昨日の夜中、母が寝落ちて携帯がつきっぱになっていました。
そこで、色々な写真がアルバムに入っていることを知っている私は、気になったのでそっとみてみることにしました。(よくないけど、笑)


そこには、私が中学生のころから今現在までの写真や、病院に出していたと思われる外泊記録、離婚の時にお世話になった弁護士の先生へ毎年書いている手紙の写真など様々なものがありました。
また、私のLINEのホーム画が友達と撮った写真にしていればそれもスクショで撮ってありました。




ずっと弁護士の先生には何を書いているのか気になっていたので保存されている分だけ全部読んでみることにしました。

私が拒食症になってしまいました。から始まり、母の苦労や私に対して感じていることなど、母の本音が沢山沢山書かれていました。




やっぱり分かっていて覚悟してみたけど読むのが辛かったです。

例えば、文化祭に来た時に他の生徒が楽しんでいるのを見てほんとだったら娘もこうなっているはずだったのにな、他の児童が可愛らしいと同時になんで娘がといったものや、小さい頃にどこにも連れて行ってあげられなくて申し訳ないや、どうするのが正解だったのか分からないといったことなどが書いてありました。



正直、自分は摂食障害になったのはなんでかよく分からないし、過食嘔吐に転じてからは全く真面目さの欠片もないし。ただ自己肯定感が低いくらいだと思います。内面の問題点は。

自己肯定感は大学で友達を見ていると家庭環境が大きく関わっているとは思います。でも私の家庭環境程度で摂食障害になるほど追い詰められてたとは感じられないし、母は自分のことを責めているとは思いますが母に責任はないと思います、運悪く負の不調が私にマッチしてしまっただけ




なにか特別愛されてるだとか実感する出来事はあまり無かったけど、アルバムを見て愛されてるなと思いました。いや、私に病気のことで尽くしてくれてたので愛されてることは痛いほど分かってた。

自分をこんなにも愛してくれてる人がいるのに私はまだ痩せていることに囚われ、病的ギリギリくらいまで痩せたい気持ち、沢山食べて吐いていたい気持ち、自分のことが嫌いな気持ちは消えません。なんでだろう