明けましておめでとうございました。
年明けは親戚への挨拶回りやらでバタバタしてるうちに過ぎてしまいました。
年始は義実家に滞在してましたがここでもやはり娘は人見知りを発動。
到着時はこの世の終わりかってくらいギャン泣きにギャン泣きを重ねていました。
その後も親戚の方にお会いするたびに泣きに入ってましたが、最後はやっと慣れてきたのかお祖父ちゃんお祖母ちゃんにだっこしてもらって至極満足そうにしてました。
去年の年明けがどんなに平和だったかを一年越しで思い知らされました(笑)
さてそんなこんなで無事に新年を迎えた我が家ですが。
帰省したり年賀状のやり取りを通して痛感したことが。
娘はやっぱりかなりのんびり屋な模様。
ほぼ同時期に産まれた友だちの子たちはみんな自力で歩けるし、指さししたりどうぞをしたりと徐々に親とのコミュニケーションもとれつつあるようで。
もうこんなこともできるの?
そんなに意思の疎通ができるもんなん?
と主人と二人して面食らってました。
前回からも言ってるようにこういうのは比べてどうこうなるもんでもないし、この時期の子どもは発達スピードもその子によってバラバラだっていうことも骨身に染みて理解はしてます。
それでもほぼ同時期に産まれたのにこの差は一体何なんだ、どんなことをしたらそんなに意思の疎通がはかれるんだ?と心に澱のようなものがたまっています。
一番親としてやってはいけないこと、考えてはいけないことなのは涙が出るほどわかっていることですが、どうしても頭の片隅にうず高く積もっています。
指さししない。発語もまだない。
こちらが言っていることもよくわかっていない。
身体的な面では一人歩きができない。
手づかみ食べを拒否する。
ストロー飲み、コップ飲みを拒否する。
私が口へ持っていくまで怒りながら待っている。
哺乳瓶以外での水分補給は断固拒否。
とにかくもう、ない、ない、ない。
ないのオンパレード。
まだ一歳三ヶ月になったところなのでこれから爆発的にできることが増えてくるのかもしれません。
たまたま身近な子たちの発達スピードが早めなだけなのかもしれない。
でも。
一歳半までにどれもできてなかったらどうしよう。
いつまでもコミュニケーションもとれずただ0歳時代の繰り返しのままだったらどうしよう。
と、そのことばかりが頭の中で膨らんで一人頭を抱えてしまっています。
今までの育て方というか接し方、お世話の仕方が悪かったんかな。
もっと早め早めから次の段階を意識しながら何かしら働きかけをしておけばよかったんかな。
私がいけなかったんかな。
ここ数日頭からそれが抜けず、一人喃語で楽しむ娘を見ながら泣きそうになっています。
娘はこんなに可愛いのに、娘自身には何の落ち度もないのに、どうしてこんなに暗曇たる気持ちになってしまうのか。
親の私が一番に信じて待ってあげないでどうするんだと叱咤するもののやはり簡単には前向きな気持ちになれず、新年早々にモヤモヤどんよりしています。
去年の今ごろはちょうど私の生理が再開し同時に娘の謎のグズグズアホアホ週間が確立した時期でした。
子育てってこんなしんどいんか!
子どもってこんな容赦がないんか!
と半分トランス状態で思い知ってた日々でした。
が。
今の状況に比べたらまだましやったかなとうっすら思います。
まだ娘だけを見てたらよかったから。
グズグズギャンギャンしてる娘だけに全力を注いでいたらよかったから。
今は他の子たちの存在と発達スピードを知ってしまったためについ視線がよそへ向いてしまう。
比較対象があるって精神的に辛いですね。
比べるなって言ったってなかなかどうして難しいもんです。
基本は娘のやる気に任せつつ、私たちはちょっとでもサポートできるよう一つずつやれることをやっていくしかないですね。
脇目はふらず娘だけを見て。
いてくれるだけでありがたいことだ。
笑ってくれてるだけで幸せなことだ。
だっこできるだけで可愛くて幸せで泣いてしまいそうだ。
言い聞かせてるんじゃなくてマジへこみ中の今も自然に思えることです。
ありがたいことです。
この気持ちを忘れたらいけませんね。
娘の一番の味方、応援者でありたいです。
