スツセチスー所属 にゃーにゃと申します。
このブログでは、わたくしにゃーにゃによる独断と偏見が多いに織り交ぜられたジャニーズ考察を行なっています。
是非ジャニーズに興味がない方にもお読みいただければと思いながら書いておりますが、勿論わたくし自身が根っからのジャニヲタですので、ジャニーズ好きな方にも楽しんでいただければ幸いです。
スツセチスー公式HP (芸大音環8期によるユニット)
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是非ジャニーズに興味がない方にもお読みいただければと思いながら書いておりますが、勿論わたくし自身が根っからのジャニヲタですので、ジャニーズ好きな方にも楽しんでいただければ幸いです。
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ジレンマと復讐
みなさまこんにちは。お久しぶりです、にゃーにゃです。
先日、SNACアイドル部というイベントに出演させていただきました。
とても楽しかったです。
しかし、わたしは「ただのヲタク」というポジションで出演させていただいたのですが、「ただのヲタク」という立ち位置で話すにしては自分の中で話が整理しきれず時間が足りないと感じ、なんだか中途半端なつまらない話ばかりしてしまいました。反省、したいのですが反省の前に自分自身がわりと落ち込んでいます。
お越しいただいた皆様、主催のたけぴょろりさん、ありがとうございました。
ブログ読みました、と言ってくださった方、とても嬉しかったです。ありがとうございました。がっかりさせてしまっていないか心配です…。
***
先日の朝目を覚ましたら、わたしの担当するグループHey!Say!JUMPが、9人の世の中になっていました。
というのはアレで、前日の夜から色々なところで騒がれてはいましたが、某未成年メンバーの喫煙により10人グループだったHey!Say!JUMPは9人組になってしまいました。
しかしながら、「9人になっちゃった」と周りに話したところで「…増えたの?」という反応が一番多かったので、この日はむしろHey!Say!JUMPの一般認知度の低さが如実に感じられる一日となりました。
Hey!Say!JUMPというのは、とても不思議なグループです。
デビューから3年が経過した彼らは、始めはギクシャクしているように見えた年齢差、経歴差の幅広いメンバー同士、見違えるほど仲が良くなったのだと思います。お互いに支え合い、励まし合い、色々なことを乗り越えてきたのしょう。
しかし、それらはわたし達ファンには関係のないことです。
10人が仲良しでワイワイしていることを見るのは確かに幸せですが、彼らが10人でいることの意味とは一体何だったのでしょうか。わたしにはそれを見出すことがまだできていなかったのです。
この文章を読まれて、不快な思いをされる方もいらっしゃるかもしれません。申し訳ありません。
でもわたしは、彼らが10人揃うことによって生まれる特別な化学反応を楽しみにしていたのに、なかなかその瞬間を見ることができなかった。見逃していただけなのかもしれませんが。だから10人でいなければいけない必要性を、ただ「見ている側」として感じることは未だにできていません。
確かに某メンバー本人のファンの方と、メンバーは様々な思うところがあると思いますし、悲しくてつらいと思います。それはよくわかるんです。そして、自分の愛するメンバーが悲しんでいるところを見るのはつらい。勿論それもわかります。
でも得てしてジャニヲタっていうのはそういうものではあるのですが、本当は「ファン」が「タレント」の心境を考える必要性なんてないんですよね。目に見えるものだけを提示されているのに、目に見えないところを勝手に想像して勝手に悲しむことは「ファン」としての義務ではないです(そもそも「ファン」になる上での義務なんて一つもないのですが。そういう風潮が見え隠れしている気がしたので。)
でも、ここが「ファン」や「ヲタク」が抱える一番大きなジレンマかもしれません。
KAT-TUNの某Aの人がいなくなってしまった時、本当はずっと前から、何かを訴えている彼に気付いていた。残りの5人のメンバーもそれぞれが複雑な思いをきっと胸の内で隠していた。それでもヲタクってどこまでいってもただのヲタクで、どうすることもできないんです。それが悔しい。
でもどうにかする必要もないし、どうにかしたところで変わるわけもないんです。そんなこと周りに言われないでも、ヲタクやってればとっくにわかってます。
その「タレント」と「ファン/ヲタク」の関係性はどこまでいっても恐らく平行線で、変わることはありません。
先日の「SNACアイドル部」内でも似たような話が出てきていましたが、「アイドル」なんていうものにわたし達ができることなんて、本当は何もない。「そんなことないよ」とアイドルが言ってくれるのは、確かに救いにはなりますが、結局わたし達はお金を払うことしかできない。
目に見えない部分まで想像して、心配したって、彼らのためになんてならない。
某メンバーは「そんなことする人じゃない。信じる」って言ったって実際はしていたんです。
これは別に責めたり、馬鹿にしているわけではなくて、彼らはわたし達の思い描く夢のアイドルを見せてくれようとずっと努力してくれているわけで、プライベートにまでわたし達の想像を押し付けることは彼らにとっては本当はすごく負担なことなのかもしれない、とこういう事件がある度に考えます。
彼にとって何が大事かなんてヲタクが決めることじゃない。彼に限らずタレント一個人にとって、「仕事」や「メンバー」「ファン」の優先順位が必ずしも上位かどうかなんて、そんなことわからないんですよね。ましてや未成年にとって、「仕事」なんて本当はしなくていいはずの大人から与えられたタスクです。
勝手に、彼の人生が終わった、もしくは大人のせいで終わらせられて可哀想、なんて意見もよく耳にしますが、この事件によって180度変わった彼の人生が、彼にとって悪いことだったか良いことだったか、は彼にしかわからないのです。
わたしが世界一愛していた6人組が5人組になったときから、わたしの考えはなかなか動き出さずにいます。
何度も言うけれどこれは誰のせいでもない。でも信じていたものが変わってしまって、どうすることもできない。でも、勝手に信じていただけで、別に裏切られたわけではない。
信じているのはわたしのほうだけで、当たり前だけど彼らはその「信頼」に応える必要はない。
大好きだから、気付いているふりをした。大好きだから、何かしたいと思った。
それでも結局何もできなくて、そもそも彼らが何かしてほしいと望んでいたかもわからない。
ジャニヲタでいることは、とても幸せです。
いつでも頭の中に、わざわざ考えようとしないでも、大好きで大切だと一方的に思えるひとが存在して、そのひとのことを「勝手に」あれやこれやと想像して、「勝手に」「一方的に」愛を伝えることはとても楽しいです。
でもこれはどこまでいっても「人対人」の関係になることはない。
それに気付いているのに、変えることなんてできない。だってそれくらい、自分にとって「アイドル」が大切だから。
本当はわたしは、そんなジレンマを抱えることがすごく悔しいのかもしれない。
それにこのジレンマだって勝手に抱えてるだけで、そんなもの抱える必要はないんです。それでも抱えてる現実。なんなんだ一体。
だからわたしがこの大学に入ってなんとか今の夢に近づこうとしている理由は、このジレンマを誰かに、一人でも多くのひとに共有させて「やりたい」と思っていることなのかもしれない。
好きすぎて、大切すぎて、「幸せ」なだけで終われないことの、見当違いな復讐がしたいのかもしれないです。
いつもはもっと軽いスタンスで眺めていることだってできるのに、こうやって悲しい事件が起きると、深く考えてしまいます。
わたしだって、ただのJUMP担として、すごく悲しいです。
居なくなってもいいメンバーなんて、一人もいないんです。
わたし達ファンにとっては。
先日、SNACアイドル部というイベントに出演させていただきました。
とても楽しかったです。
しかし、わたしは「ただのヲタク」というポジションで出演させていただいたのですが、「ただのヲタク」という立ち位置で話すにしては自分の中で話が整理しきれず時間が足りないと感じ、なんだか中途半端なつまらない話ばかりしてしまいました。反省、したいのですが反省の前に自分自身がわりと落ち込んでいます。
お越しいただいた皆様、主催のたけぴょろりさん、ありがとうございました。
ブログ読みました、と言ってくださった方、とても嬉しかったです。ありがとうございました。がっかりさせてしまっていないか心配です…。
***
先日の朝目を覚ましたら、わたしの担当するグループHey!Say!JUMPが、9人の世の中になっていました。
というのはアレで、前日の夜から色々なところで騒がれてはいましたが、某未成年メンバーの喫煙により10人グループだったHey!Say!JUMPは9人組になってしまいました。
しかしながら、「9人になっちゃった」と周りに話したところで「…増えたの?」という反応が一番多かったので、この日はむしろHey!Say!JUMPの一般認知度の低さが如実に感じられる一日となりました。
Hey!Say!JUMPというのは、とても不思議なグループです。
デビューから3年が経過した彼らは、始めはギクシャクしているように見えた年齢差、経歴差の幅広いメンバー同士、見違えるほど仲が良くなったのだと思います。お互いに支え合い、励まし合い、色々なことを乗り越えてきたのしょう。
しかし、それらはわたし達ファンには関係のないことです。
10人が仲良しでワイワイしていることを見るのは確かに幸せですが、彼らが10人でいることの意味とは一体何だったのでしょうか。わたしにはそれを見出すことがまだできていなかったのです。
この文章を読まれて、不快な思いをされる方もいらっしゃるかもしれません。申し訳ありません。
でもわたしは、彼らが10人揃うことによって生まれる特別な化学反応を楽しみにしていたのに、なかなかその瞬間を見ることができなかった。見逃していただけなのかもしれませんが。だから10人でいなければいけない必要性を、ただ「見ている側」として感じることは未だにできていません。
確かに某メンバー本人のファンの方と、メンバーは様々な思うところがあると思いますし、悲しくてつらいと思います。それはよくわかるんです。そして、自分の愛するメンバーが悲しんでいるところを見るのはつらい。勿論それもわかります。
でも得てしてジャニヲタっていうのはそういうものではあるのですが、本当は「ファン」が「タレント」の心境を考える必要性なんてないんですよね。目に見えるものだけを提示されているのに、目に見えないところを勝手に想像して勝手に悲しむことは「ファン」としての義務ではないです(そもそも「ファン」になる上での義務なんて一つもないのですが。そういう風潮が見え隠れしている気がしたので。)
でも、ここが「ファン」や「ヲタク」が抱える一番大きなジレンマかもしれません。
KAT-TUNの某Aの人がいなくなってしまった時、本当はずっと前から、何かを訴えている彼に気付いていた。残りの5人のメンバーもそれぞれが複雑な思いをきっと胸の内で隠していた。それでもヲタクってどこまでいってもただのヲタクで、どうすることもできないんです。それが悔しい。
でもどうにかする必要もないし、どうにかしたところで変わるわけもないんです。そんなこと周りに言われないでも、ヲタクやってればとっくにわかってます。
その「タレント」と「ファン/ヲタク」の関係性はどこまでいっても恐らく平行線で、変わることはありません。
先日の「SNACアイドル部」内でも似たような話が出てきていましたが、「アイドル」なんていうものにわたし達ができることなんて、本当は何もない。「そんなことないよ」とアイドルが言ってくれるのは、確かに救いにはなりますが、結局わたし達はお金を払うことしかできない。
目に見えない部分まで想像して、心配したって、彼らのためになんてならない。
某メンバーは「そんなことする人じゃない。信じる」って言ったって実際はしていたんです。
これは別に責めたり、馬鹿にしているわけではなくて、彼らはわたし達の思い描く夢のアイドルを見せてくれようとずっと努力してくれているわけで、プライベートにまでわたし達の想像を押し付けることは彼らにとっては本当はすごく負担なことなのかもしれない、とこういう事件がある度に考えます。
彼にとって何が大事かなんてヲタクが決めることじゃない。彼に限らずタレント一個人にとって、「仕事」や「メンバー」「ファン」の優先順位が必ずしも上位かどうかなんて、そんなことわからないんですよね。ましてや未成年にとって、「仕事」なんて本当はしなくていいはずの大人から与えられたタスクです。
勝手に、彼の人生が終わった、もしくは大人のせいで終わらせられて可哀想、なんて意見もよく耳にしますが、この事件によって180度変わった彼の人生が、彼にとって悪いことだったか良いことだったか、は彼にしかわからないのです。
わたしが世界一愛していた6人組が5人組になったときから、わたしの考えはなかなか動き出さずにいます。
何度も言うけれどこれは誰のせいでもない。でも信じていたものが変わってしまって、どうすることもできない。でも、勝手に信じていただけで、別に裏切られたわけではない。
信じているのはわたしのほうだけで、当たり前だけど彼らはその「信頼」に応える必要はない。
大好きだから、気付いているふりをした。大好きだから、何かしたいと思った。
それでも結局何もできなくて、そもそも彼らが何かしてほしいと望んでいたかもわからない。
ジャニヲタでいることは、とても幸せです。
いつでも頭の中に、わざわざ考えようとしないでも、大好きで大切だと一方的に思えるひとが存在して、そのひとのことを「勝手に」あれやこれやと想像して、「勝手に」「一方的に」愛を伝えることはとても楽しいです。
でもこれはどこまでいっても「人対人」の関係になることはない。
それに気付いているのに、変えることなんてできない。だってそれくらい、自分にとって「アイドル」が大切だから。
本当はわたしは、そんなジレンマを抱えることがすごく悔しいのかもしれない。
それにこのジレンマだって勝手に抱えてるだけで、そんなもの抱える必要はないんです。それでも抱えてる現実。なんなんだ一体。
だからわたしがこの大学に入ってなんとか今の夢に近づこうとしている理由は、このジレンマを誰かに、一人でも多くのひとに共有させて「やりたい」と思っていることなのかもしれない。
好きすぎて、大切すぎて、「幸せ」なだけで終われないことの、見当違いな復讐がしたいのかもしれないです。
いつもはもっと軽いスタンスで眺めていることだってできるのに、こうやって悲しい事件が起きると、深く考えてしまいます。
わたしだって、ただのJUMP担として、すごく悲しいです。
居なくなってもいいメンバーなんて、一人もいないんです。
わたし達ファンにとっては。
