日本語教育に関するセミナーやワークショップは、無料のものも、有料のものも本当にたくさん開催されていますよね。
「勉強したいけど、何から手をつけていいのかわからないなぁ。」「興味があるけど、有料かぁ。無料ならいいのになぁ。」などと思っている方も、多いかもしれません。
私もオンライン上に飛び交う情報に飲み込まれ、あれもこれもやらなくちゃととても焦りました。無料セミナーはもちろん、いくつかの有料セミナーにも参加しました。
また、思っていたものと違って、消化不良になることもしばしばありました。
そんな経験を踏まえて、今よりすこーしレベルアップするために、オススメのお勉強を紹介します。
カテゴリーは3つ
まず、大きく分けてカテゴリーは次の3つです。
【1】教え方編
教科書の使い方をきちんと理解すると、授業の組み立て方がわかり、スムーズに授業を進めることができるようになります。また、授業を支える理論も理解することができます。授業の組み立て方を覚えて、理論も理解できれば、自分オリジナルの授業作りも夢ではありません。
【2】ICT編
いろいろな便利なICT ツールがあり、SNSでも多くの情報が飛び交っています。
もちろん全部使えるようになる必要はないので、自分に合ったものをいくつか選び、使っていくのがオススメです。
【3】土台編
【1】教え方編と【2】ICT 編をお勉強を続けていたら、だんだんと、「あれ?これはなんのためにするのかな?」「このやり方で日本語が上達するのかな?」など、日本語教育の本質的な部分に疑問を持つようになりました。そして、土台がきちんとしていないことに気づき、日本語教育についてはもちろん、隣接する部分の勉強をしました。
土台編は、勉強してもしてもし足りないと感じるカテゴリーですが、少しずつ自分の興味に沿って進めると、点と点が線で結ばれていく面白さを感じることができます。
そして大事なことは、この3つのカテゴリーは、それぞれリンクしているということです。最初は全てがバラバラかもしれませんが、だんだんとつながっていきます。
自分の興味があるものだけを掘っていくのもいいですが、バランス良くお勉強することをオススメします。
この記事では、【1】教え方編 について詳しく紹介します。
【2】ICT編は、なるべく課金なしでお勉強してみた-その2-
【3】土台編は、なるべく課金なしでお勉強してみた-その3-
でそれぞれ詳しく紹介する予定です。
その「日本語の教え方」、どこで習いましたか?
日本語教師を始めた時、「日本語を教える」ことのイメージやモデルはありましたか?
たとえば、外国語を教えてくれた先生、養成講座の先生、恩師の先生、Youtubeでフォロワーが多い先生など。
私は最初に務めた日本語学校のベテランの先生方の姿を見て、コピーしました(笑)
その学校では、学生さん達もとても楽しそうでしたし、ベテランの先生方も「他の学校はわからないけど、うちではこのやり方なのよ」と自信を持って教えられていたように記憶しています。
そして、次に務めた海外の日本語学校で、同じように授業をしたところ、全く使いものになりませんでした(笑)
今となっては笑い話として話すことができますが、当時、毎日、冷や汗をかきながら教室に立ったことは忘れもしません。
つまり、どんなに成功している教え方も、場所と相手が変わると、使えないことがあるということです。自分が素晴らしいと信じていた教え方が全く評価されないのは、本当に辛い経験でした。
そして、その経験から、教師の視点から考えるのではなく、学習者の視点から考えるという大事なことを学びました。しかし、教室での実践を目指して、自分の経験とその経験から来る勘を頼りに自己流で授業を行うのには、やはり限界がありました。
迷走する
限界を感じた私は、とにかく気になるセミナーに片っ端から参加してみました。
今までお勉強をする機会もなかったので、どの話もとても面白く、「なるほど。なるほど。」と前のめりになって話を聞き、本を読んだり、ググって論文をダウンロードしたりしていました。しかし、色々な話を聞いているうちに、範囲が広すぎて、一体日本語の授業のどの部分の話なのか、頭が追いつかなくなってしまったのです。
そう、i+1 どころか、i+100ぐらいになっていて、パンク寸前になってしまいました。
ちなみに、この頃、聞いた話は、2年、3年経って、「あ、あのことだったのか。」と消化されていくものもあれば、いまだに、「どういうことなんだろう?」と疑問のままのものもあります。ですが少しずつ、バラバラだったものが、だんだんと結ばれていくのも感じています。
迷走してみたいなぁと思う方は、ぜひ、思う存分、迷走してみるのも面白いです。
しかし、ほとんどの方は、「迷走している暇なし」だと思うので、迷うことなく、一歩一歩前に進める方法を紹介します。
それは、とても簡単な方法です。
- 教科書の正しい使用方法を確認する
- アレンジしないで授業をする
- 教科書に取り入れられている理論を確認する
- 理論を意識しながら授業をする
1.教科書の正しい使用方法を確認する
みなさんは、どんな教科書を使っていますか?
私は『まるごと』を初めて手にした時、今まで扱ってきた教科書とコンセプトも構成も違っていたので、「どうやって使うんだろう?」と頭の中が「??」でいっぱいになりました。
そんな状態で、勤務先で『まるごと』の入門(A1)の『かつどう』と『りかい』の二冊を使うことになりました。しかし、私も同僚も使い方がよくわからず、時間がないからと『りかい』を先にやるという禁じ手をしてしまったのです。しかも取り上げられている文型・表現を中心に授業を行うという全くもって作った人の意向に反する使い方をしてしまったのです。そして結局、そのクラスでは、『かつどう』をうまく取り入れることができないまま、次のレベルの教科書に進んでしまいました。
教科書には、作った人の思いが詰まっています。
教科書を作っていた時、どんな学習者を想定し、どんな目標を持っていたのか、そして、こだわった部分や色々な事情でやむなくこの内容になったといったことを知ると、教科書の使い方もイメージができ、活用できるようになります。
しばらくしてから、シドニー日本文化センターで行われた日本語教師向けのセミナー(無料)に参加しました。そのセミナーで『まるごと』を使った、学習者の学習効果を高める教え方を知りました。そして、音声インプットが大切なことやCan-doベースのコースのことなどを学びました。
(今年も2月26日に教師向けのコースがあるそうです。オーストラリア在住ではない場合は事前に申し込みできるかどうか問い合わせてみてくださいね。)
「セミナー?日程が合わないよ」という方。心配しないでください。
セミナーに参加しなくても、各教科書のサイトで、コンセプトや使用方法をきちんと学べるようになっています。
私が今まで確認したサイトを紹介します。
各教科書の内容が、動画で確認することができます。
各サイト、情報が豊富ですから、一気に見ると、消化不良になります!
まずは自分に関係があるものから、少しずつ確認してみてくださいね。
『まるごと』
「日本語教授法ブラッシュアップ講座『まるごと』を使ってみませんか」
(まるごとサイト)
『いろどり』
「いろどりの教え方」(いろどりサイト)
「日本語教育通信(2022年6月3日付)」(国際交流基金)
(国際交流基金 日本語国際センター サイト)
『NEJ』
「NEJの紹介」「これから『NEJ』を使う人のためのFAQ」
(NEJひろば、くろしお出版)
『できる日本語』
(できる日本語ひろば)
番外編 教科書の歴史を知る
映像アーカイブ『日本語教育100年史』では、『にほんごのきそ』『しんにほんごのきそ』『大地』『ひろこさんのたのしいにほんご』などに関わった先生方のインタビューを見ることができます。その頃の思いや苦労したことなど、携わった方の生の声で聞ける貴重な動画です。
そして、このプロジェクトの田中祐輔氏が作った教科書が『日本語で考えたくなる科学の問い』なのです。(ミニ情報)
2.アレンジしないで授業をする
みなさんは、お料理をしますか?
私は料理が本当に苦手で、毎日「またご飯作らなくちゃー(汗)」と思いながらキッチンに行きます。
そんな私が頼りにしているのは、お料理レシピサイトです。いろんなサイトがありますが、なるべく料理専門家の方や、食品メーカーのサイトを見るようにしています。
食べたいものが決まったら、まずは、プロのレシピ通りに作ってみます。そして、3回、4回、5回と繰り返し同じレシピを作っていると、工程も覚えてスムーズに作業ができるようになりますし、だんだんと仕上がりもよくなっていきます。
日本語の授業もお料理と同じです。(あくまで個人的なイメージです・・・)
1.で確認した「教科書の正しい使用方法」がまさに、プロのレシピです。ですから、まずは、プロのレシピ通りに授業をやってみます。
最初はプロのレシピ通りに進めることで精一杯だと思いますが、2回、3回と何度も繰り返すうちに、スムーズに授業を進めることができるようになります。
すると、「この部分ってどうして必要なんだろう?」とか、「今までのイメージと違うな」とか、「このパートは、反応がいい人と時間がかかる人がいるな」など、いろいろなことに気づくはずです。
どんなことでも、「?!」と思ったことは、忘れないうちに、メモを残しておきましょう。それが、次のステップに必要な大切な情報です。
3.教科書に取り入れられている理論を確認する
確かに、プロのレシピ通り、授業を進めると、ほとんどの授業はスムーズに進めることができました。
でも、『まるごと』や『いろどり』を使っていると、次のような疑問が浮かんできました。
・毎回、毎回、Can-do確認しなくちゃいけないの?
・何度も会話を聞かせると、学習者は飽きるのでは?
・教師が文型を伝えないと、学習者は理解できないのでは?
・複数人の会話をスクリプトなしでいきなり聞くのはハードルが高すぎるのでは?
など。
今までの自分の経験や経験からくる勘では、「ちょっと時間がかかりすぎじゃないかなぁ」とか「文型は伝えないとわからないよ」と思ってしまっていたからです。
この疑問を解消してくれたのが、理論です。
プロのレシピ(教科書を作った方の説明)を読んでいると、必ず「XXXの理論に基づいて・・・」といった説明がありました。理論。私も日本語教師になる前に勉強したはずなんですが、すっかり忘れてしまっていました。
たとえば・・・
Can-doを確認するのは、行動中心主義に基づく教科書だからです。文型を勉強するのではなく、日本語を使ってできることが目標になっていますから、必ず必要な項目です。
何度も会話を聞くのは、音声インプットが重視されていて、話せるようになるために大量のインプットが必要だからです。
教師が最初に文型を伝えないのも、何度も会話を聞いているうちに「あっ!」と気づくことが重要だからです。
この気づくことですが、実は、私たち教師も同じなんですよね。
実際の授業の経験がなく、理論を学んでいた時は、右から左にすーーっと流れていってほとんど記憶に残りませんでした。
でも「あれ?なんでこの工程が必要なんだろ?」と自ら疑問を持って、調べて、理解できると、じわっと自分の中に入ってきて、「すこしレベルアップできたかな!私。」と自信を持つことができました。
このように、自分が疑問に思ったことから、プロのレシピに取り入れられている理論を一つ一つ確認していくと、迷走することなく、一歩ずつ前進していくことができます。
理論を確認するときに使った資料は、次のとおりです。
第二言語習得理論
そして理論を確認していく時に、オススメの本が
『第二言語習得について 日本語教師が知っておくべきこと』小柳かおる著(くろしお出版)
です。
タイトルにもあるように「日本語教師が知っておくべきこと」とあるので、こちらの本で、まずは大枠を抑えて、もしさらに気になった部分があれば、論文や専門書を見るといいと思います。
(注:迷走しないためにもスモールステップで行きましょう)
CEFR
「「CEFRの理念と現実」代表者あいさつと導入 「CEFRとはなにか」西山教行(京都大学)」(京都大学国際研究集会2019)
「「CEFRの理念と現実」「日本語」教育におけるCEFRとCEFR−CVの内容いついて」真嶋潤子(大阪大学)」(京都大学国際研究集会2019)
「JF 日本語教育スタンダード」(国際交流基金)
行動中心アプローチ
「JFND行動中心アプローチオンライン日本語教師研修」(JFND)
シャドーイング・音読・発音など
『外国語を話せるようになるしくみ シャドーイングが言語習得を促進するメカニズム』門田修平 著(SBクリエイティブ)
『日本語教師のためのシャドーイング指導』迫田久美子 他(くろしお出版)
「つたえる はつおん」中川千恵子氏の資料
OPI(Oral Proficiency Interview)
「OPIとは何か?」島田和子
まとめていろんな情報を知りたいときは・・・
「日本語教育通信」(国際交流基金)
4.理論を意識しながら授業をする
理論がふんわりとわかったら、また授業をします。
(焦って1から10まで全部理解しなくても大丈夫です。スモールステップで!)
すると、とにかくレシピ通りに進めることに集中していた頃より、一歩進んで、授業を行うことができるようになります。
作った人の思い、意図、さらにそれを支える理論を踏まえて、授業に取り組めるからです。
教師が文型を伝えないとという不安も、インプットから学習者が気づいてくれないかなぁという視点に変わり、学習者が「あっ!」となった瞬間を見るのが楽しみになりました。
このように授業を行なっていると、さらに別の部分で疑問が出てきます。
そのときは、また「3.教科書に取り入れられている理論を確認する」のステップに戻って、理論を確認します。
まとめ
いかがでしょうか?
「あれもこれも」と迷走するのでもなく、安易に有料セミナーに参加するのでもなく、手持ちまたは公開されている教科書を使うことで、日本語の教え方の実践とそれを支える理論をしっかりと学ぶことができます。
そして、研究者ではないのであれば、すべてをきっちりと理解しなくても、行きつ戻りつしながらでも、全く問題ありません。
大事なことは、「どんなに成功している教え方も、場所と相手が変わると、使えないことがあるということ」を忘れずに、すこーしずつ前に進むことです。
そして、すこーしずつ前に進むために、自分の実践とそれを支える理論を行ったり来たりしながら、学び続けることだと思います。
私たちが学ぶためのインプットとしては、国際交流基金のサイトや研究者の著作物が信頼できると思います。この記事にもいくつかピックアップしましたが、みなさんも、上手にググってみてくださいね。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。