第二章。
LANDコーヒー
店内は薄暗く、いかにも大人なJAZZのピアノのBGMが、まばらな客の癒しの一服を演出していた。
「コウスケのヤツ遅いな」
ユウジは吸いかけのタバコを灰皿に置くと飲みかけのコーヒーを口にした。
店内の中央にある数字の付いていないモノクロのシャレた掛け時計が、BGMのピアノに合わせてゆっくりと時を
刻んでいた。
針は夕方6時を指していた、、、
目の前には、僕と同世代と思われる男が立っていた。
背は僕より高い!
175はあるだろうか?
足もとはレッドウィングのワークブーツを履いていた。
そこから緩やかにリーバイスのGパンが、カーブを描いて痩せた体を隠している。
(リーバイスは後でユウジに教えてもらって、ヤツよりマニアになった)
腰にはシルバーのチェーンが邪魔くさそうにくっ付いている。
TシャツにNIKEのマークが風車のように描かれている。
痩せた顔は、深く被ったニット帽が眉毛を隠していた。
「こんなに雨降ってんのになんで傘ささねえの?」
男は笑いながら言っていた、、。
これがユウジとの最初の出会いだった。
ユウジには同じ年にもかかわらず、僕にない多くのモノをもっていた。
ユウジの着る服、聴く音楽、すべてが新鮮でカッコよかった。
クラブに初めて行ったのもユウジだった。
そこで聴く音楽は、それまで僕が聴いていたビートルズのようなメロディに歌がのっかる聞くためのモノではなく、
踊るために作られた音楽だった。
ユウジはそこでテクノDJをしていた!
機械的な電子音に絡まるように、重く打ち込まれるバスドラムの音で最低限の音数で構成され、繰り返されるい
たってシンプルなこの音楽は普通に聴くとなんでもないが、
クラブで大音量で聴くと、なんともいえない開放感と一緒に僕のからだを揺らし続ける、、、
それに合わせてユウジはクスリもやっていた、、。
クラブミュージックとクスリは恋人のようなものだ。
クスリをキメて聴く大音量の音は、解放感を増幅させる。
その頃、アシッドハウスというジャンルの音楽が流行っていてビキビキと鳴り響く電子音にクスリをキメて、踊りま
くるというなんの生産性もない事を毎日のようにやっていた、、、
ある夏の暑い日に、ユウジと友達数人で海に行ったことがあった。
その時も、夜に外で大音量を流しながらクスリをキメて楽しんでいたのだが、急にユウジが
「サマーラブ」
とかなんとか叫んで、浜辺から海に向かって走っていった、、、
だんだんユウジが小さく見えなくなっていく、、。
はっ、と我にかえった僕は笑ってみている友人を押し退けて海に飛び込んだ。
ザバッ!
前方に見える溺れるユウジを見て友人たちは、また笑っていた。
クスリで幻覚を見て死にそうになった友人を、ラリった友人が笑っている、、、
切なかった、、。
すべてを忘れられたが、同時にすべてを失いそうで怖かった。
それでも僕たちは踊り続けた、、、
その時の楽しさと、後に押し寄せてくる虚しさを同時に受け止めながら、、。
僕はなりやまない雨の中、ユウジにクスリを届けにランドコーヒーに向かっていた。
先に楽園をイメージしたマークのデッカイ看板が見える。
みんな日頃の疲れやストレスを癒しに、この楽園にコーヒーを飲みにやってくる、、。
僕はこの楽園の扉をゆっくりと開けた。
店に入ると奥の方に、白いイヤホンをつけた若者がタバコを吸いながら足でリズムを刻んでいた、、、
ユウジだ!
僕は濡れた髪をかき上げて、奥にいるユウジに手を上げた。
、、、ユウジは気付かない。
明らかに、白いイヤホンをつたって流れる音に集中している、、。
周りの音も聞こえていない。
僕は目の前まで行き、白いコードを耳からひっこ抜いた!
ユウジはビックリして顔を上げた。
僕と確認するまもなく、、、
「おせーよ、何分待たせんだよ」
「水害にあったって言ったろう」
僕の体は確かにズブ濡れだった。
「で、持ってきた?例のやつ」
ユウジは減量に苦しむボクサーのように目をギラつかせて言った。
この前会った時よりもあきらかに痩せている、、。
クスリを売っている僕が言うのもなんだが、ユウジは結構ヤバイ状態までクスリに依存していた、、。
「もうちょっとペース抑えろよ」
「何言ってんだよ、これがないと夜が始まんないのお前も知ってんだろ」
ユウジは何もない僕に比べて才能もあった。
ユウジが主催するパーティーには、彼の作り出すトラックを求めに何百人と人が集まっていた。
ただそれにクスリという魔法の力を一緒に求める若者も多くいた、、。
最近ユウジの周りには、彼の集める人を目当てにヤクザがちょこちょこと、顔を出すようになっていた。
僕はリュックの中から白い紙ブクロを取り出すと、ユウジに手渡した。
「サンキューな!助かるよ、」
「最近さぁ、お前んとこのパーティー、ヤクザがよく出入りしてんだろ?大丈夫かよ?
あれ、”マサヤ”んとこのヤツだろ?」
マサヤというのは学生の時からずっと一緒で、ユウジと3人で学校を出てからもよく一緒につるんでいた。
昔からケンカっぱやかったマサヤはそのケンカの強さを見込まれ、ヤクザにスカウトされた。
それぐらいの頃からマサヤとは遊ばなくなってしまった、、。
マサヤが僕の記憶から消えた頃、街の噂でマサヤが組の若頭になったと聞いた、、。
「大丈夫だよ、マサヤの事はコウスケが心配する事じゃないって、、、あっ、マサヤで思い出した、
あのさぁ、ちょっといい儲け話しがあるんだけどさぁ、、。」
こいつの儲け話しはいつも裏がある。
「あっ、俺さぁ、クスリから足を洗おうと思うんだけど、、。」
「何言ってんだよ、じゃぁどうすんだよ残りの借金、、。」
そう、、。
僕には500万の借金がある。
どうしてそんな借金ができるのか?
どうしてだろう、今思うと偶然が重なって起こった、ただのついてない男だとも思うし、
神様が僕にちゃんと生きなさいと、罰を与えられたようにも思う、、。
僕は借金ができてしまったあの日、いつものようにする事もなく、
だらだらと家で過ごしていた、、。
家のテレビをただ、目の視点を合わせずにぼーっと眺めていると、
気が付けばブラウン管には髪をぴっちり分けた中年のおっさんがニュースを読んでいた。
おっさんがなんかしゃべっている、、。
髪の分け目が7,3なのか6,4なのか微妙なラインでイライラする、、、
しゃべってるのをよく聞いてみると、よくある車と人の交通事故のニュースだった。
被害者は重体だという、、、
助かってよかったな、僕は思った、、。
ただ次の瞬間、同時に思ってしまった、、、
この人いくら慰謝料もらうんだろう、、。
この考えがすべてを狂わせた、、、
僕はバカだ、、。
僕は死なない程度に車と事故を起こし、慰謝料をもらうという、今考えるとホントにバカな計画を思いついた。
その時はイケると思ってしまった自分にも、問題はあるのだが、
きっとあまりの金のなさと、それに比例する時間の多さに頭がどうかしてたんだろう。
気が付くと僕は家の近くの交差点を目の前に立っていた、、。
目の前を多くの車が通り過ぎていく、、。
僕は車にぶつかっていく自分を頭の中でシュミレーションしてみた、、、、
死なない程度、、。
っていうか死んでしまう、
車のスピードが速すぎるのだ。
何度シュミレーションしても失敗するはずだ、、。
こんな単純なことに気づかない時点で先が思いやられるのだが、その時の僕はそれくらいの事では諦めなかっ
た。
僕はできるだけ車のスピードがでない場所を考えた、
そして、できるだけ金持ちが乗っていそうな車が集まる場所を、、。
あれこれ悩んだ結果、僕は高級住宅街に立っていた。
ここで一番金持ちがいそうなマンションを探した。
しばらく住宅街を歩いていると、いかにもといったような龍の像が入り口の両脇に立っている高層マンションを発
見!
「ここにするか」
僕はとりあえずマンションの前でタバコに火をつけた、、。
チャンスはこのマンションの地下駐車場から、車が上にあがってきたところを狙う!
これならスピードもさほど、でてはないはずだ。
タバコの芯が半分を過ぎた頃、地下の方から黒い影が見えた!
「来たっ」
タバコを地面に捨て、駐車場の出口の横にしゃがんだ。
急に胸のあたりがドクドクいいだした、
だんだん車が見えてきた、
やけに黒光りしたベンツだ、
もうすぐ出口にさしかかる、
僕は何も考えず車の前に飛び出したっ!!
「ガゴッ」
スピードはあまり出ていなかったのだが、僕の体にはいままで経験したことのない衝撃が身体中をかけめぐっ
た、、。
目の前が真っ白になり自分の体がストップモーションのように、
地面に向かってゆっくり落ちていく、、。
地面に倒れ込んでどれくらい時間が経過しただろう、、、
数秒間ぐらいだろうか、、、
時間の感覚がわからない、、。
だんだん意識がはっきりしてくる、、、
目の前の景色がはっきりしてきた、、。
体が思うように動かない、、、
痛い、、。
意識と一緒に痛みの感覚も戻ってくる、、。
その時、黒いベンツのドアが開いた。
ドアから黒いスーツをきた男が出てきた。
男は、「大丈夫ですか?」的な事を聞いてくるだろう、、、
よし、ここまではシュミレーション通りだ!
謝ってきたところで、大声で叫んでやる!
周りにヤジ馬が集まればこっちのもんだ、、。
あれっ、なんかおかしい、車からまたスーツの男が出てきた、
しかも今度は一人じゃない、、、
マンションの周りを怒鳴り声がこだました、、、
叫んだのは僕じゃなく、気が付けばスーツの男、四人に囲まれていた、、。
気が付けば、僕は知らないビルの一室にいた、、、
スーツの男たち、それは、ヤクザだったらしく、僕はそのままベンツに押し込まれ、
このビルに連れてこられた、
たぶん事務所だろう、、。
床に座らされた僕は、ここで一時間くらい待たされていた、、、
たぶん、誰か来るのを待っているのだろう、、、
僕の横には、見張りにさっきのスーツの男が一人立っていた、、、
むき出しのコンクリートが見えるだけのこの部屋は牢屋のようで、
床に血のような赤いシミがついている、、、
というか、状況からいって本当の血だろう、、。
そういえば、横の男は手に警棒のようなものを持っている、、、
僕の頭には不安だけしか浮かばなかった、、。
その時、スーツの男から、電子音が鳴った、、、
プルルルルルっ
いままで物静かだった男が、急に慌てだした、
ズボンのポケットから携帯をとりだす、
電話に出ると男はテンパったように 「はい」 の連発!
多分、上の位の人だろう、、、
男は、 「わかりました」 と言って電話を切った。
さっきまで、腰の低かった男が、また元の威圧的な態度に戻った、、、
多分、もうすぐここに来るんだろう、、、
その時、部屋のドアが開いた、、。
「ガチャっ」
ドアから出てきたのは、40代後半位のいかにもといった、男だった、、、
同じスーツなのだが、明らかに、見張りの男とはちがう、、。
男は言った。
「慰謝料の事なんだが、、。」
もらえると思った僕がバカだった、、、
「車の修理代、運転手の治療費で500万だ」
頭が真っ白になった、、。
男は続けた、、、
「払えないなら、払えるまで働いてもらう、、、それが無理なら、、。」
男は横にいる警棒を持った見張りに目をやった、、、
見張りはいつでも合図があれば、僕に飛びかかりそうな勢いで僕を睨みつけた、、。
僕に選択する余地はなかった、、、
この日から五百万の借金を返すため、クスリの売人をやっている、、。