えてみます。

まずは分史世界だけ残っていて骸殻能力が無いパターン。(あくまで概念上の考えであり、ルドガーの各選択はひとまず置いておきます)
あくまで精霊が与えたクルスニクへの能力は「骸殻能力」「クルスニクの鍵」だけなので、それのみ没収、という形です。分史世界はあくまでその副次的な物であり消去するべき物ではない、という見方が出来ます。骸殻能力がないと人間には分史世界への手出しが出来ないので、あとの処理は精霊に任せる事になりますね。

その逆、つまり骸殻だけ残っているパターンですが骸殻を使えばいずれ分史世界が生まれるはずなのに、分史世界だけはないっていうのは不思議な感じですね。これは破綻してしまいます。
ちなみにまどかはこの後者のパターンに世界を改変しました話でした。骸殻を魔法少女化、分史世界を魔女化と捉えると分史世界(魔女化)する前にまどか神が魔法少女をぶっつぶす、という世界に。なのでこれでいうと骸殻使いすぎて時歪の因子になるその瞬間に神になったルドガーさんがそれを壊しにきて分史世界を発生しないようにするって感じですね。これだと破綻しなくてすみます。なんかその設定で一本くらい小説掛けそうな気がしてきました。

考えられるパターンはもう二つあるはずです。
両方放置、おあ両方消去、です。
両方放置は骸殻も分史世界もあのあとずっとあるよ、というパターン。

カウントは百万まで、最期ビズリーが言っていた「時歪の因子が上限値に達すれば進行中の時歪の因子化は解除される」から類推すると、そもそも分史世界は百万までしか生まれず、それ以降は発生しない、ということになるのです。
そして事実ルドガーはそれを利用してエルを助けました。
そうです、分史世界は百万に達するとそれ以降発生しなくなるんですよ。

つまり両方放置されていたとすると、審判後も分史世界は百万個のままで存在し続け、それ以上は増えないから時歪の因子化はない=リスクが無い骸殻というクルスニク無双の時代になってしまいます。オリジンも百万個の世界と瘴気を抱えてやばい感じになってしまいますね。のでこれは考えにくいです。どんずまりです。

最後に両方消去のパターンです。
一番最初に言ったのと同じ様な感じで骸殻とかの能力を没収、分史も同じ理論を適用して、もう必要ないということで消去。クルスニクの一族は普通の人間として暮らす事になりましたし分史世界ももう必要ないので消去。循環もうまくいくよ。

こうしてみると、ありえそうなのは最初と最後のパターンですね。
いづれにしても骸殻能力は消えて、後に残った分史はわからず仕舞、その処理は人間が及ぶべき所ではない。という感じですね。

ええ、そうなんですよ、発生した分史をどうするかは、精霊どもが決めれることなんですよ。
というか、決めておかないといけないことなんですよ。
もっというとシナリオ上の設定段階で決めておかないといけなかったことだと思うんですわ。

これが何に関係して行くかと云うと、ルドガーはそもそも「分史世界の消去」を願う必要もなかったんじゃないのって話になるし、エルを助ける為にルドガーが時歪の因子として分史を生み出す必要もなかったんじゃないのって話にもなるわけです。
つまり、あのエンディングもうちょっと考えれば大円団に出来たんじゃなかったの、って、思う訳ですよ。
ええ、もうちょっと精霊ども(便宜上)が考えてくれれば、ルドガーは「分史世界の消去」を願う必要すらなかったって、わけなんですよ!

そもそもこの「分史世界の消去」という願いには、どの程度の分史の消去なのかという詳しい情報がありません。「今発生している分史世界を消去」(現存する分史世界を消去)なのか「未来永劫分史世界を消去」(分史世界というシステムそのものを消去)なのかが名言されていません。
これはかなり意味合いが違ってくる問題です。

でも描写を見る限り恐らく前者として捉えられているのでしょう。じゃないとルドガーは時歪の因子化した意味が全くなくなります。分史世界システムが破壊されたならそれに至る時歪の因子化すら起きなくなるはず、つまりそれを願えさえすればその時点でエルもルドガーも世界も助かるのです。

ひとまず本編を見てみましょう。ルドガーが時歪の因子化したからこそエルは助かった。
エルが助かったという事はルドガーが百万個目の分史、時歪の因子だったということ。

なので「ルドガーの分史は消去を免れたかもしれない」という夢のある話も、順番を考えればありえないことだということがわかります。
ルドガーが百万個目の分史だったからこそ、エルは助かったのです。そして百万になった分史、上限値だったため百万一個めのエルは解除、そのあとオリジンが分史世界を消去した。
ルドガーがそれを免れた、と考えてしまうと、九十九万九百九十九個目でオリジンが分史を消去、ルドガーは一個目の分史に、エルの時歪の因子化解除されることなく二個目の分史に、となってしまうからです。
つまりルドガーの分史が消去を免れている可能性は皆無なのです。なんて夢がないんだ……

これらから「分史世界というシステムそのもの」が消去されたわけではないということがわかります。まあこれは骸殻とかと違って簡単に消せるものじゃないとも見れるんですが。


で、なんですが、ルドガーエンドを思い出して下さい。
あそこでクロノスは「審判は達成したが終わりではない」とか言ってましたね。
エルエンドとルドガーエンドでは、審判を達成した事は共通しても、終わらせたか、クリアしたかという点で違うのです。
つまり、審判の達成と、クリアは別の問題だと云う事がわかります。

審判の達成は文字通り、オリジンに会うまでの条件をこなし本人に会う。ことでしょう。そしてその褒美として一つ願いが聞き届けられる。
じゃあ審判のクリアとはなんなのか。それはエルエンドのオリジンの反応、「そうだよ、これが見たかったんだ」っていうのですね。
これっていうのは、「魂の負をもったまま自力で昇華することが出来るか」、ルドガーは昇華させてみたからオリジンが喜んで「ほら見てクロノス人間出来るでしょ!」と言った。

設定資料集に寄ると「魂の循環の際に負が瘴気を生み出す」らしい。
分史世界多過ぎてオリジンがやばいっていってたのは「瘴気が封印出来なくなるくらいまでやばいことになってる」ということ。
で、この「負が瘴気を生み出す」って設定なんだけど、多分恐らくこれは前提として「精霊の魂はそもそも負を持っていない」というものものがあり、もうひとつ「負を持つ人間は自力で魂を昇華出来ない」というものがあるっぽいのです。

というか精霊が根源な世界ですので、それらが本来もたなかった負をもった人間が生まれてもシステムに適応出来なかったということですね。
システムに適応させる(滞り無く循環を進める)為には負はあってはいけない、本来ないはずのものなので、恐らく循環の際に放置しておくと負は消えると思われます。エクシリアでいう魂の河で選択を云々みたいな話です。
でもオリジンはわざと残しておいた。オリジンが手を加える事でその負を魂にくっつけたまま魂を循環させていた、そんなイレギュラーなことをやっていたので、瘴気が発生していた。
とまあこう考えれば、どうして瘴気が発生していたのかとかの説明がつきます。

そしてその負は、人間が自力で昇華する事が出来たのであれば、瘴気は発生しないらしいのです。オリジンが手を加えていたから瘴気が発生していただけであり、人間が負を負としなければ、自分の魂の一部として自身の手で昇華する事が出来たら、恐らく瘴気は発生しないという事になるのです。

でも例えそれが出来ても瘴気はなくなりませんよね?どうせオリジンとクロノスはこれからずっと瘴気の封印しなくちゃいけないんですよね……?まあそこ考えても仕方ないか……

とにかくこれ以上瘴気を発生させないようにするには人間が自分の負を自分の手で抱えながら魂を昇華させないとならんのです。そしてそれが出来るかのテストでした。
なのでエルエンドでルドガーがやったことは単なる「自己犠牲」とかではありませんでした。
自己犠牲きれいー美談ーではなく、これで云うと彼は「ちゃんと負を抱えて死んだ」、「自分のエゴ(エルを助けたい)をエゴと一掃しないで、そのために死んだ」そしてその行動自体彼のエゴでしかない、そういうことをやったから、オリジンは「これが見たかったんだ!」と言った。
多分そう云う事だと思います。自分の選択、エゴに従ってそれをエゴだと理解しつつも、自分の選択通りに生を全うしなさいってことだと思います。

さて、これが示せればオリジンの審判はクリア出来ると云えるのでしょう。
それが最終的に「世界を救う」という世の中に迎合した選択をしたルドガーは審判は達成してもクリア出来なかった、ということなのでしょう。

これらから前述した審判が達成しても「分史世界システム」がなくなることはない、それが本当になくなるのは本当の意味でクリアしたときのみである、ということがわかります。
つまり、この審判のクリア判定が出るまで、「分史世界システム」が継続するか否かはわからないということなのです。それを決めるのはやはり精霊どもであり、クリア出来なかったら「分史世界の消去」という願いは「リセット」とされる模様。(ルドガーエンディングから)
逆にクリア出来ていたら、それは、「何の意味もない願い」になるんですよ…………
だって、クリア出来たら分史世界システムそのものがなくなるんだろ……だったら分史世界になる準備段階である時歪の因子だってなくなるじゃんけ……

もう……これ考えると絶望だよね……
エルの為にというエゴで自己犠牲しようとしたルドガーを見てオリジンは人間の可能性を見た訳だけど、その時点で審判はクリアしてるんだから……ルドガーが完全に時歪の因子化するまで待ってから分史世界消去しなくたっていいじゃないか……

ん?それだとさっき途中で言ってた百万個目にならずにエルの時歪の因子化が解除されないことになるだって?
それはあれだよ…うん、そもそも解除されないのはシステムが継続している状態に云えることであって、もう審判がクリアされたあの状況であればシステムそのものが消えるからエルの因子化だって解けるはずなんだよ……

だからさ……なにが言いたいかと云うとよ……
ここまでちゃんと考えられてる設定でここまで面白いのに、最後の最後の一手が甘い所為で壮絶な鬱エンドになってるのが……気に食わないんだよ……
設定もさ、こんな長文余裕で書けるほどしっかりしてるし類推出来る範囲なんだ……穴あきが多過ぎたらそもそも類推すら出来ないから、やっぱりTOX2はクッソしっかりしている方なんだ……
それで、色々な方面からオリジンの審判そのものの問題点、何故その問題点が起きているのか、その問題点が放置された結果どうなったのかをつらつらと書いて行ったわけなんですが……

このことについて、ちょっとでも考えてくれれば十分ルドガーが生きられる可能性はあったんだよ……あともうちょっと考えてくれればルドガーもエルも世界も救えたのに、そうしなかった製作陣が……憎い……憎い……
エルエンドはエルエンドであっていいから、もうひとつ、全員を救う、オリジンすら救うエンドがあったって良かったはずなんだよ……十分作れる土壌だったのに……そうされていないTOX2が憎い……

と思って日々悶々としていました。
やっとそれが書けて良かったんですけど、やっぱりどうしてもあのエンドがトゥルーなのが気に食わないんですけど、やっぱりTOX2は面白いと思います……ええ……いまさっき三周目始めました……

じゃあどうすれば良かったのかっていう代替案もあるんですけど、既にこの投稿あり得ないレベルで長いし自分がそれやっても同人にしかなりえないのでここではやらないことにします。

ということでトゥルーエンド追加したリメイクそろそろ出して欲しいんですがいつ来るかな。