それからは前も述べた通り、何不自由のない快適な暮らしを提供された。
すくすくと成長し今に至るわけである。
だが、救出されたときから数年間、その間の記憶がほとんど抜けている。
記憶がないのに気づいたのは小学生の頃。
将来の夢や昔から好きなこと、といういかにもな作文を書く宿題をしようとして気づいた。
真っ白な作文用紙を見て固まってしまうわたしを見て、不審がった祖母にどうしたのかと尋ねられ事が発覚した。
祖父母の話では、至って普通の子供だったという。
あみちゃんという名の女の子と仲が良く
ブランコやお絵描きなどを好んでいたようだ。
だけど、あみちゃんにもブランコにも全く覚えがなかった。
自分自身に薄気味悪さを感じたが、その事に上手に蓋をして生きてきた。
なのに、ここにきて幼稚園の頃の知り合いだ。
祖母に頼んで卒園アルバムを出してもらい、話しかけてきた隣の席の女の子を探す。
……立花 咲。
苗字は倉木になっているが、間違いない。
面影が残っている。
両親が離婚したんだろうか、そんなことを考えながら他のページの写真も見ていく。
「あみちゃん」がいた。
やはり、どんな写真を見てもさっぱり思い出せない。
自分が思っているよりもずっと深いところで、母に捨てられた傷が残っていたのだろうか。
とりあえず、話を合わせられるだけの情報は入手できたのでほっとする。
記憶がないだなんて知られてしまうと、クラス中から白い目で見られるかもしれない。
目立つことだけは避けたい。
大まかなこと以外は、昔のことだからよく覚えていないといえば納得するだろう。
面倒なことになった。
明日が来るのが憂鬱だなんて、初めての出来事だった。