絶対的な安心感
wright*edit_たま
まだまだ2年目、たまさんです。
一学期のある日、お恥ずかしいことにアレルギーの誤食をしてしまいました。
幸いとっても軽いアレルギーの子だったので
全く症状も出ないで済みました。
誤食に気付いたのはもう給食が終わるであろう時間、
バラ科の、種が一つタイプの果物でアレルギーを起こしたことのあるその子に、
その日のさくらんぼはわたらない予定でした。
しかし、出していたのです。
私も、調理員さんも、担任の先生も、本人も、
気付きませんでした。
ふと、気付き、小さく悲鳴を上げて
そのクラスへ走って行き
「○○さんは!?」
と聞くと、みんなの視線の先に不思議そうな顔をしたその子が。
目の前にはどれも空っぽの食器。
「さくらんぼ、食べちゃった!?」
「うん!」
ああ…と、思って
「具合悪くない?気分は?かゆいとか、息苦しいとか?」
と、聞いてもとても元気そうな様子で
「ううん、大丈夫」
と、言います。
「○○さん、さくらんぼ、食べちゃいけないって、お母さんから聞いてない?」
「あ。」
本人も今気付いた様子。
とりあえず食物アレルギーは時間が経過してから症状が出ることもあるので
「本当にごめんね。先生が間違えた。
これから3時間くらい、そうだな、おうちに帰るまで、
運動、走ったりしちゃだめ。
それで、おうち帰ったらすぐ
お母さんにさくらんぼを食べたこと、話して、いいね?」
と説明し、
担任の先生に謝罪し、運動は避けるよう、様子を注意深く観察してほしいことをお願いし、
養護の先生に報告・確認し、
校長先生に報告し、
おうちの方にお電話し、謝罪し報告し…事無きを得ました。
症状が出なくて、本当によかったです。
私がブログに書き留めておこうと思ったのは、
教室でのある子の一言です。
私が血相を変えて○○さんに質問をしているとき、
その子の周りの子が
「どうしたの?」
と聞いてきました。
「うん、先生ね、○○さんに、
体の具合が悪くなるかもしれないから
さくらんぼは出してはいけないと
おうちの方と約束していたのに、出してしまったんだ。
もし○○さんの具合が悪くなったらいけないから、急いで来たの。」
そう説明すると、
質問してきたその子は声高らかに言ったのです。
「先生の給食食べて具合が悪くなるわけない。
だって、先生は、私達のことを考えて
おいしい、安全な給食を出してくれているんだもの。」
ピンチの境地でしたが、物凄くハッとさせられました。
この子達は、給食に絶対的な安心感を抱いているのだ。
きっと
「私達のことを考えて」
「おいしい、安全な給食」
は、私や、先生や、両親が言っている言葉の刷り込みでしょう。
それでも、そういう風に、
自然にそう口にできるくらい、安全だ・と
思ってくれていることが
なんというか、心に響きました。
食中毒など、
誤食による容態の変化など、
あってはいけない。
ミスがあってはいけない。
そう強く思いました。
世の中にゼロリスクはありません。
しかし、ゼロに近づくことはできます。
ゼロに限りなくリスクがない、と、信じることは、
絶対的な安心感と信頼感を得ることになるのです。
信じきった給食で、もし具合が悪くなったら、
その子は一生その給食を
その食べ物を
その人を
信じなくなるでしょう。
一度失った信頼を取り戻すことは
並大抵のことではありません。
信じられる給食、食事を、出すことがプロなのだと思います。
もうミスはしません。
まだまだ2年目、たまさんです。
一学期のある日、お恥ずかしいことにアレルギーの誤食をしてしまいました。
幸いとっても軽いアレルギーの子だったので
全く症状も出ないで済みました。
誤食に気付いたのはもう給食が終わるであろう時間、
バラ科の、種が一つタイプの果物でアレルギーを起こしたことのあるその子に、
その日のさくらんぼはわたらない予定でした。
しかし、出していたのです。
私も、調理員さんも、担任の先生も、本人も、
気付きませんでした。
ふと、気付き、小さく悲鳴を上げて
そのクラスへ走って行き
「○○さんは!?」
と聞くと、みんなの視線の先に不思議そうな顔をしたその子が。
目の前にはどれも空っぽの食器。
「さくらんぼ、食べちゃった!?」
「うん!」
ああ…と、思って
「具合悪くない?気分は?かゆいとか、息苦しいとか?」
と、聞いてもとても元気そうな様子で
「ううん、大丈夫」
と、言います。
「○○さん、さくらんぼ、食べちゃいけないって、お母さんから聞いてない?」
「あ。」
本人も今気付いた様子。
とりあえず食物アレルギーは時間が経過してから症状が出ることもあるので
「本当にごめんね。先生が間違えた。
これから3時間くらい、そうだな、おうちに帰るまで、
運動、走ったりしちゃだめ。
それで、おうち帰ったらすぐ
お母さんにさくらんぼを食べたこと、話して、いいね?」
と説明し、
担任の先生に謝罪し、運動は避けるよう、様子を注意深く観察してほしいことをお願いし、
養護の先生に報告・確認し、
校長先生に報告し、
おうちの方にお電話し、謝罪し報告し…事無きを得ました。
症状が出なくて、本当によかったです。
私がブログに書き留めておこうと思ったのは、
教室でのある子の一言です。
私が血相を変えて○○さんに質問をしているとき、
その子の周りの子が
「どうしたの?」
と聞いてきました。
「うん、先生ね、○○さんに、
体の具合が悪くなるかもしれないから
さくらんぼは出してはいけないと
おうちの方と約束していたのに、出してしまったんだ。
もし○○さんの具合が悪くなったらいけないから、急いで来たの。」
そう説明すると、
質問してきたその子は声高らかに言ったのです。
「先生の給食食べて具合が悪くなるわけない。
だって、先生は、私達のことを考えて
おいしい、安全な給食を出してくれているんだもの。」
ピンチの境地でしたが、物凄くハッとさせられました。
この子達は、給食に絶対的な安心感を抱いているのだ。
きっと
「私達のことを考えて」
「おいしい、安全な給食」
は、私や、先生や、両親が言っている言葉の刷り込みでしょう。
それでも、そういう風に、
自然にそう口にできるくらい、安全だ・と
思ってくれていることが
なんというか、心に響きました。
食中毒など、
誤食による容態の変化など、
あってはいけない。
ミスがあってはいけない。
そう強く思いました。
世の中にゼロリスクはありません。
しかし、ゼロに近づくことはできます。
ゼロに限りなくリスクがない、と、信じることは、
絶対的な安心感と信頼感を得ることになるのです。
信じきった給食で、もし具合が悪くなったら、
その子は一生その給食を
その食べ物を
その人を
信じなくなるでしょう。
一度失った信頼を取り戻すことは
並大抵のことではありません。
信じられる給食、食事を、出すことがプロなのだと思います。
もうミスはしません。