私が志望している業界の最も大事にしているとも言える言葉が“チームワーク”である。
しかし私は今まで運動部のような団体競技などを経験してこなかったため、“チームワーク”といっても自分の中でピンとくるものが正直無かった。
とある仕事終わりのことである。
最寄り駅に到着し、改札を抜け、地上への階段を登りきった時に私は衝撃的な場面を目撃した。
地上に上がるや否や、小さな男の子が泣き叫ぶ声が聞こえてきた。それは様子を見なくとも、只事ではないことを表していた。
車通りの多い交差点に自転車が倒れており、その横には頭から血を流した状態の男の子の母親が倒れていた。
周りの人が彼女に声を掛けていたが反応はなく、恐らく意識不明の重体である。
情けないことに、私はそんな場面を目撃したにも関わらず、彼女らを救うために何も行動に移すことができなかった。
ただ呆然と見届けているだけの恥ずかしい大人であった。あの時は「誰かがやっているから」などと自分に言い訳をしていたが、何かしら自分にもできることはあったはずなのである。
私はあの場面で同時に勇敢な大人たちの姿も目撃していた。
あの場に居合わせた大人全員が“彼女を救う”という一つの目的に向かって行動していた。
当たり前だが、皆が初対面で打ち合わせや相談なんて事前にすることができない状態だった。
しかし一人一人が自分のできることを見つけて、行動に移していた。
救急車を呼ぶ人、泣き叫ぶ子供を宥める人、女性に声がけする人、女性の状態を少しでも回復させるために知識を出し合って行動する人、他の車の誘導をする人。
1人の行動だけを見ると、彼女を救うという目的には到底たどり着くことは出来ないのかもしれない。
しかし全員の力が合わさった時に“彼女を救う=目的”が達成されたのだ。
これこそが“チームワーク”というのではないかと思った。
チームワークは顔見知り同士でなくとも、成立するのだと実感した。
「何かできることはありますか?」
と自分から聞きに行っている大人がいた。
そして頼まれたことを実行し、目的達成に協力していた。
分からないで突っ立っている私のようになるくらいなら、自分から質問するのも手だなと思った。
私は今まで“チームワーク”とは、チームというくらいだし、皆で同じ方向を向いて同じように努力していくことであると勘違いをしていた。
しかし今日の出来事を通じて、“チームワーク”とは皆で同じ一つの目的を達成するために、各々のできる小さな努力を積み重ねることであると学んだ。
あの場面を何度思い返しても心が痛むが、今私に出来ることは女性の無事を祈ることのみである。