ずっと書きたくてうずうずしていたのです。


1週間に1度子供達はレッスンに来るのだが

ハローとあいさつしながら必ず子供達一人ひとりの目を見るのは

欠かさずする私のルール。


幼稚園児や小学低学年は、いつもニコニコ。

子供達の目から楽しみにしてくれているのを感じる。

小学中学年から高学年は、もう習い事が習慣になっているような感じ。

中学生は目を見ると、その子の状態が一番分かる。


成長過程で色々あるのは当たり前。

でもそのサインを受け止めたり、生徒を良く見ておく事が受け入れ側にとって一番大事だと思う。


幼児~小学生は、英語に触れ楽しみそしてその事から習い事をすることによって学べる習慣を身につけるだけでも大切な過程であると私は思う。


問題は中学生。教室には英語が得意な子がいっぱい。小学時代に土台を身につけているのでほとんどの生徒が学校の英語の成績は5である。これが普通。と言えば聞こえが良いが、私が心配しているのは、がっつり頑張らなくても5が取れてしまうという事実。


もちろん、教える側にとっては生徒達の好成績は光栄な事である。


自分の中学時代に『こんな塾があったらな』と思う事を取り入れて教室を形にしてきたのだから、子供達を導く上での自分自身に課せてきたキーワード。


でも最近感じる。


自分は中学時代『こんな塾があったらな』に出逢わなかったからこそ

自分なりに努力をしたのだと。

どう本を読んだら上手になるかと工夫したり、読み込んだり、授業で分からなかったら先生に聞きに行ったり、予習復習を週末の時間がある時に必ずまとめてやったこと。


決して真面目ではない。ただ『好き』だったから。

好きだからこそ究めたいと思ったり、夢中になったのだと。


そして今の道に辿り着いたのだ。


塾として分からない事を教えたり、英語が得意になる生徒を育てていく事はすべき事だが、生徒自身の探究心や頑張りを引き出す力を見据えてサポートしていかなければいけないと感じている。1から10まで手をかけてしまったら、言われた事しか出来ない子に育ってしまう。


生徒達にとって英語が軸であるのも伝わっている。

だからこそ中学時代の大事な時にright timeに right wordsを掛けて、自分で道を開けるようサポートする事が指導者としてすべきことだろう。


心は近くにありつつも必要な時は子供達が自分で感じ乗り越える強さを少し離れた距離から見守る事も大事であると感じている。


これからすこ~し子供達自身で模索していく行動を導いていこうと思う。

自ら考え行動する原動力は、想像以上に子供達を成長させるのだ。


出来る生徒達が揃っているからできる事だと信じて…


中学の卒業までに笑いも涙も頑張りも困難も全て味わいながら強く成長して欲しい。

困難にぶつかっても逃げない強さを中学時代で沢山学んで欲しい。


生徒達には言葉で伝えないであろう心の意図や文面をブログで。


もやもや解消~ 長文ゴメンナサイ叫び