繋がらない③
あの頃の私は、朝起きてすぐPCを開いていた。
洗濯機のスイッチを入れるより先に、
頭の中で始まっている「会議」に参加するように。
アイデアの断片、思いついた言葉、
昨日の夜に浮かんだ問い——
それらが私の脳内でざわざわと渦を巻いていて、
一刻も早く文字にしなければ消えてしまう気がしていた。
気づけば、朝食も手抜き、洗濯機が止まってもほったらかし。
ただひたすら、思考と向き合っていた。
「集中している」というより、
どこか“取り憑かれている”ような感覚。
——家事?うん、わかってる。あとでやるから。
——買い物?そうだよね、冷蔵庫の中、空っぽだよね。
——LINE?返信が必要?落ち着いたら確認する。
そんなふうに、日常が保留になっていく。
けれど、私の中ではそれが快感でもあった。
この没頭は、どこか中毒的だったのだと思う。
書くことは、生きること。
でも、書くことが優先されすぎると、
生きることが後回しになる paradox。
PCに向かう自分は「生産的」だったけれど、
それ以外の私は、どこか置いてけぼりだった。
Wi-Fiが切れたとき、
その没頭からも切り離された私は、
空っぽの冷蔵庫と、取り込んだ洗濯物の山に出会った。
——そうか。
私はずっと、考える私ばかりになっていた。
現実世界の生活は、私を置いていつも通りに進んでいた。
洗濯物の手触りを感じながら、浮いている私をゆっくりと下ろした。