毎日の天気と人の人生は似ています。

天気も人生も、毎日ずっと晴れの日ばかりが続くという事はありません。



もちろん雨は地球や人間にとって必要不可欠なものであり、雨が降るのは決して悪い事ではないのですが、ずっと雨が続くのも困ります。

人の人生でいうなら、雨は何になるでしょうか。

辛くて苦しい時間であったり、時には自分を成長させてくれるための試練や、休息時間を与えてくれるものかも知れません。



天気も人生も、晴れの日と雨の日、ちょうど良いバランスなら良いのですが、必ずしもそう上手くはいかない時もあります。

雨も、ちょうど良い雨量なら良いのですが、災害を引き起こすような大雨だったり、作物に悪影響を及ぼすような長雨では大変です。



「止まない雨はない」という言葉があります。

でも、雨が止んでも晴れるとは限らない。

曇りが続いたり、その後また雨が降ったり、晴れてもまた次の日に雨が降る時もあります。



先日26日、敬宮愛子内親王殿下が三重県の伊勢神宮を参拝されました。

既にネット上でも大きな話題となっていましたが、敬宮様が伊勢神宮に到着された際には朝から降り続いていた雨が止み、晴れ、内宮の鳥居をくぐられた瞬間には太陽の日が差すという、奇跡のような現象が起きました。

その光はまるで、神様が敬宮様を照らし、歓迎しているかのようでした。



私は驚きと感動で圧倒されました。

あまりの神々しさに興奮が冷めやらず、しばらく落ち着かない日々を過ごしておりました。



思い起こせば、かつて天皇皇后両陛下と敬宮様は、土砂降りの雨に打たれ続けるような長く苦しい日々を過ごされてきました。

しかし私はその当時、ただそれを遠くから見ているだけの人間でした。

見なければいけないと思っても目を背けていた、と言ったほうが正しいかも知れません。



決して「雨よもっと降れ」とばかりに雨乞いをして雨を降らせていた訳ではありません。

でも、土砂降りの雨に打たれている姿を見て傘を差し出す事もせず、濡れた髪や身体を拭く物を差し出す事もせず、どうしたら良いかもわからず、ただそっと通り過ぎるだけの人間でした。



今更何を言っても言い訳にしかなりません。

どんなに謝っても謝り尽くせない、大きな過ちです。

せめて今からでも自分の出来る事で精一杯応援させていただきたい。

ちょっと風が吹けばすぐに折れてしまうような頼りない傘(私)ですが、少しでも雨避けになれるのならそれでいい。

そんな事を思いながら、日々を過ごしてきました。



敬宮様の伊勢への旅路は、まさに天皇御一家がこれまで歩まれてきた道のりのようでした。



そして、次の日の27日は清々しく爽やかに晴れ、敬宮様の御姿はより一層光り輝くようでした。

晴れやかな笑顔を拝見し、ああ、天皇皇后両陛下と敬宮様はこれからもきっと大丈夫だ。

私は強くそう思いました。



敬愛する御三方の人生に、どうかこれからは晴れの日が多くありますように。


時には雨が降っても恵みの雨で、そして雨の後には必ず晴れますように。



そして、令和の御代の弥栄と、次代を敬宮様が担われる事を強く願い、これからも行動していきます。

今こうして同じ時代を生きている、その事に感謝しながら、自分も真っ直ぐ明るく未来を見つめていきたい。

心からそう思った、この数日間でした。 



二日間の旅路の間、敬宮様には沢山の素晴らしいものを見せていただきました。

敬宮様は4月からは新社会人として日本赤十字社で勤務され、皇族としての御活動と両立される忙しい日々が始まります。

新たな日々が素晴らしいものでありますよう、心よりお祈りしております。