アルビ トウールーズ=ロートレック美術館 Musée Toulouse-Lautrec
トゥールーズ=ロートレック美術館は、1922年7月31日に要塞としての役割が終わったベルビー宮の中に開館しました。ベルビー宮は、1905年まで代々のアルビ司教が暮らしたお城で、王国でもっとも美しい司教館の一つに数えられていました。画家ロートレックの母、アデル・ド・トゥールーズ=ロートレック伯爵夫人の寄附により、美術館の所蔵品は次第に豊かに。トゥールーズ=ロートレックが1901年に死亡したあと、彼の作品をアトリエから集め、パリの美術館に提供するもスキャンダル的な絵であることで果たせず、アルビで半分しょうがなくもらったことをきっかけに、その数は1,000点弱を占めるまでに。よって、こちらの美術館では、ロートレックの作品を集めたコレクションとしては世界一の規模を誇ります。幼少時のデッサンや絵画、彼が親しんだ19世紀末の社交界の生活を含めた有名な31枚のポスター、リトグラフなど、人生のすべての時期の作品を所蔵、展示しており、生前最後に手がけたポスターや、1901年に製作された署名入りの最晩年の絵画も観ることができる世界で唯一美術館となっています。
【トウールーズ=ロートレック美術館 Musée Toulouse-Lautrecです】

【中に入ります】

子供のときロートレックは、足が2回も骨折してしまい、胴体だけが成長し、身長152㎝と小柄。彼が出世したのは、アルビの非常に由緒正しい貴族の生まれであったからと言われています。当時は、狩りを通し「撃つ楽しみ」や「画家として描く楽しみ」「食べる楽しみ」を見出したといいます。彼がはじめて絵を描いたのは、乗馬することを覚えた5歳から。動物などのいろいろな絵を暖炉のすみで描いたりしていたそうです。
自画像を描いたのは、生涯において唯一1枚のみ。当時16歳である自分が好きでなかったので、はっきりは描いていないとのこと。16歳からアルビを去り、モンマルトルにあるレオン・ボナのアトリエにに入り、本格的に学びます。
パリに行き「美味しいご飯」と「よく遊ぶ」ということを常に思い出し、パリの近くにある小さな街のお料理やカクテルを作っている絵などを描きます。彼自身も、カクテルの習慣をかかさず、イギリスからカクテルを輸入。アルコールのいっぱい入ったカクテル作りの名人としても知られていました。女性でもお水を飲む人は嫌いで、水のボトルの中には、魚を泳がせ、飲ませないようにしていたとのこと。
自画像をはっきり描かず、とてもユーモアのあるロートレックは、お父様譲りで気が狂ったところもあったと言われています。アトリエ内でアカデミックな絵を描くように言われても、印象派からヒントを得つつ、母の絵を描く際に顔に緑色を入れたり、馬の絵を青い色で描いたりとすでに若い時から個性ある絵を描いていたようです。
彼の作品の中には、レンブラントやルーベンスのようなスタイルでお食事を作ってくれるおばさんを描いた絵画も。暖炉の中でお料理を作っている姿、鹿一頭を丸焼きにしている絵や、煙で顔を真っ黒にした絵などがあります。
こちらのお部屋は、18世紀に描いた絵画が飾られています。いとこや母、家族の絵があり、ポイントで絵を描く技術を発見した絵となります。このころ、ゴッホと一緒に仕事をした時代であり、二人とも日本に憧れて浮世絵に魅了されていきます。
【18世紀に描いた絵画です】

ロートレックの絵は、えんぴつで書くのは、なんと10分程度で完成。当時は、お金がないことからダンボールの上でうすめた絵具で描いたこともあったそうです。
【10分程度で完成するそうです】

トウールーズ=ロートレック美術館では、ロートレックが描いた31枚のポスターが全部そろっています。日本の浮世絵を参考にし、手前に人物を置き、動きのある雰囲気を出すような描き方をしています。最初からスケッチをし、ポスターになっていきます。
【31枚のポスターが全部そろっています】

ロートレックのポスター第一作は、中段でガドリールを踊っている人気ダンサーラ・グーリュー。ムーラン・ルージュは1889年に開場し、モンマルトルの象徴的な存在となります。
【ロートレックのポスター第一作です】

お店のために描いたポスター・ディヴァン・ジャポネ(右)が世界的に有名に。ジャルダン・ド・パリにジャヌ・アヴリルがデビューしたのを記念して制作されたポスター(中央)もあります。
【ポスターです】

エロティックな時代は、1970年から1980年まで続き、ロートレックは、おっかけカメラマンのようにさまざまな人を絵を通して紹介していきます。
パリで最も有名なスター・イベット・ギルベールのポスターもあります。黒い長い手袋は、寝ている時もしていることで有名。手袋だけをみせれば、イベット・ギルベールとわかるような絵も描き、広告的な視点を当時からあみだしていたのはさすがです。
【イベット・ギルベールのポスターです】

最後にトウールーズ=ロートレック美術館の美しい庭園を写真におさめ、次のブログでは、レストラン「ル・ロートレック」にてディナーをご紹介します。
【トウールーズ=ロートレック美術館の美しい庭園です】

~西 理恵のおすすめ~
トウールーズ=ロートレックの世界がわかる唯一の美術館は、アルビに行かれましたらぜひ訪れてほしいと思います。
※コメントは、フェイスブックやツイッターにいただけたらうれしいです※
※西 理恵のフェイスブックページを作成してみました。「いいね!」を押していただけますとはげみになります。
※ツイッターでは銀座ランチの情報をはじめ、美味しいお食事を実況中継しています
トゥールーズ=ロートレック美術館は、1922年7月31日に要塞としての役割が終わったベルビー宮の中に開館しました。ベルビー宮は、1905年まで代々のアルビ司教が暮らしたお城で、王国でもっとも美しい司教館の一つに数えられていました。画家ロートレックの母、アデル・ド・トゥールーズ=ロートレック伯爵夫人の寄附により、美術館の所蔵品は次第に豊かに。トゥールーズ=ロートレックが1901年に死亡したあと、彼の作品をアトリエから集め、パリの美術館に提供するもスキャンダル的な絵であることで果たせず、アルビで半分しょうがなくもらったことをきっかけに、その数は1,000点弱を占めるまでに。よって、こちらの美術館では、ロートレックの作品を集めたコレクションとしては世界一の規模を誇ります。幼少時のデッサンや絵画、彼が親しんだ19世紀末の社交界の生活を含めた有名な31枚のポスター、リトグラフなど、人生のすべての時期の作品を所蔵、展示しており、生前最後に手がけたポスターや、1901年に製作された署名入りの最晩年の絵画も観ることができる世界で唯一美術館となっています。
【トウールーズ=ロートレック美術館 Musée Toulouse-Lautrecです】

【中に入ります】

子供のときロートレックは、足が2回も骨折してしまい、胴体だけが成長し、身長152㎝と小柄。彼が出世したのは、アルビの非常に由緒正しい貴族の生まれであったからと言われています。当時は、狩りを通し「撃つ楽しみ」や「画家として描く楽しみ」「食べる楽しみ」を見出したといいます。彼がはじめて絵を描いたのは、乗馬することを覚えた5歳から。動物などのいろいろな絵を暖炉のすみで描いたりしていたそうです。
自画像を描いたのは、生涯において唯一1枚のみ。当時16歳である自分が好きでなかったので、はっきりは描いていないとのこと。16歳からアルビを去り、モンマルトルにあるレオン・ボナのアトリエにに入り、本格的に学びます。
パリに行き「美味しいご飯」と「よく遊ぶ」ということを常に思い出し、パリの近くにある小さな街のお料理やカクテルを作っている絵などを描きます。彼自身も、カクテルの習慣をかかさず、イギリスからカクテルを輸入。アルコールのいっぱい入ったカクテル作りの名人としても知られていました。女性でもお水を飲む人は嫌いで、水のボトルの中には、魚を泳がせ、飲ませないようにしていたとのこと。
自画像をはっきり描かず、とてもユーモアのあるロートレックは、お父様譲りで気が狂ったところもあったと言われています。アトリエ内でアカデミックな絵を描くように言われても、印象派からヒントを得つつ、母の絵を描く際に顔に緑色を入れたり、馬の絵を青い色で描いたりとすでに若い時から個性ある絵を描いていたようです。
彼の作品の中には、レンブラントやルーベンスのようなスタイルでお食事を作ってくれるおばさんを描いた絵画も。暖炉の中でお料理を作っている姿、鹿一頭を丸焼きにしている絵や、煙で顔を真っ黒にした絵などがあります。
こちらのお部屋は、18世紀に描いた絵画が飾られています。いとこや母、家族の絵があり、ポイントで絵を描く技術を発見した絵となります。このころ、ゴッホと一緒に仕事をした時代であり、二人とも日本に憧れて浮世絵に魅了されていきます。
【18世紀に描いた絵画です】

ロートレックの絵は、えんぴつで書くのは、なんと10分程度で完成。当時は、お金がないことからダンボールの上でうすめた絵具で描いたこともあったそうです。
【10分程度で完成するそうです】

トウールーズ=ロートレック美術館では、ロートレックが描いた31枚のポスターが全部そろっています。日本の浮世絵を参考にし、手前に人物を置き、動きのある雰囲気を出すような描き方をしています。最初からスケッチをし、ポスターになっていきます。
【31枚のポスターが全部そろっています】

ロートレックのポスター第一作は、中段でガドリールを踊っている人気ダンサーラ・グーリュー。ムーラン・ルージュは1889年に開場し、モンマルトルの象徴的な存在となります。
【ロートレックのポスター第一作です】

お店のために描いたポスター・ディヴァン・ジャポネ(右)が世界的に有名に。ジャルダン・ド・パリにジャヌ・アヴリルがデビューしたのを記念して制作されたポスター(中央)もあります。
【ポスターです】

エロティックな時代は、1970年から1980年まで続き、ロートレックは、おっかけカメラマンのようにさまざまな人を絵を通して紹介していきます。
パリで最も有名なスター・イベット・ギルベールのポスターもあります。黒い長い手袋は、寝ている時もしていることで有名。手袋だけをみせれば、イベット・ギルベールとわかるような絵も描き、広告的な視点を当時からあみだしていたのはさすがです。
【イベット・ギルベールのポスターです】

最後にトウールーズ=ロートレック美術館の美しい庭園を写真におさめ、次のブログでは、レストラン「ル・ロートレック」にてディナーをご紹介します。
【トウールーズ=ロートレック美術館の美しい庭園です】

~西 理恵のおすすめ~
トウールーズ=ロートレックの世界がわかる唯一の美術館は、アルビに行かれましたらぜひ訪れてほしいと思います。
※コメントは、フェイスブックやツイッターにいただけたらうれしいです※
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※ツイッターでは銀座ランチの情報をはじめ、美味しいお食事を実況中継しています