ご無沙汰しております。にゃんちょこです。生きています。
精神科医として、なんだかんだ研修にでたりとがんばっておりました。
“意識高い系”の同年代の精神科医にまじって、フツウの人の振りをしたりもしました。
そこでいろいろな人たちのモチベーションにふれて、感じたのは、「自分が何をしたいのか」を「一行で」表現できるようにまとめておくことの大切さです。
どんな場面でも、「何してる人なの?」というのは共通の話題です。
どんなに短い自己紹介でも、プレゼンテーションでも、交わされるコミュニケーションには意図があり、メッセージがあります。
自分を売り込む必要はないですが、「何が自分のオリジナルか」、「このコミュニケーションから何を得たいと思っているか」をクリアに言語化することができれば、同じ領域に興味がある人とつながるきっかけになるし、アピールするチャンスは一度きりしかありません。
そのような場面を複数経験して、「わたしは何がしたいのか?」を考えたとき、わたしの答えは「わたしが生きる」に尽きるのだということに気づきました。
有名になりたいわけでも、友達を増やしたいわけでも、お金持ちになりたいわけでもない。言ってしまえば、患者さんを治したいとも心の底から願っているわけではありません。
優先順位は常に「わたしが生きること」が一番で、それ以外は2番以下です。だからある人たちからすると、冷たい、やる気が無いなどと見えてしまうかもしれません。
でも、わたしにとっては根を詰めて仕事をしすぎて倒れてしまうことのほうがいやだし、すべてはわたしの生存戦略につながらなければいけません。
「わたしが生きる」ために、人とのつながりは必要だし、食っていくためにお金は必要だし、自己効力感を得るためにやりがいのある仕事は大切です。でもそのどれにもこだわる必要はなく、わたしが生きてさえいれば満足なのです。
このことに気がついて、ふわっと心が軽くなった気がしました。
わたしが生きるために必要のないコミュニケーションはとらなくていいし、エネルギーを割かなくていい。端から見れば異端だったり勿体無いかもしれないけれど、かまわない。
戦略的に生きていればいいのです。
この世の中はあまりにもフツウの「やりたいこと」を暴力的に押し付けてきて、考える余地や選択肢を与えない。
あたかもそんなもの最初から無いような振る舞いをする。
だからこそ不適応が生じたり、燃え尽きたりしてしまうと思うのです。
あなたが本当に何をしたいのか。
それさえわかっていれば、余計なものからは手を引いていいのです。
王道からそれることや前へならえの世界にさよならするのはとても不安だし後悔することもたくさんあると思うけれど、少なくとも意識的にひとつひとつの選択をしたことはあなたの財産になるし、同じ不安を経験している人間がここにひとりいることは覚えておいてもらえたら。
