そこには穴があった。

その穴は半径1メートルぐらいの大きさで、深さは2メートルほどだった。

明かりを照らせば、底もみえなくない。

穴だ。

僕はそれを埋めようと思った。

食料をたくさん投げ込んだ。でも、いくら投げても埋まらない。

本やDVDを投げ込んだ。でも、いくら投げても埋まらない。

いろんなものを投げ込んだ。でも、いくら投げても埋まらない。

どうやっても埋まらない。

この穴は僕の心の穴なんだ。

君がいないと埋まらない。


gr◎up

集まって、集まって。
 いつかは、丸になれるでしょう。

流

流れる。流れる。流れる。
積み重なって、まわって、繰り返す。それが一番、つよいんだよ
継続することは、すごい力を持っている。

それは多くの人が知っている。

でも、なかなか継続できる人は少ないように感じます。

それは、何故でしょうか。

継続することは難しいから。

それは、何故でしょうか。

毎日、それのための時間をつくるのが難しい

それは、本当でしょうか?
毎日、ご飯も食べるし、
毎日、会社にいったり、
継続できていることあるのでは?

ではどうすれば、継続できるのでしょうか?

継続できるような、強い動機があればいいのです。

ご飯を毎日食べる→食欲
会社にいる→給料や責任感

続けないほうが苦しいような強い動機。

継続するために、どうすればいいのか。

強い動機、つまり、強い目標があればいいと思う。

強い目標はどう探せばいいの、それはまた今度。
自由について、考えてみる。

自由って何でしょうか?
どのような状態を自由というのでしょうか?

人それぞれ、皆の自由があるかもしれません。

Wikipediaからの引用
他のものから拘束・支配を受けないで、自己自身の本性に従うことをいう。

物理的な意味 と 精神的な意味があると思います。

物理的も実は定義が難しい。
僕たちは、ある意味で、重力にしばられています。
地に足をつけています。これは地球に拘束されている状態であり自由とはいえないのではないか?

否。

自由は別だって思う人のほうがほとんどのような気がします。

つまり、自由とはどちらかというと精神的な意味のほうが大きいのだと思う。

では、精神的に自由って何でしょうか?

Wikipediaには、自己自身の本性に従うことと記されていますが、
僕はそうはおもわない。

己の本性に負けてはいけないのです。

それをおさえてでも、自分のしたいことをする。

たとえば、眠りたいとか、女性とHなことしたいとか、そんな本能には負けずに、
夢に向かって、がんばれること。そっちのほうが僕にとって、自由な状態だと思います。

ある意味、夢や目標に拘束されている状態ではあると思うけど、
自分自身に対して、自由なんだと思います。

拘束されている状態こそが自由。

この矛盾した結論をどう感じるかも、もちろん自由なのです。