社会人になっても、お盆ぐらいはと毎年広島へ帰っていたのに、ことしは帰れなかったな~
いや、帰らなかったのか・・・?
一泊二日でも帰ろうと思えば帰れたんだろうな~。と過ぎてから思う。
毎日5時に起きて、「あー今日も行くのか」とおもいながらご飯を食べてかたずけをして。
週末は妹が来て朝方までPCで遊んですばらしく電気料金のメーターをあげてくれちゃって・・
愚痴ばっかりの大阪の生活からちょっとでもはなれるべきだったのかしら・・・
でも、うまい飯くって寝るところがあって、ニャーとレインがいて。
人ってね、慣れるとどんどん贅沢になってくるんですね~
10年前、二畳のワンルームマンションで、極貧の生活をしていたころの私は、心はもっと豊かだった気がします
だから恋人もいたんだと。
いまはなんか、自分の何から治して良いのかわかんないですね。
漠然と「このままではいかん」と思っているのですが、なにがいかんのかはっきりしていない。
まだまだこうやって迷いながら生きていくんでしょうね。
それでいい方向に行きたがる。いい方向だけにいこうとする。
いけないかしら?
しんどい想いをもっとして人生の苦行をしろというのでしょうか?
「むかしなら・・・」なんていうと、「その歳でなにいってんだい?」っっていわれるかもしれませんが、
いまは苦行の道を選ぶのにすごく勇気が要ります。
20代極貧生活時代のわたしなら、まちがいなく「よっしゃこいや!!!」と顔をあげて挑んでいっていたにちがいない。
いまは。いかにずるくらくしようかときょろきょろしながら、目があうとうつむいてしまう。
このちがいはなんなのか?
迷うということが素敵だとかんじていたあの頃。
今より知らないことが多くてなんでも選ばず吸収しようとしていた私は良くも悪くも全力で取り組むことの気持ちよさをしっていたとおもうのです。
今の私よりも違うものに価値をかんじてそれを手にしようと必死だった。
大阪で社会人として生きていくたのしさに価値をかんじていたんですね。
大阪に来て15年になりました。
さあ、いまになってまよっている33歳のバカ、どうやっていきるのか、もういちどよーく考えな。
墓参りしてたらきっとご先祖をまえにもっとそれをかんじていたでしょう。
きょうがまた始まります。
どんな一日になるのか、どんな一日にするのか。
それは渡し次第なんですよね・・