今では近くて遠い場所となってしまったホームポイント
あれから2年
2年前の今頃は真っ暗な避難先で小さなnutsを抱いて不安に打ちひしがれていました。
あの時は、今みたいな日常がいつ戻ってくるのか先が見えなくて。でも絶対に我が子と共に生きなきゃ。っていう強い意志に導かれ一日一日を過ごしてた。母親だったからあの状況下でも、野性的に強くいられた気がする。
復興を加速させるとか、失ったものへの悲しみを打ち消すような力はないけど、一生忘れられない出来事を風化させることなく後世に継承していくこと。生かされた自分に課せられた使命と思い、子、孫らへ語り伝えていかなければ。
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