アタシにとって辛くて苦しい季節がやって来た。


夏は嫌い…。


だって【あの日】も夏だったから…。



大人になったアタシは
今までよりも弱くなり

【あの日】を受け止めきれなくなっている。


沢山の辛かった出来事を『過去の記憶』として薄らげることすら出来なくなっている。




アタシノ中ノ 『何カ』ガ壊レテル…。



それはまるで砂時計の溢(こぼ)れる砂のように
サラサラと流れ落ちていく。



母の罵声、小さなアタシの泣き叫ぶ声、あいつの低い声、アタシの嗚咽、痛い記憶、遠退く意識の中に聞くありきたりな生活音、アタシの身体中を這い回る あいつの手…。


一粒一粒の砂となって
アタシの心に落ちてゆく…。


自分の腕を噛み、痛みに集中すれば
少しだけ、ほんの少しだけ気が紛れる…。


そうやって日々を過ごす。


『夏なんてなくなっちゃえばいいのに…。』

そういうアタシに友人は

『それじゃ日本は四季のある国じゃなくなるじゃん。』

笑いながら流す。


どんなに近くにいても
記憶や苦痛は共有出来ない。




ダカラ アタシ独リデ 乗リ越エナクチャ…。




先日のメンタルクリニックで

担当の先生と初めて真面目に向き合った。


死にたい感情の話、過去と向き合う決意、そのくせ過去が大きすぎて押し潰されそうな感覚から逃げたくなる矛盾、何故こんなにも過去に囚われるのかという もどかしさ、アタシは普通の生活が出来るのかという不安…。



先生は言葉を選びながら
ポツリポツリと【矯正】の道をアタシに説く。


内心
『それが出来ないから苦しいんじゃん。』
反発心が強くなる。


それから、先生は戦争の話題に切り替えた。

『戦時中を生き抜いた方の中にも、あなたのようにPTSDに苦しんでる人はけっこういらっしゃるんだよ。』

涙が一気に溢れた。


『戦争を生き抜いた方達も大変だと思ってるけど


アタシはいつも一人ぼっちだった。
戦時中、周りの環境も境遇も 自分ひとりだけじゃなく
誰かと肩を寄せあって慰めあい、葛藤や恐怖と闘う方が
申し訳ないけど羨ましいと思ってしまう。

痛みも苦しみも不安も恐怖も周りには言えず、笑顔で生き抜いたアタシの孤独もわかって欲しい。』


いつもなら やんわり否定されるであろうアタシの言葉に
先生は黙ってた。


暫くして
『そうですね。ひとりですべてを背負うのは辛かったでしょう。』


アタシはその言葉が『本物』か『仕方なしの言葉の寄せ集め』かを見極めたくて

先生の顔をじっとみた。


(本心だ…。)

そう確信して涙を拭った。

過去を思い出したり、それらの事実の本音を話すコトが苦手な 弱虫なアタシは

メンタルを受診すると 必ずと言っていいほど
数日間熱を出す。

そんな時は決まって嫌な夢をみる。


1番恐れているのは【あの日】の夢。



今回は【あの日】ではなく、【その後】の夢をみた。


抵抗する13歳のアタシに
あいつはギラついた眼で近付く。


【あの日】の悪夢を、誰にも言わないアタシに味をしめて
何度も何度も繰り返す悪夢の行為。




アタシは背中に刺さった羽根を抜くと、
体内に隠れていた部分がナイフになっていて
引き抜く毎に流血し、痛みに声をあげる。


そのナイフを あいつの首に力一杯突き立てる。

あいつの生温い血が一気に噴き出す。

苦痛に歪むあいつの顔を睨み付け

アタシはまた 背中から羽根を抜く。
痛みに体が硬直する。


それを止めたら
また『続き』が待ってるから
アタシは痛みに耐えて羽根を抜く。

1本、また1本と羽根を抜き
あいつの胸や腕にナイフを突き刺す。


いつの間にか もうひとりの自分がいて

彼女はあいつの背後から、ナイフを何度も振り下ろし
どす黒い返り血を浴びていたけど
それを拭うことなく、
無表情なまま、リズムを崩すことなくナイフを振り下ろす。



『きっと、誰も助けてくれないから
もうひとりのアタシが助けに来てくれたんだ…。』


ホッとして遠退く意識の中、




『復活』を意味する、あいつの不気味な『濁った目』を見た…。

薄ら笑いを浮かべる あいつの目…。




アタシはそこで目を覚ます。

今見たことは夢だとわかっているのに


恐怖に涙が溢れてくる。


狂ったように身体中をかきむしる。


脳が、あいつの息づかいも あいつの匂いも思い出してる。


服を脱がなければわからない体のあちこちを傷付けて

夢と現実の違いを
頭に体に気付かせようと必死になった。




突然、アイスピックを心臓に突き立てたくなる。


こんな時のアタシは
友人に『また明日ね!』と約束したことすら忘れている。


『やっていいこと』か
『してはいけないこと』かではなく
『やる』か『やらない』かしか考えられない…。



遠い記憶の中で
『誰か』との約束があるような感覚に頭の中がざわつく。


全身のうぶ毛が逆立つ。


自分の 長い長い悲鳴で



やっと我に返る…。







こんな風でしか生き繋げられないアタシ…。



こんなアタシになったのは何故?







こんなアタシにしたのは







誰?







今日もアタシは生きてます。